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第一章 帝国脱出

『第十三話 脱出への戦い(Ⅱ)』

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 俺は油断なく剣を構え直しながら悪態をつく。
 つい数日前までは頼りになる人だと思っていたのがバカみたいだ。

「信じていただと? パーティーの時にクビを宣告してきた男がよく言うぜ」
「正しい道を進んでくれると信じていたんだよ。まさか帝国の裏切り者になるとはな……」

 迷う余地もないような詭弁である。
 しかし、帝国の裏切り者といったように断罪されてしまっては返す言葉もない。
 実際に俺たちは国を出ようとしているのだから。
 すると横から怒りの籠もった声を上げたのはダイマスだ。

「帝国の裏切り者? 僕たちは既に隣国に雇われた身です。それでも盾突く気ですか?」
「それが既に裏切り行為だと言っているんだ。隣国に仕えるなど言語道断である!」

 ギルドマスターは、これ以上の会話はな駄だと言わんばかりに剣を構えた。
 ダイマスも切っ先をギルドマスターに向かう。

「最初に一つ言っておく。お前らでは俺に傷一つ付けることは出来ないだろうよ」
「さっきから私たちをバカにしてっ! 風の精霊よ、私に力を! 【ハリケーン】!」
「魔法での攻撃はやめろっ!」

 俺が慌てて止めに入ったが、時すでに遅し。
 ハリケーンは身動き一つしないギルドマスターを飲み込んで天まで巻き上げる。
 風魔法を使ったイリナが勝利を確信したその時だった。

 頭上から大きな土の塊が雨のように降り注ぎ、地面に大きな穴を開けていく。
 ハリケーンの上では……不敵な笑みを浮かべたギルドマスターが無傷で立っていた。

「俺には効かないね。ゆえに倒すことなど不可能っ!」
「アイツは魔法攻撃をな効化する能力を持っているんだ。つまり近接戦で戦うしかない」

 土の精霊を奪ったアリアは瞠目するしかない。
 魔法攻撃が出来ないのであれば、自分の活躍する場面がないと思っているのだろうな。
 俺は後方を確認しながらアリアに近付いた。

「アリアは後方から騎士団とかが来ないか警戒しておいて。騎士団には魔法を放て」
「分かりました。精霊使いの冒険者には気をつけてくださいね」

 自分が使っているからこそ、恐ろしさについては人一倍把握しているはずだ。
 俺は小さく頷いてハリケーンを叩き斬る。

「おっと……魔法で出来た足場を一閃で壊すとは。なかなかの腕前になったな」
「それはどうも。火の精霊よ、我の求めに応じて剣に宿れ。喰らえ……【獄炎の祭典】!」

 ギルドマスターにとって魔法はただの演出でしかない。
 最大出力の魔法を込めてはいるものの、必要なのは剣自体を強化することだけ。
 火魔法で視界を揺らめかせ、隙を見計らって剣で切りかかる。
 ギルドマスターの力を借りずに独学で習得した剣術だ。

 難点は、クールダウンが終わるまで別の技を放てないということだろうか。
 気配察知を使って確実に剣を当てた俺は一旦離脱する。
 べネック団長がその隙を見逃すはずもない。

「今だ。アリア以外の全員で剣を持って斬りかかれ! 魔法が効かないのならば手数だ!」
「分かりました。グリード剣術の弐、【月火斬】」

 ダイマスは無言で踊るように襲い掛かり、イリナは剣を光らせることで強化した。
 べネック団長は白銀に光る刀身を黒く染めていく。

「デールも弓で攻撃しろっ! 私が闇の力を開放してからが勝負になるからな」
「了解いたしました」

 彼が弓を業火に向かって構えたのを確認したべネック団長は大きく息を吸い込む。
 そして黒い剣を強く一閃した。
 刹那、ギルドマスターを包んでいた炎が黒い炎となってギルドマスターを襲う。

「グッ……なぜ火魔法が俺に効くんだ!?」
「呪いの類だからだな。お前に能力な効の状態異常を付与したから魔法が効く」

 この時、俺はこれがだと気づいた。
 黒い炎の中で剣を振るっているダイマスとイリナも能力が無効になっているはずである。
 つまり、自分たちの能力も犠牲にすることで魔法を有効にしたのだ。
 その時、後方を監視していたアリアが素っ頓狂な声を上げる。

「敵襲! 騎士団が来ました――ってあれ? 魔術師しかいない?」
「だったら好都合だな! 少しでも時間を稼いでくれ!」
「分かりました! こっちは大丈夫ですから、さっさとギルドマスターを料理してください!」

 発言だけ聞けば余裕そうに見えるが、先ほどから精霊が引っ切りなしに登場している。
 相手の方が人数が多いので苦戦するだろうと思ってはいたが……予想以上だ。

「ギルドマスターの攻撃が重いです……。能力が封印されたことで私たちが不利ですよ」
「イリナは剣術強化だからね。能力ありの状態に慣れていただろうし……」

 一方、ダイマスとイリナもギルドマスターの攻撃に苦戦を強いられていた。
 クールダウンが終わった俺も参戦するが、剣がどこから襲い掛かって来るか分からない。
 気配察知が使えないというのは予想以上に不便だ。

「能力なしの状態にも慣れた方が良さそうだね。まったく回避方法が分からない」
「そうだな。俺なんかギルドマスターがどこにいるのかも分からないぞ」

 視界には黒い炎が揺らめいているだけ。
 本当にギルドマスターがいるのかどうかも、気配察知が使えない俺には分からなかった。
 その時、一筋の光が視界の隅を迸る。

「外しちまったか。一番厄介な魔剣士を倒しちまおうと思ったんだがなぁ」
「何を放ったんだ!? 今まで見たこともない……」

 技の概要には想像が及ばないが、当たれば命の危険がある技だということは理解できた。
 ならばこちらも最大限の技を出すしかない。
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