20 / 47
第2章:兎、村と町に行きます
第2章ー8
しおりを挟む「……と、いうものではないかと、思います。もちろん、確証はないのですが……」
「いもち……カビによる病気、ですか」
坊っちゃんが言葉を紡ぎ、二人が聞き入る。
ひとまずの原因と、不確定な対処法。それを反芻するように村長は考え込んでいる。
おっさんはこの件に関して、既に俺たちに一任している。口を出すつもりはないだろうが、パッとしない答えが帰ってきたが故にどこか不安そうだ。
「……すみません、ここまでしか、お役に立てることはないと思います……。ひとまず、葉や茎を総当たりで調べ尽くし、被害にあっている稲に対処しなければ……」
俺を撫で始めたのは、不安の現れなのだろうか。前足の付け根を爪先で擦られる感触は、こそばゆくも心地よい。
まぁ、俺の心境的にもそこまで悦に浸れないのが残念だ。
「お待ち下さい、テルム様」
俺を撫でたまま、村人に人手を借りに行こうとする坊っちゃんに対して、村長が声をかける。
「カビ……この病の原因は、カビで、間違いないのですか?」
「ぇぁ……さ、さっきも言った通り、断定はできません。しかし、湿気によるカビの繁殖……それにより枯れ始めた可能性が高い、と……」
改めて、俺の突飛な知識を坊っちゃんが説明せざるを得ないというのが厳しい所だ。根拠など無いも同然なのだから。
しかし、俺はそれにすがるしかない。異世界知識だなんだと宣いつつも、知ってなきゃ意味がない訳で……俺が知ってるのが、これだけだから。
「ふむ……」
村長が、坊っちゃんをじっと見つめる。
坊っちゃんは思わず視線を反らそうとして……村長の頭上を見てしまい、目を見開いた。そのまま申し訳なさそうに瞳を細め、ゆっくりと視線を元に戻す。
逃げられなくなった視線の先に迎え撃つ、村長の視線と交差して……
「素晴らしい! テルム様、貴方は救世主だ!」
村長は、満面の笑みを浮かべていた。
坊っちゃんの肩を掴み、顔をずずいと近づける。喜色満面の相貌には活力が満ち、先程までの不安げな様子は感じられない。
っというか! お人形みたいな美少年に中年が迫る図は非常に危ないですよ! 事案ですよ事案!?
「え、あ、え?」
「領主様、後は私共におまかせを! このいもちなる病、必ず抑えてみせましょうとも!」
「ほ、本当かね村長?」
「ぼ、僕ほとんど何も言ってないんですが……」
「原因さえ究明できさえすれば、対処は可能です。我々の人生においての経験、今こそお見せいたしましょう!」
お、おう? なんか知らんが、一気に元気になりゃあがった。
これは、どうにかできる、のか?
「さぁ、そうと分かれば準備をせねば! 誰か、人を呼んでくれ! 女達を集めて、「あれ」を用意させるんだ!」
村長は、跳ねんばかりの勢いで村に戻っていく。
俺ら三人は、ぽかんとしたままその背中を見送るしかなかった訳で……。
ついつい、空を見上げてしまう。山の向こうから顔を覗かせる入道雲をバックに、尾っぽが異様に長い鳥が、番で飛んでいるのが見えた。
あぁ、夏なんだなぁ。思わず、そう現実逃避してしまうのであった。
◆ ◆ ◆
「お待たせいたしましたぁ!」
村長が戻ってきた。その後ろには、何人もの男女がいるのだが……そんなことよりも目につくのは、その人達が連れて来ている動物だ。
見た所、牛にしか見えない奴が荷車を引いているんだが……普通の牛には、頭が2つもないと思うのん!?
そんな要素が無ければ普通に黒毛和牛なのに、何ですかコイツは! 魔物でしょうね! でしょうけどね!
「え、二頭牛なんて連れてきて、どうしたんです?」
「いや何、希釈の分量に関しては少々わかりかねましたので、テルム様のご意見も伺いたく! こうしてまとめて持ってきた次第でして!」
『ンモ~、人使い荒いんだからぁ』
『やぁねぇ、こうされると興奮するんでしょう?』
『やだぁん! 右ちゃん下ぇ品!』
二頭牛なる魔物は、鼻を舌で舐めながら互いにオホホと笑いつつこっちに歩いてくる。
俺にもコイツの言語がわかるって事は、知能がそこそこあるタイプなんだな。……雄、ですよね? 深くは突っ込まないでおこう。
魔物の中には、こうやって会話が成り立つタイプと、まったく無駄なタイプがいる。まぁ、中には念話でぶっ込んでくる野郎もいたが……。
「テルム様! これこそが我々の考えた対処法にございます!」
村長がにんまりと笑い、女性が二頭牛の引いてきた荷車に手を出す。
その上には樽が乗っており、液体を器ですくい上げているのが見てとれた。
……おん? この匂い……。
「村長、これは……?」
「領主様、これは「コーン酢」にございます」
「コーン酢!?」
酢。
酢!?
お酢ですか!?
「はい、昔からカビには酢、と相場が決まっておりますれば! 酢ならば薄めれば植物にも影響は薄いでしょうし、試してみる価値はあるかと!」
「だ、大丈夫なのかね? 本当に?」
「この酢には、魔力持ちが数人がかりで清潔化の魔法も付与してございます。魔力が乏しいので多少の効果しか発しませんが……カビ対策としては充分でしょうっ」
いや知らんし。酢がカビに効くとか初耳ですし。魔法とか専門外ですし?
けど、確かに酢なら影響はないかもしれん。あれって成分クエン酸とかだろ?
今カビてる奴は消しきれんとしても、これ以上の蔓延を防ぐ事は可能、なのか?
『ど、どうなのかな、カク?』
『……意外と、いけるかもしれん。少なくとも、希釈すりゃあ稲に害は無い、と思う』
『そ、そうなんだ……!』
『もっとも、既にカビてる奴には、さっきの対処が必要だろうけどなぁ』
まったく、何が異世界転生者だ。俺が何をしたっていうんだろう。
この世界で、この土地で、全力で生き抜いてきたこの人達に、ただの「知っていた」人間が敵うはずがないのだ。
見つけ、考慮し、閃き、試す。子々孫々とそれを繋いできた彼らの知恵には、敬服の念を覚える。
「……お父様。やってみましょう! これは、行けるかと!」
「テルム……うん、わかったよ。責任は私が取る。この件は君たちに任せるから、好きなだけやってみなさい」
おっさんからのGoサインも出た。
さぁ、俺も多少の口出しは出来るだろう。
忙しくなるぜぇ!
0
あなたにおすすめの小説
転生しましたが悪役令嬢な気がするんですけど⁉︎
水月華
恋愛
ヘンリエッタ・スタンホープは8歳の時に前世の記憶を思い出す。最初は混乱したが、じきに貴族生活に順応し始める。・・・が、ある時気づく。
もしかして‘’私‘’って悪役令嬢ポジションでは?整った容姿。申し分ない身分。・・・だけなら疑わなかったが、ある時ふと言われたのである。「昔のヘンリエッタは我儘だったのにこんなに立派になって」と。
振り返れば記憶が戻る前は嫌いな食べ物が出ると癇癪を起こし、着たいドレスがないと癇癪を起こし…。私めっちゃ性格悪かった!!
え?記憶戻らなかったらそのままだった=悪役令嬢!?いやいや確かに前世では転生して悪役令嬢とか流行ってたけどまさか自分が!?
でもヘンリエッタ・スタンホープなんて知らないし、私どうすればいいのー!?
と、とにかく攻略対象者候補たちには必要以上に近づかない様にしよう!
前世の記憶のせいで恋愛なんて面倒くさいし、政略結婚じゃないなら出来れば避けたい!
だからこっちに熱い眼差しを送らないで!
答えられないんです!
これは悪役令嬢(?)の侯爵令嬢があるかもしれない破滅フラグを手探りで回避しようとするお話。
または前世の記憶から臆病になっている彼女が再び大切な人を見つけるお話。
小説家になろうでも投稿してます。
こちらは全話投稿してますので、先を読みたいと思ってくださればそちらからもよろしくお願いします。
【完結済】悪役令嬢の妹様
紫
ファンタジー
星守 真珠深(ほしもり ますみ)は社畜お局様街道をひた走る日本人女性。
そんな彼女が現在嵌っているのが『マジカルナイト・ミラクルドリーム』というベタな乙女ゲームに悪役令嬢として登場するアイシア・フォン・ラステリノーア公爵令嬢。
ぶっちゃけて言うと、ヒロイン、攻略対象共にどちらかと言えば嫌悪感しかない。しかし、何とかアイシアの断罪回避ルートはないものかと、探しに探してとうとう全ルート開き終えたのだが、全ては無駄な努力に終わってしまった。
やり場のない気持ちを抱え、気分転換にコンビニに行こうとしたら、気づけば悪楽令嬢アイシアの妹として転生していた。
―――アイシアお姉様は私が守る!
最推し悪役令嬢、アイシアお姉様の断罪回避転生ライフを今ここに開始する!
※長編版をご希望下さり、本当にありがとうございます<(_ _)>
既に書き終えた物な為、激しく拙いですが特に手直し他はしていません。
∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽
※小説家になろう様にも掲載させていただいています。
※作者創作の世界観です。史実等とは合致しない部分、異なる部分が多数あります。
※この物語はフィクションです。実在の人物・団体等とは一切関係がありません。
※実際に用いられる事のない表現や造語が出てきますが、御容赦ください。
※リアル都合等により不定期、且つまったり進行となっております。
※上記同理由で、予告等なしに更新停滞する事もあります。
※まだまだ至らなかったり稚拙だったりしますが、生暖かくお許しいただければ幸いです。
※御都合主義がそこかしに顔出しします。設定が掌ドリルにならないように気を付けていますが、もし大ボケしてたらお許しください。
※誤字脱字等々、標準てんこ盛り搭載となっている作者です。気づけば適宜修正等していきます…御迷惑おかけしますが、お許しください。
そのご寵愛、理由が分かりません
秋月真鳥
恋愛
貧乏子爵家の長女、レイシーは刺繍で家計を支える庶民派令嬢。
幼いころから前世の夢を見ていて、その技術を活かして地道に慎ましく生きていくつもりだったのに——
「君との婚約はなかったことに」
卒業パーティーで、婚約者が突然の裏切り!
え? 政略結婚しなくていいの? ラッキー!
領地に帰ってスローライフしよう!
そう思っていたのに、皇帝陛下が現れて——
「婚約破棄されたのなら、わたしが求婚してもいいよね?」
……は???
お金持ちどころか、国ごと背負ってる人が、なんでわたくしに!?
刺繍を褒められ、皇宮に連れて行かれ、気づけば妃教育まで始まり——
気高く冷静な陛下が、なぜかわたくしにだけ甘い。
でもその瞳、どこか昔、夢で見た“あの少年”に似ていて……?
夢と現実が交差する、とんでもスピード婚約ラブストーリー!
理由は分からないけど——わたくし、寵愛されてます。
※毎朝6時、夕方18時更新!
※他のサイトにも掲載しています。
【㊗️受賞!】神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜
一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m
✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。
【あらすじ】
神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!
そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!
事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます!
カクヨム(吉野 ひな)にて、先行投稿しています。
白いもふもふ好きの僕が転生したらフェンリルになっていた!!
ろき
ファンタジー
ブラック企業で消耗する社畜・白瀬陸空(しらせりくう)の唯一の癒し。それは「白いもふもふ」だった。 ある日、白い子犬を助けて命を落とした彼は、異世界で目を覚ます。
ふと水面を覗き込むと、そこに映っていたのは―― 伝説の神獣【フェンリル】になった自分自身!?
「どうせ転生するなら、テイマーになって、もふもふパラダイスを作りたかった!」 「なんで俺自身がもふもふの神獣になってるんだよ!」
理想と真逆の姿に絶望する陸空。 だが、彼には規格外の魔力と、前世の異常なまでの「もふもふへの執着」が変化した、とある謎のスキルが備わっていた。
これは、最強の神獣になってしまった男が、ただひたすらに「もふもふ」を愛でようとした結果、周囲の人間(とくにエルフ)に崇拝され、勘違いが勘違いを呼んで国を動かしてしまう、予測不能な異世界もふもふライフ!
猫好きのぼっちおじさん、招かれた異世界で気ままに【亜空間倉庫】で移動販売を始める
遥風 かずら
ファンタジー
【HOTランキング1位作品(9月2週目)】
猫好きを公言する独身おじさん麦山湯治(49)は商売で使っているキッチンカーを車検に出し、常連カードの更新も兼ねていつもの猫カフェに来ていた。猫カフェの一番人気かつ美人トラ猫のコムギに特に好かれており、湯治が声をかけなくても、自発的に膝に乗ってきては抱っこを要求されるほどの猫好き上級者でもあった。
そんないつものもふもふタイム中、スタッフに信頼されている湯治は他の客がいないこともあって、数分ほど猫たちの見守りを頼まれる。二つ返事で猫たちに温かい眼差しを向ける湯治。そんな時、コムギに手招きをされた湯治は細長い廊下をついて歩く。おかしいと感じながら延々と続く長い廊下を進んだ湯治だったが、コムギが突然湯治の顔をめがけて引き返してくる。怒ることのない湯治がコムギを顔から離して目を開けると、そこは猫カフェではなくのどかな厩舎の中。
まるで招かれるように異世界に降り立った湯治は、好きな猫と一緒に生きることを目指して外に向かうのだった。
悪役令嬢になるのも面倒なので、冒険にでかけます
綾月百花
ファンタジー
リリーには幼い頃に決められた王子の婚約者がいたが、その婚約者の誕生日パーティーで婚約者はミーネと入場し挨拶して歩きファーストダンスまで踊る始末。国王と王妃に謝られ、贈り物も準備されていると宥められるが、その贈り物のドレスまでミーネが着ていた。リリーは怒ってワインボトルを持ち、美しいドレスをワイン色に染め上げるが、ミーネもリリーのドレスの裾を踏みつけ、ワインボトルからボトボトと頭から濡らされた。相手は子爵令嬢、リリーは伯爵令嬢、位の違いに国王も黙ってはいられない。婚約者はそれでも、リリーの肩を持たず、リリーは国王に婚約破棄をして欲しいと直訴する。それ受け入れられ、リリーは清々した。婚約破棄が完全に決まった後、リリーは深夜に家を飛び出し笛を吹く。会いたかったビエントに会えた。過ごすうちもっと好きになる。必死で練習した飛行魔法とささやかな攻撃魔法を身につけ、リリーは今度は自分からビエントに会いに行こうと家出をして旅を始めた。旅の途中の魔物の森で魔物に襲われ、リリーは自分の未熟さに気付き、国営の騎士団に入り、魔物狩りを始めた。最終目的はダンジョンの攻略。悪役令嬢と魔物退治、ダンジョン攻略等を混ぜてみました。メインはリリーが王妃になるまでのシンデレラストーリーです。
幼女はリペア(修復魔法)で無双……しない
しろこねこ
ファンタジー
田舎の小さな村・セデル村に生まれた貧乏貴族のリナ5歳はある日魔法にめざめる。それは貧乏村にとって最強の魔法、リペア、修復の魔法だった。ちょっと説明がつかないでたらめチートな魔法でリナは覇王を目指……さない。だって平凡が1番だもん。騙され上手な父ヘンリーと脳筋な兄カイル、スーパー執事のゴフじいさんと乙女なおかんマール婆さんとの平和で凹凸な日々の話。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる