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第3章:兎、実りました
第3章ー1
しおりを挟む風にひやりとしたものが混ざり始める時期。
日が手加減を覚え始めた時期。
木々が思春期と共に、化粧を始める時期。
そう、秋である。
冬を前に、大地と、その上に存在する全ての生き物が準備を始めるこの季節。様々な恩恵が発生することで有名であり、季節の中でこの時期が一番好きだと言う者も多いのではないだろうか?
俺はというと、生前は秋、好きでした。
なんたって、美味いもんがたらふくあったからね。秋の味覚を感じながらビールで一杯……会社疲れを慰めてくれるような、窓からの涼風も相まって至福の瞬間を迎えていたもんである。
けど、転生してからは……うん、ちょっと苦手だった。
だって、冬の前は生きるために必死に食い溜めしとかないといけない季節だったからね。
野生においては、食うのをサボるってのはイコール、死を意味していたからなぁ。蜜の実を生産するようになったりもしたし……前世の知識を無自覚に使っていなかったら、坊ちゃんに拾われる前に死んでたかもしれん。
そんな俺の中で、少しだけ評価が下がってしまっていた秋くんだが……事ここにおいては、その評価が爆上がりしそうである。
だって、なぁ?
これ見ろよ、オイ。
「豊作ってやつだね、カク!」
「フシッ!」
一度はいもちの被害により、あわやといった所まで追い詰められた、ノンブルグの田んぼ。
それが、今はどうだ。
一面見渡す限りとはいかないが、かなりの大きさを占める田んぼの数々。それらを埋め尽くすは、先端の重さで頭を垂れる稲の海だ。
坊っちゃんに先を越されたが……今一度宣言しよう。
初めての稲作は、大豊作だ!!
そりゃまぁ、稲の育ち具合が不揃いだったり、日本の稲と比べたら痩せてたりはするさ。
だが、今回が初の試みで、この量なのだ。土壌の良さもあるだろうが、何よりも村の人々が頑張ったからこそここまでの成果に漕ぎ着けられたのである。
その結果を、最上と言わずになんと言おう。
「いかがです、領主様、テルム様!」
「うん、見事だよ村長。ここまでよく頑張ってくれた」
「凄いです!」
「い、いえいえ、お二人の支援あればこそでございますとも!」
坊っちゃんとおっさんの隣にいる村長も、相当に誇らしげである。おそらく今夜は宴でも開かれていい酒を飲むことだろう。
俺からも直接、おつかれさんと言ってやりたい気分だ。
「ふふ、カクからもお疲れ様だそうですよ?」
「おぉ、これはこれは。ありがとうカクくん」
「フスッ」
坊っちゃんめ、粋な計らいすんじゃねぇの。
「さぁ皆! 領主様よりお褒めの言葉をいただいたぞ! 後はこの米を収穫し、献上すれば一区切りだ!」
「「「おぉー!!」」」
村長は声を張り上げ、若者達に声をかける。
意気軒昂な村の男衆は、この一大プロジェクトが実を結ぶ事に安堵しつつ、歓喜の声を上げている。
うんうん、いい光景だ。日本にいた時は、こんな風に誰かと一緒に一年通して何かを成し遂げたりはしなかったしなぁ。少し羨ましい。
まぁ、それはそれとして収穫だ。
『えぁっと、収穫した米はなんか干さないといけないとか言ってたな』
『あぁ、最初の頃に言ってたね?』
『そうそう。何でかは知らんけどな』
『ん~、けど大丈夫だと思うよ?』
『あん?』
なんで大丈夫なんだ? と首を傾げる俺を納得させるためか、坊っちゃんは村長に声をかける。
「村長、この前お話した、米を干す作業ですが……なぜ必要かわかりましたか?」
「もちろんですとも。ズバリ、乾燥させることで保存ができるようにするのでしょう? それに、根から断たれた状態で乾燥させると、栄養が種に詰まりますゆえ。品質の向上に繋がるのでしょうなぁ。一部の作物でも用いられる手法です」
へぇ、そうなのか?
そんな理由で干す必要があるなんて知らなかった。最初に流通してた米は、干すなんてして無かっただろうに……長いこと馬車で揺られたりしてる内に、食える硬さになってたのかね?
まぁ、んなことはどうでもいいとして……流石は農業のプロフェッショナル。完全に初めてであろういもちなどを乗り越えさえすれば、後は自分たちで模索し答えを導き出せるわけだ。
確かに、坊っちゃんの言った通り大丈夫そうだ。彼らは進んで干す作業までこなすことだろう。
「干す期間ですが、ひとまずは1週間ほどを見ています。それで乾燥が足りないと感じれば、もう1週間増やす所存です」
「うん、ここまで来たんだ。我々も急かしたりしないから、しっかりと最期まで完璧な仕事を目指してほしい」
「はい!」
ここまで能書きを垂れれば、後はもう行動あるのみだろう。
乾燥用の丸太組みも用意されているし、彼らも早く米を食いたくてウズウズしているに違いない。
「それじゃあ村長。後は頼んだよ」
「おまかせください! よぉし皆! 収穫だぁぁ!」
「「「おぉぉぉぉぉ!!」」」
随分前から水の引いた田んぼに、農家さん方が足を踏み入れる。
カマみたいな形状の刃物を使い、根っこの付近から稲を刈り取っていく。うぅん、本当に稲刈りを見ちゃってるよ俺。異世界で。
ちょっと感動だわぁ。
「ねぇお父様、僕も手伝ってきていいですか?」
「ん、そうかい? それじゃあ私も一緒に行こうかな」
坊っちゃんとおっさんも、この光景にずいぶん刺激されたみてぇじゃねぇの。
うんうん、行ってきな。若い内にこういう経験してりゃあ、将来何かの役に立つさ。
俺? 俺は即座に頭から降りて木によりかかってますよ。
自分から疲れるなんて馬鹿のすることだからなぁぁ!!
「……カク、そういうところだと、僕は思うなぁ」
『人間様方の楽しみを奪いたくないだけさぁ。ほれ、行ってきな~』
「はぁ……まぁ、カクには助けられたから、とやかくは言わないけどさ? まぁいいや。そこで待ってるんだよ?」
『お~うよ。いってらっせ~』
2人が、村長の元へ向かっていく。
しばらく何かを話した後、刃物を持って稲に歩いていくのが見えた。
それを見送り、空を見上げる。
秋晴れの心地いい風が、俺の頬を撫で、稲の香りがそれに乗って鼻孔をくすぐった。
人間が築いた、1つの文明の香りかと思うと、どこか感慨深いものがある。……なぁんて、偉そうに思いながら、俺は香りを肴に昼寝と洒落込むのであった。
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