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第一章
6 アルファとオメガ
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大江は誤魔化すように笑って、「いえ、そんなことはないです」と首を振りつつ部屋の扉を開ける。
中にはダブルサイズのベッドと棚、テーブルと椅子が置いてある。客室の一つのようだ。
部屋には入らずに視線だけで中を確認する。玲は「良い部屋ですね」と短く呟いた。
また一成が歩みを再開する。行く先は全面ガラス張りの広々としたリビングだった。
一成は「ここにいろ」と一言告げて踵を返した。彼の背中を横目で追う。こちら側から二つ目の扉へ消えていった。
書斎? ベッドルーム? ドレスルーム? 後で確認しよう。考えていると大江が声をかけてくる。
「広いよね」
彼は黒いソファに我が物顔で腰掛けた。
「あんまりにも広いから俺らは広島って呼んでる」
「……」
「廊下も長かったでしょ。長野って呼んでんだ」
俺『ら』とは誰のことだろう。もしかしてこの部屋には、一成や大江以外にも出入りするのだろうか。
そもそもとして大江と一成の関係性をまだ説明されていない。待っていても良いけれど、二人の関係に疑問をもたなすぎるのも不自然なので、玲は問いかけた。
「大江さんは一成さんとどういったご関係なんですか?」
「あ、そういえば自己紹介がまだだったね」
大江が腰掛けていたのはL字型ソファだ。背の高い大男の一成が寛いでも余裕のありそうなソファだ。
魔王の巣窟らしい、黒を基調とした部屋だった。
「大江、元(げん)です。元気いっぱいの元。一成さんとは中学の時からの付き合いで、今は月城先生のマネ的なことやってる」
中学の時の先輩後輩なのだと彼は語った。中高大一貫の多国籍私立学園に通っていて、そこで二人は出会ったらしい。
途中で一成は外国に留学したため数年間離れていたが、彼が帰ってきてから縁あって仕事をすることになったらしい。
「他にもチームメンバーはいるんだよ。そっちはバイトだけど」
『ら』の内容を察する。玲は「仲が良いんですね」と相槌を打った。
「仲、悪くはないね。あの人面白いから。あ、一成さん、何か食べます?」
振り向くと一成がリビングに戻ってきている。
キャップとマスクを取り払った一成はやはり、こちらが怯んでしまうほどの美形だ。心がキュッと収縮する。これには彼がアルファ性であることも起因している。
アルファ性にはオーラというのか、特にオメガ性が感じ取れる何かが滲み出ている。
アルファ性の纏う『何か』に、オメガ性は時に視線を惹きつけられ、時に目を背けるほどの恐怖を覚える。
玲は注意深く一成を見つめた。彼がどんな表情をしているか、何を言うか、気になってしまうのだ。
魂が。
彼を見つめているみたいに。
「大江とは気楽に話すのに、俺には怯えた目をするんだな」
一成が目の前にやってくる。改めて間近で並ぶと、二人の身長の差だったり、体格差が歴然となる。
先ほどの服から薄手のシャツに着替えたようで鍛えあげた胸筋が分かりやすい。玲は唇を引き締めて、無言で一成を見つめた。
「何だよ、その目は」
「一成さん、玲ちゃんに優しくしないと」
「うるせぇな」
一成は素っ気なく言ってから、「珈琲」と付け加えた。大江は「はいはい。玲ちゃんはリンゴジュース?」とニコッとする。
キッチンへ向かう大江と入れ替わりで一成がソファに腰を下ろした。
「こっち座れ」
玲は促されて、素直に腰掛けた。しかし一成はタブレットを眺めたまま何も言わない。玲は気になってチラチラと彼の横顔を確認する。
やがて口を開き、タブレットを放った。
「ここの住所はもう割れてんだよ。だから週刊誌も待ち構えてるだろ。俺とお前が一緒にいれば、お前が俺の恋人だって思うだろ」
「そうかもしれませんね」
アルファ性とオメガ性の同性カップルは多い。つい先日もアルファ性の世界的有名俳優が結婚したが、彼らも男同士だった。
「それに俺も、恋人がいるって発信するしな」
「あ、自ら言うんですね」
「くだらねぇ報道が流れるくらいならこっちから否定して、他に恋人がいるっつった方がマシだ。それにもういい加減、プライベートを探られるのはうんざりなんだよ。ここらで終わらせたい」
一ヶ月や二ヶ月ではなく半年間の契約を持ちかけてきたのは準長期戦にして信ぴょう性をもたせるためだったのか。
玲は恐る恐る訊ねた。
「一成さんに他に、本当の好きな人ができたらどうするんですか?」
「はぁ?」
心底呆れた目を向けてくるので、玲は「だって」とムッとした顔をした。
「さっき大江さんが言ってたでしょう。一成さんは恋多き男だって」
「そんなこと言ってたか? お前らの話、一ミリも聞いてなかった」
それで無反応だったのか。
「何だ恋多き男って」
「昔はたくさんの男の人を侍らせてたとか、あとは好きになるときしょ……とても甘くなるとか」
「何だそれ。お前今悪口言おうとしたろ」
「希少なタイプってことです」
「あんまり大江の言うこと信じすぎんなよ」
一成は淡々と言った。
「別にそこまでではねぇから。最後に恋人できたのもかなり前だ」
「半年くらい前じゃないんですか?」
「もっと前。普通だって。で、お前はどうすんの。仕事の方は」
玲は「え」と呟く。一成は「え」じゃなくと返す。
「今の仕事。こっち優先してほしいんだけど」
「あ……、はい。分かりました」
「分かったのか?」
一成が目を丸くする。玲は目を伏せるようにして頷く。
「バイトみたいなものなので」
「何の仕事」
「梱包です。通販会社の……」
「お前、星1つけさせるような梱包してねぇよな?」
話しているうちに大江が帰ってくる。跪いて、珈琲とオレンジジュースをテーブルに差し出してきた。
中にはダブルサイズのベッドと棚、テーブルと椅子が置いてある。客室の一つのようだ。
部屋には入らずに視線だけで中を確認する。玲は「良い部屋ですね」と短く呟いた。
また一成が歩みを再開する。行く先は全面ガラス張りの広々としたリビングだった。
一成は「ここにいろ」と一言告げて踵を返した。彼の背中を横目で追う。こちら側から二つ目の扉へ消えていった。
書斎? ベッドルーム? ドレスルーム? 後で確認しよう。考えていると大江が声をかけてくる。
「広いよね」
彼は黒いソファに我が物顔で腰掛けた。
「あんまりにも広いから俺らは広島って呼んでる」
「……」
「廊下も長かったでしょ。長野って呼んでんだ」
俺『ら』とは誰のことだろう。もしかしてこの部屋には、一成や大江以外にも出入りするのだろうか。
そもそもとして大江と一成の関係性をまだ説明されていない。待っていても良いけれど、二人の関係に疑問をもたなすぎるのも不自然なので、玲は問いかけた。
「大江さんは一成さんとどういったご関係なんですか?」
「あ、そういえば自己紹介がまだだったね」
大江が腰掛けていたのはL字型ソファだ。背の高い大男の一成が寛いでも余裕のありそうなソファだ。
魔王の巣窟らしい、黒を基調とした部屋だった。
「大江、元(げん)です。元気いっぱいの元。一成さんとは中学の時からの付き合いで、今は月城先生のマネ的なことやってる」
中学の時の先輩後輩なのだと彼は語った。中高大一貫の多国籍私立学園に通っていて、そこで二人は出会ったらしい。
途中で一成は外国に留学したため数年間離れていたが、彼が帰ってきてから縁あって仕事をすることになったらしい。
「他にもチームメンバーはいるんだよ。そっちはバイトだけど」
『ら』の内容を察する。玲は「仲が良いんですね」と相槌を打った。
「仲、悪くはないね。あの人面白いから。あ、一成さん、何か食べます?」
振り向くと一成がリビングに戻ってきている。
キャップとマスクを取り払った一成はやはり、こちらが怯んでしまうほどの美形だ。心がキュッと収縮する。これには彼がアルファ性であることも起因している。
アルファ性にはオーラというのか、特にオメガ性が感じ取れる何かが滲み出ている。
アルファ性の纏う『何か』に、オメガ性は時に視線を惹きつけられ、時に目を背けるほどの恐怖を覚える。
玲は注意深く一成を見つめた。彼がどんな表情をしているか、何を言うか、気になってしまうのだ。
魂が。
彼を見つめているみたいに。
「大江とは気楽に話すのに、俺には怯えた目をするんだな」
一成が目の前にやってくる。改めて間近で並ぶと、二人の身長の差だったり、体格差が歴然となる。
先ほどの服から薄手のシャツに着替えたようで鍛えあげた胸筋が分かりやすい。玲は唇を引き締めて、無言で一成を見つめた。
「何だよ、その目は」
「一成さん、玲ちゃんに優しくしないと」
「うるせぇな」
一成は素っ気なく言ってから、「珈琲」と付け加えた。大江は「はいはい。玲ちゃんはリンゴジュース?」とニコッとする。
キッチンへ向かう大江と入れ替わりで一成がソファに腰を下ろした。
「こっち座れ」
玲は促されて、素直に腰掛けた。しかし一成はタブレットを眺めたまま何も言わない。玲は気になってチラチラと彼の横顔を確認する。
やがて口を開き、タブレットを放った。
「ここの住所はもう割れてんだよ。だから週刊誌も待ち構えてるだろ。俺とお前が一緒にいれば、お前が俺の恋人だって思うだろ」
「そうかもしれませんね」
アルファ性とオメガ性の同性カップルは多い。つい先日もアルファ性の世界的有名俳優が結婚したが、彼らも男同士だった。
「それに俺も、恋人がいるって発信するしな」
「あ、自ら言うんですね」
「くだらねぇ報道が流れるくらいならこっちから否定して、他に恋人がいるっつった方がマシだ。それにもういい加減、プライベートを探られるのはうんざりなんだよ。ここらで終わらせたい」
一ヶ月や二ヶ月ではなく半年間の契約を持ちかけてきたのは準長期戦にして信ぴょう性をもたせるためだったのか。
玲は恐る恐る訊ねた。
「一成さんに他に、本当の好きな人ができたらどうするんですか?」
「はぁ?」
心底呆れた目を向けてくるので、玲は「だって」とムッとした顔をした。
「さっき大江さんが言ってたでしょう。一成さんは恋多き男だって」
「そんなこと言ってたか? お前らの話、一ミリも聞いてなかった」
それで無反応だったのか。
「何だ恋多き男って」
「昔はたくさんの男の人を侍らせてたとか、あとは好きになるときしょ……とても甘くなるとか」
「何だそれ。お前今悪口言おうとしたろ」
「希少なタイプってことです」
「あんまり大江の言うこと信じすぎんなよ」
一成は淡々と言った。
「別にそこまでではねぇから。最後に恋人できたのもかなり前だ」
「半年くらい前じゃないんですか?」
「もっと前。普通だって。で、お前はどうすんの。仕事の方は」
玲は「え」と呟く。一成は「え」じゃなくと返す。
「今の仕事。こっち優先してほしいんだけど」
「あ……、はい。分かりました」
「分かったのか?」
一成が目を丸くする。玲は目を伏せるようにして頷く。
「バイトみたいなものなので」
「何の仕事」
「梱包です。通販会社の……」
「お前、星1つけさせるような梱包してねぇよな?」
話しているうちに大江が帰ってくる。跪いて、珈琲とオレンジジュースをテーブルに差し出してきた。
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