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第五章:最古の宝剣
第百五十八話:死ぬまで恨むと笑う英雄
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「え?」
サラは思わず間の抜けた声を挙げた。
目の前の英雄が、またおかしなことを言い出したのだ。
と、そんなことを考えたのも一瞬。エリーは普段は適当なことは言うけれど、こういう時には言わないのだ。
それを理解していることを分かってか、サラを見てくすりとらしくない笑みを浮かべると、「推測ではあるけどね、アレの」と前置きをして、語り始めた。
「親元を離れて一人で旅を始めたクラウスが、少し寂しいと思ったから、その願いを糧に生まれたんだよ。正規の方法じゃなくても片割れの願いは強力だから。ただ、それでも限度はある。結果的に未熟なマナって子が生まれたんだよ」
母にべったり、いや、母がべったり……。互いにべったりだったクラウスには、それまでの人生で寂しいと感じる余地は存在しなかった。
片割れが欠けていても、それを埋めるに充分過ぎるほどの充実感が、クラウスを満たしていた。
それはサラが漣を訪れる度に思っていたこと。
クラウスが自分よりも母の心配をすることの方が多くて妬いたことすら数えられない程にあるのだ。
エリーが言う通り、クラウスが片割れを求めることこそが片割れを顕現させる条件だと言うのならば、確かにその余地は無かったというわけだ。
いつか片割れも生まれるから、クラウスにはそれを探させないといけない。
それはクラウスにしか見つけられないという意味なのかとサラは思っていたのだけれど、もっと根本的な理由だったらしい。
「と言うことは私が旅に付いて行っちゃいけなかった理由って……」
「そう。マナを顕現させるためだね」
未熟だから付いて行ってはいけない。
父にそうとだけ言われて納得していたことに、サラは少しばかり怒りを感じる。
クラウスが寂しいと感じることが理由だったのだとしたら、旅先で女の一人や二人作っていてもおかしくはない。いや、おかしい。クラウスは勇者には怖がられるし、基本的には人が苦手なはずだ。だから、寂しいと思っても安易に手を出すことも無ければ、クラウスから誘うことなんてあり得ない。本当に?
でも、それでも言ってくれれば覚悟くらいは出来たのに今さら言われるとこれから寂しくなった時にどうしたら……。
何故だかそんな混乱がサラを数秒支配した。
流石に今迄の苦労はなんだったのかとは言わないけれど、教えてくれても良かったんじゃないかと両親を睨みつけてみる。
例えその理由を知っていたとしても、修行位はちゃんとしたのに! という無言の抵抗だった。
そんなサラの抗議の視線に父は目を逸らし、母はにっこりと笑う。
母の視線はそのままクラウスの胸に頰を乗せたまま涎を垂らして眠っているマナへと向いて、ほら、と視線を戻す。
クラウスが寂しがった結果生まれたのは、娘だった。
未熟な状態で生まれたのは、願いの限界なんてことをエリーは言ったけれど、マナは確かに言ったのだ。
サラをママにしたい、と。
それはつまりクラウスとも何処かで繋がっているということで、クラウスからの好意が真実であると物語っているということ。
何処までを読んでいて、何処までが偶然なのか分からない。それでも、母は結果的にそうなったのだから文句は言うな、とでも言う様ににっこりと笑い続けている。
相変わらず、悪魔の様な母だ。
そんなことを思いながら、溜息を吐く。
「……そういうことですか」
そんなやりとりを見て、エリーは笑った。
片や両親を睨みつけて敗北する子がいれば、片や母に膝枕をされたまま眠っている子がいる。
それはつい先程まで殺し合いが行われていた場所とは思えない、平和な光景だった。
しかしながら、話は続けなければならない。
ここまで踏み込むことを決めたサラに、そろそろ隠し事はゼロにしたかった。
それはこの件に関わると決めた弟子の王妃と、ウアカリの現ナンバー2も同じ。二人はずっと、真剣な表情で、エリーとサラのやりとりを聞いている。
だから、エリーはありのままの言葉を口にすることにした。
「私もアレを信用してないからさ、片割れが顕現する条件を色々悩んだんだよ。夜中にクラウスを突き刺した修行だって、実はアレの受け答えにイラッとして刺しちゃったことの言い訳から始まったものだし」
クラウスを一人にして、封が解かれないだろうか。
可能性は低いとはいえ、もしも何か事故が起きてクラウスの命に危険が及んだらどうなるのか。
本当に片割れは未熟で安全なのか。
それ以前にそもそも、世界の意思と宣って師匠達を殺したソレを、信用など出来るものか。
様々なことを考えた。
「え……?」
若い三人の声が重なる。
それが今のエリーが、めちゃくちゃなことを言っていることに起因したものだということを知っての反応だということを知ったのは、ちょうど心の中が見えたからだった。
まず王妃とイリスの娘から聞こえた声は、夜中に突き刺した修行……? という驚愕と驚きの声。
しかもそれが言い訳から始まった修行だと言うのだから、二人の心は若干の恐怖すら孕んでいる。
サラから聞こえた声は英雄達が、アレ、つまり世界の意思と以前から話し合っっていたのだということに対する驚き。
確かに先程マナの中の世界の意思とは周知の中の様な会話をしていたものの、それはエリーがいつもながらの相手の立場によらない話し方をしているだけなのかと思っていた。
それを聞いて、エリーは逆に驚きの声を上げる。
「あれ、サラは知らなかったの? クラウスが眠ってる時には、世界の意思はクラウスの口で話せるって。私が如何にもアレとコンタクトを取ってましたって話し方をするのは、それが理由なんだけど」
「……一緒に寝てましたけど、知りませんでした」
ルークの眉がぴくりと動き、エリーは今度はそれほど驚かずに「あれま」と呟く。
クラウスが夜中に始まりの剣として話し始めるのは、英雄達には周知の事実だった。
それは大体クラウスが心無い言葉にショックを受けた、あの幼い日の頃から始まり、旅立つ時までは続いていた。
だから、サラなら知っているかと思っていたのだ。
サラが知らなかったという事実を聞いて、エリーはふーむと唸ると、イリスの方を向いて頷きあう。
「なら本当に、もう出てこないつもりなのかもね。私としてはどうでも良いんだけど」
心底興味が無さそうに、エリーは呟いた。
まるで先程までの始まりの剣の物語など、まるで無かったかの様に。
ただ、それがエリーだということを、今ここにいる誰しもが知っている。
「あはは、あんな話をした後にどうでも良いって、ほんとばっさりですね」
だからこそ、例え始まりの剣の話が同情を誘う為の作り話だったとしても、彼女だけは騙されない。
何故ならそれが真実であろうと無かろうと、エリーにとってはまるで興味が無いから。
彼女が守るのは、いつだって手が届く人だけ。
それがたまたま世界の意思の思惑と一致しているのだから、協力関係にあるだけ。
エリーは未だに頑なに、「一人を守れる勇者になれ」という師匠の言葉を守っている。
サラはそれを知っているから、あえて笑った。
だからエリーもまた笑う。
「心を読めるってのはつまり、一々相手の感情に流されてたらこっちが持たないってことだからね。我ながら冷たいとは思うけど、師匠を殺したアレは死ぬまで恨むって決めてるから」
「決めちゃってるんですか」
サラとエリーの笑顔を、王妃エリスとウアカリのカーリーは複雑な表情で見守っていた。
「決めちゃってるのよ。厄介な力もくれちゃったしね」
心を読める力を、厄介の一言で片付ける。
そんなエリーが決めちゃったことの重みは、想像すら難しい。
だからサラもまた、エリーと同じ様に笑うしか無かった。
きっとそれは、異常な光景だっただろう。
死ぬまで恨むと、笑う英雄。
しかしだからこそ、世界の意思はエリーに何かを託したのではないかと、そんな風にサラには思えた。
「まあ、それに――」
「どうしたんですか?」
「おかげで、私は師匠の一番弟子として、世界最強でいられるんだけどね」
流石にエリーが何かを誤魔化したこと位は分かったけれど、サラはそれを改めて聞く気にはなれなかった。
――。
サラは思わず間の抜けた声を挙げた。
目の前の英雄が、またおかしなことを言い出したのだ。
と、そんなことを考えたのも一瞬。エリーは普段は適当なことは言うけれど、こういう時には言わないのだ。
それを理解していることを分かってか、サラを見てくすりとらしくない笑みを浮かべると、「推測ではあるけどね、アレの」と前置きをして、語り始めた。
「親元を離れて一人で旅を始めたクラウスが、少し寂しいと思ったから、その願いを糧に生まれたんだよ。正規の方法じゃなくても片割れの願いは強力だから。ただ、それでも限度はある。結果的に未熟なマナって子が生まれたんだよ」
母にべったり、いや、母がべったり……。互いにべったりだったクラウスには、それまでの人生で寂しいと感じる余地は存在しなかった。
片割れが欠けていても、それを埋めるに充分過ぎるほどの充実感が、クラウスを満たしていた。
それはサラが漣を訪れる度に思っていたこと。
クラウスが自分よりも母の心配をすることの方が多くて妬いたことすら数えられない程にあるのだ。
エリーが言う通り、クラウスが片割れを求めることこそが片割れを顕現させる条件だと言うのならば、確かにその余地は無かったというわけだ。
いつか片割れも生まれるから、クラウスにはそれを探させないといけない。
それはクラウスにしか見つけられないという意味なのかとサラは思っていたのだけれど、もっと根本的な理由だったらしい。
「と言うことは私が旅に付いて行っちゃいけなかった理由って……」
「そう。マナを顕現させるためだね」
未熟だから付いて行ってはいけない。
父にそうとだけ言われて納得していたことに、サラは少しばかり怒りを感じる。
クラウスが寂しいと感じることが理由だったのだとしたら、旅先で女の一人や二人作っていてもおかしくはない。いや、おかしい。クラウスは勇者には怖がられるし、基本的には人が苦手なはずだ。だから、寂しいと思っても安易に手を出すことも無ければ、クラウスから誘うことなんてあり得ない。本当に?
でも、それでも言ってくれれば覚悟くらいは出来たのに今さら言われるとこれから寂しくなった時にどうしたら……。
何故だかそんな混乱がサラを数秒支配した。
流石に今迄の苦労はなんだったのかとは言わないけれど、教えてくれても良かったんじゃないかと両親を睨みつけてみる。
例えその理由を知っていたとしても、修行位はちゃんとしたのに! という無言の抵抗だった。
そんなサラの抗議の視線に父は目を逸らし、母はにっこりと笑う。
母の視線はそのままクラウスの胸に頰を乗せたまま涎を垂らして眠っているマナへと向いて、ほら、と視線を戻す。
クラウスが寂しがった結果生まれたのは、娘だった。
未熟な状態で生まれたのは、願いの限界なんてことをエリーは言ったけれど、マナは確かに言ったのだ。
サラをママにしたい、と。
それはつまりクラウスとも何処かで繋がっているということで、クラウスからの好意が真実であると物語っているということ。
何処までを読んでいて、何処までが偶然なのか分からない。それでも、母は結果的にそうなったのだから文句は言うな、とでも言う様ににっこりと笑い続けている。
相変わらず、悪魔の様な母だ。
そんなことを思いながら、溜息を吐く。
「……そういうことですか」
そんなやりとりを見て、エリーは笑った。
片や両親を睨みつけて敗北する子がいれば、片や母に膝枕をされたまま眠っている子がいる。
それはつい先程まで殺し合いが行われていた場所とは思えない、平和な光景だった。
しかしながら、話は続けなければならない。
ここまで踏み込むことを決めたサラに、そろそろ隠し事はゼロにしたかった。
それはこの件に関わると決めた弟子の王妃と、ウアカリの現ナンバー2も同じ。二人はずっと、真剣な表情で、エリーとサラのやりとりを聞いている。
だから、エリーはありのままの言葉を口にすることにした。
「私もアレを信用してないからさ、片割れが顕現する条件を色々悩んだんだよ。夜中にクラウスを突き刺した修行だって、実はアレの受け答えにイラッとして刺しちゃったことの言い訳から始まったものだし」
クラウスを一人にして、封が解かれないだろうか。
可能性は低いとはいえ、もしも何か事故が起きてクラウスの命に危険が及んだらどうなるのか。
本当に片割れは未熟で安全なのか。
それ以前にそもそも、世界の意思と宣って師匠達を殺したソレを、信用など出来るものか。
様々なことを考えた。
「え……?」
若い三人の声が重なる。
それが今のエリーが、めちゃくちゃなことを言っていることに起因したものだということを知っての反応だということを知ったのは、ちょうど心の中が見えたからだった。
まず王妃とイリスの娘から聞こえた声は、夜中に突き刺した修行……? という驚愕と驚きの声。
しかもそれが言い訳から始まった修行だと言うのだから、二人の心は若干の恐怖すら孕んでいる。
サラから聞こえた声は英雄達が、アレ、つまり世界の意思と以前から話し合っっていたのだということに対する驚き。
確かに先程マナの中の世界の意思とは周知の中の様な会話をしていたものの、それはエリーがいつもながらの相手の立場によらない話し方をしているだけなのかと思っていた。
それを聞いて、エリーは逆に驚きの声を上げる。
「あれ、サラは知らなかったの? クラウスが眠ってる時には、世界の意思はクラウスの口で話せるって。私が如何にもアレとコンタクトを取ってましたって話し方をするのは、それが理由なんだけど」
「……一緒に寝てましたけど、知りませんでした」
ルークの眉がぴくりと動き、エリーは今度はそれほど驚かずに「あれま」と呟く。
クラウスが夜中に始まりの剣として話し始めるのは、英雄達には周知の事実だった。
それは大体クラウスが心無い言葉にショックを受けた、あの幼い日の頃から始まり、旅立つ時までは続いていた。
だから、サラなら知っているかと思っていたのだ。
サラが知らなかったという事実を聞いて、エリーはふーむと唸ると、イリスの方を向いて頷きあう。
「なら本当に、もう出てこないつもりなのかもね。私としてはどうでも良いんだけど」
心底興味が無さそうに、エリーは呟いた。
まるで先程までの始まりの剣の物語など、まるで無かったかの様に。
ただ、それがエリーだということを、今ここにいる誰しもが知っている。
「あはは、あんな話をした後にどうでも良いって、ほんとばっさりですね」
だからこそ、例え始まりの剣の話が同情を誘う為の作り話だったとしても、彼女だけは騙されない。
何故ならそれが真実であろうと無かろうと、エリーにとってはまるで興味が無いから。
彼女が守るのは、いつだって手が届く人だけ。
それがたまたま世界の意思の思惑と一致しているのだから、協力関係にあるだけ。
エリーは未だに頑なに、「一人を守れる勇者になれ」という師匠の言葉を守っている。
サラはそれを知っているから、あえて笑った。
だからエリーもまた笑う。
「心を読めるってのはつまり、一々相手の感情に流されてたらこっちが持たないってことだからね。我ながら冷たいとは思うけど、師匠を殺したアレは死ぬまで恨むって決めてるから」
「決めちゃってるんですか」
サラとエリーの笑顔を、王妃エリスとウアカリのカーリーは複雑な表情で見守っていた。
「決めちゃってるのよ。厄介な力もくれちゃったしね」
心を読める力を、厄介の一言で片付ける。
そんなエリーが決めちゃったことの重みは、想像すら難しい。
だからサラもまた、エリーと同じ様に笑うしか無かった。
きっとそれは、異常な光景だっただろう。
死ぬまで恨むと、笑う英雄。
しかしだからこそ、世界の意思はエリーに何かを託したのではないかと、そんな風にサラには思えた。
「まあ、それに――」
「どうしたんですか?」
「おかげで、私は師匠の一番弟子として、世界最強でいられるんだけどね」
流石にエリーが何かを誤魔化したこと位は分かったけれど、サラはそれを改めて聞く気にはなれなかった。
――。
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