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第2章 おそらく天下無類の探偵。
第10話 願ってもない話。
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―― 『消えて欲しい』。
小さな声で、しかしはっきりと、そう呟いた萌咲。
気まずい沈黙。どうしてか、だれも何も言わない。
居心地の悪さに、瑞帆は息を飲んだ。できるだけ目立たないように視線だけで、隣に立つなゆたの様子をうかがう。
なゆたは妙に神妙な面持ちで、まっすぐ萌咲を見つめていた。しかしよく見ると、口元が不自然に強く結ばれている。まるでにやけるのを堪えているみたいに。
すると突然、紅亜があっさりした様子で笑った。
「ありがとうございます。突然厳しい質問をしてしまってごめんなさい。申し込みの段階である程度振り分けてはいるのだけれど、それでも残念なことに、時々遊び半分の方もいらっしゃるから…」
紅亜が、少し大げさに眉尻を下げた。それだけで場の雰囲気が軽くなる。
「けれどおかげで、萌咲さんが本気で悟さんのことを想っていることがわかりました。とっても素敵な人なんですね」
まるでファストフード店で恋愛話をしているかのような、軽くて甘い口調。
萌咲は「いえ、そんな…」と顔を赤くした。握りこんだ拳は解かれ、さっきまでの刺々しい様子はすっかり消えている。もはや今の萌咲は、好きな人の話をされて照れている、可愛い女の子にしか見えない。
それにしても…さっきから紅亜の言動ひとつで、場の空気がころころ変わるなと瑞帆は感じた。
まるで意図的に、”雰囲気“がつくられているみたいに。
そう思ってしまうと、変な緊張感や怖さすら感じる。傍から見れば、可愛い女の子が照れながら恋バナをしているだけなのに。
「そうしたら…萌咲さんの希望は、大きく分けて3つですね。悟さんの気持ちを探ることと、悟さんを萌咲さんに夢中にさせること。そして最後に…萌咲さんと悟さんの“障害”となりうる人物を、お2人から遠ざけること」
「はい。でも、そんな都合の良いことできるわけないですよね」
「そんなことありませんよ。多少時間はかかるかもしれませんが、私たちにお手伝いさせていただければ、全てある程度の成果は見込めると思います」
「本当ですか?」
萌咲がソファからぐっと身を乗り出した。紅亜がにっこりと頷く。
「ええ、どれも私たちの得意分野ですから。ただ悟さんを夢中にさせるためには、萌咲さん自身の頑張りもかなり重要になるのですが…」
「もちろんです。私、できることはなんでもします」
期待と熱意が、萌咲の全身からあふれ出ている。
もはや萌咲と紅亜の間には結束感というか、絆のようなものが芽生えているようにすら見える。
「なるほど、意気込みはバッチリですね。そうしましたらしばらくの間、定期的に事務所に来てもらうことはできますか?次回は悟さんと萌咲さんに関するより詳細なお話をうかがって、今後の戦略を立てる日にしましょう」
「はい!あー、なんだかドキドキしてきました。私、頑張ります」
「萌咲さんなら、きっとすぐうまくいきますよ。ほとんどの場合、ここでの打ち合わせ通りに相手への接し方を変えてみるだけでも、大いに成果は得られますから。ただ…せっかくなので、萌咲さんにはもう一つ、特別なご提案をさせていただきたいのですが」
ここで紅亜が、意味ありげに声のトーンを少し落とした。
そして『待ってました』と言わんばかりに、なゆたが背筋をしゃんと伸ばす。期待のこもった、キラキラした目を紅亜に向けて。
今日はこのまま終わるのではという雰囲気だったのに、まだ何かあるというのか。
みんなの視線を一身に受けて、紅亜は話し始める。
「より効率的・効果的にお二人の関係を変化させるために、当事務所のスタッフを使ってみませんか?いわば、恋愛映画を盛り立てる脇役のような存在…ちょっとした“恋の特効薬”、と言ってもいいかもしれません」
「えっと…ごめんなさい、つまりどういうことですか?」
首をかしげる萌咲。
一方の紅亜は真面目そうな表情でいて、どこか楽しんでいるように見える。
「うちのスタッフを、悟さんと萌咲さんのいる環境の中に紛れ込ませるんです。例えば…萌咲さんに好意を向ける男性が突如登場して、悟さんを刺激するというのはいかがでしょう?もしくは気安い性格の男の子が悟さんに近づいて、萌咲さんをどう思っているのかを探ったり。あるいは不意に現れた魅力的な男子が、萌咲さんにとっての“邪魔者”をあぶりだして遠ざけてくれる…とか」
最後の一言は、心をくすぐるほど小さなささやき声だった。
息を飲む萌咲。紅亜の話に、すっかり魅入られているのがわかる。
「それは…すごく興味があります」
「良かった。可能であれば、萌咲さんのバイト先にうちのスタッフを潜り込ませることが一番良い手段なのですが」
「なるほど、たぶん大丈夫です。うちは人手が足りてなくて、常にバイトを募集してるので。だから…」
萌咲は目を大きくして、食い入るように紅亜を見つめている。
さながら、救いの手を差し伸べてくれた女神を前にしているかのように。
「ぜひ、それもお願いします!」
力強い声で言い切った萌咲の表情は、今日一番輝いていた。
小さな声で、しかしはっきりと、そう呟いた萌咲。
気まずい沈黙。どうしてか、だれも何も言わない。
居心地の悪さに、瑞帆は息を飲んだ。できるだけ目立たないように視線だけで、隣に立つなゆたの様子をうかがう。
なゆたは妙に神妙な面持ちで、まっすぐ萌咲を見つめていた。しかしよく見ると、口元が不自然に強く結ばれている。まるでにやけるのを堪えているみたいに。
すると突然、紅亜があっさりした様子で笑った。
「ありがとうございます。突然厳しい質問をしてしまってごめんなさい。申し込みの段階である程度振り分けてはいるのだけれど、それでも残念なことに、時々遊び半分の方もいらっしゃるから…」
紅亜が、少し大げさに眉尻を下げた。それだけで場の雰囲気が軽くなる。
「けれどおかげで、萌咲さんが本気で悟さんのことを想っていることがわかりました。とっても素敵な人なんですね」
まるでファストフード店で恋愛話をしているかのような、軽くて甘い口調。
萌咲は「いえ、そんな…」と顔を赤くした。握りこんだ拳は解かれ、さっきまでの刺々しい様子はすっかり消えている。もはや今の萌咲は、好きな人の話をされて照れている、可愛い女の子にしか見えない。
それにしても…さっきから紅亜の言動ひとつで、場の空気がころころ変わるなと瑞帆は感じた。
まるで意図的に、”雰囲気“がつくられているみたいに。
そう思ってしまうと、変な緊張感や怖さすら感じる。傍から見れば、可愛い女の子が照れながら恋バナをしているだけなのに。
「そうしたら…萌咲さんの希望は、大きく分けて3つですね。悟さんの気持ちを探ることと、悟さんを萌咲さんに夢中にさせること。そして最後に…萌咲さんと悟さんの“障害”となりうる人物を、お2人から遠ざけること」
「はい。でも、そんな都合の良いことできるわけないですよね」
「そんなことありませんよ。多少時間はかかるかもしれませんが、私たちにお手伝いさせていただければ、全てある程度の成果は見込めると思います」
「本当ですか?」
萌咲がソファからぐっと身を乗り出した。紅亜がにっこりと頷く。
「ええ、どれも私たちの得意分野ですから。ただ悟さんを夢中にさせるためには、萌咲さん自身の頑張りもかなり重要になるのですが…」
「もちろんです。私、できることはなんでもします」
期待と熱意が、萌咲の全身からあふれ出ている。
もはや萌咲と紅亜の間には結束感というか、絆のようなものが芽生えているようにすら見える。
「なるほど、意気込みはバッチリですね。そうしましたらしばらくの間、定期的に事務所に来てもらうことはできますか?次回は悟さんと萌咲さんに関するより詳細なお話をうかがって、今後の戦略を立てる日にしましょう」
「はい!あー、なんだかドキドキしてきました。私、頑張ります」
「萌咲さんなら、きっとすぐうまくいきますよ。ほとんどの場合、ここでの打ち合わせ通りに相手への接し方を変えてみるだけでも、大いに成果は得られますから。ただ…せっかくなので、萌咲さんにはもう一つ、特別なご提案をさせていただきたいのですが」
ここで紅亜が、意味ありげに声のトーンを少し落とした。
そして『待ってました』と言わんばかりに、なゆたが背筋をしゃんと伸ばす。期待のこもった、キラキラした目を紅亜に向けて。
今日はこのまま終わるのではという雰囲気だったのに、まだ何かあるというのか。
みんなの視線を一身に受けて、紅亜は話し始める。
「より効率的・効果的にお二人の関係を変化させるために、当事務所のスタッフを使ってみませんか?いわば、恋愛映画を盛り立てる脇役のような存在…ちょっとした“恋の特効薬”、と言ってもいいかもしれません」
「えっと…ごめんなさい、つまりどういうことですか?」
首をかしげる萌咲。
一方の紅亜は真面目そうな表情でいて、どこか楽しんでいるように見える。
「うちのスタッフを、悟さんと萌咲さんのいる環境の中に紛れ込ませるんです。例えば…萌咲さんに好意を向ける男性が突如登場して、悟さんを刺激するというのはいかがでしょう?もしくは気安い性格の男の子が悟さんに近づいて、萌咲さんをどう思っているのかを探ったり。あるいは不意に現れた魅力的な男子が、萌咲さんにとっての“邪魔者”をあぶりだして遠ざけてくれる…とか」
最後の一言は、心をくすぐるほど小さなささやき声だった。
息を飲む萌咲。紅亜の話に、すっかり魅入られているのがわかる。
「それは…すごく興味があります」
「良かった。可能であれば、萌咲さんのバイト先にうちのスタッフを潜り込ませることが一番良い手段なのですが」
「なるほど、たぶん大丈夫です。うちは人手が足りてなくて、常にバイトを募集してるので。だから…」
萌咲は目を大きくして、食い入るように紅亜を見つめている。
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