雑魚兎が貴族に飼われてもいいじゃない!?

べべ

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第2章:兎、村と町に行きます

第2章ー8

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「……と、いうものではないかと、思います。もちろん、確証はないのですが……」

「いもち……カビによる病気、ですか」

 坊っちゃんが言葉を紡ぎ、二人が聞き入る。
 ひとまずの原因と、不確定な対処法。それを反芻するように村長は考え込んでいる。
 おっさんはこの件に関して、既に俺たちに一任している。口を出すつもりはないだろうが、パッとしない答えが帰ってきたが故にどこか不安そうだ。

「……すみません、ここまでしか、お役に立てることはないと思います……。ひとまず、葉や茎を総当たりで調べ尽くし、被害にあっている稲に対処しなければ……」

 俺を撫で始めたのは、不安の現れなのだろうか。前足の付け根を爪先で擦られる感触は、こそばゆくも心地よい。
 まぁ、俺の心境的にもそこまで悦に浸れないのが残念だ。

「お待ち下さい、テルム様」

 俺を撫でたまま、村人に人手を借りに行こうとする坊っちゃんに対して、村長が声をかける。

「カビ……この病の原因は、カビで、間違いないのですか?」

「ぇぁ……さ、さっきも言った通り、断定はできません。しかし、湿気によるカビの繁殖……それにより枯れ始めた可能性が高い、と……」

 改めて、俺の突飛な知識を坊っちゃんが説明せざるを得ないというのが厳しい所だ。根拠など無いも同然なのだから。
 しかし、俺はそれにすがるしかない。異世界知識だなんだと宣いつつも、知ってなきゃ意味がない訳で……俺が知ってるのが、これだけだから。

「ふむ……」

 村長が、坊っちゃんをじっと見つめる。
 坊っちゃんは思わず視線を反らそうとして……村長の頭上を見てしまい、目を見開いた。そのまま申し訳なさそうに瞳を細め、ゆっくりと視線を元に戻す。
 逃げられなくなった視線の先に迎え撃つ、村長の視線と交差して……


「素晴らしい! テルム様、貴方は救世主だ!」


 村長は、満面の笑みを浮かべていた。
 坊っちゃんの肩を掴み、顔をずずいと近づける。喜色満面の相貌には活力が満ち、先程までの不安げな様子は感じられない。
 っというか! お人形みたいな美少年に中年が迫る図は非常に危ないですよ! 事案ですよ事案!?

「え、あ、え?」

「領主様、後は私共におまかせを! このいもちなる病、必ず抑えてみせましょうとも!」

「ほ、本当かね村長?」

「ぼ、僕ほとんど何も言ってないんですが……」

「原因さえ究明できさえすれば、対処は可能です。我々の人生においての経験、今こそお見せいたしましょう!」

 お、おう? なんか知らんが、一気に元気になりゃあがった。
 これは、どうにかできる、のか?

「さぁ、そうと分かれば準備をせねば! 誰か、人を呼んでくれ! 女達を集めて、「あれ」を用意させるんだ!」

 村長は、跳ねんばかりの勢いで村に戻っていく。
 俺ら三人は、ぽかんとしたままその背中を見送るしかなかった訳で……。
 ついつい、空を見上げてしまう。山の向こうから顔を覗かせる入道雲をバックに、尾っぽが異様に長い鳥が、つがいで飛んでいるのが見えた。
 あぁ、夏なんだなぁ。思わず、そう現実逃避してしまうのであった。



    ◆  ◆  ◆



「お待たせいたしましたぁ!」

 村長が戻ってきた。その後ろには、何人もの男女がいるのだが……そんなことよりも目につくのは、その人達が連れて来ている動物だ。
 見た所、牛にしか見えない奴が荷車を引いているんだが……普通の牛には、頭が2つもないと思うのん!?
 そんな要素が無ければ普通に黒毛和牛なのに、何ですかコイツは! 魔物でしょうね! でしょうけどね!

「え、二頭牛エティンカウなんて連れてきて、どうしたんです?」

「いや何、希釈の分量に関しては少々わかりかねましたので、テルム様のご意見も伺いたく! こうしてまとめて持ってきた次第でして!」

『ンモ~、人使い荒いんだからぁ』

『やぁねぇ、こうされると興奮するんでしょう?』

『やだぁん! 右ちゃん下ぇ品!』

 二頭牛なる魔物は、鼻を舌で舐めながら互いにオホホと笑いつつこっちに歩いてくる。
 俺にもコイツの言語がわかるって事は、知能がそこそこあるタイプなんだな。……雄、ですよね? 深くは突っ込まないでおこう。
 魔物の中には、こうやって会話が成り立つタイプと、まったく無駄なタイプがいる。まぁ、中には念話でぶっ込んでくる野郎もいたが……。

「テルム様! これこそが我々の考えた対処法にございます!」

 村長がにんまりと笑い、女性が二頭牛の引いてきた荷車に手を出す。
 その上には樽が乗っており、液体を器ですくい上げているのが見てとれた。
 ……おん? この匂い……。

「村長、これは……?」

「領主様、これは「コーン酢」にございます」

「コーン酢!?」

 酢。
 酢!?
 お酢ですか!?

「はい、昔からカビには酢、と相場が決まっておりますれば! 酢ならば薄めれば植物にも影響は薄いでしょうし、試してみる価値はあるかと!」

「だ、大丈夫なのかね? 本当に?」

「この酢には、魔力持ちが数人がかりで清潔化の魔法も付与してございます。魔力が乏しいので多少の効果しか発しませんが……カビ対策としては充分でしょうっ」

 いや知らんし。酢がカビに効くとか初耳ですし。魔法とか専門外ですし?
 けど、確かに酢なら影響はないかもしれん。あれって成分クエン酸とかだろ?
 今カビてる奴は消しきれんとしても、これ以上の蔓延を防ぐ事は可能、なのか?

『ど、どうなのかな、カク?』

『……意外と、いけるかもしれん。少なくとも、希釈すりゃあ稲に害は無い、と思う』

『そ、そうなんだ……!』

『もっとも、既にカビてる奴には、さっきの対処が必要だろうけどなぁ』

 まったく、何が異世界転生者だ。俺が何をしたっていうんだろう。
 この世界で、この土地で、全力で生き抜いてきたこの人達に、ただの「知っていた」人間が敵うはずがないのだ。
 見つけ、考慮し、閃き、試す。子々孫々とそれを繋いできた彼らの知恵には、敬服の念を覚える。

「……お父様。やってみましょう! これは、行けるかと!」

「テルム……うん、わかったよ。責任は私が取る。この件は君たちに任せるから、好きなだけやってみなさい」

 おっさんからのGoサインも出た。
 さぁ、俺も多少の口出しは出来るだろう。
 忙しくなるぜぇ!
 
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