三毛猫、公爵令嬢を拾う。

蒼依月

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第3章

3-29

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 アルベルトは隣国に2週間ほど調査に向かった。
 結果、確かに噂はあった。「三毛猫の獣人と可愛らしい少女が砂蛸という魔物を倒した」というものだ。だがそれがルネだという確信は持てなかった。少女の見た目を人に聞くと、

「赤い髪の子がさ……」
「いや、空のような青くて長い髪の子だったと聞いたよ」
「べっ甲のような茶色の髪じゃなかったかい?」

と、はっきりとしなかったのだ。だが少女は扇形の魔法道具を持っていたという。そして三毛猫の獣人と砂蛸を倒したという。
 それを聞いた騎士団の一人が首を傾げた。

「これじゃあ、お嬢様じゃないですね。お嬢様は魔法が使えないはずですし、魔法道具なんて……」
「……そうだな」

 真実を知っているアルベルトは少しだけ焦った。仮に髪の色を変えて街に下りてきていたとしたら、この2人がミカエルとルネではないと否定できなくなってしまう。
 ルネは魔法が使える。それは絶対に口外してはいけないと心に誓って、帰路につく。
 久方ぶりの屋敷に戻ると、リリィがまず出迎えてくれた。

「アルベルト様!」
「リリィ殿。出迎えありがとう」
「いえ、あの」

 リリィは周りの騎士団の視線を気にしながら顔を近づけて、アルベルトに耳打ちする。

「どうでしたか?」

 リリィを見返すと心配と顔に書いてあった。きっとこの2週間、ルネのことが心配で気が気でなかったのだろうことが見て取れる。
 アルベルトは小声で答えた。

「なんとも言えないな。三毛猫の獣人と魔法が使える少女が、魔物を倒したという噂は本当のようだ。だが少女の見た目がはっきりしない。まあ、魔法が使えるという時点で騎士団の皆は否定しているが、リリィ殿も知っている通り、お嬢様が魔法を使えるとなると噂の否定は難しい。だが」

 体を起こして、アルベルトはにっと笑った。

「所詮噂は噂だ。使。だろう?」
「……はい。そうですね」

 リリィは浮かない顔のまま頷いた。
 何か嫌な予感がする。得体の知れない何かが、背後からずるりずるりと忍び寄ってくるような悪寒が感じられて不安でたまらない。
 騎士団を連れて屋敷に入っていくアルベルトを見送りながら、リリィは仕事に戻っていった。

(大丈夫よ。ミカエル様がついているのだもの)


□□□□□□□□


 リリィと別れたアルベルトは一人でルーカスの部屋に報告をしに行った。部屋に入ると、執事と、それから機嫌の悪そうなルーカスがいた。
 ルーカスはアルベルトを一瞥すると、執事を下がらせる。執事は渋々といった表情で部屋から出て行った。

「申し訳ございません。お話の邪魔をしてしまいましたか」
「いや。問題ない。今はお前の報告の方が先だ」

 その言い方にいささか引っ掛かりを覚えながら、アルベルトは今回の調査について報告した。

「結論といたしましては、噂はありました。猫の獣人と少女が魔物を倒したことも事実でした。ですがその少女がお嬢様だと断定することは出来ませんでした」
「ほう?理由は」
「まず噂がたってから時間が経っていた為か、少女の容姿を覚えている人が少なく、噂の内容も十人十色、これが真実であると確定することは難しいでしょう。また、噂によると少女は魔法を使っていたようです。ご主人様も知っての通り、お嬢様は魔法が使えません。その為噂の少女はお嬢様だと断定することは出来ませんでした」
「そうか」

 魔法が使えないと言ったところで、ルーカスの表情が少し曇った。

「ご主人様。お嬢様は隣国にはいらっしゃらないのではないですか?あの噂もあまり信用できません」
「ではどこを探せというのだ」
「それは……」
「もう1年以上も国内を探し回っている。それなのに手がかりひとつ見つけられないのだぞ。やっと見つけた唯一の光かもしれないんだ。これを掴まない手はない」
「しかし、噂がお嬢様のものとは」
「直接見た者はいなかったのか?」
「は」

 アルベルトは目を瞬いた。ルーカスの眼鏡越しの鋭い視線に息をのむ。

「その少女を直接見た者はいなかったのかと聞いているんだ」
「それは……」
「まさか調べなかったのか?」
「申し訳ございません」

 その瞬間、ルーカスから強力な魔力を感じた。彼が何かをしようとしている。僅かに恐怖を感じ身構えた直後、アルベルトの足は床から離れ後ろに吹き飛んだ。

「がっ……!」

 背中から真後ろの扉に激突したアルベルトは、そのまま重力に任せて床の上に落ちた。鎧を着ていなかった体は直にルーカスの攻撃を喰らい、体が腹から真っ二つに折れてしまったのではないかと錯覚する。
 カツカツと靴音を鳴らしてルーカスが近付いてくるのが分かった。今すぐにでも謝らないといけないことは分かっているが、体を動かすことどころか声を出すこともままならなかった。

「アルベルト。お前は我が騎士団の優秀な長だ。だからこの危険な任務をお前に任せた。お前なら私の意思を汲み取って行動してくれると、そう思って任せた。だが」

 うなだれるアルベルトの顎をルーカスが指で持ち上げた。アルベルトの視線の先で、ルーカスの狂気じみた双眸が揺れている。

「お前は私の期待を裏切るのか?それともやはり、お前は何か私に隠していることがあるのか?」



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