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最終章:兎、頑張ります
最終章ー6
しおりを挟むその晩。
俺たちは、夕餉の席にて料理長渾身の料理を振る舞われていた。
コショウを盛大に使った、チャーハンである。
煎餅を作る前に説明していたが、コショウは香辛料の中でも貴重だということでお流れになっていた。しかし、料理長はあれからコショウ無しのチャーハンでもって炒め方を練習していたらしい。
卵の鎧に身を包み、パラッパラになったそいつらが皿に盛られ、これぞ完成形とばかりに黒い宝石が散りばめられたそれを見て、全員が声を漏らしていた。
当然のように美味かったとも。
ほのかに香るにんにくの風味、みじん切りにされた野菜の甘み。
ハムを贅沢に使用した事で旨味も増し、塩気も適度に丁度いい(意味被り)。
何より、噛んだ時にピリリと走る独特の刺激。こいつは、南蛮漬けに使う唐辛子とは違う美味さがあるもんだ。
「いやぁ、実に美味かった!!」
マッチョメンが吠えるのも仕方ない。
俺だって、今日ほど雑食でよかったと思ったことは無いんだからな。
「いやっははは! 実に愉快よな! 飯の後の一杯もこれまた格別というものよ!」
「うん、出発は明後日なんだろう? 飲めるのは今日くらいだしね、楽しんでよ」
現在、マッチョメンは顔を赤らめて酒気混じりの息を吐いている。
夕食の後、場所をそのままに酒宴を開いたのだ。
お母ちゃんとおっさんも参加している。子どもたちには煎餅の支給がなされた。
まさにこの世の憂さ晴らしって時間だな。
「んっ、ん……っはぁぁ! 美味い! やはりホーンブルグの酒は良い!」
「ノンブルグから新鮮な果実が届くからねぇ。酒が若くても旨味が出るのさ」
「この煎餅とやらも米で作っているのだろう? チーズを纏わせ焼く事で、酒にも最高に合うではないか!」
今日の煎餅は、いつもの塩にくわえて、チーズ焼きも入っている。
ザックザクの歯ごたえに、チーズの風味。マズイ訳がない。
クラッカー感覚だと思えば、ワインにも合うのは頷けるな。……くそう、飲みてぇな。
「サニティは相変わらずカパカパ行くのねぇ……」
「すみません……父はウワバミでして……」
「お父様がゆっくり長く飲むタイプだから、新鮮だねぇ」
「料理長! チーズがなくなったわ!」
うん、チビっ子? キミはチャーハンもおかわりしていたよね?
出て5分でチーズ煎餅の皿が空になってるのは恐怖でしかないぞぅ?
「ふぅ……ゴウンよ、決めたぞ? ワシはお前の要求を飲むことにする! 全面的に支援しよう!」
「うん、よろしく頼むよ。サニティ」
おう。よくはわからんが、大人は大人でズルい会話をしていたみたいだな。
チャーハンと煎餅はその架け橋となった訳だ。うんうん、食は未来を作るねぇ。
「……父上? 帰って相談などは……」
「アーキンよ。この件に関して相談は不要であると断言するぞ? なんたって米の栽培技術の提供が向こうのカードであるからなぁ」
「っ! そ、それは大変魅力的ですが、それほどの見返りを貰い、どんな条件を飲むつもりで……!?」
メガネもようやくここに慣れてきたみたいだな。父親相手なら話し方に遠慮がねぇ。
しかしおっさんめ、ホーンブルグの生命線である稲作を他に教えてまで、何を要求するつもりだ?
「なぁに単純な事よ。まず、米を作った際には、収穫の一部をホーンブルグに提供する! まぁ、情報の料金を現物で支払うようにしたわけよな」
……なるほどな。
信用できる場所に田畑を広げて、国全体の米生産量を増やしつつ、こっちの民が飢えないように甘い汁を提供して貰うってわけだ。
「まぁ、ホーンブルグが本格的に軌道に乗るまではあてにさせてもらうよ」
「うむ、それと息子についても任せとけぃ! 文武両道の才人である事を盛大に王都に漏らしておくとするわい!」
「ぶふぅ!? お、お父様!?」
おぉ? なんだかよくわかんねぇ案件だな。
坊っちゃんの噂を王都に吹聴すんのか?
「ははは! テルムよ、ゴウンはお前がホーンラビットを使役してもなお、この町をここまで盛り上げたことを広めるつもりなのよ」
「えぇ? そんな事をして何になるというのです?」
「わからんか? お前がこの領を継ぐにあたり、最も舐められやすい要素を減らそうというのだ!」
「……全部ばらしてくれたねぇ」
ん~、つまり何かい?
このままだと、坊っちゃんは他貴族から「兎なんぞ飼ってる矮小な領主」だと思われると。まぁ、前からこれは覚悟してるって坊っちゃん言ってたからいいと思ってたんだが……おっさんはそれを少しでも無くしたいと。
今回の件を含めて、マッチョメンが貴族仲間に「ホーンブルグの跡継ぎはスゲェ奴だ」ってのを吹聴してもらって、今後の貴族生活を円滑に進めようって腹な訳だ。
「お父様! それは……!」
『あ~、坊っちゃん。良いって良いって。ありがたく受けとけよ』
「何言ってるのカク! カクが足枷だって言われてるんだよ!?」
『実際そうじゃねぇか? 俺は気にしねぇぞ』
「そんなこと……!」
真面目な話、俺がどんだけ坊っちゃんの助けになったとしても、周囲はそれを絶対に認めないだろうからな。
俺は、「たかが角兎」だ。永遠に坊っちゃんに寄生する気満々の、足枷でしかないのはわかってる。
だから、こういう話は素直にありがたい。
「……のぅ、テルムよ。お前がどれだけそのホーンラビットを信頼しているかは、見ていればわかる。だが、お前の気持ちだけでは回らんネジもあるのだ」
「今回の取引は、同時にカクくんを周囲の目から守る意味もある。テルムが噂の中核になれば、必然的にカクくんの話題も減るからね」
「っ……」
最高じゃねぇの。
噂になんなきゃ、のんべんだらりと出来るってもんだ。
ここは是非とも、坊っちゃん超人説を広めてもらわねぇとな!
「……もう、カクったら……」
『あら、念話で伝わってた?』
「わざとなくせに……はぁ、仕方ない」
坊っちゃんは軽くため息をつくと、おっさんとマッチョメンに向き直る。
「お世話になります」
「うむ」
「悪いね、カクくん」
「フスッ」
謝るな謝るな。気にしねぇってば。
「んははは! よぉし、少し話し込んでしまったな! 飲み直しと行こうではないか!」
「そうだねぇ」
「料理長! 塩がなくなったわ!」
チビっ子!?
チビっ子!?
俺が驚愕のままにチビっ子を見ていると、横から筋肉が顔を覗かせてきた。
「いやいや、先程は無礼を働いてすまなんだな!」
「……フシッ」
「んははは! まぁせめてもの詫びだ! ほら飲め!」
マッチョメンが差し出して来たのは、波々に注がれたワイングラス。
おぉ? 良いんですかい?
「ちょっ、クロードさん!?」
「サニティ、それはどうかと思うのだけど?」
いかん、坊っちゃんとお母ちゃんが止める気まんまんだ。
こんなチャンスは滅多にねぇ。頂いちまおう!
「フシッ」
「おおう?」
「あ! こらカク!?」
マッチョメンからグラスを奪うと、俺は躊躇なくそれを飲み下す。
口内に広がる、果物の風味。その後に襲いかかる、久方ぶりの酒気。
うめぇ……うんうん、酒はこうでなくっちゃな!
「……フシュウ……」
「カ、カク?」
うおぉぉ~、世界が回りだしたぞ~?
俺の体、こんなにも酔いが早く回るのか~?
「プシュウ~」
「わぁぁ! カク、カク~!?」
「おぉ、これはいかんなぁ。兎にはまずかったか?」
坊っちゃんの声が遠くに聞こえる。
うぅん、眠い……酒に酔って寝る……何年ぶりだ、こんな……ふへ……
◆ ◆ ◆
ハッ。
「フシュっ」
陽の光を感じ、起き上がる。
ここは……坊っちゃんの部屋か。んで、ベッドの上、と。
「お目覚めですかな?」
「フシッ!?」
うおぉびっくりしたぁ!
コンステッド氏じゃねぇか。なんでココにいるんだ?
「ホホ、テルム様から言伝を預かっておりますので、カク様が起きるまでちょくちょくと見回っていたのですよ。タイミングが良うございました」
『あ~、そうかい。んで、なんだって?』
頭は……痛くねぇな。
どうやら、角兎の体はアルコールには弱いが、毒素の排出は早いようだ。二日酔いなしってのは嬉しいね。
「はい。では一言一句間違いなく……『何回起こしても「うっさいわハゲ」しか返してこないからもう知らない! アーキンちゃんと出かけてくるから、帰ったら謝ってね!』だそうです」
『おぉん? 俺、そんなこと言ってた?』
「ホホ、そうですなぁ。テルム様が頭皮を気にしてらっしゃったくらいには連呼されてございましたな」
お、おう、それは悪いことしたな。
今は……昼くらいか。飯、終わってそうだなぁ。
まぁ、帰ったら謝っとくとして、飯たかりに行こうかね。
『あんがとよ。じゃあ帰ってくるまで待つわ』
「かしこまりました。では、私もこれで」
コンステッド氏が部屋を出ていく。
『さて、余った野菜は何があるかな~』
俺も空きっ腹を押さえながら、ポテポテとその場を後にしたのであった。
・
・
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その後。
坊っちゃん達は、夜になっても帰って来なかった。
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