4 / 24
第1章 きっと純情可憐な彼女。
第4話 慣れないことをするからこうなる
しおりを挟む(何やってるんだ自分は…これじゃまるでストーカーじゃないか……)
2人を追いかけるように電車に飛び込んでから、かれこれ十数分。瑞帆はスクールバックを胸に抱え、できるだけ体を小さくしながら立っていた。
3メートルほど離れたところでは、彼女と“あいつ”が話をしている。聞き耳を立てていれば、あいつの声だけはギリギリ聞こえてくる距離。
我ながら気持ち悪いことをしているとは思う。けれど、饒舌な男の声や言葉が、どうしても不穏なものに思えてしまって離れられなかった。
「いやー、ずっと思ってたんだよね。信じられないくらい可愛いって。だから今、めっちゃ幸せ。嫌がられたらどうしようって悩んでたけど、勇気だして話しかけてほんとによかった」
軽い口調で、あいつはさっきから何度も同じような言葉を繰り返している。『可愛い』やら『幸せ』やら…やっぱりナンパだった。それだって嫌だとはいえ、彼氏ではなかったことに瑞帆は少しホッとしてしまった。
あいつ…もとい、3年の立野先輩は、瑞帆の学校では知らない人はほぼいない。
イケメンでムードメーカーで、周囲に自然と人が集まる陽気な先輩。だから後輩にも慕われているし、女の子にもよくモテる。
けれど、それは表向きの話。裏では気に入らない相手には容赦ないとか、女遊びが激しいとか、他校や大学生のちょっとヤバそうな人達とつるんでいるとか…とにかく、“良くない”噂が後を絶たないのだ。
「モテない男子たちが先輩を妬んで流したただの噂」と言う人もいる。実際に、立野と直接かかわりのなかった瑞帆も、ずっと半信半疑だった。
けれどちょうど先週、偶然出くわしてしまったのだ。同じクラスの女子が、立野先輩のことで大泣きしている場面に。
「あれ、ユウちゃん次の駅で降りるの?そしたらせっかくだし、連絡先とか教えて欲しいな、なんて」
「連絡先ですか?すみません、えっと…」
駅に近づき、電車が減速していく。そのおかげで、初めて彼女の声が聞こえた。想像していた通りの、柔らかくて優しげな声。名前はユウちゃんっていうのか。どういう字を書くんだろう――
(――って、そんなことを考えてる場合じゃないだろ)
見るからに彼女は絶対困ってる。けれど立野はそんなこと気にも留めないようで、図々しく喋り続ける。
「だめかな。じゃあそしたら、この後どこか寄ってかない?俺、ユウちゃんともうちょっと喋りたくて」
「え、と…」
「10分でもいいから、お願い!ユウちゃん、来週からまた電車乗る時間変わっちゃうんでしょ?これが最後になっちゃったら、俺一生後悔すると思う。だから、ね?」
(何が『ね?』だ。それに『後悔する』とか言って、彼女に罪悪感を植え付けないでほしい。でも優しい彼女のことだから、断り切れずに一緒に行ってしまうかもしれない…)
瑞帆の中で、どんどん悪い方向に想像が膨らんでいく。
一方で電車はどんどん減速していき、ついに止まってしまった。
アナウンスが流れ、扉が開く。
「じゃ、行こ?」
すると電車を降りようとする人たちのざわつきに紛れて、立野が急に彼女の手首を掴んだ。彼女は顔色を変えて何か言いかけたが、当然そんなのはお構いなしに、立野は彼女を引いて電車を降りていく。
それを見た瑞帆も、慌てて2人の後を追いかけた。
この後どうするかなんて、何も考えていない。焦る心と体を突き動かしているのは、ただ『彼女を守らないと』という思いだけ。
気がつくと瑞帆は駅のホームの真ん中で、2人の間に割り込むようにして立野の腕を掴んでいた。もちろん、彼女の手を握っている方の。
「すみません。この手…離してもらってもいいですか」
言葉は驚くほど自然に出てきた。こんなに落ち着いていられるのが、自分でも不思議なくらいだ。頭の中が完全に冷え切っているのを感じる。
立野は目を見開くと、意外にもすぐに彼女から手を離した。
「何、お前。やだな…まさかユウちゃんの知り合い?」
爽やかに笑顔を作ってはいるが、声は明らかに苛立っている。正面から対峙する形になってしまい、瑞帆も立野の腕を離した。
「いえ、違いますけど」
「じゃあ何か用でもあるわけ」
「用というか、彼女が嫌がってたように見えたので」
「はぁ?何言ってんのか全然わかんないんだけど。…ね、ユウちゃん?」
立野が視線を向けると、なんと彼女は涼しげな声で、はっきり「はい」と答えた。嫌そうとか、不安そうな様子も全くない。
瑞帆が戸惑ったのは言うまでもない。しかし、それだけでは終わらなかった。彼女は瑞帆と目が合うと露骨に不愉快そうな顔をして、さっと目を逸らしたのだ。
目の前が真っ暗になる…というのは、こういう状態なのかもしれない。
ありえない、と思った。だってついさっきまでの彼女は、すごく不安そうだったのに。
この数秒間でいったい何があったのか。もしかして無理やり付き合わされているとか…いや、とてもそうは見えない。
それに、あの冷ややかな彼女の目は……。
動揺と混乱で何も言えなくなった瑞帆は、立っているのがやっとだった。
一方の立野はニヤニヤと笑いながら、同情するように瑞帆の肩を叩いてきた。
0
あなたにおすすめの小説
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
愛しているなら拘束してほしい
守 秀斗
恋愛
会社員の美夜本理奈子(24才)。ある日、仕事が終わって会社の玄関まで行くと大雨が降っている。びしょ濡れになるのが嫌なので、地下の狭い通路を使って、隣の駅ビルまで行くことにした。すると、途中の部屋でいかがわしい行為をしている二人の男女を見てしまうのだが……。
【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜
来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、
疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。
無愛想で冷静な上司・東條崇雅。
その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、
仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。
けれど――
そこから、彼の態度は変わり始めた。
苦手な仕事から外され、
負担を減らされ、
静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。
「辞めるのは認めない」
そんな言葉すらないのに、
無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。
これは愛?
それともただの執着?
じれじれと、甘く、不器用に。
二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。
無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。
敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される
clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。
状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる