雨の世界の終わりまで

七つ目の子

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最終章:二人の終末の二日間

後日談:ある月夜に ★挿絵有り

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 ある屋外酒場、一人の青年が一人晩酌をしていると、初老に差し掛かった頃の男が話しかけてくる。

「なあ、そこの変な兄ちゃんよ」
「ん? 私か?」
「あんたしか居ねぇだろう。なんだその武器は」
「これは変な友人からの贈り物だ」

 初老の男の言葉に周囲から少しの怒りが漏れる。
 青年は無精髭を生やし、ワイルドながらも整ったその容貌に周囲の女性達がチラチラと覗き見ながら、いつ話しかけようかと機会を伺っていた。
 そんな周囲の視線に気づいているのかいないのか、その齢40を過ぎた頃の男性は青年に変な兄ちゃんだと話しかけてきたのだ。
 それに対して青年は、同じく変な友人という言葉を使って返事をする。

「あんたよりも変な友人ってどんなんだよ」

 周囲の女性達の瞳に怒りの色が湧くのが分かる。
 変なのはお前だオヤジ。そんな声が聞こえてきそうだ。
 とはいえ、青年の武器は確かに気になる。

「そうだな、魔王を殺す様なやつだ」
「やっぱ変人はおめぇじゃねえか」

 確かに。
 と、周囲の女性達も納得してしまう。
 魔王なんてのは100年以上前に滅びたし、最近はドラゴンの目撃例もない。
 呪いも聖女様が解除してくれて、魔物はまだいるものの、概ね平和といって良い世の中だ。
 そもそも魔王なんてのは何千人もの勇者が犠牲となりながらやっとの思いで倒せる存在。
 青年の言葉が嘘だなんてこと位、すぐに分かる。

「ははっ、ま、否定はしないさ」
「なんだそりゃ」

 どこか嬉しそうに笑う青年に、流石に皆が怪訝な顔をする。

「まあそりゃ良いか、話は変わるけどよぉ兄ちゃん、聖女様の話をなんか知ってたりしねえか?」
「いきなりどうしたんだ?」
「いやな、俺は聖女様のファンでよ、嫁が呪いに罹っちまったんだが、お陰で助かったのよ」
「……なるほど、それで”変な奴”の私に声をかけたという訳か」
「そういうこった」

 聖女と鬼神の話は、色々な所でちょくちょくと語られている。
 何故かそんな中、二人は意外と変な奴だという噂が流れている。
 だからこそ、冒険者らしい格好をして変な奴な青年に、何か知っていることがないかと話しかけてみたということらしい。

「あんたは変な奴と見れば誰にでも声をかけてるのか」
「ま、そうだな。そんなかでも兄ちゃんはとびっきり変だ」

 なんだかんだで、ここまで来ると周囲の女性達も二人の話が気になってくる。

「ははは、そうかそうか。私はそんなに変か」
 相変わらず嬉しそうに青年は笑う。
「まあ、そうだな。聖女様は素敵な人だ。美しいと言うよりも可愛いという言葉が似合うと思う」
「そこかよ」
「重要だろう」
 当然の様に語る青年に、返せる言葉は一つだけ。
「ま、まあそうだが」
「私は彼女にぶっ飛ばされたことがあるんだ」
「ぶっははは、直接の面識があるんだな。で、何やったんだおめぇ……」
「応援してくれたのさ」
「応援でぶっ飛ばすなんてことはしねえだろ聖女様はよ」
 嬉しそうに語る青年に、初老の男性は少し怒ったように言う。
「いいやするのさ。聖女様だからな。私が一番元気が出ることをしてくれたんだ」
「マゾかよおめぇ……」
「はっはっは、そうかもしれないな」

 どこか捉えどころのない青年の言葉。
 オヤジはもちろん、周囲の女性達も青年に対して”変な奴”という印象が強くなっていく。

「まあ兄ちゃんの性癖は興味ねえや。で、他は?」
「強い人だ。ドラゴンを倒せる力だけでなく、精神的にも」
「やっぱりそうかぁ」

 酒のせいか、頬を少しだけ染めながら青年は言う。
 それを聞いて男性も嬉しそうだ。

「ふむふむ、やっぱり聖女様はすげえ人なんだな。で、鬼神ってのは実在するのか?」
「私はあいつが嫌いだ」

 今度は、青年が少し怒った様に言う。

「鬼神とは何があったんだおめぇ」
「何度ぼこぼこにされたか分からない」
「はっはっは、なんでもかんでもマゾってわけじゃねえのか」

 今度はオヤジがなんだか嬉しそうだ。
 周囲の女性も、必死に耳を傾けている。 

「当たり前だろう。何が嬉しくて野郎にぼこぼこにされなきゃならんのだ」
「そりゃそうだ。で、そいつはどん位強いんだ?」
「全く分からん」
「なんだそりゃ」

 別に、魔王を相手に無傷と言っても良かった。どうせ信じやしないだろう。
 しかし、自分でそれを見たわけではないし、恐らくそれが底ではない。
 あの男に対して、強さに関しては正確でないことは言いたくなかった。

「ま、一度も勝てなかったよ」
「そりゃ、そんなでかい武器じゃ勝てるもんも勝てないだろが」
「正論だな」

 青年が隣の建物に立てかけているその武器は長さ3m程もある斧だ。刃は無く、代わりに扇型のそれは上下から見れば流線形が美しい。
明らかに人が扱うような代物ではない。超巨大な、それこそドラゴンの様な相手になら有効かもしれないが、これが有効な通常の魔物というと殆ど思い浮かばない。これを全力で振り回せたとして、それは明らかにオーバースペックだ。
 ましてや人の様な相手だとでかすぎて邪魔なだけだろう。

「分かってるならなんでそんなもん使ってるんだ」
「そりゃ、友人からの贈り物だからさ。ここに剣もあるし、不便はしていない」
 青年の腰には、一本のショートソードが差してある。素人目に見ても中々に良さそうな品だ。
「ああ、斧のインパクトで見えちゃいなかった。やっぱ主力はそっちか」
「いいや、これはまだ一度も抜いていない」
「っ……。はっはっは、やっぱおめぇは思った以上に変な奴だな」

 目を見開いて驚きながらも爆笑を始めるオヤジ。
 周囲の女性達も、最早完全に話しかけるタイミングを伺うことなど忘れて興味深げに聞き入っている。

「この剣は鬼神の情けだ。あいつに施された情けなんて意地でも受け取るものか」
「受け取るものかって、大事そうに差してんじゃねえか」
「……あ」

 はっはっはと笑い合う青年とオヤジ。
 女性達も、最早クスクスと笑いを抑えることは出来なかった。
 そこまで仲良くなったところで、オヤジが確信に迫る。

「で、友人って誰だよ」
「そりゃ、決まってるじゃないか」

 私に勝ち逃げしやがったあいつだよ。

 この屋外酒場には変わったイケメンが出る。
 作り話なのか本当のこと言っているのかは全く分からないけれど、その話は退屈しない。
 きっと作り話なのだろうけれど、イケメンの話す言葉には、どこか信じたくなるようなものがある。
 何故なら、それを話す彼は本当に楽しそうだったし、誰もまともに持てない大斧を、いとも軽々と持ち上げて帰っていったからだ。
 だから少なくともそのイケメンは、とびっきりの勇者なのだろう。

 自称英雄の子孫。自称鬼神の友人。

 暫くの間、この町はそんな話題でもちきりだった。






……。……。……。……。……。……。……。……。……。……。……。……







 以下挿絵




































作者不詳 『鬼神レイン像』
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