雨の世界の終わりまで

七つ目の子

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第二章:美少女魔法使いを育てる

第九話:少女は初めて決意する

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「レインさん、私一つ気になったことがあるんです」

 朝、支度を終え再び南へと歩き出すと、サニィはそんなことを言う。毎日朝になると気になることが出来るらしい。

「色々なことが気になるものだな。まあ、生きている証拠だ。それで?」
「私のマナタンク、おかしくないですか?」
「すまないがマナ関係はさっぱり分からん……」

 通常魔法使いが扱うマナは、常に世界に満ちているマナの海から体に流れ込んでくる。
 人によって大きさはかなり違うものの、それを貯めるタンクが魔法使いの体内には備わっている。
 魔法というものはそれを蛇口を捻るように放出しながらイメージと混ぜ合わせることによって超常の現象を引き起こすわけである。想いを込めた道具はそのイメージを助けると共に、蛇口のハンドルの役割を果たす。
 ただ、通常は世界に満ちるマナの海からタンクに入るマナの水道管の様なものよりも、放出する為の蛇口の方が径が大きい。
 その蛇口の径が、使える魔法の規模を表しているのである。
よって、連続して魔法を使っていればいつかタンクは空になり、少しの間マナ切れを起こすことになるはず。

「でも、私昨日はあれだけ魔法を連発したのにマナ切れは全く無かったんですよ」

 今までサニィは限界まで魔法を使ったことなど無かった。両親の指導は決して彼女に危険が及ぶ様なことはしない、言わば温室的な育て方だったからだ。
 蛇口の大きさも、実際には試したことなどない。今まで使っていた最大級の魔法を勝手に限界に近いと思い込んではいたが。

「ほう。マナ量ってのは俺は一回に使える魔法の規模の話だけかと思ってた」
「え……? もし私のマナが切れたらとかは……?」
「大丈夫だ。守っていた」
「んもう!」

 ちょっと嬉しいのを認めたら負けだ。
 サニィはそんな風に感情を殺すと、それを誤魔化す様に話題を変える。

「じゃあ、もし魔法使いと戦う時はどうするつもりだったんですか?」
「それは当然魔法を使い続けられる前提だったが……」
「……」

 戦闘に関してレインの考えていることは全く分からない。きっと今回も昨日みたいに自分を虐めた様なお茶目や、ただ知識が足らないだけなんだろう。

「あの、イメージは?」
「もちろん死の直前であっても完璧なものが使える前提だ」
「……それは魔法使いじゃなくて、化け物って言うんですよ?」

 ダメだこの男……。
 サニィは最早説得を諦めていたが、一応のツッコミは入れておく。
 魔法使いを倒すにはマナ切れを起こすまで耐えること、または平常でいられない状況を作り出すことが勝利の鍵というのが常識である。それ故に両親もあっさりとオーガの群れに負けたのだろう。しかし人外の中の人外には人間の常識は通用しないらしい。

「まあ、もちろん魔王を倒す為に修行してきたからな」
「魔王はもう100年以上も前に全員倒されましたよ……」
「ああ、祖父からそれを聞いた時には驚いたものだ」
「いつ知ったんですか?」
「……6日前」

 それって出発した頃だよね……。
 サニィは思った。もしかしてこの人外は私のことを虐めて遊んでたわけじゃなくて、本気で鍛えてただけなのかもしれない。
 というか、天然だこの人。

 少し……か……。
 いや。それはない。

 出かかった思考を抑える為そんな風に自分言い聞かせると、サニィは話を戻す。

「まあ、レインさんがおかしいのは今は置いておいて、私のマナタンクの容量ってどの位あるんでしょうかって思って。
 お父さんとお母さんは2人とも昨日の規模の魔法だと、大体連続10発位でマナ切れを起こすって話だったんです。切れたら再び1発使える様になるまでに2、3分はかかるって。
 でも、私の場合魔法が使えないタイミングがあったにしても50発近く使いましたよね。昨日は必死過ぎて全然気付きませんでしたけど」

「なるほど。お前は才能があるのだろう」
「え? 感想はそれだけですか?」

 必死に説明してみたが、レインの反応はあまりに素っ気ない。まるで、そのくらいは当然だと言わんばかり。それ程に、気にすらしていない様な反応だった。

「はっきり言って魔法のことはまだ今一分かっていないからな。お前の両親の能力がどの位かも分からん」

「えーと、お父さんはこの辺りで1番、お母さんは宮廷魔法使いだったことがあります」

「それならば別に特別なことじゃあないだろう。小規模で1番なんてのは何処にでもいる。お前の才能はそれよりも遥かに上。それだけだ」
「……」

 レインの物言いにサニィはムッと押し黙る。
 少なくとも彼女にとって両親は誇りだった。それを猿山の大将みたいな言い方をして……。
 レインを睨み付けてみても、青年は一切動じず、こう告げる。

「良いか。お前の才能は両親よりも上だ。両親が誇りであるならばそれは良い。素晴らしいことだ。
だが、自分の限界をそこに持っていくことは許さない。能力は正しく行使することが持って生まれた者の義務だ」
「……」

 サニィは何も言えなかった。
 言い方こそ悪いものの、青年は両親を馬鹿にしているわけではない。
 ただ、今まで温室で燻っていた私の本質を見抜いていただけ。
 確かにサニィは今までずっと、両親を追いかけてきた。超えない様に、超えない様に。

 その結果が、町の壊滅だ。

「どうする? お前は必ず俺が守ってやる。それだけは約束だ。それに、そもそもこれは俺が自身に課したルール。お前にまで強制するつもりは毛頭無い」

 青年は諭すように少女に尋ねる。
 そんなことを言われてしまえば、少女の答えは決まっていた。
 少なくとも、目の前の男は、超えない様になんてことを考える必要すらない。本気で追いかけても届かないだろう高みにいる。
 それなら。

「強くなりたいです」

 今まで温室で育ってきた少女は、幾度もの死を経験して、途方も無い才能を目の前にして、生まれて初めて決意を固めた。
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