雨の世界の終わりまで

七つ目の子

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第四章:三人の旅

第百六話:聖女の再臨と一人の化物

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 マナの魔物を引き寄せる体質は、海でもまるで変わらなかった。
 レインとサニィも行く先々に強大な魔物が現れたと聞くが、それとは少し違う。
 マナが起きている間は殆どの魔物は遠巻きに眺めているだけで、眠りにつくと襲いかかってくる。
 それは本当に、ミラの村救出作戦の時にはよく無事だったと言わんばかりの歓迎ぶりで、当然ながら出港した夜。
 船は魔物達に完全に包囲されていた。

 となれば、当然船内は大慌て。

「全員集まって下さい! 直ぐに転移の準備をします!」

 同行の魔法使いは周囲を探知して魔物の包囲網を確認すると、必死の形相でそう叫ぶ。
 すると、騒ぎを聞きつけたサラが酔い止めの魔法を必死に維持しながら周囲を探知してやってくると、青い顔で言った。

「ああ、皆さんだいじょーぶ。……そこのクラウスが全部やってくれるので。あの、乗組員さん。私に酔い止めかけてください。船くらいなら守ってあげられるので……」

 余りにふらふらと歩くので、そんなことを言い始めるサラに全ての人間が不審な目を向ける。
 次いでサラに指をさされたクラウスを見て、またサラに戻る。
 そしてしばし逡巡した後、一人の乗客が言った。

「……もしかして、英雄の娘サラですか?」

 元々ヴェラトゥーラでは有名人のサラの顔は、今やグレーズ多くの人にも知られている。
 快活で明るい性格のサラが大会で闘技場を森に変えたというのはミラの村にしばらく滞在している間に誰しもが知ることとなっていて、グレーズ人の中には【聖女の再臨】と呼ぶ人もいる程。
 そんなサラが青い顔をしていたことで最初は誰も気づかなかったらしいが、よくよく見てみれば腰に提げたタンバリンがしゃらしゃらと、それが本人だと激しく主張をしている。
 世界広しと言えども流石にタンバリンを腰から提げた魔法使いなど他に聞く者はいないだろう。
 となれば、歳の頃や栗色の髪の毛と合わさって彼女がサラだということは疑う余地が無い。

「うん。私がサラだよ。だから落ち着――」
「ウオオオオオオォォォォオ!!!」

 当然サラがそれを認めた途端、それまで不安そうな顔を隠しもしなかった群衆達は雄叫びを上げ、口々に希望の言葉を漏らし始める。

 今や誰しもが知っているサラの武勇伝、大会で王妃エリスを倒したという話はグレーズでは意外なことに好意的に受け入れられていた。
 それは主に両親や先の【聖女の再臨】が理由で、聖女が神格化されて久しいここグレーズでは、流石の最強王妃殿下でも聖女を継ぐ娘には勝てなかった、だとか、しかし非常に肉薄した戦いだった、だとか。
 とにかく両者それぞれの株が上がる結果を生んでおり、ついでの様に王への支持率も上がっているという幸運をもたらしている。
 そんな【聖女の再臨】が目の前に居るのなら、例え少し位青い顔をしていたとしても安心だ。

 しかし、そんな群衆に向かってサラは言うと、

「ええいうるさい! 既に魔物の攻撃を受けてるの! 私は今それを防いでる! 船がすごく揺れて気持ち悪い! そして大声止めて吐きそうだから! 魔法使い、早く酔い止めして! クラウス、お願……お、おぇ……」

 吐き気を抑えながらキレ始めた。

 流石にそれを見て、乗客達はまずいと思い始めたらしい。
 静かになると同時に、再び血の気が引いていく。
 一度静かになってしまえば、サラが言った通りに魔物は既に船に向けて攻撃しているのが分かる。
 ズドン、ズドンと船底から音が響き、それに合わせて船体が大きく揺れている。
 流石はサラ、それでも転覆する様子はまるで見せないが、酔っている為に防戦一方だという事は明らかだった。
 そんな中で、クラウスだけは冷静だった。

「サラ、船は任せたよ。えーと、あなた、この子をお願いします。僕は魔物を処分してきますので」

 近くに居た勇者らしき女性にマナを預け、一人漆黒の海へと飛び込んでいく。

 魔法使い達は探知で知っていた。
 今海の中に居る魔物は、陸上に打ち上げられた状態でも死ぬまで決して近づくなと言われている魔物が三頭に、その取り巻きの魔物が十数頭。
 一流と呼ばれるデーモンを倒せる様な勇者でも、海に入れば一瞬で食われてしまう程の驚異が居るのだと。
 だからこそ、船上からでも攻撃出来るサラが救世主足り得るのだと。
 そしてそんなサラが防戦一方だということは、殆ど絶望的なのではないかと。

 皆はサラは知っていても、クラウスは知らない。
 勇者達はなんとなく怖い剣士がいるな、でも子どもは可愛い、といった位にしか思っていなかった。
 しかしそんなクラウスが飛び込んだ途端、ふっと安堵の表情に変わったサラを、全ての人々は見ていた。

 そんな【聖女の再臨】は穏やかな笑顔で言う。

「皆、船にしっかりと捕まって。かなりの衝撃が来ると思うから」

 余りに穏やかな笑顔に、人々は素直に従う。
 クラウスがマナを預けた勇者らしき女性は鉄のポールが歪む程の力で体を固定したのを確認して、サラは言った。

「クラウス、どうぞ」

 皆に聞こえる様に言ったものの、それが念話を含んでいるということは、誰しもが察したことだった。
 その、ほんの2秒程後、これまでの魔物の攻撃による衝撃とは比較にならない突き上げが、皆が必死にしがみついた船を襲う。

 それは決して船を狙った攻撃などではなく、魔物達を狙った一撃。
 凄まじい衝撃はただの攻撃の余波でしかないことを知った人々は、これまでとは違った意味で青ざめた。

 それは最強の王妃に打ち勝った英雄の娘サラが全てを任せる程の化物が、ずっとこの船に乗っていたという事実を、誰一人として知らなかったからだ。

「ふふ、あいつね、【悪鬼クラウス】って言うんだよ」

 余りの衝撃の中、そんなサラの満足気な言葉を聞き取れた者は一人も居なかった。
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