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第3章
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ミカエルは親子の前まで駆け寄ると、母親のほうに訊ねた。
「立てるか?」
「あ……は、はい……」
母親はミカエルに声をかけられ、砂埃が収まったことに気づいた様子だ。母親はミカエルに一礼し、子供を抱きかかえ時計台と反対方向に逃げて行った。その様子を見守りながら、ミカエルは短くため息をこぼす。
その背後で、砂蛸が長い足を地面に叩きつけている。
「ミカエル様!」
ルネが羽扇を片手に走ってくる。
「ミカエル様、もう逃げ遅れた方はいませんか?」
その表情は焦燥に染められていた。
人間には聞き取れない音でも、ミカエルなら捉えられることをルネは知っている。獣人ならではのその能力に、今まで何度も救われてきた。
「大丈夫だ。もうこの広場には私たちしかいない」
「良かった。……いえ良くありませんわ。まだ何も解決していませんもの」
「そうだな」
砂蛸がまた暴れ始めた。地面にはもういくつも足を叩きつけた跡が付けられ、その度に地面が揺れた。地震の震源地はやはりこの魔物だった。
不安定な足元にふらつくルネをミカエルが支える。
砂蛸は見上げるほど巨大で、さらにコアの場所が把握できない。
ルネは考えた。まずはどこを攻撃すべきか。やはり足か?
砂蛸の肌の表面は砂漠のように乾いていた。動くたびに無数の皺が出来ている。さらにあの足についている吸盤も厄介だ。巻きつかれたら最後、絞め殺されてしまいそう。
「ミカエル様、あの魔物のコアはどこにあるのですか?先程何度か叩かないと壊せないとおっしゃっていましたが」
「砂蛸のコアはあの巨大な足のどこかにある。吸盤がいくつも見えるだろう?あれの中に一つだけ玉が混ざっている。それがコアだ。見てわかるように、あの無数の吸盤の中から見つけ出さなくてはならない。そしてさらに厄介なのが、とても固いんだ。私でも一度では壊せない」
「ミカエル様でも……」
「だが今は二人だ。何とかなるかもしれない。とにかく早めにあの足を切り落とさないことには、近付くことも出来ないしな」
ミカエルはルネを支えたまま、顔を向けた。
「ルネ。この戦闘には君の魔法の方が向いている。私のような物理攻撃よりもね」
ミカエルがじっとルネを見つめ、出来るか?と問いかけてくる。
ルネは硬い表情で頷くしかなかった。砂蛸と街の方角を交互に見て息を呑む。
(本当に私に出来るの?でもやらなきゃ、街が壊されてしまう)
この広場にはもうミカエルとルネしかいない。それなら今手に入れたこの魔法道具で、広い空間をめいっぱい使える。魔法道具の力をもっと沢山試すことが出来るかもしれない。
それに自分から付いていくと啖呵を切ったのだ。逃げかえることなんてしたくない。
勇気を振り絞るように、羽扇を強く握った。
ミカエルがルネの前に立ち、鉤爪を両手にはめた。
「私が奴を引き付ける。君はその間に足の根元を狙いなさい」
「は、はいっ」
「……ルネ」
「?」
振り返ったミカエルの表情は、挑戦的だった。口の端が吊り上がっている。
「私の背を、君に預ける」
それだけ言って、ミカエルが飛び出した。体に緑の光を纏い風の速さで砂蛸に向かっていく。
その背中を目で追いながら、ルネは彼から投げられた言葉を頭の中で反芻した。
(任された。信頼されているんだわ。応えなくちゃ。私も)
ルネは走るミカエルの背を見つめ、魔方陣を足元に展開しそのまま空高く飛び上がった。
広場全体を俯瞰する。砂蛸が作ったいくつもの穴が地面に開いていて、ミカエルはそれを器用に避けて走っている。ルネはもう一度羽扇を振り上げた。
「足の付け根……。付け根を狙って……っ!」
ミカエルの存在に気付いた砂蛸が、一気に彼に向けて攻撃の矛先を向けたのが分かった。その瞬間、ルネの背中に冷たい汗が伝い、電流のような焦燥が駆け抜けた。
「駄目!ミカエル様!」
咄嗟に扇の向きを変えて、ミカエルの目の前に迫っていた蛸の足先に向けて2度扇を振る。すると、その先から鎌鼬のような銀の旋風が2つ繰り出され茶色い足先に命中する。地面に叩きつけられ衝撃で舞い上がった土煙に、ミカエルと砂蛸の足が閉じ込められた。ルネが思わず駆け寄ろうとしたその時、茶色い煙の中から飛び上がってくる者がいた。
黒いシャツを着た、ペリドットの耳飾りを身につけた三毛猫、ミカエルだ。
「ミカエル様!」
その呼び声に気付いたミカエルは、ふっとルネに微笑み返し、地面に降り立ってまた砂蛸に向けて走り始めた。何度も砂蛸の足がミカエルを襲う。しかしミカエルの方が速さに関しては何倍も上だった。ルネは長い息を吐いて、キッと砂蛸を睨みつけた。青い双眸に、確かな怒りが見て取れる。
「ミカエル様は私が守る。絶対に、魔物なんかに負けないわ!」
羽扇にこれでもかと言うほど魔力を流し込む。熱い、手のひらが焼けてしまいそうだ。でも、まだ足りない。戦闘を長引かせたくない。一撃で、足と胴体を切り離す。
ルネは火傷しそうな熱を持つ羽扇を両手で握り直し、それを頭の上にかざした。青白い魔方陣が3重に展開され、直後鼓膜を突き刺すほどの爆音が広場中に響き渡った。
「立てるか?」
「あ……は、はい……」
母親はミカエルに声をかけられ、砂埃が収まったことに気づいた様子だ。母親はミカエルに一礼し、子供を抱きかかえ時計台と反対方向に逃げて行った。その様子を見守りながら、ミカエルは短くため息をこぼす。
その背後で、砂蛸が長い足を地面に叩きつけている。
「ミカエル様!」
ルネが羽扇を片手に走ってくる。
「ミカエル様、もう逃げ遅れた方はいませんか?」
その表情は焦燥に染められていた。
人間には聞き取れない音でも、ミカエルなら捉えられることをルネは知っている。獣人ならではのその能力に、今まで何度も救われてきた。
「大丈夫だ。もうこの広場には私たちしかいない」
「良かった。……いえ良くありませんわ。まだ何も解決していませんもの」
「そうだな」
砂蛸がまた暴れ始めた。地面にはもういくつも足を叩きつけた跡が付けられ、その度に地面が揺れた。地震の震源地はやはりこの魔物だった。
不安定な足元にふらつくルネをミカエルが支える。
砂蛸は見上げるほど巨大で、さらにコアの場所が把握できない。
ルネは考えた。まずはどこを攻撃すべきか。やはり足か?
砂蛸の肌の表面は砂漠のように乾いていた。動くたびに無数の皺が出来ている。さらにあの足についている吸盤も厄介だ。巻きつかれたら最後、絞め殺されてしまいそう。
「ミカエル様、あの魔物のコアはどこにあるのですか?先程何度か叩かないと壊せないとおっしゃっていましたが」
「砂蛸のコアはあの巨大な足のどこかにある。吸盤がいくつも見えるだろう?あれの中に一つだけ玉が混ざっている。それがコアだ。見てわかるように、あの無数の吸盤の中から見つけ出さなくてはならない。そしてさらに厄介なのが、とても固いんだ。私でも一度では壊せない」
「ミカエル様でも……」
「だが今は二人だ。何とかなるかもしれない。とにかく早めにあの足を切り落とさないことには、近付くことも出来ないしな」
ミカエルはルネを支えたまま、顔を向けた。
「ルネ。この戦闘には君の魔法の方が向いている。私のような物理攻撃よりもね」
ミカエルがじっとルネを見つめ、出来るか?と問いかけてくる。
ルネは硬い表情で頷くしかなかった。砂蛸と街の方角を交互に見て息を呑む。
(本当に私に出来るの?でもやらなきゃ、街が壊されてしまう)
この広場にはもうミカエルとルネしかいない。それなら今手に入れたこの魔法道具で、広い空間をめいっぱい使える。魔法道具の力をもっと沢山試すことが出来るかもしれない。
それに自分から付いていくと啖呵を切ったのだ。逃げかえることなんてしたくない。
勇気を振り絞るように、羽扇を強く握った。
ミカエルがルネの前に立ち、鉤爪を両手にはめた。
「私が奴を引き付ける。君はその間に足の根元を狙いなさい」
「は、はいっ」
「……ルネ」
「?」
振り返ったミカエルの表情は、挑戦的だった。口の端が吊り上がっている。
「私の背を、君に預ける」
それだけ言って、ミカエルが飛び出した。体に緑の光を纏い風の速さで砂蛸に向かっていく。
その背中を目で追いながら、ルネは彼から投げられた言葉を頭の中で反芻した。
(任された。信頼されているんだわ。応えなくちゃ。私も)
ルネは走るミカエルの背を見つめ、魔方陣を足元に展開しそのまま空高く飛び上がった。
広場全体を俯瞰する。砂蛸が作ったいくつもの穴が地面に開いていて、ミカエルはそれを器用に避けて走っている。ルネはもう一度羽扇を振り上げた。
「足の付け根……。付け根を狙って……っ!」
ミカエルの存在に気付いた砂蛸が、一気に彼に向けて攻撃の矛先を向けたのが分かった。その瞬間、ルネの背中に冷たい汗が伝い、電流のような焦燥が駆け抜けた。
「駄目!ミカエル様!」
咄嗟に扇の向きを変えて、ミカエルの目の前に迫っていた蛸の足先に向けて2度扇を振る。すると、その先から鎌鼬のような銀の旋風が2つ繰り出され茶色い足先に命中する。地面に叩きつけられ衝撃で舞い上がった土煙に、ミカエルと砂蛸の足が閉じ込められた。ルネが思わず駆け寄ろうとしたその時、茶色い煙の中から飛び上がってくる者がいた。
黒いシャツを着た、ペリドットの耳飾りを身につけた三毛猫、ミカエルだ。
「ミカエル様!」
その呼び声に気付いたミカエルは、ふっとルネに微笑み返し、地面に降り立ってまた砂蛸に向けて走り始めた。何度も砂蛸の足がミカエルを襲う。しかしミカエルの方が速さに関しては何倍も上だった。ルネは長い息を吐いて、キッと砂蛸を睨みつけた。青い双眸に、確かな怒りが見て取れる。
「ミカエル様は私が守る。絶対に、魔物なんかに負けないわ!」
羽扇にこれでもかと言うほど魔力を流し込む。熱い、手のひらが焼けてしまいそうだ。でも、まだ足りない。戦闘を長引かせたくない。一撃で、足と胴体を切り離す。
ルネは火傷しそうな熱を持つ羽扇を両手で握り直し、それを頭の上にかざした。青白い魔方陣が3重に展開され、直後鼓膜を突き刺すほどの爆音が広場中に響き渡った。
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