恋愛探偵は堕とされない。

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第1章 きっと純情可憐な彼女。

第5話 「僕にできることなら、何でも」

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 「なんか悪いねー。まあでも、ヒーロー登場みたいで格好よかったよ?」

露骨にバカにしたような立野の声。
彼女も立野の後ろで何も言わず、険しい顔で瑞帆を睨んでいる。まるで「邪魔された」と言わんばかりに。
もしかしたら自分は、彼女の仕草や表情を自分にとって都合の良いように解釈していただけなのかもしれない。だとしたら、なんてバカなんだろう。目も当てられない。
……でも。

(…僕が今からしようとしていることは、それ以上だ。)

さっきまでショックで固まっていた瑞帆は、立野に煽られたおかげでまた心が沸き立ってくるのを感じていた。
こいつは彼女に相応しくない。だから、守らないといけない。
たとえ自分は、彼女に嫌われたとしても。

「勘違いしてしまってすみません。でも先輩…いいんですか?付き合ってる人がいるのに、別の女の子と2人で出かけたりして」
「…突然何言い出してんの」
「だって先輩、2年A組の子と付き合ってるんですよね。あ、でもC組の子ともまだ別れてないんでしたっけ。あと、名前はわからないですけど、バトミントン部の先輩とも」

ニヤついていた立野の顔が翳り、歪んだ。
先週。クラスメイトの女子が、「先輩が自分だけ見てくれない」と放課後の教室で大泣きしている場面に出くわしてしまった際、聞こえてきた話。
どこまで事実かわからなかったけれど、立野の反応を見ればあながち間違いじゃないのだろう。これで、彼女は立野先輩に嫌な印象を持ってくれるかもしれない。そうであって欲しい。

「あのさぁ、ちょっとよくわかんないんだけど」

すると立野は、あくまでも平静を装いながら瑞帆と距離を詰めてきた。貼り付けただけの笑顔が歪んでいる。
そして瑞帆の耳元に口を寄せ、

「お前、今すぐ消えろ。そうすれば顔は忘れてやるよ」

威圧するような低い声でそう言った。
ゾッと瑞帆の背筋が冷える。今日をもって平和な高校生活とはお別れのようだ。でも、後悔はしない。これで彼女が守れるなら――

瑞帆が覚悟を決めた、ちょうどその時だった。

「おい、お前たち!無益な争いはそこまでだ」

突如どこからか学ランの少年が現れて、瑞帆と立野の間に無理やり割り込んできた。
自信たっぷりにキラキラ輝いている大きな目。場の雰囲気に全くそぐわない楽しげな表情。幼く見えるが、おそらく中学生ではない…だろう。瑞帆の1個下か、せいぜい同い年といったところか。
そんな少年は胸を張るように腰に手を当てたかと思えば、ビシッと立野を、続けて瑞帆を順に指さした。

「残念だが、お前らはもう負けている。何故ならユウは、オレの彼女だからな!」

引くほどの声量で、少年は高らかにそう宣言した。周囲にいた人たちもざわつき始める。

「なにあれ修羅場?」
「男3人とか、あの女すげえな」
「あの威張ってる男の子可愛いねー。私はイケメンのほうが良いけど」

四方八方から、面白がる声が聞こえてくる。もはや完全に見世物だ。
そしてそれをいち早く察知した立野は早かった。

「…うざ。ユウちゃんさぁ、彼氏いんなら早く言ってよ。俺、こーゆー面倒なのはごめんなんだよね。声の大きいバカも嫌いだし」

「じゃ、あとは勝手にどーぞ」。そう言って立野はどこかへ行ってしまった。
完全に、瑞帆は取り残された。彼女はさっきからずっと無言で俯いているし、自称彼氏の少年は『ほら、お前もさっさとどこかに行けよ』とでも言いたげな、勝ち誇った視線を向けてくる。

「……あの、僕も…お騒がせしてしまって、本当にすみませんでした」

自分だって、できることならこのまま消えてしまいたい。けれど何も言わずに帰るわけにもいかず、瑞帆は2人に深く頭を下げた。
立野から彼女を遠ざけられてよかった。彼氏がいるのだって、わかってたことじゃないか。
もはやそう思うしかなかった。
短くて無様な片想い。もう彼女とは、二度と関わることはないだろう。

(今日で…全部終わりだ)

次に見る彼女の姿がきっと、最後になる。顔を上げるのがなんだか怖いな。耐えられるだろうか。
瑞帆がそう思った時だった。
地面に向いている、瑞帆の顔。そのちょうど目の前に細い手が伸びてきて、制服のネクタイの根本を乱暴に掴んできた。そのままネクタイごと頭を上に引っ張られ、正面を向かされる。
視界が広がり、思わず息を飲む。怒りの形相でネクタイを掴んでいたのは、紛れもない“彼女”だった。
瑞帆が驚いたのも束の間、彼女は自分の方に、瑞帆のネクタイを強く引き寄せた。
「ぐえっ」と首が締まり、2人の距離がさらに近づいて、瑞帆の息が止まる。
彼女の顔が、凛とした綺麗な瞳が、長い睫毛が…すぐ目の前にある。
そして、

「ふざけないで。そんな簡単に謝って済む話じゃないの。あんたが余計なことをしてくれたせいで、私の大事な研究仕事が台無しになったんだから。当然、この責任はとってくれるんでしょうね?」

威圧された。彼女の高圧的な口調と、射貫くような鋭い視線に。
この数日間見ていた彼女の姿とは、まるで別人のようだ。もはや、“清楚なお嬢様”の面影はどこにもない。
よくわからないけれど…自分は彼女がこんな風になってしまうほどの、何かとんでもないことをしでかしてしまったのだろうか。
冷汗が出て、罪悪感が募っていく。その一方で、彼女がこんなにも近くにいることや、自分に話しかけてくれたことが、嬉しくてたまらない。心臓が激しく脈打っている。
自分はどこか、おかしくなってしまったのだろうか。

けれど、それで構わない。
もう“彼女以外”のものは、全てどうでもいい。
彼女が「責任をとれ」というのなら、考えるまでもない。
だから、当然答えはひとつだけ。


「僕にできることなら、何でも」


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