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第五章:最古の宝剣
第百五十七話:未熟な一対
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「ひとつ、聞いても良いですか?」
「うん、どうぞ」
サラはエリーに尋ねる。
大体予想は付いているけれど、どうしても気になっていることがあった。
始まりの剣が、そんな失敗だらけながら本当に人間の為を思っているのならば、聞いておかなければならないこと。
「マナや、クラウスも、ですよね。魔物や勇者に向ける食欲って何なんですか? 始まりの剣が今聞いた通りの存在なら、今さらそんな意地悪をする必要はないと思うんですが」
マナは魔物を見ると美味しそうと目を輝かせる。今となっては実際にドラゴンすら食べて見せるし、単純な食物連鎖の上に位置しているとすら思う程に、自然に魔物を食料だと認識しているらしい。
それはクラウスも同様らしく、生まれて直ぐに見せた勇者に対する食欲を、エリー、エレナ、イリスの精神的な力に長けた三人で押さえ込んだと聞いている。
英雄達が定期的にクラウスの家である「漣」を訪れていたのは、そんな彼の封が解かれない様に見張っていた、ということだった。
一人で旅に出した際もオリヴィアが最も心配していたのはその点で、そこは素振りの命令をトリガーに封を強める暗示で対処した、という話。
結果的に、クラウスの人格が英雄を慕うところで固定されていたのも影響していたらしく、今のところはその封が弱まっている様子は無かった。
「オリ姉は天然でクラウスの為になることをしちゃってるよね」
と言うのがエリーの言で、日頃から自分以外の英雄譚を嬉しそうに聞かせて語る日課が、クラウスの勇者に対する食欲を減衰させる理由付けにもなっていたのだとか。
だからこそ、気になった。
本当に【人間の為】を思って消えたいのならば、今さらクラウスが人類の敵になる理由は無い。
クラウスが勇者を食らい、マナが魔物を食らうのならば、それは人間対魔物の構図に現れた、第三勢力ということになる。
クラウスが魔物に対するマナの様に、無条件に近い威力をもって勇者を食い殺すのなら、それは最早魔王を遥かに超える脅威だ。
そんなことをして、人類の為になることなど、一つとしてない。もちろん、滅ぼすのが人類の為だということなら、その限りではないけれど。
だから、サラは英雄の口からその理由を聞きたかった。
明らかに始まりの剣の自殺願望に付き合う姿勢を見せている、本当の人類の守護者であるはずの、彼らの口から。
エリーはそんなサラの心中を読み取ったのだろう。
いつもの世界の意思を嫌いながらも余裕を見せる微笑とは違って、苦笑いしながら、ゆっくりと口を開いた。
「意地悪、だったら顕現した時に叩き斬ってやるつもりだったんだけどね。
アレにとっては一つの誤算だったみたいで、クラウスは師匠と違って、未熟だったんだよ」
全く、アレは間違いしか起こさない。
そんな意図を含んだ様な溜息を吐く。
「未熟?」
サラはその意味がいまいち分からず、おうむ返しで問いかけた。
「うん。未熟。話の中で師匠がどうなる予定だったか憶えてる?」
話とは、先程聞いた始まりの剣の歴史だろう。
その中で、英雄レインはどういう位置だったのかを思い出す。
始まりの剣がいつかの為に作っておいたという魔人、狛の村の人達。
その中に歴史上一人だけ生まれることになった、最弱の魔人。その魔人の肉体は、陰のマナを溜め込む。
それは本来なら遺伝しないはずの子どもに遺伝し、狛の村の外で子を為せば、もしも勇者になる場合、陰のマナと反応を起こし、死滅してしまう。
そしてその子どもは、勇者になる予定だった。
死にゆく子どもは、生き物の本能として、生を願う。
「……あ、二つに分かれた剣を共に身に宿して、でしたっけ」
レインは、一対の剣をその身に宿し、生まれてくる予定だった。
人になった剣は、依代となったレインと共に世界から魔物と勇者を無くし、人として一生を終える。
そんな予定だったのだと聞いていた。
エリーは、優しげに頷いた。
「そう。例え狛の人々を作ったのがアレでもさ、師匠の存在は奇跡だった」
不可視になって世界に散らばった剣の肉体は、簡単には元に戻らない。
だから、剣自身が居なくなったことによって生じる隙間と願いが必要だった。剣の肉体の消滅と、それに伴う死者の願い。
念の為にと瀕死の人々を半魔物として生き返らせておいたは良いものの、彼等もまた、勇者と同じく剣の肉体を遺伝させない人だった。
狛の村を一歩出れば、彼等は普通に人として人の子を為してしまう。
狛の村という閉ざされた環境でしか、魔人の血を維持することは出来なかったのだ。
未来を見通し、唯一生まれる予定だったのが、そんなレインだったのだと、エリーは言う。
「そんな長い歴史の中でも奇跡的な、天然ものの師匠は、陰陽両方の剣を体内に引き込む予定だった。
人の一生分の時間をかけて一対の剣はその肉体を混ざり合い消滅させながら、世界中のマナを回収する役割を担うはずだった。
人と同じ人生を歩んで終わりっていうのは、そういうこと」
それが、始まりの剣の最期の計画。
唐突に生まれた月光に阻止されるまでは、そうして勇者と魔物の世界は終わるはずだった。
それを踏まえて、話を戻してみる。
「でも、クラウスは陽の剣だけ……」
「人工的に作り出された依代のクラウスには、両方が入るだけの余地が無かった。それだけじゃない。生まれた時には入る量も少なくて、外っ側だけが中に入った様な形になったみたい。その結果……」
何もかもが足らない、始まりの剣の依代。
思えば、クラウスは昔は弱かった。
頑丈ではあったけれど、それ以外は何も無い。そんな男の子だった。
そして成長するに連れて飛躍的に強くなって、十五になる頃には歯が立たなくなって、つまり――。
「足らない肉体を求める様に、クラウスは食欲を持ってしまった、っていうことですか」
生きている限り大気中の陽のマナを吸収し続ける存在。
今は抑えられているけれど、勇者を食料だと思ってしまう存在。
不完全ながらレインの代替品を求めた結果、そんなクラウスが生まれてしまった。
それが完全なレインだったのなら、もしかしたら食欲なんて持つことなく、マナだけを勇者から吸収出来たのだろうか。
ふと、そんなことを思っていると、エリーは遂に、優しげな苦笑いという複雑な表情になって答える。
「多分その通り。それでね、それと同じ様にあの片割れ、マナもまた未熟なおかげで、子どもの姿を取ることになった。幸いなことに、精神的にも素直で可愛い幼子になったんだけど」
クラウスの片割れがその内生まれる。
どんな姿かは分からないけれど、いつか必ず。
それを、見つけてもらわないといけない。
クラウスを旅に送り出した理由は、そんなものだったと聞いている。
英雄に憧れるクラウスは、レインの様に旅をしたいと言っていたから、ちょうど良い。そんな風に英雄達が話していたのを、幼い日のサラは覚えていた。
だから、何となく気になって、聞いてみることにした。
「マナはなんで生まれたんですか?」
分からないならそれでも良い。
マナはエリーも言うように良い子で、自分の娘になると言っているのだから、ちゃんと母になろうとも決めている。
例え剣だとしてもマナは聞き分けが良いし、人を傷付けることも無い。
むしろこれまでの旅であの子は、人々を勇気付けてきた存在なのだ。
魔物こそ食べものとしか認識していないけれど、それが人に向くことは無いのだから。
だから、それを聞いたのは、本当に何となくだった。
ところがエリーから返って来た答えは、思わず気が抜けるものだった。
「それは片割れが、寂しいと思ったから」
「うん、どうぞ」
サラはエリーに尋ねる。
大体予想は付いているけれど、どうしても気になっていることがあった。
始まりの剣が、そんな失敗だらけながら本当に人間の為を思っているのならば、聞いておかなければならないこと。
「マナや、クラウスも、ですよね。魔物や勇者に向ける食欲って何なんですか? 始まりの剣が今聞いた通りの存在なら、今さらそんな意地悪をする必要はないと思うんですが」
マナは魔物を見ると美味しそうと目を輝かせる。今となっては実際にドラゴンすら食べて見せるし、単純な食物連鎖の上に位置しているとすら思う程に、自然に魔物を食料だと認識しているらしい。
それはクラウスも同様らしく、生まれて直ぐに見せた勇者に対する食欲を、エリー、エレナ、イリスの精神的な力に長けた三人で押さえ込んだと聞いている。
英雄達が定期的にクラウスの家である「漣」を訪れていたのは、そんな彼の封が解かれない様に見張っていた、ということだった。
一人で旅に出した際もオリヴィアが最も心配していたのはその点で、そこは素振りの命令をトリガーに封を強める暗示で対処した、という話。
結果的に、クラウスの人格が英雄を慕うところで固定されていたのも影響していたらしく、今のところはその封が弱まっている様子は無かった。
「オリ姉は天然でクラウスの為になることをしちゃってるよね」
と言うのがエリーの言で、日頃から自分以外の英雄譚を嬉しそうに聞かせて語る日課が、クラウスの勇者に対する食欲を減衰させる理由付けにもなっていたのだとか。
だからこそ、気になった。
本当に【人間の為】を思って消えたいのならば、今さらクラウスが人類の敵になる理由は無い。
クラウスが勇者を食らい、マナが魔物を食らうのならば、それは人間対魔物の構図に現れた、第三勢力ということになる。
クラウスが魔物に対するマナの様に、無条件に近い威力をもって勇者を食い殺すのなら、それは最早魔王を遥かに超える脅威だ。
そんなことをして、人類の為になることなど、一つとしてない。もちろん、滅ぼすのが人類の為だということなら、その限りではないけれど。
だから、サラは英雄の口からその理由を聞きたかった。
明らかに始まりの剣の自殺願望に付き合う姿勢を見せている、本当の人類の守護者であるはずの、彼らの口から。
エリーはそんなサラの心中を読み取ったのだろう。
いつもの世界の意思を嫌いながらも余裕を見せる微笑とは違って、苦笑いしながら、ゆっくりと口を開いた。
「意地悪、だったら顕現した時に叩き斬ってやるつもりだったんだけどね。
アレにとっては一つの誤算だったみたいで、クラウスは師匠と違って、未熟だったんだよ」
全く、アレは間違いしか起こさない。
そんな意図を含んだ様な溜息を吐く。
「未熟?」
サラはその意味がいまいち分からず、おうむ返しで問いかけた。
「うん。未熟。話の中で師匠がどうなる予定だったか憶えてる?」
話とは、先程聞いた始まりの剣の歴史だろう。
その中で、英雄レインはどういう位置だったのかを思い出す。
始まりの剣がいつかの為に作っておいたという魔人、狛の村の人達。
その中に歴史上一人だけ生まれることになった、最弱の魔人。その魔人の肉体は、陰のマナを溜め込む。
それは本来なら遺伝しないはずの子どもに遺伝し、狛の村の外で子を為せば、もしも勇者になる場合、陰のマナと反応を起こし、死滅してしまう。
そしてその子どもは、勇者になる予定だった。
死にゆく子どもは、生き物の本能として、生を願う。
「……あ、二つに分かれた剣を共に身に宿して、でしたっけ」
レインは、一対の剣をその身に宿し、生まれてくる予定だった。
人になった剣は、依代となったレインと共に世界から魔物と勇者を無くし、人として一生を終える。
そんな予定だったのだと聞いていた。
エリーは、優しげに頷いた。
「そう。例え狛の人々を作ったのがアレでもさ、師匠の存在は奇跡だった」
不可視になって世界に散らばった剣の肉体は、簡単には元に戻らない。
だから、剣自身が居なくなったことによって生じる隙間と願いが必要だった。剣の肉体の消滅と、それに伴う死者の願い。
念の為にと瀕死の人々を半魔物として生き返らせておいたは良いものの、彼等もまた、勇者と同じく剣の肉体を遺伝させない人だった。
狛の村を一歩出れば、彼等は普通に人として人の子を為してしまう。
狛の村という閉ざされた環境でしか、魔人の血を維持することは出来なかったのだ。
未来を見通し、唯一生まれる予定だったのが、そんなレインだったのだと、エリーは言う。
「そんな長い歴史の中でも奇跡的な、天然ものの師匠は、陰陽両方の剣を体内に引き込む予定だった。
人の一生分の時間をかけて一対の剣はその肉体を混ざり合い消滅させながら、世界中のマナを回収する役割を担うはずだった。
人と同じ人生を歩んで終わりっていうのは、そういうこと」
それが、始まりの剣の最期の計画。
唐突に生まれた月光に阻止されるまでは、そうして勇者と魔物の世界は終わるはずだった。
それを踏まえて、話を戻してみる。
「でも、クラウスは陽の剣だけ……」
「人工的に作り出された依代のクラウスには、両方が入るだけの余地が無かった。それだけじゃない。生まれた時には入る量も少なくて、外っ側だけが中に入った様な形になったみたい。その結果……」
何もかもが足らない、始まりの剣の依代。
思えば、クラウスは昔は弱かった。
頑丈ではあったけれど、それ以外は何も無い。そんな男の子だった。
そして成長するに連れて飛躍的に強くなって、十五になる頃には歯が立たなくなって、つまり――。
「足らない肉体を求める様に、クラウスは食欲を持ってしまった、っていうことですか」
生きている限り大気中の陽のマナを吸収し続ける存在。
今は抑えられているけれど、勇者を食料だと思ってしまう存在。
不完全ながらレインの代替品を求めた結果、そんなクラウスが生まれてしまった。
それが完全なレインだったのなら、もしかしたら食欲なんて持つことなく、マナだけを勇者から吸収出来たのだろうか。
ふと、そんなことを思っていると、エリーは遂に、優しげな苦笑いという複雑な表情になって答える。
「多分その通り。それでね、それと同じ様にあの片割れ、マナもまた未熟なおかげで、子どもの姿を取ることになった。幸いなことに、精神的にも素直で可愛い幼子になったんだけど」
クラウスの片割れがその内生まれる。
どんな姿かは分からないけれど、いつか必ず。
それを、見つけてもらわないといけない。
クラウスを旅に送り出した理由は、そんなものだったと聞いている。
英雄に憧れるクラウスは、レインの様に旅をしたいと言っていたから、ちょうど良い。そんな風に英雄達が話していたのを、幼い日のサラは覚えていた。
だから、何となく気になって、聞いてみることにした。
「マナはなんで生まれたんですか?」
分からないならそれでも良い。
マナはエリーも言うように良い子で、自分の娘になると言っているのだから、ちゃんと母になろうとも決めている。
例え剣だとしてもマナは聞き分けが良いし、人を傷付けることも無い。
むしろこれまでの旅であの子は、人々を勇気付けてきた存在なのだ。
魔物こそ食べものとしか認識していないけれど、それが人に向くことは無いのだから。
だから、それを聞いたのは、本当に何となくだった。
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