【完結】今更愛を告げられましても契約結婚は終わりでしょう?

SKYTRICK

文字の大きさ
50 / 76
第四章

50 全てを君に

しおりを挟む
「日差しが厳しいから、日陰にしよう」
「なら、小屋で昼食をいただきますか?」
 ユリアンはあまり小屋に招待してくれない。ロドリックは反射的に頷いていた。
「そうしよう」
「エラ達に準備させましょう」
 新しい小屋は、小屋というより屋敷に近い。多くのことがあったため、ユリアンの安息の場所にでもなればと第二の屋敷のつもりで建てたのだ。
 用意されたランチを囲って、ワインで乾杯する。ユリアンはふんわり笑って言った。
「王都への遠征、お疲れ様でした」
「あぁ」
「長い道のりだったんじゃないですか?」
 ユリアンは小さな口で食事を進めていく。約二日間留守にしていただけだが、その間で体調を崩していないのか、夜はどうだったかなど聞きたいことが多数あったが、ひとまずユリアンの質問に答えた。
「そうだな」
「こんなに早く帰ってくるとは思いませんでした」
「急いだんだ」
「何故?」
「……何となく。ユリアンは王都には行ったことがあるのか?」
「ないです。王都って、何があるんですか?」
 エデル公爵領よりもマルトリッツの方が王都に近いが、パーティに出かけるのは弟ばかりで、ユリアンは皆無だったようだ。
「買い物をするには適してるんじゃないか」
「へぇ」
「今度行ってみるか?」
「買い物って何を買うんですか?」
「ユリアンの気になる本はあるかもしれない」
 王都でユリアンを連れて食事をしたり、店を訪れるのはきっと楽しいだろう。想像してみるも、ユリアンは「そうですか」と関心がなさそうだ。
「遠出は嫌いか?」
「そうですね。マルクスさんと離れてしまうし」
「そうか……」
「どうして落ち込んでるんですか?」
「いや」
「今回の遠征で何か嫌なことでもあったんですか?」
 ユリアンは声を低くする。
「不都合が起きました? バルシャの協定の議会へ出席したんですよね」
 不安そうな顔をするので、ロドリックはすぐに首を振った。
「何も問題はない。秋にバルシャへ向かうことになった」
「協定を結ぶに行くんですね」
「あぁ。騎士団を連れていくが、武力行使に至ることはまずないだろう。国王陛下とバルシャ共和国も意見が合致している。巷でも噂になっているが、むしろ向こうは、すぐにでも締結を望んでいるんだ」
「それは、とてもいいことですね」
 ユリアンは安堵を浮かべて微笑んだ。その笑みを前にするとロドリックの心もふわっと浮いて、嬉しくなる。
 そこで考えるのは、この結婚についてだ。
 元はと言えば、バルシャ共和国の姫から求婚を受ける前に先んじて結んだこの結婚。今まではユリアンに、そこまで説明していなかった。
 しかしこれはユリアンとの結婚だ。ユリアンに知る権利はある。
 この情報は今となっては過去のもので、隠す必要はないし、明かすデメリットもない。それでもこれまで話してこなかったのは……、なぜだろう。
 ロドリックは不意に考えて、やがて答えを知る。
 ロドリックは何も話したくなかったのだ。
 戦争に関する全てを。母のように戦争に目を向けてしまう。その可能性を少しでも排除するために沈黙し続けていた。
 けれど母とユリアンは違う。
 ユリアンはユリアンだ。
「マルトリッツ家の君に結婚を申し込んだのは」
 切り出すと、ユリアンが紫の目でロドリックを見つめた。
「バルシャ共和国と接していたからだ」
「……マルトリッツ家を傀儡としたかったのは、バルシャに近いからなんですね」
「あぁ。ユリアンと結婚する前に、バルシャの姫が俺に求婚する兆候があると諜報員が掴んだ」
 ユリアンは唇を閉じる。唾を飲み込むのがわかった。
「その前に誰かと結婚する必要があった。姫に寝首をかかれるわけにはいかないからな。バルシャに牽制をかけるため、あの国との国境に領地をもつ貴族家を選ぶことにした」
「そこに、オメガ性の僕がいたんですか」
「そうだ」
 ユリアンは数秒沈黙したが、納得したように首を上下させる。
 これは政治と防衛のための結婚だった。個人の意思を悉く無視された結婚に、ユリアンが怒りを見せるのはきっと今なのだろう。
 次に見せるユリアンの反応を待つこの間に、緊張が増していく。罪悪感と緊迫感に押しやられるロドリックだが、解放するのはユリアンだった。
 ユリアンは小さな、悪戯っぽい笑みを浮かべる。
「バルシャの姫君は美しいと聞きます。よかったんですか?」
 ユリアンはワイングラスを手に持って揺らした。ロドリックは「なっ」と声を漏らした。
「とてもお美しいらしいですよ」
「そんなことはどうでもいい」
「そうですか? お姫様との結婚なのに」
「ユリアンの方が綺麗だ!」
「え? あはは」
 ユリアンはおかしそうに笑った。その笑い声を耳にして、体内を支配していた緊張がどっと解けていく。
 脱力して、喉が乾く。ロドリックはワインを口にする。ユリアンは、笑っている。
 口を衝いて出ていた言葉だが訂正するものではない。しかしユリアンは「僕はかわいいんですか?」と言うので、修正は必要かと思い、ロドリックはさらに言った。
「女性のように綺麗だという意味ではない。女性と比べているわけではなく、人間単位で見て美しいんだ」
「あはは、人間単位」
「生物として、美しい」
「真顔で言うのは何なんですか。ロドリック様は大真面目な顔をして冗談を言うんですね」
「冗談ではない。事実だ」
「はは、そうですか。はい」
 伝わっていない気がするので、ロドリックはむすっとした。笑われるようなことは言っていないつもりだ。しかしユリアンは笑う。笑っている。
 笑っているならばまぁ、いいだろう。じっくりその姿を観察しようとするも、ユリアンはお返しとばかりに目を細めた。
「ロドリック様の黒髪は好きですよ」
 何気なくユリアンが言ったセリフに、ロドリックは固まる。
 ユリアンは軽く微笑みながらロドリックの反応を眺めていた。
 深く考えた言葉ではないはずだ。ロドリックの特徴を述べただけ。祖父から父へ、父から自分へ継がれた黒髪について、ロドリックは話していない。
 だからこそ告げられた純粋な言葉だ。だからこそ、ロドリックの胸に馴染んでいく。
 枯渇した大地に溶けていく爽やかな水のようだった。ロドリックは、自分の心を誰かに渡そうなど考えたこともなかった。
 けれど今、この心の全てがユリアンに向けられている。 
「そうか」
 そうだったのか。
 ロドリックは自分の心に向けてつぶやいた。ユリアンを見つめながら。
 やっと、自分を知ったのだ。
「はい。珍しくて、好きです」
「……うん」
「珍しいのはいいですよね。ロドリック様の立派な体も凄いなと思っていました」
「そうか」
「もしかして照れてます?」
「照れてない」
「そうですか。嬉しくないですよね」
「いや、嬉しい」
「あははは」
 ユリアンが楽しそうに笑い声を立てる。それがとても嬉しくて、ロドリックも不器用に笑った。
 テーブルには次々に食事が運ばれてくる。ユリアンの好むものばかりだ。以前より立派な造りで再建した小屋は、安全で、爽やかな室内に涼しい風が入り込んでくる。
 ユリアンが美味しいものを食べて、心地の良い空間にいる。
 これこそがロドリックの安心だと思った。
 この心を安らげるものはユリアンだ。
 それなのに、どうしてだろう。
 その時、窓から一匹の虫が飛んできた。ハチのように激しい羽音を立てる虫が真っ直ぐにこちらへ向かってくる。部屋に控えるメイドが反応するより先に、ユリアンが立ち上がった。
 棚に並べられた本を一冊手に取ると、ユリアンは容赦なく叩き落とす。
 そうしてロドリックに振り返り、言った。
「大丈夫、ハチではありませんよ。これはアブかな」
 ユリアンの安全な暮らしがロドリックの安心なのに、ユリアンは容易くロドリックを守ってしまう。
 ロドリックは椅子から立ち上がってすらいない。無抵抗で、命の危険を感じるより前に、選択するよりも前に、ユリアンが全てを終わらせる。
 そうして頼もしく笑うのだ。
「アブでもハチでも、僕が貰っていきます」
「……あぁ」
 あぁ。
 ロドリックの心も、持つもの全てを。
 何もかも全部。
「全部君に渡そう」
 全てを渡したいと心底願う。
 全部捧げるから、そして少しだけ欲しい。
 どうしようもなく、この男が欲しいと思った。
 ロドリックは、ユリアンを愛していたのだ。











しおりを挟む
感想 220

あなたにおすすめの小説

【完結】愛されたかった僕の人生

Kanade
BL
✯オメガバース 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。 今日も《夫》は帰らない。 《夫》には僕以外の『番』がいる。 ねぇ、どうしてなの? 一目惚れだって言ったじゃない。 愛してるって言ってくれたじゃないか。 ねぇ、僕はもう要らないの…? 独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー ✻改稿版を他サイトにて投稿公開中です。

期待外れの後妻だったはずですが、なぜか溺愛されています

ぽんちゃん
BL
 病弱な義弟がいじめられている現場を目撃したフラヴィオは、カッとなって手を出していた。  謹慎することになったが、なぜかそれから調子が悪くなり、ベッドの住人に……。  五年ほどで体調が回復したものの、その間にとんでもない噂を流されていた。  剣の腕を磨いていた異母弟ミゲルが、学園の剣術大会で優勝。  加えて筋肉隆々のマッチョになっていたことにより、フラヴィオはさらに屈強な大男だと勘違いされていたのだ。  そしてフラヴィオが殴った相手は、ミゲルが一度も勝てたことのない相手。  次期騎士団長として注目を浴びているため、そんな強者を倒したフラヴィオは、手に負えない野蛮な男だと思われていた。  一方、偽りの噂を耳にした強面公爵の母親。  妻に強さを求める息子にぴったりの相手だと、後妻にならないかと持ちかけていた。  我が子に爵位を継いで欲しいフラヴィオの義母は快諾し、冷遇確定の地へと前妻の子を送り出す。  こうして青春を謳歌することもできず、引きこもりになっていたフラヴィオは、国民から恐れられている戦場の鬼神の後妻として嫁ぐことになるのだが――。  同性婚が当たり前の世界。  女性も登場しますが、恋愛には発展しません。

番解除した僕等の末路【完結済・短編】

藍生らぱん
BL
都市伝説だと思っていた「運命の番」に出逢った。 番になって数日後、「番解除」された事を悟った。 「番解除」されたΩは、二度と他のαと番になることができない。 けれど余命宣告を受けていた僕にとっては都合が良かった。

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。

毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。 そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。 彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。 「これでやっと安心して退場できる」 これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。 目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。 「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」 その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。 「あなた……Ωになっていますよ」 「へ?」 そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て―― オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。

転生したら、主人公の宿敵(でも俺の推し)の側近でした

リリーブルー
BL
「しごとより、いのち」厚労省の過労死等防止対策のスローガンです。過労死をゼロにし、健康で充実して働き続けることのできる社会へ。この小説の主人公は、仕事依存で過労死し異世界転生します。  仕事依存だった主人公(20代社畜)は、過労で倒れた拍子に異世界へ転生。目を覚ますと、そこは剣と魔法の世界——。愛読していた小説のラスボス貴族、すなわち原作主人公の宿敵(ライバル)レオナルト公爵に仕える側近の美青年貴族・シリル(20代)になっていた!  原作小説では悪役のレオナルト公爵。でも主人公はレオナルトに感情移入して読んでおり彼が推しだった! なので嬉しい!  だが問題は、そのラスボス貴族・レオナルト公爵(30代)が、物語の中では原作主人公にとっての宿敵ゆえに、原作小説では彼の冷酷な策略によって国家間の戦争へと突き進み、最終的にレオナルトと側近のシリルは処刑される運命だったことだ。 「俺、このままだと死ぬやつじゃん……」  死を回避するために、主人公、すなわち転生先の新しいシリルは、レオナルト公爵の信頼を得て歴史を変えようと決意。しかし、レオナルトは原作とは違い、どこか寂しげで孤独を抱えている様子。さらに、主人公が意外な才覚を発揮するたびに、公爵の態度が甘くなり、なぜか距離が近くなっていく。主人公は気づく。レオナルト公爵が悪に染まる原因は、彼の孤独と裏切られ続けた過去にあるのではないかと。そして彼を救おうと奔走するが、それは同時に、公爵からの執着を招くことになり——!?  原作主人公ラセル王太子も出てきて話は複雑に! 見どころ ・転生 ・主従  ・推しである原作悪役に溺愛される ・前世の経験と知識を活かす ・政治的な駆け引きとバトル要素(少し) ・ダークヒーロー(攻め)の変化(冷酷な公爵が愛を知り、主人公に執着・溺愛する過程) ・黒猫もふもふ 番外編では。 ・もふもふ獣人化 ・切ない裏側 ・少年時代 などなど 最初は、推しの信頼を得るために、ほのぼの日常スローライフ、かわいい黒猫が出てきます。中盤にバトルがあって、解決、という流れ。後日譚は、ほのぼのに戻るかも。本編は完結しましたが、後日譚や番外編、ifルートなど、続々更新中。

【完結】マジで婚約破棄される5秒前〜婚約破棄まであと5秒しかありませんが、じゃあ悪役令息は一体どうしろと?〜

明太子
BL
公爵令息ジェーン・アンテノールは初恋の人である婚約者のウィリアム王太子から冷遇されている。 その理由は彼が侯爵令息のリア・グラマシーと恋仲であるため。 ジェーンは婚約者の心が離れていることを寂しく思いながらも卒業パーティーに出席する。 しかし、その場で彼はひょんなことから自身がリアを主人公とした物語(BLゲーム)の悪役だと気付く。 そしてこの後すぐにウィリアムから婚約破棄されることも。 婚約破棄まであと5秒しかありませんが、じゃあ一体どうしろと? シナリオから外れたジェーンの行動は登場人物たちに思わぬ影響を与えていくことに。 ※小説家になろうにも掲載しております。

【WEB版】監視が厳しすぎた嫁入り生活から解放されました~冷徹無慈悲と呼ばれた隻眼の伯爵様と呪いの首輪~【BL・オメガバース】

古森きり
BL
【書籍化決定しました!】 詳細が決まりましたら改めてお知らせにあがります! たくさんの閲覧、お気に入り、しおり、感想ありがとうございました! アルファポリス様の規約に従い発売日にURL登録に変更、こちらは引き下げ削除させていただきます。 政略結婚で嫁いだ先は、女狂いの伯爵家。 男のΩである僕には一切興味を示さず、しかし不貞をさせまいと常に監視される生活。 自分ではどうすることもできない生活に疲れ果てて諦めた時、夫の不正が暴かれて失脚した。 行く当てがなくなった僕を保護してくれたのは、元夫が口を開けば罵っていた政敵ヘルムート・カウフマン。 冷徹無慈悲と呼び声高い彼だが、共に食事を摂ってくれたりやりたいことを応援してくれたり、決して冷たいだけの人ではなさそうで――。 カクヨムに書き溜め。 小説家になろう、アルファポリス、BLoveにそのうち掲載します。

処理中です...