雨の世界の終わりまで

七つ目の子

文字の大きさ
166 / 592
第十二章:仲間を探して

第百六十六話:本当に馬鹿な男共

しおりを挟む
 大陸南東部、巨大な渓谷がいくつも続く赤土の大地、そこでは、現在一つの噂が話題となっていた。
 魔物に襲われ、絶対絶命だと思っていると突然突風が吹き、魔物が居なくなる。
 それは新たな幻覚を見せる魔物の出現なのか、もしくは見えない勇者の存在か、それか白昼夢か。何かは分からないが、絶対絶命であっても希望を捨ててはいけない。
 天は偶に、人を助けることがある。

 そんな噂が広がっていた。

「これは、あいつか」
「ええ、マナを感じますけど、どうします?」
「そうだな、会いに行ってやろうか」

 レインの顔が邪悪に歪む。
 男がこういう顔を見せるのは、ディエゴをマイケルとして扱っている時と、あの人が相手の時だけだ。

「全く、また喧嘩するんですか? まぁ、正直微笑ましいですけど」

 現在、世界でも5本指に入るだろう二人の喧嘩が微笑ましいとは、サニィもやはり強くなったものだ。
 この間のワイバーンの件はともかく、普段のレインは他人に被害が及ぶ様な無茶はしない。
 初めて喧嘩を売ってきた同年代に喧嘩で応えるのは、まあ、微笑ましいことなのだろう。
 そう思い、サニィはレインをその人物の所に連れて行った。

「久しぶりだな」
「なんだ、君か」
「こんにちは」
「御機嫌よう、麗しの聖女様」

 赤土の大地、崖下の壁面沿いに開いた穴の中、レインが話しかけた先にその人物は居た。
どう見ても爽やかな好青年。
 激しい修行の合間にも、その容姿を整えることを忘れない、無類の美女好き、英雄ヘルメスの子孫サンダルその人。
 約3m、刃渡りだけで1mはありそうな斧を壁に立てかけ、灰色のスープを作っていた。
 レインに向き直り、露骨に嫌な顔をする。

「チッ、何しに来たんだい?」
「旅をしていると言っただろう」
「私の所に来る理由がないだろう」
「土産話を持って来た」

 その土産話がなんなのか、一体どんな喧嘩が繰り広げられるのだろうか、サニィはわくわくを隠せない。
 杖をカツカツと地面に当てる。

「ウアカリに行って来たんだ。それはまあ、楽しかった」
「何? 聖女様というものがありながらウアカリだと……」

 ウアカリは強い男であればモテる。それも、取り合うわけではなくみんなで共有する。
 レインであれば、全員を簡単に手に入れられる。そんな国であることを、美女好きは知っている。
 いつか自分が行って、死地とする場所だと、美女好きは幼い頃から決めていた。夢だった。

「ああ、上位1700人抜きだ」
「……貴様」

 思わず、吹き出しそうになるのをサニィは必死に抑える。
 嘘は言っていない。嘘は言っていないが、それは1700人を武闘大会で倒しただけだし、それをしたのはレインではなくサニィ。
 サンダルは、本気でレインに殺意を向けている。サンダルの夢など知らないサニィにはそれが面白くて、仕方がない。

「ああ、1700人全員の意識を奪った。もちろん、首長の姉妹も含めてだ。最も美人だった奴なんか何日も涎を垂らしながら焦点も合っていなかったぞ」
「……は? なんだと?」

 サンダルの顔は怒りに支配され、赤を通り越して青くすらなっている。

(笑っちゃダメだ笑っちゃダメだ。確かに意識は奪ったけど……、ナディアさんとか確かに涎垂らしてたけど、罰で廃人にされてただけだし、ヤバい、何言ってるのこの人達)

「嘘だと思うならウアカリに行って聞いてみれば良い。レインはどうだった、とな」

 更に挑発を重ねる。

(絶対あの人達はヤバかったとしか答えないな……、きっと今はまだレインさんと見比べられて嫌な顔されるんだろうな……)

「……殺す」

 やはり、こうなった。
 二人は崖の上の広場に立ち、十分な距離を取って対峙する。
 本気の殺意を向けながらしっかりとそういうルールを守る辺り、サンダルも律儀なのがまた面白い。

「さ、さて、わ、たしが、ふ、審判をつとめまふ」

 笑いを抑えているサニィに、サンダルが心配の目を向ける。

「ごめんなさい聖女様、私の殺気が抑えられず怖がらせてしまったみたいで、今、この男に天罰を与えるので安心下さい」

 そんな的外れな意見に、本気で吹き出しそうになる。
 この試合が終わったら聖女を返上しよう。本気でそう思ってしまう程に、現状は面白い。
 かつては二人のやり取りに本気で怒ったものだ。
 しかし、互いがなんだかんだ、本気で友人だと思っている以上、これは面白いことなのだと学習してしまった。
 ごめんなさいサンダルさん……。

「では、始め」

 その言葉の直後、サンダルは一気に加速する。随分と基礎運動能力を磨いてきたのだろう、短剣一本の時よりも、今の方が初速も速い。
 そして、十分に加速した所で、レインに向かって思いっきり斧を振り回す。野球のスイングの様に、横薙ぎで。

 それを、レインは剣を横向きにして受ける。

「おお、やるな」

 そんな言葉が聞こえると同時、二人はサニィの視界から消え去った。

 マナでは、感じる。
 レインはサンダルに吹き飛ばされ、サンダルはそれを追いかけて更に加速し、追い抜くと今度は後ろから振り回そうとして……。

 ――。

 15分後、右手にサンダルの左足、左手には巨大な斧を肩に抱えて、レインが戻ってきた。

「ぶっ、ふふふふ、あっはははははは」

 サニィはそれを見て、大笑いする。
 何が面白いのか、もう分からない。でも、なんだかんだ言っても大切そうにサンダルと斧を持ってくるレインの様子が、なんだかとても可笑しかったのは確かだった。
 サンダルは足を掴まれて白目を剥いたまま引きずられているけれど、それでも怪我などは見当たらない。
 二人ともが赤土で十分に汚れているところを見ると、存分に暴れて来たのだろう。

 どことなく満足気なレインを見て、サニィはそれまでしていた我慢を止め、思いっきり笑ったのだった。

 ――。

「君、本当に馬鹿だな」

 意識を取り戻し、ウアカリで起こったことを説明するとサンダルは呆れ顔でそう言う。

「何がだ?」

 どうやらその呆れ顔は、からかった事に対してでは無いらしい。それを感じ取ったレインはそう返す。

「君さ、ウアカリは美女揃いだったんだろう?」
「それは間違いないな」
「美女から誘われてそれを受けないとか、付いてるのかい? ってか、女性を馬鹿にしてるのかい?」
「お前、本当に馬鹿だな」

 もちろん、今はサニィの面前だ。

 数秒後、そこには再び白目を剥いたサンダルと、どことなく満足気なサニィと、呆れ顔のレインの姿。
 サニィにとって、レインがアレならサンダルも十二分にアレな男だった。
 もちろん、少しばかり嫉妬深いサニィにとっては、アレなレインの方が好ましい。
 サンダルは、レインにからかわれた結果ボコボコにされるのがお似合い。
 今回の事で聖女を返上する理由は何もない。
 そう、考えを改めたのだった。
しおりを挟む
感想 9

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

友人(勇者)に恋人も幼馴染も取られたけど悔しくない。 だって俺は転生者だから。

石のやっさん
ファンタジー
パーティでお荷物扱いされていた魔法戦士のセレスは、とうとう勇者でありパーティーリーダーのリヒトにクビを宣告されてしまう。幼馴染も恋人も全部リヒトの物で、居場所がどこにもない状態だった。 だが、此の状態は彼にとっては『本当の幸せ』を掴む事に必要だった 何故なら、彼は『転生者』だから… 今度は違う切り口からのアプローチ。 追放の話しの一話は、前作とかなり似ていますが2話からは、かなり変わります。 こうご期待。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

「お前と居るとつまんねぇ」〜俺を追放したチームが世界最高のチームになった理由(わけ)〜

大好き丸
ファンタジー
異世界「エデンズガーデン」。 広大な大地、広く深い海、突き抜ける空。草木が茂り、様々な生き物が跋扈する剣と魔法の世界。 ダンジョンに巣食う魔物と冒険者たちが日夜戦うこの世界で、ある冒険者チームから1人の男が追放された。 彼の名はレッド=カーマイン。 最強で最弱の男が織り成す冒険活劇が今始まる。 ※この作品は「小説になろう、カクヨム」にも掲載しています。

御家騒動なんて真っ平ごめんです〜捨てられた双子の片割れは平凡な人生を歩みたい〜

伽羅
ファンタジー
【幼少期】 双子の弟に殺された…と思ったら、何故か赤ん坊に生まれ変わっていた。 ここはもしかして異世界か?  だが、そこでも双子だったため、後継者争いを懸念する親に孤児院の前に捨てられてしまう。 ようやく里親が見つかり、平和に暮らせると思っていたが…。 【学院期】 学院に通い出すとそこには双子の片割れのエドワード王子も通っていた。 周りに双子だとバレないように学院生活を送っていたが、何故かエドワード王子の影武者をする事になり…。  

【完結】姉は聖女? ええ、でも私は白魔導士なので支援するぐらいしか取り柄がありません。

猫屋敷 むぎ
ファンタジー
誰もが憧れる勇者と最強の騎士が恋したのは聖女。それは私ではなく、姉でした。 復活した魔王に侯爵領を奪われ没落した私たち姉妹。そして、誰からも愛される姉アリシアは神の祝福を受け聖女となり、私セレナは支援魔法しか取り柄のない白魔導士のまま。 やがてヴァルミエール国王の王命により結成された勇者パーティは、 勇者、騎士、聖女、エルフの弓使い――そして“おまけ”の私。 過去の恋、未来の恋、政略婚に揺れ動く姉を見つめながら、ようやく私の役割を自覚し始めた頃――。 魔王城へと北上する魔王討伐軍と共に歩む勇者パーティは、 四人の魔将との邂逅、秘められた真実、そしてそれぞれの試練を迎え――。 輝く三人の恋と友情を“すぐ隣で見つめるだけ”の「聖女の妹」でしかなかった私。 けれど魔王討伐の旅路の中で、“仲間を支えるとは何か”に気付き、 やがて――“本当の自分”を見つけていく――。 そんな、ちょっぴり切ない恋と友情と姉妹愛、そして私の成長の物語です。 ※本作の章構成:  第一章:アカデミー&聖女覚醒編  第二章:勇者パーティ結成&魔王討伐軍北上編  第三章:帰郷&魔将・魔王決戦編 ※「小説家になろう」にも掲載(異世界転生・恋愛12位) ※ アルファポリス完結ファンタジー8位。応援ありがとうございます。

『スローライフどこ行った?!』追放された最強凡人は望まぬハーレムに困惑する?!

たらふくごん
ファンタジー
最強の凡人――追放され、転生した蘇我頼人。 新たな世界で、彼は『ライト・ガルデス』として再び生を受ける。 ※※※※※ 1億年の試練。 そして、神をもしのぐ力。 それでも俺の望みは――ただのスローライフだった。 すべての試練を終え、創世神にすら認められた俺。 だが、もはや生きることに飽きていた。 『違う選択肢もあるぞ?』 創世神の言葉に乗り気でなかった俺は、 その“策略”にまんまと引っかかる。 ――『神しか飲めぬ最高級のお茶』。 確かに神は嘘をついていない。 けれど、あの流れは勘違いするだろうがっ!! そして俺は、あまりにも非道な仕打ちの末、 神の娘ティアリーナが治める世界へと“追放転生”させられた。 記憶を失い、『ライト・ガルデス』として迎えた新しい日々。 それは、久しく感じたことのない“安心”と“愛”に満ちていた。 だが――5歳の洗礼の儀式を境に、運命は動き出す。 くどいようだが、俺の望みはスローライフ。 ……のはずだったのに。 呪いのような“女難の相”が炸裂し、 気づけば婚約者たちに囲まれる毎日。 どうしてこうなった!?

処理中です...