Ancient Life

マッカイ典三

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修学旅行にて

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 カナメは焦っていた。修学旅行に出発する2日前というのにまだ何も準備が出来ていないでいた。
 小学生最後の旅行。要は行き先の日光についての話をクラスの友達から聞くたびにゲンナリした気分になっていたせいだと自分自身に言い訳をしながらグズグズしていた。
 クラスでは毎週のように放送される心霊現象を取り上げた番組が流れ、その度に本物か偽物ニセモノかが話されるのだが、要にとってはどうでも良い話だった。
 もちろん興味がないわけではなかったが、要には誰にも相談できないある「悩み」があった。その悩みのために小学校に入学した頃から両親から疎まれていた事を気にして誰にも言えていない。
 そんな小学生時代を過ごしてきた要にとっての心霊現象は残念ながら身近な出来事であり、できれば関わりたくない現象としての思いの方が強かったのかもしれない。

 心霊現象を紹介する番組の中で、とりわけ注目されていたのが日光の華厳の滝で撮られる心霊写真の数の多さだった。
小学6年生になり、修学旅行の話題が出てくるようになると要は出来る限り静かにクラスメイトの話題に入らないように気を遣う日々が続いていた。
 「カナメ~!もうじき修学旅行だよなぁ~!!」
 小学5年生から通っていた私立小学校に馴染めず、自宅近くの公立に転校した要にとっての最初の友達となった勝也カツヤは内気な要をいつもリードするクラスでも人気のある日に焼けた精悍な趣の少年だ。
 要も勝也のお陰でクラスに溶け込む事が出来たのだが、「この」件に関しては無頓着な態度が実に煩わしいと感じていた。
 「かっちゃん、もう準備は出来たの?」
 他の話題が欲しくて要は先に勝也に話を振ってみた。
 「準備なんて明日やればいいじゃん!それよりもさぁ…」
 (あぁ~…ヤッパリコレか。。。)
 要は目を伏せながら頷いていた。
 「昨日の心霊写真特集観た???あの特集はヤッパリ今度行く華厳の滝だったじゃん!?マジでオレ、カメラを父ちゃんから借りて本気で撮りにいくぜ!
 要も手伝えよぉ!」
 「…う、うん。でもそんなに面白い?」
 「当たり前じゃん!霊とかすごくない?それに写ったヤツがホンモノなら賞金1万円だぜ!?えのきやで死ぬほど駄菓子買えるって、マジで!」
 要はヤッパリか、とゲンナリしながら利き手の左手でゆるっと手を挙げて応えた。
 (あ~明後日から行きたくない。)

 要の住む街は東京の西部、多摩川沿いの高級住宅街がある流行りの町S区の奥にある。
多摩川沿いで料亭を営む近藤家の日々は忙しく、要の両親はほとんどの時間を日本料理屋の運営に心血を注いでいた。
 要と2つ年下の妹春香ハルカは自炊やインスタント食品で日々の食事をしていたのだがさすがに育ち盛りでの不摂生が祟り、春香が入院する事となり、ようやくその事態に気づいた両親は料亭の女将を引退していた要の祖母となる伊勢イセに子供達の養育を頼む事にしたのが要が小学4年生の頃である。
 要はその頃から身の回りに起きる不思議な現象に困惑していたが、小さい頃の両親の対応にトラウマが残っていたせいもあり内気な子供になっていた。
 その様子を見た伊勢は、電車で通う私立の小学校よりも近所の公立の方がのびのびと育つのでは…との苦言を要の両親に話したらしく、小学校5年生から転校となったと何となく祖母から聞いていたのだが、実際の内気になった理由は言えないでいた。

 自宅近くのF駅から3駅乗るだけの電車通学だったのだが、要にとってはとてつもない距離を感じる通学となっていた。
 最初は「人」だと思っていた。
 その頃の要は視力が悪くなってきていて近視が進んでいたのだが、たまに遠くに見える人がとてもハッキリ見える事に気付いたのだ。
 そして、その人を見た時に、見た「人」もまた要を凝視していた。そしてあっという間に要の前に立ったりしたのだった。
 その「人」は、顔も手も足もあり、洋服ももちろん?着ていたのだけど、どことなく普段の視界に入る「モノ」とは違う違和感があった。なによりも、ホントに遠くにいた「人」が突然瞬きをした瞬間に自分の目の前に来るのだからヒトではないと気づくにはそう時間がかからなかった。
 小さい頃から町を歩く度に感じる違和感や、話しかけられる「人」に応える要を見て両親は病気を疑ったようだが、そのイヤな感じを察した要は、出来る限りそうした関わりを持たないように家にこもるようになった。
 時を同じくして料亭の代変わりがあり、要の両親が店舗経営をするようになって要のそうした事実は近藤家の中で注目される事はなくなったのだが、要は何も変わらないばかりか徐々にその確率が上がってきていた。

 そして小学4年生の頃には、学校に行く度にそうしたヒトではない何かがいつも要の通る場所に陣取り、何かを言いたそうにつきまとう日々が続いていたのだ。

 そんな時の近所の学校への転校は要にとっては安堵のなにものでもなかったのだが、それでも徒歩3分の学校へ行く途中や校舎の中、酷い時には授業中にまでその何かは徘徊したり、近寄ってきたりと起きていた。

 「おばあちゃん、おじいちゃんのところにお見舞いに行きたいよ。」
 2日後に修学旅行を控えた要が夕飯の時に祖母の伊勢にせがんだ。
 「カナメ、もうすぐ修学旅行でしょ?準備はもう出来てるのかい?」優しい祖母はいつも優しくたしなめてくれる。
 「うんん、まだだけど今週はおじいちゃん、ウチに来なかったでしょ?だから行きたいなって。」
 「要は優しいねぇ。でも修学旅行から帰ってきてからで良いよぉ。」
 要は内心ガッカリしていた。得体の知れない何かにつきまとわれたりしていても、決まって祖父の典三ツネゾウが自宅に一時帰宅していたり、病院の典三を訪ねると、その後1週間程度はつきまとわれたり見てしまう確率が俄然低くなったのだ。
 要は本能的にそれを察してか、祖父といると自分しか知らないはずの誰にも相談出来ない変な恐怖から解放される事を学んでいた。

 祖父の典三は料亭の三代目であり、戦後の復興時期を祖母の伊勢と乗り越えてきた寡黙カモクで真面目な細面の男だ。
 だが、要が記憶のない本当に小さい頃に脳溢血ノウイッケツとなり、半身不随となってしまった。それからは近所の総合病院に常時入院となってしまっていたが、要が祖母の伊勢と住むようになってからは週に一度程度一時帰宅をするようになり、要が車椅子を押して自宅に帰るようになった。
 典三が風呂に入る時は要が祖父を背負って入れたり、時には近くのデパートに一緒に行き、典三は一杯の日本酒を飲み、要はお小遣いをもらって喜んでいたりもした。

 要はお小遣いを貰えることも嬉しかったが、何よりも自分の身の回りに起きる不可思議な現象が収まる事を覚えると、祖父との時間が唯一の安らぎと感じるようになっていた。
 「カナメ、もしお前の身の周りに不思議なことや怖いことが起きたらいつでもおじいちゃんのところに来なさい。いいかい?」
時々言われるおじいちゃんの不思議な心配。最初は結びつかなかった事が最近ではなんだかおじいちゃんが要のイマを知っているんじゃないかも…と感じていた。

 修学旅行の前日の夜。夏の到来を告げるかのような土砂降りが夕方から続き、雷鳴も久しぶりに大きな音をがなりたてていた。
 (こんな夜は大体…ふぅ。)
 要は要自身が不安な心を持つ時に決まって起きる現象が今日はあるように思えてならなかった。
 (おじいちゃんのところに行きたかったなぁ。。)
 居間のテレビを妹の春香と観ながら視線は別のところに向けていた。祖母の伊勢が自分の部屋からちょうど居間に出て来たからだ。

 「要。この間おじいちゃんから預かったモノがあるからコレを持っていきなさい。」
 大事そうに両手で持つとても小さな石を要の前に出しながら要が受け取るために手を出すのをうながした。

 「おばあちゃん、コレ?ナニ?」
 「おじいちゃんが要が修学旅行に行く前に渡してくれって。コレを持っていれば安心だぞって伝えてくれと言っていたわよ。」
 受け取った石は少し大きめのサイコロくらいの大きさで、多摩川の河川敷が遊び場の要にも見たことのない不思議な色をした石だった。
 グレーとも黒とも言えず、蒼っぽい風合いもあるのだが、時折赤味を帯びる感じもする。

 祖母の伊勢は、その小さな石を渡しながらポケットに入れていた小さな袋も要に手渡した。昔、妹の春香が来ていたビロード風の上着の生地を手縫いで作り変えた袋。薄い赤色をした落ち着いた風情のものだ。

 「カナメ、コレの中にその御守りを入れてポッケに入れて必ず持ち歩くんだよ。石だけポッケに入れとくと無くしてしまうから袋ごとしまいなさいな。分かった?」

 伊勢はいつも柔らかく、優しく接していて、話す口調もゆっくりとだったが、ホントに珍しく少し固い口調で要に約束させるかのように強く伝えた。
 「うん、おばあちゃん分かったよ。気をつける。」
 要も思わず背筋を伸ばすようにきちんと向き合って頷いた。

「お~。ヨシヨシ。それなら要、春香、ご飯にするわよ。」
 兄だけ贔屓されて少々腹を立てていた妹の春香だが、なんだか叱られているように見えたのもあり、少しご機嫌な面持ちで春香が先に居間を立ちダイニングテーブルに向かった。
 要もチョット気後れしたが、直ぐに立ち上がりダイニングテーブルに向かった。

 食事の後、要は2階の自室に戻り袋から出した石を持ちながらベットにゴロッとなって眺めてみた。
 「こりゃ~なんて石なんだろ~…。」
 思わず独り言を言ってみる。
何となく眺めていたらどのくらい経っただろう。外の土砂降りは止んでいて、月明かりが入るくらいになっていた。
 要が片手に石を摘みながら横を向き、月明かりに石がかかった瞬間に変わった石の色に要は思わずベットから飛び上がらんばかりに動いてしまった。

「うわぁ、、、なんだ????」

 石が薄くではあるが点滅するのだ。しかもソレは今まで見たこともない、まるで虹を中に隠していて、月明かりに触れると蓋が開くかのようなインパクトを放っていた。

 「うぉ、、スゴい…。」
 要が少し落ち着いて月明かりに重ねたり外したりをすると、それに呼応するかのように明かりを放ったり、閉じたりをする石。
 その時に要は普段に感じるはずの「あの」気配が無いことに気づいた。毎晩とまでは無いけれど、要は部屋の窓から常に感じる視線や気配にいつもイヤな思いをし、カーテンを常に閉めているのだが、昼間は祖母が風通しのため開けているため毎晩開けてあるカーテンを閉めるのが日課だったのだが今日は雨も酷かった事もありカーテンは開いていたものの窓は閉めてあった。
 だが、今日は閉めることさえも忘れるほどに気配や視線が無いのだ。

 (もしかして…?コレのお陰かな?)
 幼い要にもなんとなく伝わるのだろうか。要はすぐにその悪しき感覚が今「この」石を持っているお陰で無くなっていることに気づいたのだ。

 「こりゃあ確かに御守りだ!」
 独り言を少し声を荒げて言ってしまうほどに要は興奮していた。




 昨晩は少し興奮気味ではあった要だが、それでも久しぶりに安堵の思いで寝ることができたと朝起きるのがニガテな要も目覚まし時計が何度も鳴ったり、優しい祖母が唯一声を荒げて起こされる事もなく修学旅行の集合場所である小学校まで無事に着くことが出来た。
 朝、出がけに伊勢が、
 「カナメ、御守りはポッケに入れたかい?」
 と優しく送り出してくれたのも久しぶりだったかもしれない。

 校庭に着くと、大型バスが2台停まっていて、半分くらいの児童達が思い思いに仲良しと興奮気味におしゃべりをしていた。
 要は、仲良しの勝也を見つけ、そちらに重い荷物を担ぎながら近寄っていった。

 「かっちゃん、おはよ~!」
 「お~カナメ!おはよう!珍しく朝なのに元気そうじゃん!」
 要の朝が弱いのは勝也は良く知っていた。要が公立の小学校に転校するまでは遅刻ばかりでかなり出来の悪い子とレッテルを貼られるまでになっていたが、近所の公立に転校し、祖母が起こせない時は勝也が代わりに要を起こす役を引き受けていたのだ。

 「うん!昨日はホントに良く眠れたんだ!ほっんと久しぶりだったんだよ~!」
 要はスッカリ上機嫌に勝也に話し掛けていた。
 「なんで?なんかあったの?」
 普段の要を心底知る勝也はあまりの違いに顔を要の顔の近くに寄せて声を潜めてニヤッとしながら聞いた。

 要はどう答えて良いか分からず、
 「いや、、、なんかホントに良く眠れただけなんだよ。」
 素っ気ない感じで答えた要だったが、勝也もそれ以上は聞かずに、
 「そっか!カナメ、もうすぐ整列だから早く並ぼうぜ!」
 と要が持っていた荷物の紐を引っ張りながら整列する方向に向かっていった。

 要の住む東京のS区から日光までは高速道路を使って5時間程度の道のりである。
 途中トイレ休憩を二度ほど挟み、日光への道中はとにかく騒がしいと誰もが思う大騒ぎで子供達は盛り上がっていた。

 二泊三日の行程で行なわれる修学旅行。景気も良くなり、過去は一泊二日で行なわれていた公立小学校の修学旅行だったが、要達の年から二泊三日となり、日光東照宮や華厳の滝の観光から夜のキャンプファイヤーにホテルでのバイキングなど盛り沢山となった。
 初日の夜にはキャンプファイヤー、二日目の夜には学校の先生が主催の肝試し企画もあり、とにかく子供達は盛り上がらざるを得ない状況だったのだ。

 昨晩の土砂降りが嘘のように快晴の中をバスは渋滞にも巻き込まれる事もなく、最初の目的地である華厳の滝近くの大型バス駐車場に着いた。

 要以外の子供達はバスの中での話題のほとんどをテレビ番組でやっていた華厳の滝で見られるという幽霊の話で持ちきりだった。
 勝也と横に座り、バスの中でのほとんどの勝也の話が例にもれずその話だったのもあり、当初は引き気味だった要だったが、ポケットに入る御守り石の膨らみに手をやるとその不安が解消され、ここ数年で初めてとも言えるほどに勝也と華厳の滝の幽霊の話で盛り上がることが出来たのだ。
 勝也の方がビックリしていたかもしれない。

 その話題の華厳の滝の幽霊とはこういう話だった。
 その昔、多くの修行僧が徳を積むために滝行として沢山入山していた頃の話で、その中に1人の尼さんがいた。女人禁制と言われる中でその尼さんは一人離れて滝行に取り組んでいたが、その様子を見ていた複数の修行僧があまりの美しさに襲ってしまった。
 尼さんはあまりの辛さと痛さにその後すぐに滝に身を投げてしまったのだが、それからというものは男性から不幸な目に遭わされた女性が身を投げるようになり、それらの怨念が今でも自殺願望者を引き付けるというもの。
 テレビ番組では、その原因を探るべく当時話題となっていた霊能者を連れて撮影を行なったのだが、撮影中から機器が不自然に故障したり変な音声が混じっていたりという状況を放送し、現地に夜遅く入り祈祷を行なったところその霊能者が憑依され危なく川辺に入っていくところをディレクターが制止するというものだった。

 バスの中では、
 「アレはマジか!?」
 「あんなのヤラセだよ!」
 と女子が言うと、
 「そんなはずないぜ!ヤラセなら実際にあんなに自殺者が出るわけないじゃん!」
 と男子が応戦する流れだった。

 要はテレビ番組を観なかったのだが、勝也も他の友達もとにかくその話ばかりなのでイヤでも覚えてしまったカタチとなっていた。

 「カナメ~!お前、マジでビビってんじゃないの~!!?」
 沢山の男子がからかいながら要をイジる中において、勝也はいつも要の味方だ。
 「カナメをいちいちからかうなよ~!お前らだってビビってっからカナメをいじるんだろうが!」
 要はこんな時にいつも心の中で勝也に礼を呟くしかなかったのだが、正直ビビっていたのは事実であり、何も言えなかった。

 そして、バスは駐車場に駐車し、子供達が一斉に華厳の滝を一望できるスポットに移動し始めていた。
 要は、バスのトイレ休憩時にトイレで用を足すため降りたのだが、御守り石を落としちゃいけないとカバンに石を入れてから降りたことを忘れていたのがいけなかった。
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