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第一章
11 本当に出来んの?
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「お、いいな。デザイン」
いきなり動き出すものだから玲は驚いて固まっていた。慌てて彼を追いかけて、その手元を覗くと、中にあったのはボードゲームだった。
一成は箱を持ち上げて玲へ言う。
「あれってこれか。いいぜ。しよう」
「えっ」
「大江呼ぶか。大江、あいつ文書作るので忙しいって言ってたな。まだ来てねぇ?」
「へ、い、いるんですか? 見ていません」
「四人いた方がいいからな。俺とお前と大江と、ゴスケか七味かトラックが暇そうだ」
「……え、あの、え?」
ゴスケ……。
それに加えて七味? トラック。
困惑する玲に一成は言った。
「大江は分かるだろ。昨日会ってんだから」
「あ、はい。え? ゲームですか? 七味……?」
「七味明宏と、前田トラック。漫画家とイラストレーター。知らねぇかぁー」
クリエイター仲間だ。一成はひたすら上機嫌でケラケラ笑っている。
早速携帯を取り出すと電話をかけ始めた。太い腕で大きな箱を掴み、ソファへ戻っていく。
「大江今どこいる? 宇宙船タイム五号届いたから、俺とお前と昨日の男と、七味かトラック呼んでやろうぜ」
ソファに腰掛けた一成は膝の上に箱を置いた。パッケージには、爆弾に絶叫する男女が描かれている。
「……あー、そうだったな。玲はここにいっけど」
玲。名前で呼ばれて、ビクッと心が震える。
「分かった分かった。確認する。明日? へぇ、早まったのか。了解。んじゃ」
短く別れの言葉を告げて電話を切った一成は、どこか残念そうに息を吐いた。
ゲームをソファの隅に放って、灰皿に放置していた煙草を手にする。火のついた先端を数秒見つめると、結局消してしまった。
「例の記事が明日出る」
いきなり言われるので一瞬理解が追いつかない。
あ、そうだった。この関係は一成が撮られた写真が原因だったのだ。
「あ、明日ですか?」
「悪いな。ボドゲ会は中止だ」
「は、はい……」
「そんな悲しそうな顔すんなって」
「……」
一成は首元まで伸びた長めの髪の毛をゴムで一つに纏めた。携帯を弄りつつ怠そうに背もたれに寄りかかる。
玲はソファに座らず、彼の側で立ち尽くしていた。
「公式ではすぐに否定する。報道関係には他に番候補の相手がいることを伝える」
「わ、かりました」
俺たちはアルファとオメガだ。ただの恋人関係ではない。
携帯に情報が記載されているのだろう。大江からのメッセージ? 彼は今日、この部屋には来ないようだ。
「俺の相手は一般人だからつけ回したら容赦しない、とは言っておく。俺だってただの作家だけどな。が、それでも追ってくる連中に向けて明日の夜はお前連れてその辺出歩くから。当たり前みたいに」
新しい記事を書かせるつもりなのかもしれない。玲はただ従うだけだ。
「はい」
「お前は明日の夜までここにいろ。それ以降日中出歩く時は、裏の出入り口を使え」
「裏なんてあるんですね」
「いくらでもある。こっち来い」
「うわっ」
いきなり腕を掴まれたかと思えば、ふわっと体が浮く。
玲は一瞬で一成の膝の上に移動していた。彼の体が大きいとは言え、こうも簡単に引き摺り込まれるとは。
「ちょ、一成さん」
「軽いな」
向かい合う形で膝の上に座らせられている。玲もそれなりに男の体なので重いはずなのに、一成にとっては『軽いな』と簡単に言えてしまう程度らしい。
一成の膝は硬かった。大きな胸筋も硬い。どこもかしこもゴツゴツしていて、玲とはまるで違う体だ。
どこに手を置けばいいのか分からず胸にそっと両手を添えている。玲は否応なしに、その綺麗な顔を目の前に突きつけられる。
一成が面白がるように目を細めた。
「怖いか?」
……これは、恋人同士の距離感に必要なことだ。
外を出歩くのに他人行儀でいるわけにはいかない。自然と触れ合うためには、こうして慣らしていかなければならない。
一成は唇の端を吊り上げた。玲が何も出来ないと思っているみたいだ。
玲は唾を飲み込むと、一成を真っ直ぐに見つめた。
「……俺が言った『アレ』はこのことです」
「へぇ」
一成の目が意外そうに丸くなる。またニッと細まるが、今度は面白がるというより、面白いものを見つけたみたいな表情だった。
「だいぶ覚悟決まってんだな」
「お金のためですから」
「……ま、コレをするのは俺の気分なんだけど」
スッと一成の腕が伸びてきて、首筋を手のひらで撫でられる。アルファ性に触られたせいかうなじに悪寒が走った。
勝手に慄く体だが、一成の手つきは甘かった。
「お前が嫌がってばっかいたら興醒めだ。本当に出来んの?」
期待してなさそうな目をしている。ボードゲームを手にした時とは真逆だ。また眠気がぶり返してきたのかもしれない。今の玲ではゲームにさえ勝てない。
気まぐれで玲を相手に選んだ人だ。
もしかしたら気まぐれで、玲を追い出す可能性もある。
それだけはダメだ。
絶対に。
玲には明確な目的がある。そのためには一成と共にいなければならない。
「出来ます」
「ふぅん……」
いきなり動き出すものだから玲は驚いて固まっていた。慌てて彼を追いかけて、その手元を覗くと、中にあったのはボードゲームだった。
一成は箱を持ち上げて玲へ言う。
「あれってこれか。いいぜ。しよう」
「えっ」
「大江呼ぶか。大江、あいつ文書作るので忙しいって言ってたな。まだ来てねぇ?」
「へ、い、いるんですか? 見ていません」
「四人いた方がいいからな。俺とお前と大江と、ゴスケか七味かトラックが暇そうだ」
「……え、あの、え?」
ゴスケ……。
それに加えて七味? トラック。
困惑する玲に一成は言った。
「大江は分かるだろ。昨日会ってんだから」
「あ、はい。え? ゲームですか? 七味……?」
「七味明宏と、前田トラック。漫画家とイラストレーター。知らねぇかぁー」
クリエイター仲間だ。一成はひたすら上機嫌でケラケラ笑っている。
早速携帯を取り出すと電話をかけ始めた。太い腕で大きな箱を掴み、ソファへ戻っていく。
「大江今どこいる? 宇宙船タイム五号届いたから、俺とお前と昨日の男と、七味かトラック呼んでやろうぜ」
ソファに腰掛けた一成は膝の上に箱を置いた。パッケージには、爆弾に絶叫する男女が描かれている。
「……あー、そうだったな。玲はここにいっけど」
玲。名前で呼ばれて、ビクッと心が震える。
「分かった分かった。確認する。明日? へぇ、早まったのか。了解。んじゃ」
短く別れの言葉を告げて電話を切った一成は、どこか残念そうに息を吐いた。
ゲームをソファの隅に放って、灰皿に放置していた煙草を手にする。火のついた先端を数秒見つめると、結局消してしまった。
「例の記事が明日出る」
いきなり言われるので一瞬理解が追いつかない。
あ、そうだった。この関係は一成が撮られた写真が原因だったのだ。
「あ、明日ですか?」
「悪いな。ボドゲ会は中止だ」
「は、はい……」
「そんな悲しそうな顔すんなって」
「……」
一成は首元まで伸びた長めの髪の毛をゴムで一つに纏めた。携帯を弄りつつ怠そうに背もたれに寄りかかる。
玲はソファに座らず、彼の側で立ち尽くしていた。
「公式ではすぐに否定する。報道関係には他に番候補の相手がいることを伝える」
「わ、かりました」
俺たちはアルファとオメガだ。ただの恋人関係ではない。
携帯に情報が記載されているのだろう。大江からのメッセージ? 彼は今日、この部屋には来ないようだ。
「俺の相手は一般人だからつけ回したら容赦しない、とは言っておく。俺だってただの作家だけどな。が、それでも追ってくる連中に向けて明日の夜はお前連れてその辺出歩くから。当たり前みたいに」
新しい記事を書かせるつもりなのかもしれない。玲はただ従うだけだ。
「はい」
「お前は明日の夜までここにいろ。それ以降日中出歩く時は、裏の出入り口を使え」
「裏なんてあるんですね」
「いくらでもある。こっち来い」
「うわっ」
いきなり腕を掴まれたかと思えば、ふわっと体が浮く。
玲は一瞬で一成の膝の上に移動していた。彼の体が大きいとは言え、こうも簡単に引き摺り込まれるとは。
「ちょ、一成さん」
「軽いな」
向かい合う形で膝の上に座らせられている。玲もそれなりに男の体なので重いはずなのに、一成にとっては『軽いな』と簡単に言えてしまう程度らしい。
一成の膝は硬かった。大きな胸筋も硬い。どこもかしこもゴツゴツしていて、玲とはまるで違う体だ。
どこに手を置けばいいのか分からず胸にそっと両手を添えている。玲は否応なしに、その綺麗な顔を目の前に突きつけられる。
一成が面白がるように目を細めた。
「怖いか?」
……これは、恋人同士の距離感に必要なことだ。
外を出歩くのに他人行儀でいるわけにはいかない。自然と触れ合うためには、こうして慣らしていかなければならない。
一成は唇の端を吊り上げた。玲が何も出来ないと思っているみたいだ。
玲は唾を飲み込むと、一成を真っ直ぐに見つめた。
「……俺が言った『アレ』はこのことです」
「へぇ」
一成の目が意外そうに丸くなる。またニッと細まるが、今度は面白がるというより、面白いものを見つけたみたいな表情だった。
「だいぶ覚悟決まってんだな」
「お金のためですから」
「……ま、コレをするのは俺の気分なんだけど」
スッと一成の腕が伸びてきて、首筋を手のひらで撫でられる。アルファ性に触られたせいかうなじに悪寒が走った。
勝手に慄く体だが、一成の手つきは甘かった。
「お前が嫌がってばっかいたら興醒めだ。本当に出来んの?」
期待してなさそうな目をしている。ボードゲームを手にした時とは真逆だ。また眠気がぶり返してきたのかもしれない。今の玲ではゲームにさえ勝てない。
気まぐれで玲を相手に選んだ人だ。
もしかしたら気まぐれで、玲を追い出す可能性もある。
それだけはダメだ。
絶対に。
玲には明確な目的がある。そのためには一成と共にいなければならない。
「出来ます」
「ふぅん……」
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