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第3章:兎、実りました
第3章ー2
しおりを挟むんで、それからおよそ2週間。
やはり一週間では乾燥に難ありということで、ここまでじっくり乾燥させたご様子。
そんなノンブルグから、大量のお米が納税されました!
「うわぁ……凄い量ね、お父様!」
「うん、まだまだ運び込まれてくるからねぇ」
「本当に、夢みたいな光景だわ……」
俺たちは、ホーンブルグの入り口にて米の到着を待っていた。
そんな俺達の前に現れたのは、まるで蛇のような光景。
ノンブルグの荷馬車と荷車が列をなし、パンパンに詰まった袋を運んでいる所であった。
ホーンブルグに運ばれて来たのは、全体収穫量のおよそ60%程。残りは来年のための種となり、また村民の腹を満たす恵みとなる。
『でも、6割も持ってって良いのか? 不満でねぇ?』
『村長と相談した結果だよ。ノンブルグは規模が小さいから、田植えに使っても充分貯蔵できるんだって』
『ほぉん……』
『それよりも、多めに取っておいて、町民だけでなく、行商人にもアピールできるようにするんだってさ』
『俺らが食う分減るじゃん!?』
『いや、大丈夫だよ。その上であの取り分なんだから……』
そんな念話をしていると、荷馬車の隣にいるなんかデカイ影が、俺に向かって手を振っている。
あれは……くま子か? どうやら、護衛として冒険者が雇われているらしいな。
あんな距離から俺を視認できるのかよ……やっぱ赤毛熊は、異常に狩りに適した生態をしているな。森の頂点というのも頷ける。
「おまたせしました領主様!」
「あぁうん、ご苦労さま。いやぁ、本当に圧巻だねぇ」
「はい! 来年はもっと増やしてみせますよ!」
「ははは、楽しみにしているよ。いや本当にねぇ」
村の代表として来た若者と、おっさんが合流し話し合っている。
その間に、ホーンブルグの敷居を荷馬車が越え、米が町民にもお目見えと相成った。
「「「おおおぉぉぉ!!」」」
その瞬間、湧き上がるはどよめきと歓声だ。
当然だろう。美味さが認められながらも、長いこと枯渇していた米がようやく実り、この町へやってきたのだ。
焦らしに焦らされた町民たちのボルテージは、凄まじい程に盛り上がっていると言っていい。
『カクー! すごいの、お米いっぱいきたよー!』
『おうくま子。護衛ご苦労さん』
『えへへー、褒めて褒めてー!』
『あーうん、めっちゃ頑張ったな。偉いよお前は』
いの一番に俺の所に駆けてきたくま子。坊っちゃんが軽く引いてるが、俺が心配いらないと言えばなんとかその場にとどまってくれる。
くま子はこの一大イベントで活躍してくれたらしいからな。俺としても全力で労ってやろう。
前足で鼻っ柱をクシクシしてやる。まだ子供故にその毛は柔らかく、俺の前足を包み込んでくる。
確かに、これは病みつきになる心地よさかもしれん。
『えへへへへー、カクに褒められたー!』
『ご褒美に、今度美味いもん教えてやるよ』
『ほんとー! わーい!』
……ところで、くま子が冒険者の依頼で護衛してたって事は、コイツは誰の契約獣なんだ?
今回のイベント的に、結構上の立場っぽいんだが……。
『……カク、この赤毛熊は、冒険者ギルド支部長の契約獣だよ……』
『うぇっ、マジで!? 大物じゃん!』
『そうだよ……いつの間にか仲良くなっててびっくりしたよ』
ま、まぁ、あの夏の晩に出会ってからいろいろツルんだからな。
押し潰されかけたことだってあるし、抱き潰されかけたことだってあるぞ。
……泣いていい?
『あっ、ご主人様呼んでる! もう行くねー!』
『お、おう、またな』
『またねー!』
走り去っていくくま子。その視線の先には、どうにもなよっとした眼鏡の男性がいる。
あれが支部長かぁ……人は見かけによらねぇなんなぁ。
「よし、これで最期かな? 皆、本当によく頑張ってくれた!」
そうこうしている内に全ての米が町に入り、突貫で出来上がっていた米庫に運ばれていく。
運搬してくれた村人達は、後を町民に引き継いで、おっさんの声を聞いていた。
「本当に感謝しているよ。僅かだが、宴の席も用意している。余った料理は村の皆に持っていって構わないから、たくさん食べて欲しい」
「「あ、ありがとうございます!!」」
「といっても、冬に備えて備蓄はしないといけないからねぇ。手加減はしておくれよ? 特にイートンくんは、今日持ってきた米を全て食べかねないからねぇ」
イートン呼ばれた、やけに親近感の湧くフォルムの男性が「そんなぁ~」と呻き、周りの皆がドッと笑う。
それにつられて坊っちゃんが笑い、伝染してチビっ子が、お母ちゃんが……町民達も笑っていく。
暖ぇじゃねぇの。
本当に、平和だ。この町にこれて、良かったと思える瞬間だわな。
『……まったく、平和ボケしてるねぇ』
『あん?』
ふと、後ろを振り返る。そこには誰もいないんだが……視線を横に反らした、小さな路地裏。
そこに、見知った顔がいた。
「っ、カク?」
『悪い、すぐ戻る』
坊っちゃんの頭から飛び降り、そこまで向かう。
その足で、そこにいたお客……ナディアに近づいていった。
◆ ◆ ◆
『よう、なんか用かい。わざわざこんな遠くから「念話」するなんてよ。そんなもん使わなくても、魔物同士なら会話出来るだろうが』
『なぁに、祭りにつけ込んでデートのお誘いさね』
『へいへい、だったら今夜ベッドでも予約しといてくれよ』
『贅沢な奴だねぇ』
クスクスと笑うナディアの仕草は、一つひとつがどことなく色っぽい。獣フェチにはたまらんだろうな。
かく言う俺も、兎の本能的に見ればかなりの上玉だ。そういうお誘いはホンマ勘弁してほしいんだがね。
『んで、冗談は差し置いて……お前が声かけてくるんだ。なんか大事な要件なんだろ?』
『あぁ、もちろんさ』
ナディアは、小さく前足……コイツの場合は腕か。それを俺の前に差し出す。
そこには、貴重な羊皮紙が数枚分、丸まっている。
『今回の件、米の収穫はまず、おめでとうと言っておくよ』
『あぁ、あんがとよ』
『だが、めでたい事ばかりじゃいられないってのは、わかるだろう?』
『あん?』
『……わかんないのかい?』
わかんないも何も、おめでたいじゃないですか?
俺が首を傾げると、ナディアは心底可愛そうな者を見る目で俺を見つめてくる。
ちょっと止めてください。俺の中で何かが目覚めちゃうでしょうが!
いや目覚めんけどな!?
『はぁ……お前さんは、あの少年と契約して正解だったねぇ……突飛な儲けを出すわりに、無能過ぎて笑えないよ』
『あれ、デジャヴかな? ギルネコにも言われたよ?』
『いいからお聞きな。新しい儲けの種はね、めでたいだけじゃなく、新しい敵も作り出すのさ。今回でいえばあの米だ』
ナディアは、視線で米庫の方角を指す。
俺もつられてそっちを見て、更に首を傾げた。
『はぁ……つまりだね。商人ギルドや、盗賊ギルド内にも、あの米を使って甘い汁を吸おうって輩がいるってことさ。たとえ、この領地を売ったとしてもねぇ』
『え、ダメじゃんそれ』
『もちろんダメさ、この町にはマダマダ伸びしろがあるからね。そんな真似はさせないよ。……領主様もそういった輩をリストアップさせるよう調査はしているが……全部は洗いきれていないのさ』
『え~と、つまり……その紙には、そんなオイタをする奴が書かれてると?』
ようやく気づいたかい。と、ナディアが呆れる。
うぅむ、えらい情報だ。これを坊っちゃんに渡しておっさんに提出すれば、後顧の憂いが断たれるわけだな。
『いや~悪いな! ありがとう!』
『お・ば・か。アタシャ盗賊ギルドの顔役だよ? ただで恵んでやる訳ないだろう』
『え~』
『コイツが欲しいんなら、なにか見返りを寄越すこったね。そうさな……そろそろ、ギルネコからも許可が降りるんじゃないのかい?』
うぅむ、こういう取引は苦手だなぁ。
けど、この書類は欲しいしなぁ。……多分ナディアは、新しいギャンブルをよこせって言ってんだろ?
……ん~……いや、考えるまでもねぇか?
『いいぞ』
『おや、あっさりしてるねぇ』
『それで違法なくらい稼いだら、お前の一派がそいつら粛清するんだろ? 裏の治安を守るってそういう事だよな? だったら俺や坊っちゃんの仕事が増えるわけでもねぇし、別にいいさ』
『ハハハ! 大物なのか愚かなのか判断に困るねぇ! まぁ信用されてるって事で、悪い気はしないさ』
『アイディア提出は後払いでいいよな? 説明しやすく纏めるからよ』
『あぁ、いいよ。甘い対応だろうが、アンタは心配いらないだろうさ』
互いにニヤリと笑い合い、俺は羊皮紙を受け取る。
うんうん、いいダチを持ってて俺は幸せだよ。
『じゃあな。ありがとよナディア』
『約束は忘れんじゃないよ』
『あぁ、デートは明後日でよろしくな』
『ふふ、ベッドの予約くらいはしといてやるさね』
『へいへいっと』
軽口を叩き、俺達は別れる。
一方は喧騒へ。一方は闇へ。
こうして、町が波乱の展開に巻き込まれるであろうフラグは……始まる前から叩き折られたのであった。
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