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最終章

最終話 ※『コウちゃん』

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 腰を掴みなおした陽太がペニスを引く。ぬかるんだ壁を擦るようにして引き抜かれるので、「ううぁ……っ」と喘ぎ声が勝手に漏れた。
 それから一気に、根元まで猛りを押し込まれる。
「あああ……っ、……イ~~ッ!」
「……っ」
「んあっ! は、あっ、イっ、……———っ!」
 そそり立ったペニスが、甘く痺れる粘膜を押し広げていく。こつ、と奥に先端が当たった。その瞬間、身体中に電流が走り、頭が真っ白になる。
 あまりの快感に怖くなって奥歯を噛み締める。陽太は最奥を捏ねるようにぐりっと腰を押し付けてきた。
「ひっ……!? うぐ、は……っ!」
「ごめ、動く」
「ああっ、ん! 奥、ふかぁっ、あっあっ!」
「……は、」
「あっ、ああーっ、う……ん……ッ!?」
 陽太が幸平の腰を持ち上げて、一番敏感な場所を抉るように突き刺してくる。
 前立腺は陽太の指で執拗にいじられてぽってりと火照っていた。刺激に敏感な箇所をわざと竿で擦り上げて、じゅぷじゅぷと硬い性器がナカを往復する。
「あぁっ、あっ! よ、たくん、あっ」
「……コウちゃん」
 粘膜はペニスに絡みつきながらも甘い悲鳴をあげている。カリでしこりを抉るように貫かれて、幸平は弱々しく唇を震わせた。
 まだ挿入されていない時に散々可愛がられた幸平のペニスは、もう一切触られていないのにすっかり勃ち上がって腹の上で震えている。
 陽太の性器が腹の奥を叩きつけるたびに、幸平のペニスはブルっと揺れた。
「んんん~~……っ、も、むり……っ」
 もう、限界かもしれない。
 気持ち良すぎて自分の声すら遠く聞こえる。
「あっ、んぁっ! んんっ、は、はっ」
「コウちゃん、」
「よ、ったくん……っ」
「痛くねぇ?」
 けれど陽太の声はとても近くに感じた。
 こんなに激しい性交の最中なのに、陽太の声はこれ以上ないほど優しい。
 腰を掴んでくる手も決して強引ではない。陽太は行為の間ずっと、幸平の体を気遣ってくれる。
 またググッと腹一杯に硬いペニスが埋まった。快感の伴う圧迫感で身体中に柔い痺れが走る。
 律動が止まる。蠢く粘膜がねっとりとペニスを締め上げて、それだけでイッてしまいそうになる。
 幸平は必死に腕を伸ばした。陽太は腰を掴む手を離して、また幸平を覆ってくる。
 背中に腕を回されてギュッと抱きしめられる。幸平もまた、その汗ばんだ背に腕を回して、優しい力で……愛情の込めた力で抱きしめ返した。
 陽太は幸平の、熱い腹の中に太い塊をおさめたまま、目元へキスをしてきた。
 額や頬、髪の生え際まで至る所唇を押し付けてくる。
 一つ一つが熱くて、気持ちよくて、幸平はぼうっと身を任せている。
「痛くねぇよな?」
「……ん、大丈夫」
「痛かったら言って」
 陽太が気にしているのが、セックスに対してだけでないのは容易に分かった。
 昨日のアパートで、父に痛めつけられた体を気遣ってくれているのだ。
 だから幸平は、陽太を安心させるように微笑む。
「痛くないよ」
 答えながらも、なぜか泣きそうになった。
 もちろん痛みなんかない。辛さもない。ただ、陽太のことが好きで泣きたくなったのだ。
 不意に考えたのだ。
 ……陽太くんは、いつも優しかったな。
 こんな時なのに、幸平は思う。こんな風に陽太に満たされているからこそ、思える。
 子供の頃に初めて会った時から陽太は幸平に優しかった。気づいていなかったけれど、あの小さな傷だらけの幸平という子供は、弟以外の誰にも心を開いていなくて友達なんか一人もいなかった。
 それなのにどこからかやってきた陽太だけが、世界の端っこ……影になった場所にいた幸平を見つけて、共に夜になるまで傍にいてくれた。
 どうして陽太は、見つけてくれたのだろう。陽太は最初から優しくて、幸平にとってヒーローそのものだった。
 時には傷ついたこともある。けれどそのどれもにはきっと理由があると信じられる。
 陽太の行動は全部が優しさから生まれたものだった。幸平はそれに傷ついて、涙を流したり、息苦しくなったけれど、今こうして心も体も陽太に包まれていると、その全てが報われた心地になる。
 痛みや涙が全て愛に変わっていく。
「陽太くん」
 囁くと、陽太が頬から唇を離した。
 じっと視線が交わる。ずっとこのまま、何も言わないで見つめていたいような、不思議な心地だった。
 でも、幸平はどうしても伝えたい。
「俺は陽太くんと居たら何も痛くない。陽太くん、大好き」
 心から溢れ出した『好き』は笑顔となって現れた。
 幸平が微笑みかけると、陽太はじっと真顔で見下ろしてくる。
「……うん」
 まるでそう答えるのが精一杯みたいな声が落ちてくる。
 陽太がまた顔を近づける。そうしてようやく、唇が重なった。
 唇の熱を確かめ合うようなキスを交わす。幸平が、陽太を抱きしめる力をより強めると、また律動が再開した。
 ゆったりと、長い時間をかけて動き出すそれは、互いの鼓動を慎重に合わせるみたいだ。幸平はあまりに気持ちよくて、愛しくて、譫言みたいに「大好き」「陽太くん」を繰り返した。
 心を埋め尽くす感情だけしか言葉として現れない。
 全部が、陽太のためのものだった。
「……はっ、ああ……う、陽太くん……っ、好き」
「うん……っ」
「ああっ、あっあっ、よ、たくん、……大好き」
「コウちゃん」
 陽太がこぼすように笑った。心の底から、溢れるみたいな笑い方だった。
 幸平もなぜか笑えてしまって、陽太をぎゅうっと抱きしめる。遊ぶように「好き」と押し付ける先は、タトゥーの彫られた陽太の肩だ。
 いつの間にか陽太の腕や肩に描かれたタトゥーを幸平は好きだった。どうしてなのか、これを見ていると心が落ち着く。
 幸平は陽太の全部が好きだ。
「んんっ、は、あー……っ、う、陽太くん」
「うん、コウちゃん」
「もう、イく……っ」
 絶頂の気配に肌がぶるりと粟立つ。陽太を受け入れる後孔は熱く蕩けて、一体化したみたいだった。
 快感の泡が頭の中を埋め尽くしていく。幸平は涙の浮かんだ瞳で陽太をじっと見上げた。
 一番近い場所で見つめ合う。陽太は唇の触れ合う間際で囁いた。
「一緒にイこ」
「うん」
 幸平からキスをした。陽太が腰を押し付けてくる。
 硬いペニスが甘く痙攣する内壁をぐりっと擦り上げる。切っ先が最奥をコツンと叩いて、引いて、また奥を優しくノックした。
 うねる腹の奥に先端が押し付けられた。全身を抱きしめられて、密着が深まる。口付けを深くしながらも、陽太はまた奥へとペニスを擦り付けた。
 あ、もう、だめだ。
「……イっ、ッ!」
「俺も……っ」
「よ、たくん、あッ——~~……っ!」
 繋がった部分から快感が電流のように駆け抜けて、瞼の裏に星が散る。
 べこ、と腹が凹み陽太を強く締め付けた。跳ねた腰が陽太に押さえつけられて、奥を一度突き上げてくる。
 幸平は喉を反らして果てた。腹の中で、陽太のペニスが痙攣する。
 ゴム越しに吐精されるのが分かった。幸平は力無くも、陽太を抱きしめている。陽太もまた幸平を抱え込んでキスをした。
「コウちゃん」
 「大好き」陽太が、口付けと共に言葉を注ぎ込んでくる。彼のあたたかな手のひらが、幸平の右頬を撫でた。
 陽太の触れる箇所が途端に熱くなる。幸平にとって意味のある体になっていく。
 幸平は決して目を閉じずに陽太を見つめた。嬉しそうに目を細める陽太を、ずっとずっと見つめ続けた。

































 「お腹が減った」と幸平が言うと、陽太は「ご飯食べ行こ」とすぐに返した。
 あれからも暫く裸のまま過ごしていたけれど、運動は体力を使う。お腹が減った。二人でどこか、カフェにでも行きたい。
 そう言うわけで着替えようとした幸平だが、陽太がすかさず自分のトレーナーを差し出してくる。
 下着もボトムも自分のものを着せたがるので、幸平は(少し大きいけどまぁいいか)と言われるがまま着用した。
 陽太の方はまだ下着とボトムを履いただけで着替えは完了していない。それなのに忙しなく、「ちょっと、写真撮らせて」と上半身裸のまま携帯をこちらに構えて、何度か角度を変えながら写真を撮り始める。
「陽太くんも服着た方がいい。風邪引くよ」
「そうかも」
 指摘するとすぐに服を着るので面白い。幸平はベッドに腰掛けたまま、彼の着替えを眺めている。
 ……陽太がそれ以上に、何かを始める気配はなかった。
 今だからこそ、聞ける。
 もう恐れたり、覚悟をする必要なんかない。
 幸平は、トレーナーを着た陽太に問いかけた。
「陽太くんさ、どうして俺にお金渡してたの?」
 すると陽太が振り向いて目を丸くした。
 数秒の沈黙。幸平はただ、答えを待っている。
 すると陽太は、しょんぼりと眉を下げた。
「……それ、謙人にすげぇ怒られた」
「怒られたんだ」
 ……何だろうな。
 この間まであんなに考えるのさえ苦しかったこの話題なのに、幸平は思わず笑いそうになった。
 だが陽太が本気で落ち込んでいるので我慢する。ここで笑うのは誠意がない。
 陽太は素直に、語り出した。
「何つうか……コウちゃんは俺と会う間バイトできないから申し訳なさすぎて。俺と会うことで金を失ってるようなもんだろ。でも俺は会いたいから、コウちゃんの負担になりたくないと思ったんだけど……すげぇ怒られた」
「そんなの、いいのに」
 陽太が隣に腰掛ける。
 例の如くポーカーフェイスだが、幸平には彼の心が沈んでいるのが分かる。
「理想論抜きにして現実的に考えると、俺はコウちゃんにたくさん会いたいけど、その分コウちゃんはバイト入れなくなるんだ。おかしくね?」
「俺だって会いたいよ」
「……ぐっ」
「?」
「それでさ、考えたんだけど」
 今の呻き声は何? だが陽太は平然と続けるので、幸平も黙る。
 それも、一瞬の沈黙だった。
「コウちゃん、俺と同居しない?」
「えっ!?」
 予想外の発言に幸平は声を上げた。
 陽太は冗談ではない、真剣な表情をしていた。
「ど、同居?」
「そう」
「……」
「ここ、使ってない部屋もあるし。盗聴器ももうないし」
「あ、うん」
「今すぐってわけじゃないよ。でもコウちゃんも、春には契約切れるだろ」
「そうかも」
「そしたら一緒に住めば、いつでも会えるし、家賃とか食費とか軽くなる」
「……確かに、そうかも」
「そしたら俺も、コウちゃんに沢山料理作れる」
「え、うん」
 当たり前のように続けたそれが陽太にとって有益なのか判断に迷うが、彼は真面目な顔つきのままだ。
「どう?」
「そっか。家賃とか半分になるってことだよね」
「半分……あー、うーん、そっすね」
 陽太は一瞬目を逸らしたが、また幸平に目を合わせ、軽く微笑んだ。
「俺ん家の方がコウちゃんの大学にも近いし。すげぇよくね、同居」
「……」
 幸平は無言でその笑顔を見つめた。
 陽太の笑顔は純粋で、ただただ幸平に有利な提案をしようという裏のないものだった。同居。そのワードを口にしたことにも、陽太はあまり考えていないように思える。
 なので幸平は敢えて違う言葉で頷いた。
「いいね」
「だよな」
「うん。同棲しよっか」
「ど、どうせい?」
 陽太は目を丸くした。幸平はにっこり微笑む。
 陽太は数秒間、啞然としていた。しかし幸平の笑顔を前にして、だんだんと、彼にも嬉しそうな気配が滲んでいく。
 幸平にはそれが分かる。
 陽太は、目元を和らげて、微笑んだ。
「うん。同棲、しようぜ」
「そうしよ」
「よっしゃ。じゃああの金は初期費用にしよ」
 あの金とは、陽太が渡し続けたあの金のことだ。
 幸平は口を開きかける。が、恋人はとても無邪気に、
「すげぇ楽しみ。春っていつ? 明日?」
 と喜んでいるので、押し黙る。
 こんなに嬉しそうな陽太を否定したくなかった。幸平は自覚している。自分が昔から、陽太にとても甘いことを。
「……明日じゃないよ」
「まじか。待ちきれねぇな」
「うん」
「明日じゃない?」
「明日じゃないかも」
「あーでも、やべ、嬉しすぎる。信じらんねぇ……明日とかまた確認するかも」
 容易に想像がついた。また、『コウちゃん、俺ら同棲すんだよな』と何度も訊ねてくるのだ。
 そしてその度、幸平も『そうだよ』と丁寧に答えるのだろう。
 それすらも、とても楽しみだった。
「そうそう、明日さ、二人でどっか行こうぜ」
 陽太はジャケットを取り出して、幸平に着せる。
「陽太くんはどこ行きたい?」
 幸平は全身陽太の服を着ていることに気付いたが、何も言わずに明日の話題に乗った。
 陽太は、少し悩んだがすぐに答える。
「俺は、水族館とか」
「へー、いいね」
「コウちゃん他に行きたいとこある?」
「水族館行ってみたい。亀見たい」
「亀見たいの!?」
 持ち物は財布と携帯だけ。二人は身軽のまま、寝室を出る。
 幸平は「亀、すごく見たい」と言って、明るく笑いかけた。
「お弁当持ってこようよ。俺、陽太くんにお弁当作りたいな」
 すると廊下の真ん中で、いきなり陽太が立ち止まるので、何だろうと幸平も足を止めた。
 ……何だろう。
 陽太はただ、かすかな微笑みを浮かべたまま幸平を見つめているだけだった。
 首を傾げると、陽太が微笑みを深くする。陽太は歩みを再開して、言った。
「俺もコウちゃんに、弁当作るよ」
 陽太はふと視線を落とした。なぜか、陽太はとても優しい目つきで幸平の靴を見下ろしている。
 ただのスニーカーなのに、陽太には何が見えているのだろう。不思議に思ったのも束の間、陽太は顔を上げた。
「一緒に食べよう」
 軽やかに笑ってくれるので、幸平も「うん」と頷く。それから二人して、扉の向こうへ踏み出した。
 午後三時の空は青く染め上げられている。冬の透き通った高い空を、鳥が群れになって駆けていく。雲ひとつない真っ新な晴天だった。
 陽太が扉に鍵を閉める。幸平は空を眺めて、「あ」と口にした。
「何?」
「見て。月がまん丸」
 晴天の中に月が隠れている。まるで間違えて白い絵の具を落としたように、微かな星だった。
 見えないけれどこの空には無数の星が隠れている。見えないけれど確かにそこに在るというのは、うまく言葉にできないが、頼もしく感じた。
 鳥が二羽、群れから飛び出して不規則に空を駆け回った。その意味があるようで、ないみたいな、破茶滅茶な軌道がまるでUFOみたいに思う。
 すると、
「宇宙船がさ……」
 と、陽太も口にするので幸平は驚いて「えっ」と声を上げる。
 陽太は晴れ渡る空を見上げている。幸平が陽太を見つめているうちに、鳥が何処かへ飛び去った。
 陽太が、つぶやいた。
「消えてったみたい」
 陽太も幸平と同じことを考えていたのだろうか。……でも、何故だろう。いつもの無表情ではあるが、その横顔がかすかに幼さを纏っている気がして、幸平は思わず問いかけた。
「寂しい?」
 陽太が幸平に目を向けた。
 子供の頃に無邪気に笑いかけてくれた時の面影を纏った、けれど確かに今の陽太の目だった。
「全然。コウちゃんがいるなら、ここが俺達の星だなって」
 陽太は続けて「行こう」と言った。
 幸平は、うん、と頷いた。
 ここが俺たちの生きていく場所だ。
 同じ歩幅で、二人きりで歩き出す。鳥はもう何処にもいなくて、星だって見えない。在るのは陽太と幸平、それから街から聞こえる誰かの笑い声だ。
 まだ二人で歩いたことのない道をこれから幾らでも歩いていく。どちらかが立ち止まったら、同じように歩みを止めて、寄り添うのだろう。二人以外の全てが先に進んでも、二人だけは同じ場所で隣にいる。……子供の頃に、陽太は街の片隅にいた幸平の隣にしゃがみ込んでくれた。周りの子供達がもっと素敵な、白い光の丘へ走り出しても、傍にいてくれた。初めからそうだった。陽太だけが、隣で、
「コウちゃん」
 と笑いかけてくれるから。
 幸平も同じように微笑み返していく。
「日陰歩いてね」
「うん。ありがとう」
 「陽太くん」夜明けも遠くなった明るい空の下を二人並んで歩いた。それは互いの一番近い距離だった。
 陽太の隣というこの世で一番安心できる場所で、幸平は愛する人の声をずっと、聴き続けていく。













(了)
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