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第1章 きっと純情可憐な彼女。
第3話 線路2本分の距離
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次の日も、そのまた次の日も。彼女は駅に現れた。
いつも瑞帆より少し遅くやってきては、先に電車に乗って行ってしまう。ゆえに2人の重なる時間は、あまりにも短い。
けれど、じろじろ見るわけにはいかない。もし自分の視線に気づいた彼女と目が合って、それで嫌そうな顔なんかされてしまったら?辛いなんてもんじゃない。きっともう生きていけない。
だから瑞帆は、「彼女を見るのは2秒以内」と自分にルールを課した。電光掲示板を見るふりをして、ゆっくりスマホから顔を上げる。そうして視界の端でとらえた彼女の姿を、必死に目に焼き付ける。
柔らかい風にたなびく長い髪。隙なんて微塵も感じさせない立ち姿。“あの時の表情”はなんだったのだろうと思わせるほど堂々としていて。どうして彼女はこんなにも綺麗なんだろう。だから、僕は……
(――だめだ、いけない。)
『まだ足りない』、と騒ぐ心をどうにか理性で押さえつけ、瑞帆は急いでスマホに視線を戻した。
しっかり気を張っていないと、どうしても心が彼女に吸い寄せられてしまう。
こんな日が、もうかれこれ5日も続いていた。
自分と彼女の間にあるのは、たった2本の線路だけ。距離にしたらほんの数メートル。それなのに、どうしてこんなに遠く感じるのか。
…いや、答えはもうわかっている。この距離を越えていけるほどの勇気や行動力が、自分にはないからだ。それなのに、潔く諦めることもできない。
『もし、何かの事情で彼女がこっち側のホームに来てくれたら』
『自分が乗る電車が、彼女と同じだったなら』
『どこか違う場所で偶然出会って、些細なことから会話が始まったりしたなら…』
そんな都合の良い妄想の中では、自分はかっこよくて完璧で、ごく自然に彼女と親しくなれるのに。
けれど、現実はどうだろうか。近づきたい、けれどできない。彼女のことが知りたい。でも勇気がない。止められない羨望と自己嫌悪で死にたくなる。
ならばもういっそ一思いに、この不毛な想いを終わらせる出来事でも起きてくれたら楽になるのだろうか。
そう、例えば……
「嘘だろ!あの子が男と一緒にいるんだけど!?」
浮きたつ気持ちと絶望感で心が揺れていた最中。背後から聞こえた声に、瑞帆の心臓が跳ねあがった。
そして体中に悪寒が走る。今、後ろの奴はなんて言った?
(彼女が、男と、一緒!?)
急いで顔を上げると、さっきまで1人だったはずの彼女が、瑞帆と同じ制服を着た男子とにこやかに話している姿が見えた。
ショックで呆然としてしまい、見たくないのに2人から目が離せない。
「あいつ、あの子の彼氏かなあー。めっちゃ羨ましい」
「いや、ナンパって可能性もあるだろ」
「どうだろうな。そもそもフツーに考えて、彼氏いない方が不自然じゃね。あんだけ可愛いのに」
「やめてそれはまじで言わないで」
「まあ元気出せって。ジュースおごってやるから」
「そもそもさ、お前とあの子がどうにかなる見込みなんてゼロだったんだし。諦めようぜ」
勝手に耳に流れ込んでくる見知らぬ男子たちの会話が、まるで自分に向けて言われているようで、瑞帆の心にグサグサと刺さる。
『彼氏がいない方が不自然』 ――わかってる。もちろん、覚悟もしていた。
『見込みゼロ』 ――まったくもってその通りだ。
『諦めろ』 ――そうするべき…なんだろう。
(けれど―――)
それはまだできない、と思ってしまった。
なぜなら瑞帆は、向こうで彼女と話している男の顔に見覚えがあったからだ。間違いでなければ、あの男は瑞帆の学校ではちょっとした有名人だ。
それも、“あまり良くない噂”の方で。
遠目では、彼女は楽しく会話しているように見える。彼女がナンパしてきた奴と、あんな風ににこやかに話したりするだろうか?信じたくないけれど2人は付き合っているのかもしれない。
(でも、あいつだけは……)
そう瑞帆が悶々としている間に、男がさらに一歩、彼女に近づいた。
もう少しで手が触れ合いそうな、ただの知り合いにしては近すぎる距離。すると彼女は肩をすくめて怯えたように少し後ずさり、苦笑いを浮かべた。
……ように見えた。
その瞬間、瑞帆は走り出していた。
向かいのホームでは、電車の到着アナウンスが流れ始めていた。
いつも瑞帆より少し遅くやってきては、先に電車に乗って行ってしまう。ゆえに2人の重なる時間は、あまりにも短い。
けれど、じろじろ見るわけにはいかない。もし自分の視線に気づいた彼女と目が合って、それで嫌そうな顔なんかされてしまったら?辛いなんてもんじゃない。きっともう生きていけない。
だから瑞帆は、「彼女を見るのは2秒以内」と自分にルールを課した。電光掲示板を見るふりをして、ゆっくりスマホから顔を上げる。そうして視界の端でとらえた彼女の姿を、必死に目に焼き付ける。
柔らかい風にたなびく長い髪。隙なんて微塵も感じさせない立ち姿。“あの時の表情”はなんだったのだろうと思わせるほど堂々としていて。どうして彼女はこんなにも綺麗なんだろう。だから、僕は……
(――だめだ、いけない。)
『まだ足りない』、と騒ぐ心をどうにか理性で押さえつけ、瑞帆は急いでスマホに視線を戻した。
しっかり気を張っていないと、どうしても心が彼女に吸い寄せられてしまう。
こんな日が、もうかれこれ5日も続いていた。
自分と彼女の間にあるのは、たった2本の線路だけ。距離にしたらほんの数メートル。それなのに、どうしてこんなに遠く感じるのか。
…いや、答えはもうわかっている。この距離を越えていけるほどの勇気や行動力が、自分にはないからだ。それなのに、潔く諦めることもできない。
『もし、何かの事情で彼女がこっち側のホームに来てくれたら』
『自分が乗る電車が、彼女と同じだったなら』
『どこか違う場所で偶然出会って、些細なことから会話が始まったりしたなら…』
そんな都合の良い妄想の中では、自分はかっこよくて完璧で、ごく自然に彼女と親しくなれるのに。
けれど、現実はどうだろうか。近づきたい、けれどできない。彼女のことが知りたい。でも勇気がない。止められない羨望と自己嫌悪で死にたくなる。
ならばもういっそ一思いに、この不毛な想いを終わらせる出来事でも起きてくれたら楽になるのだろうか。
そう、例えば……
「嘘だろ!あの子が男と一緒にいるんだけど!?」
浮きたつ気持ちと絶望感で心が揺れていた最中。背後から聞こえた声に、瑞帆の心臓が跳ねあがった。
そして体中に悪寒が走る。今、後ろの奴はなんて言った?
(彼女が、男と、一緒!?)
急いで顔を上げると、さっきまで1人だったはずの彼女が、瑞帆と同じ制服を着た男子とにこやかに話している姿が見えた。
ショックで呆然としてしまい、見たくないのに2人から目が離せない。
「あいつ、あの子の彼氏かなあー。めっちゃ羨ましい」
「いや、ナンパって可能性もあるだろ」
「どうだろうな。そもそもフツーに考えて、彼氏いない方が不自然じゃね。あんだけ可愛いのに」
「やめてそれはまじで言わないで」
「まあ元気出せって。ジュースおごってやるから」
「そもそもさ、お前とあの子がどうにかなる見込みなんてゼロだったんだし。諦めようぜ」
勝手に耳に流れ込んでくる見知らぬ男子たちの会話が、まるで自分に向けて言われているようで、瑞帆の心にグサグサと刺さる。
『彼氏がいない方が不自然』 ――わかってる。もちろん、覚悟もしていた。
『見込みゼロ』 ――まったくもってその通りだ。
『諦めろ』 ――そうするべき…なんだろう。
(けれど―――)
それはまだできない、と思ってしまった。
なぜなら瑞帆は、向こうで彼女と話している男の顔に見覚えがあったからだ。間違いでなければ、あの男は瑞帆の学校ではちょっとした有名人だ。
それも、“あまり良くない噂”の方で。
遠目では、彼女は楽しく会話しているように見える。彼女がナンパしてきた奴と、あんな風ににこやかに話したりするだろうか?信じたくないけれど2人は付き合っているのかもしれない。
(でも、あいつだけは……)
そう瑞帆が悶々としている間に、男がさらに一歩、彼女に近づいた。
もう少しで手が触れ合いそうな、ただの知り合いにしては近すぎる距離。すると彼女は肩をすくめて怯えたように少し後ずさり、苦笑いを浮かべた。
……ように見えた。
その瞬間、瑞帆は走り出していた。
向かいのホームでは、電車の到着アナウンスが流れ始めていた。
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