恋愛探偵は堕とされない。

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第2章 おそらく天下無類の探偵。

第12話 動揺しかない

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「はあああ!?」

瑞帆よりも早く、なゆたが先に大声をだした。

「そんな…そんなの絶対あり得ないですよ。師匠、まさか本気じゃないですよね?」

ショックと動揺のせいか。紅亜に鋭く睨まれても、なゆたは全く怯まない。瑞帆を指でさしながら、紅亜に畳みかけていく。

「こいつに大事な仕事を任せるなんて、冗談でも言っちゃだめです。どうしてですか、師匠らしくないですよ。事務所の信用に関わります」
「依頼者の前で他のスタッフを大声で貶めるあなたに、事務所の信用のことを言われたくないわ」
「それは…すみません。でも、」
「補足も反論も結構。あなたの意見は求めてないから」
「なんでそんなこと言うんですか。オレは今まで師匠の傍について、ずっと仕事を手伝ってきたのに。よりによってこんな……」

なゆたの顔が、声が、瑞帆を指している指が…どんどん下がっていく。
そんななゆたを不憫に感じてか、それとも萌咲がこの場にいるからか。
紅亜はとため息をつくと、萌咲がサインをした契約書を持って立ち上がった。
そのままなゆたの方に行き、俯くなゆたの胸元に紙を差し出す。

「別に、あなたじゃダメだと言っているわけじゃないでしょ。今回に限っては彼に適性があるって判断しただけ。それに、あなたには任せたい仕事が他にたくさんあるから」
「………」

紅亜から契約書を受け取ると、なゆたは頭をあげた。しかし紅亜とは目を合わせず、拗ねた顔をしている。

「…さっき駅で失敗したからですか」
「それは全く関係ないわ」
「オレだって任せてもらえば役に立ちます。雑務以外もできるんです」
「そうね。だから、機密性の高い仕事は全て、安心して任せられるの。あなたは“雑務”って呼んでるみたいだけど」

萌咲に極力聞こえないようにするための、小声でのやりとり。
相変わらず口をとがらせているなゆた。しかし、その目は揺れていた。

「…わかりました。でも、あいつが適任だと思った理由は教えてください。そうしてくれれば、オレもちゃんと引き下がります」

悔しがるような、威嚇するような視線が、瑞帆に向けられる。
それを見た紅亜は、「全く仕方ないんだから」と、軽くため息をついた。

「すみません萌咲さん。こんなんじゃ心配になっちゃいますよね」
「え?あ、ええと大丈夫です」

紅亜に突然呼びかけられ、慌てる萌咲。
気まずそうな表情を見るに、「大丈夫」というのはまず本心ではないだろう。
だがそんなことは当然、紅亜にだってわかっているはずで。

それよりも今、自分が気にするべきところは――

「でも萌咲さん、安心してください。ほら、こっちの彼は全く動じていないでしょう?彼は常に冷静で、とても有能なスタッフなんですよ。ただこういう場面でもあまり自己主張してくれないのが、玉に瑕なんですけれど」

困った笑みを浮かべながら、紅亜が瑞帆の腕に軽く触れた。
瞬間、ゾクッとした感覚が瑞帆の体中を駆け巡る。

「み、弥刀代さん?僕はそんな…」
「ほら、そうやって謙遜しすぎるのもあなたの悪い癖よ。本当に、そうなんだから。あなたはもっと堂々としていた方が良いって、言ってるでしょ」

あえて強調された“いつも”という言葉。考えるまでもなく、“余計なことを言うな”というメッセージだろう。

「なるほど。でも、いくらこいつが冷静沈着で有能だからといって、それだけじゃオレは納得しませんよ」

なゆたもわざとらしく“いつも”という言葉を使って、会話に割り込んでくる。
何故だろう。瑞帆じぶんの話のはずなのに、瑞帆じぶんを置き去りにして話が進んでいく。
紅亜が芝居がかったため息をついた。

「そう、当然よね。あなたも彼に負けず劣らずとても優秀だもの。でも今回は申し訳ないのだけど、私、って確信してるの。ねえなゆた、それってとても大切なことでしょう?」
「……師匠はそれでいいんですか」
「もちろん。何も問題ないわ」

しかめっ面のなゆたが、紅亜から目を逸らした。
どうやら話はついたらしい。それも、2人にしかわからない文脈で。
ドロッとしたものが瑞帆の胸の中に湧き上がる。
どうして。

今はそんなことを考えてる場合じゃないのに――

「あ、それとね」

不穏な空気なんて物ともせず、紅亜が瑞帆となゆたに笑いかける。
そして、しれっと一言付け加えた。

「彼の見た目も、すごくぴったりだと思ったの」

………。

静かになった室内。

瑞帆には、紅亜が一体何を言っているのかがわからない。何かと聞き間違えてしまったのか?
しかし、ぽかんと口を開けたなゆたと、食い入るように瑞帆じぶんを見つめている萌咲を見れば――

「み、見た目って…こいつの、ですか?」

わけがわからないとでも言いたげに、ついになゆたが瑞帆を指さした。

残念かつ非常に恐ろしいことに…どうやら、聞き間違いではなかったらしい。

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