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第3章
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爆発音とともに、地震と砂埃を伴った風が街を襲った。
ミカエルは咄嗟にルネを引き寄せ庇う。突然のことにただ驚くことしかできないルネは、ひたすらミカエルのシャツを掴んで地震がおさまるのを待った。
数秒、あるいは数分にも思える長い揺れに耐えた街は、束の間の静寂に包まれた。
「ルネ。大丈夫か」
「はい。ミカエル様は?」
「なんともない」
ルネはミカエルの肩口から顔を出し、辺りを見回す。街の人々はそれぞれ慌てて家の中に入ったり、子供の名前を呼んだりして騒然としている。幸い、建物や木が倒れたりはしていなかった。
「なんだったんでしょう……ミカエル様?」
返答がないことに違和感を感じて首を動かすと、いつも優しい色をしているペリドットが鋭い視線を放っていた。街の中心部、尖塔の時計台をじっと見据えている。ルネもつられてそちらを見ると、そこだけ異様に煙たかった。3階建ての建物よりも高く土煙が立っている。その理由は、ルネにも分かった。
「ミカエル様。あれって」
「分かるか?」
「はい。強力な魔物の気配がします」
ミカエルが頷く。
「何故かはわからないが、この街にお出ましのようだ。先の地震もあれの仕業だろう」
ルネはミカエルを見上げる。あまり見ない、厳しい表情だ。
「行くのですか?」
答えなんて、分かりきっていた。
「ああ。君は先に戻って……」
「嫌です。私も行きます」
きっとミカエルもルネがこう返すことを分かっていた。ミカエルは視線を時計台からルネに移しじっと彼女の青い双眸を見定める。試されている、我儘な子供の戯言ではないか。ルネは決して目を逸らさない。絶対に逃げないという確固たる意志を伝えるために。
「分かった」
ミカエルが立ち上がり、ルネは拘束から離れる。無意識に、肩から下げた羽扇を触った。
「行こう」
今日何度目かの彼の手を取る。ミカエルは握られた手の体温から、ルネが緊張していることを感じ取って、彼女を一瞥した。
(恐らくあれはSS級以上の魔法使いに討伐命令が下るレベルの魔物。ルネには感じたことのない気配だろう。だが、今の彼女なら)
ミカエルはルネの手を握って走り出した。
時計台から離れようとする人の波に抗って、ルネとミカエルが魔物に近付いていく。足を進めれば進めるほど、魔物の嫌な気配が強くなっていった。時計台のふもとが見える曲がり角を曲がると、そこには巨大な黒いスライムのような塊がうようよと動いていた。
さらに走って、時計台のある広場に出る。広場の中心の時計台に絡みつく蛸のような足が何本も見えた。
風上に奴がいるせいか、なんだか生き物が腐った匂いがする。ルネは思わず顔をしかめた。
「あ、あの大きなものが魔物ですか?初めて見る類です」
「あれは……砂蛸だな」
砂蛸。聞いたことがない。
それにしても大きい。3階建て程度の建物ならば、その長くくねった足で呑み込めてしまうのではないかとも思える。
「やはり、上級の魔物だったか。ルネ、こいつは今朝倒したように一撃では倒せない。何度か叩かないと、コアを破壊できないんだ」
砂蛸が咆哮した。同時に砂埃が風を伴って広場に充満する。逃げ遅れた人の悲鳴がミカエルの耳に届いた。助け出さなければ。だがどこにいるのか判別できない。
「ルネ。扇を使いなさい」
「え?でも私まだ使い方を知りません」
「大丈夫、魔法道具は君の体の一部だ。思うままにやってみなさい」
ルネは戸惑いながら揺れる羽扇を見下ろす。要部分に付いた深い青の石が、砂埃で光も届かないのに光った気がした。ルネはそれを手に取り、魔力を扇に集中させるイメージを創り出す。
(大丈夫、出来る、出来る。魔力を手のひらから扇に流し込むように……魔法道具は体の一部。血液が循環するイメージで……)
段々、手のひらが熱くなってきた。違う。熱くなっているのは扇の方だ。ルネは閉じていた目を開き一気に扇を振り下ろした。
ブオン、という暴風音と共に、砂埃と同じだけの清らかな風が吹き荒れた。しばらく拮抗していた2つの風は、ルネがもう一度扇を振り上げたことで動きを表した。ルネを中心にたちまち砂埃が時計台の方に流される。
ルネの頭上に太陽の光が戻ってきた。
「す、すごい……」
自分でやってのけておいて、ルネは驚愕してしまう。今までこんなにも広範囲に魔法を使ったことが無かった。そんなことまだ出来ないと思っていただけでなく、使うことを想像もしていなかったのに、魔法道具を使った瞬間、いとも簡単に出来てしまった。
「いた」
まじまじと羽扇を見つめるルネの横で、ミカエルが小さく呟き駆け出した。その先には子供を抱えてうずくまる母親の姿があった。
ミカエルは咄嗟にルネを引き寄せ庇う。突然のことにただ驚くことしかできないルネは、ひたすらミカエルのシャツを掴んで地震がおさまるのを待った。
数秒、あるいは数分にも思える長い揺れに耐えた街は、束の間の静寂に包まれた。
「ルネ。大丈夫か」
「はい。ミカエル様は?」
「なんともない」
ルネはミカエルの肩口から顔を出し、辺りを見回す。街の人々はそれぞれ慌てて家の中に入ったり、子供の名前を呼んだりして騒然としている。幸い、建物や木が倒れたりはしていなかった。
「なんだったんでしょう……ミカエル様?」
返答がないことに違和感を感じて首を動かすと、いつも優しい色をしているペリドットが鋭い視線を放っていた。街の中心部、尖塔の時計台をじっと見据えている。ルネもつられてそちらを見ると、そこだけ異様に煙たかった。3階建ての建物よりも高く土煙が立っている。その理由は、ルネにも分かった。
「ミカエル様。あれって」
「分かるか?」
「はい。強力な魔物の気配がします」
ミカエルが頷く。
「何故かはわからないが、この街にお出ましのようだ。先の地震もあれの仕業だろう」
ルネはミカエルを見上げる。あまり見ない、厳しい表情だ。
「行くのですか?」
答えなんて、分かりきっていた。
「ああ。君は先に戻って……」
「嫌です。私も行きます」
きっとミカエルもルネがこう返すことを分かっていた。ミカエルは視線を時計台からルネに移しじっと彼女の青い双眸を見定める。試されている、我儘な子供の戯言ではないか。ルネは決して目を逸らさない。絶対に逃げないという確固たる意志を伝えるために。
「分かった」
ミカエルが立ち上がり、ルネは拘束から離れる。無意識に、肩から下げた羽扇を触った。
「行こう」
今日何度目かの彼の手を取る。ミカエルは握られた手の体温から、ルネが緊張していることを感じ取って、彼女を一瞥した。
(恐らくあれはSS級以上の魔法使いに討伐命令が下るレベルの魔物。ルネには感じたことのない気配だろう。だが、今の彼女なら)
ミカエルはルネの手を握って走り出した。
時計台から離れようとする人の波に抗って、ルネとミカエルが魔物に近付いていく。足を進めれば進めるほど、魔物の嫌な気配が強くなっていった。時計台のふもとが見える曲がり角を曲がると、そこには巨大な黒いスライムのような塊がうようよと動いていた。
さらに走って、時計台のある広場に出る。広場の中心の時計台に絡みつく蛸のような足が何本も見えた。
風上に奴がいるせいか、なんだか生き物が腐った匂いがする。ルネは思わず顔をしかめた。
「あ、あの大きなものが魔物ですか?初めて見る類です」
「あれは……砂蛸だな」
砂蛸。聞いたことがない。
それにしても大きい。3階建て程度の建物ならば、その長くくねった足で呑み込めてしまうのではないかとも思える。
「やはり、上級の魔物だったか。ルネ、こいつは今朝倒したように一撃では倒せない。何度か叩かないと、コアを破壊できないんだ」
砂蛸が咆哮した。同時に砂埃が風を伴って広場に充満する。逃げ遅れた人の悲鳴がミカエルの耳に届いた。助け出さなければ。だがどこにいるのか判別できない。
「ルネ。扇を使いなさい」
「え?でも私まだ使い方を知りません」
「大丈夫、魔法道具は君の体の一部だ。思うままにやってみなさい」
ルネは戸惑いながら揺れる羽扇を見下ろす。要部分に付いた深い青の石が、砂埃で光も届かないのに光った気がした。ルネはそれを手に取り、魔力を扇に集中させるイメージを創り出す。
(大丈夫、出来る、出来る。魔力を手のひらから扇に流し込むように……魔法道具は体の一部。血液が循環するイメージで……)
段々、手のひらが熱くなってきた。違う。熱くなっているのは扇の方だ。ルネは閉じていた目を開き一気に扇を振り下ろした。
ブオン、という暴風音と共に、砂埃と同じだけの清らかな風が吹き荒れた。しばらく拮抗していた2つの風は、ルネがもう一度扇を振り上げたことで動きを表した。ルネを中心にたちまち砂埃が時計台の方に流される。
ルネの頭上に太陽の光が戻ってきた。
「す、すごい……」
自分でやってのけておいて、ルネは驚愕してしまう。今までこんなにも広範囲に魔法を使ったことが無かった。そんなことまだ出来ないと思っていただけでなく、使うことを想像もしていなかったのに、魔法道具を使った瞬間、いとも簡単に出来てしまった。
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