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第二章
6-2
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ダルトはうんざりしていた。
目の前で五分おきにため息をつかれてはたまったものじゃない。
問いかけても何も言わずにただただ陰鬱な雰囲気を醸し出されては何もしてあげられないではないか、とほんの少しの苛立ちを覚える。
大体の予想はついているものの、こちらからそれを切り出す訳にはいかない。
もう一度意を決すると目の前にいる少年———アルミスに再び問いかけた。
「誰にも言わないので話してみてはどうでしょう?ほら、友達に相談事などよくするではないですか」
「友達いたことないから分からないです」
「それなら教えてあげましょう。そう言うのは、友達に話してみると案外楽になるものなのです。それに、相談された側も信頼されているようで嬉しくなるのです」
「ダルトさんも相談されるのは嬉しいのですか?」
「えぇ」
実際、自分は他人に相談などしたことがない。さらに言えば心を開くに至る友達を作ろうと思ったことすらないので、これは世間一般的な知識としての教えだ。
「……好きな人と喧嘩したんです」
「喧嘩、ですか」
ようやく話し始めたアルミスのために、ダルトは中庭にあるいつものベンチに腰を掛けると、話を聞こうという意志を姿勢を整えて示す。
実習棟にある中庭は人気がほとんどなく「聞かれたくない話」をするには最適な場所だ。
アルミスも半人分ほどのスペースを開けてその隣に座ると、もう一度小さくため息をついた。
「私との大切な約束を無しにするって言われたんです。それで言い合いになってしまって。」
「それで喧嘩に?どんな約束だったのですか?」
「お披露目会に、一緒に参加するっていう約束です」
一緒に参加ということはエスコートでもしてもらう予定だったということだろう。
アルミスは名前を伏せてはいたが、エスコートをしてもらう彼の好きな人、その相手がカイルアだということをダルトは知っていた。
二年ほど前、ウォルン家の領地へ遊びに行った際に街で偶然出会ったのがカイルアだった。出会ったと言うが、実際は直接話したわけではなく見かけただけ。
けれどもその見た目に強く惹かれ、単純に言えば一目惚れしたのだ。
それからというもの、父の目を盗んでは街へ出かけてカイルアを眺める日々を送っていた。
人にやさしく、無意識的に他者を愛することができる博愛主義者。そんな彼を見る度にいつかその愛が自分に向けば、という想いが強くなっていった。
カイルアとアルミスの使いが婚約の話をしているのを目撃したときは、さすがにしばらく寝込んだりもした。
そんなこんなで他にも様々な理由があり、カイルアとアルミスの関係性や現在置かれている状況についてもすべてを理解しているというわけなのだ。
「その人にも何か理由があったのかもしれませんね」
「理由ですか?」
ダルトはアルミスを励ますべく、話を進める。
本心では、エスコートができなくなったことは喜ばしいことではあるが、それでは父の意向に沿わないので嫌でもそうするしかない。
そこに私情は必要ないのだ。
「例えば何かトラブルが起きていて、それに巻き込まないようにするため。もしくはなにか悩みがあって、それにアルミス様が関係している、などでしょうか」
「でも、理由は私に恥をかかせないためって言ってました」
「それこそ不思議では?レッスンができないとはいえ、少しはしたのですから恥をかかせる程のレベルではないでしょうに」
「……確かに」
「やはり、何かを隠しているのかもしれませんね」
できるだけ核心に近いヒントを与えて、自分で真実に気づかせる。
これは、より真実を自分の中で確立させるための手法だ。
そしてさらに追い討ちをかける。
「そういえば、最近アルミス様についての噂を耳にしますけどご存知ですか?」
「私の噂ですか?それはどんな……」
「なんでも、カイルア殿がアルミス様をそそのかしたとか」
「それはどういう……!」
「私もよく知りませんが巷ではかなり広まっているようで、よく耳にしますね。もしかしたら、その方もなにか関係があるかもしれませんよ」
自分で言っていて阿呆らしくなってきた。
関係があるどころではない。その噂の渦中の人物なのだから。
初めて知る真実にアルミスは混乱しているのだろう。青くなったり赤くなったり顔色がころころと変わっている。
自分にできるのはここまで。後は彼次第。
父の計画通りに進むようにつつがなく、そして自然にそうなったかのように行動するのが自分の使命なのだ。
「酷いこと……言ったかもしれません」
「その自覚があるなら大丈夫です」
「でも、もう会えない。謝らなきゃいけないのに」
「謝罪を口にするのも大切ですが、行動で示すというのもありますよ」
「行動、ですか……」
これは父によく言われることだ。しかし、ニュアンスはかなり違う。
父が言うのは口先ばかりではなく行動で示せという意味だ。
「ダルトさん、ありがとう」
「なぜお礼を?」
突然の礼に驚く。
自分がこうしてアルミスの相談に乗っていることは決して良心からではない。
父のためであって、本人には言えないようなことも沢山やっている。
そんな自分がお礼をされるとは思ってもいなかったのだ。
「話を聞いてもらって楽になりました。確かにあなたの言う通りでした。やっぱり、友達は良いものですね」
先程の話で困惑をしているだろうに、こちらに笑顔を向ける姿はその芯の強さを表しているように見えた。
自分のやってきたことを知れば、きっとこの笑顔を向けられることは一生ない。
元より、友人関係を持ちかけたときから利用するつもりでいた。父の計画が終わればそこまで。
それでも、今少し自責の念を抱いてしまうのは己の決意の弱さからだろうか。
「いえ、お役に立てたのなら何よりです」
ダルトも笑顔を作り応えると、その後は軽く雑談をしてお開きとなった。
アルミスがこの場を去ったあと、ダルトはしばらくベンチに腰を掛けて空を眺めた。
秋の色づきが見える夕暮れは憎いほどに穏やかだ。
今日は久しぶりに家へ帰る日。
自分の住む家だとは思えないほど酷く冷たく暗いあの家に。
いつものように顔に手を当ててひと呼吸をおく。
これはダルトの癖だ。
自身の情を、人間性を切り離す一種の儀式のようなもの。
自責も不安も、喜びも怒りも、好きも嫌いも必要ない。
今必要なのは、自分に課せられた使命を全うすることのみ。
そうして、ゆっくりと立ち上がると自邸へ向かう馬車へと乗り込んだ。
目の前で五分おきにため息をつかれてはたまったものじゃない。
問いかけても何も言わずにただただ陰鬱な雰囲気を醸し出されては何もしてあげられないではないか、とほんの少しの苛立ちを覚える。
大体の予想はついているものの、こちらからそれを切り出す訳にはいかない。
もう一度意を決すると目の前にいる少年———アルミスに再び問いかけた。
「誰にも言わないので話してみてはどうでしょう?ほら、友達に相談事などよくするではないですか」
「友達いたことないから分からないです」
「それなら教えてあげましょう。そう言うのは、友達に話してみると案外楽になるものなのです。それに、相談された側も信頼されているようで嬉しくなるのです」
「ダルトさんも相談されるのは嬉しいのですか?」
「えぇ」
実際、自分は他人に相談などしたことがない。さらに言えば心を開くに至る友達を作ろうと思ったことすらないので、これは世間一般的な知識としての教えだ。
「……好きな人と喧嘩したんです」
「喧嘩、ですか」
ようやく話し始めたアルミスのために、ダルトは中庭にあるいつものベンチに腰を掛けると、話を聞こうという意志を姿勢を整えて示す。
実習棟にある中庭は人気がほとんどなく「聞かれたくない話」をするには最適な場所だ。
アルミスも半人分ほどのスペースを開けてその隣に座ると、もう一度小さくため息をついた。
「私との大切な約束を無しにするって言われたんです。それで言い合いになってしまって。」
「それで喧嘩に?どんな約束だったのですか?」
「お披露目会に、一緒に参加するっていう約束です」
一緒に参加ということはエスコートでもしてもらう予定だったということだろう。
アルミスは名前を伏せてはいたが、エスコートをしてもらう彼の好きな人、その相手がカイルアだということをダルトは知っていた。
二年ほど前、ウォルン家の領地へ遊びに行った際に街で偶然出会ったのがカイルアだった。出会ったと言うが、実際は直接話したわけではなく見かけただけ。
けれどもその見た目に強く惹かれ、単純に言えば一目惚れしたのだ。
それからというもの、父の目を盗んでは街へ出かけてカイルアを眺める日々を送っていた。
人にやさしく、無意識的に他者を愛することができる博愛主義者。そんな彼を見る度にいつかその愛が自分に向けば、という想いが強くなっていった。
カイルアとアルミスの使いが婚約の話をしているのを目撃したときは、さすがにしばらく寝込んだりもした。
そんなこんなで他にも様々な理由があり、カイルアとアルミスの関係性や現在置かれている状況についてもすべてを理解しているというわけなのだ。
「その人にも何か理由があったのかもしれませんね」
「理由ですか?」
ダルトはアルミスを励ますべく、話を進める。
本心では、エスコートができなくなったことは喜ばしいことではあるが、それでは父の意向に沿わないので嫌でもそうするしかない。
そこに私情は必要ないのだ。
「例えば何かトラブルが起きていて、それに巻き込まないようにするため。もしくはなにか悩みがあって、それにアルミス様が関係している、などでしょうか」
「でも、理由は私に恥をかかせないためって言ってました」
「それこそ不思議では?レッスンができないとはいえ、少しはしたのですから恥をかかせる程のレベルではないでしょうに」
「……確かに」
「やはり、何かを隠しているのかもしれませんね」
できるだけ核心に近いヒントを与えて、自分で真実に気づかせる。
これは、より真実を自分の中で確立させるための手法だ。
そしてさらに追い討ちをかける。
「そういえば、最近アルミス様についての噂を耳にしますけどご存知ですか?」
「私の噂ですか?それはどんな……」
「なんでも、カイルア殿がアルミス様をそそのかしたとか」
「それはどういう……!」
「私もよく知りませんが巷ではかなり広まっているようで、よく耳にしますね。もしかしたら、その方もなにか関係があるかもしれませんよ」
自分で言っていて阿呆らしくなってきた。
関係があるどころではない。その噂の渦中の人物なのだから。
初めて知る真実にアルミスは混乱しているのだろう。青くなったり赤くなったり顔色がころころと変わっている。
自分にできるのはここまで。後は彼次第。
父の計画通りに進むようにつつがなく、そして自然にそうなったかのように行動するのが自分の使命なのだ。
「酷いこと……言ったかもしれません」
「その自覚があるなら大丈夫です」
「でも、もう会えない。謝らなきゃいけないのに」
「謝罪を口にするのも大切ですが、行動で示すというのもありますよ」
「行動、ですか……」
これは父によく言われることだ。しかし、ニュアンスはかなり違う。
父が言うのは口先ばかりではなく行動で示せという意味だ。
「ダルトさん、ありがとう」
「なぜお礼を?」
突然の礼に驚く。
自分がこうしてアルミスの相談に乗っていることは決して良心からではない。
父のためであって、本人には言えないようなことも沢山やっている。
そんな自分がお礼をされるとは思ってもいなかったのだ。
「話を聞いてもらって楽になりました。確かにあなたの言う通りでした。やっぱり、友達は良いものですね」
先程の話で困惑をしているだろうに、こちらに笑顔を向ける姿はその芯の強さを表しているように見えた。
自分のやってきたことを知れば、きっとこの笑顔を向けられることは一生ない。
元より、友人関係を持ちかけたときから利用するつもりでいた。父の計画が終わればそこまで。
それでも、今少し自責の念を抱いてしまうのは己の決意の弱さからだろうか。
「いえ、お役に立てたのなら何よりです」
ダルトも笑顔を作り応えると、その後は軽く雑談をしてお開きとなった。
アルミスがこの場を去ったあと、ダルトはしばらくベンチに腰を掛けて空を眺めた。
秋の色づきが見える夕暮れは憎いほどに穏やかだ。
今日は久しぶりに家へ帰る日。
自分の住む家だとは思えないほど酷く冷たく暗いあの家に。
いつものように顔に手を当ててひと呼吸をおく。
これはダルトの癖だ。
自身の情を、人間性を切り離す一種の儀式のようなもの。
自責も不安も、喜びも怒りも、好きも嫌いも必要ない。
今必要なのは、自分に課せられた使命を全うすることのみ。
そうして、ゆっくりと立ち上がると自邸へ向かう馬車へと乗り込んだ。
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