雨の世界の終わりまで

七つ目の子

文字の大きさ
332 / 592
第八章:ほんの僅かの前進

第九十五話:ということで、あなたのこれまでを聞いてあげましょう

しおりを挟む
「ところで、あなたはなんで魔王討伐隊のメンバーに選ばれながらずっと単独行動を取ってたんですか?」

 南の大陸東部。キャンプで食事をしながらもいつもの様に暗殺を目論みつつ、ナディアはサンダルにそんなことを尋ねた。
 最早なんで殺そうとしてるのかも曖昧になっているものの手は勝手に動く様で、それに対するサンダルの動きも次第に慣れたものとなっていた。

「理由は色々あるんだがね、一番の理由は、呪いに罹ったことさ」

 目を狙ったフォークをナイフでなんなく受け止めながらサンダルは答える。

 110年ほど前、黒の魔王が世界にばら撒き、二人の英雄が消し去った死の呪いにして不死の呪い。死に対する凄まじい恐怖心が芽生えるその呪いに罹って戦えなくなる戦士は、ウアカリでも少なくはなかった。

「ふーん、それはレインさんに感謝しないといけないですね」

 ナディアは大した興味も無さそうに言う。

「レインと、聖女様にね」
「ということはつまり、呪いに罹って怖くて戦えないよーって泣いてたから合流しなかった、そしてそのままなあなあに、ということですか」

 サンダルは訂正するものの、そんな話などまるで聞いていない様にナディアは言う。
 興味はなくともほぼ正確なその言葉に、流石のサンダルも苦い顔をして自嘲気味に笑い出す。

「相変わらずの毒舌だね魔女様は……。まあ、はっきり否定出来ない所が悔しい所だけれど」

 いくらその後復帰出来たとはいえ、当時の情けない姿を思い出すと、そう言われるのも仕方がない。
 あの鬼神と聖女様の様な異常者と自分は余りにも違うんだと、思い知ったのがその時だ。

 しかし、そう思って渋い顔をしているサンダルにナディアがかけた言葉は、意外なものだった。

「ま、それでもこの位強くなってるなら良いんですけどね」

 つい先ほどまでもののついでに殺そうとしてきた相手が、突然そんなことを言ってきたことに唖然としてしまう。
 なにか思うところがあるのだろうとは予測できるものの、それを聞くことを、サンダルはあえてしなかった。

「……そう言いながら殺そうとするのをやめてくれるともう少し嬉しいんだけどな」

 再度の苦笑いをしながら、ナディアが飛ばしてきた針を捕まえる。

「レインさんに聞いてた話のままだと、この位で死んでるはずですもんね」

 そう言うナディアの顔は、少しだけ寂しそうで、それでも、サンダルは彼女を元気づける言葉を持たない。
 彼女の心残りは間違いなく、あの最悪の友人であるレインのこと。
 最初の出会いの時から、なにか思うことがあって仕掛けてきた来たことは分かっている。
 それでも、まるで聖女の様だと勘違いしてしまう彼女の容姿を見て、男は、そこに踏み込めない。

「……まあ、何度も死んだ経験があるからね。どうすれば死なないのか、それなりに知ってるつもりだ」

 いつもならば、落ち込んでいる様に見える女性には手を差し伸べる。
 それでも、今のサンダルにはそれが出来なかった。

「そうですね。呪いにかかっている状態でドラゴンを倒した。一人でそれだけ強くなれたことだけは、まあ、それなりに認めてあげなくもありません」

 そう。
 聖女の顔でそんなことを言う彼女の言葉に、どうしても幸福を感じてしまう。
 何度も何度も死にながら、ドラゴンを倒した時のことを思い出す。
 あれほどの苦痛を受け続けながら必死に頑張ったことを聖女の顔に認められたことを、どうしても嬉しいと思ってしまう。
 ずっと感じていたレインに対する劣等感。あの呪いに罹っていて尚も進み続けるあの男に比べて、自分はどれだけ小さい人間なのだと悩んだ日々を思い出して、サンダルは思わず涙しそうになるのを堪える。
 彼女がなにか思うところがあってこんなことを言い始めたことが分かっているのに、それでも聖女の面影に甘えてしまう。

「は、はは。あなたに褒められるなんて嬉しい限りだ」

 結局その幸福に抗うことなどできず、泣き出しそうになるのを我慢するのに留まるのだった。

 ――。

「ということで、あなたのこれまでを聞いてあげましょう」

 ナディアは寂しそうにしていたその顔を明るく作り変えると、そんなことを言い始める。
 今までは全く興味を持とうとしなかった、サンダルの過去。

「あんまり面白い話でもないと思うが」

 サンダルはやはり、そこに踏み込めない。
 作り変えた笑顔に違和感を感じたことに。作られた笑顔にすら、やはり聖女の面影を感じてしまったから。

「話せってことですよ。レインさんとの出会いから、レインさんのことを中心に」

 作り変えた笑顔が急激に不満の顔へと変わっていく。
 それが、いつもの表情であることに、どこか安心してしまう。

「……そうだな、出会いは最悪だった」

 だからサンダルは、またいつもの様に話し出す。
 不機嫌そうな顔に、聖女ではない彼女らしい顔を感じて。

「最高でしょう?」
「いや、そこは普通に話させて下さい……」
「チッ、早く話して下さい、聞いてあげませんよ?」
「本当に、君みたいな女性は初めてだ……。まあ、続けるよ。あいつとの出会いは、最悪だった」

 結局のところ、サンダルはナディアに対して踏み込めない。
 レインのことしか見えていない彼女が不意に見せた少しの淋しげな顔。
 この時の対応がもっとナディアの為に寄っていたのならば、もしかしたらあんな風にはならなかったのかもしれない。
 サンダルはこの先、一生それを後悔し続けることになる。
しおりを挟む
感想 9

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

友人(勇者)に恋人も幼馴染も取られたけど悔しくない。 だって俺は転生者だから。

石のやっさん
ファンタジー
パーティでお荷物扱いされていた魔法戦士のセレスは、とうとう勇者でありパーティーリーダーのリヒトにクビを宣告されてしまう。幼馴染も恋人も全部リヒトの物で、居場所がどこにもない状態だった。 だが、此の状態は彼にとっては『本当の幸せ』を掴む事に必要だった 何故なら、彼は『転生者』だから… 今度は違う切り口からのアプローチ。 追放の話しの一話は、前作とかなり似ていますが2話からは、かなり変わります。 こうご期待。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

「お前と居るとつまんねぇ」〜俺を追放したチームが世界最高のチームになった理由(わけ)〜

大好き丸
ファンタジー
異世界「エデンズガーデン」。 広大な大地、広く深い海、突き抜ける空。草木が茂り、様々な生き物が跋扈する剣と魔法の世界。 ダンジョンに巣食う魔物と冒険者たちが日夜戦うこの世界で、ある冒険者チームから1人の男が追放された。 彼の名はレッド=カーマイン。 最強で最弱の男が織り成す冒険活劇が今始まる。 ※この作品は「小説になろう、カクヨム」にも掲載しています。

御家騒動なんて真っ平ごめんです〜捨てられた双子の片割れは平凡な人生を歩みたい〜

伽羅
ファンタジー
【幼少期】 双子の弟に殺された…と思ったら、何故か赤ん坊に生まれ変わっていた。 ここはもしかして異世界か?  だが、そこでも双子だったため、後継者争いを懸念する親に孤児院の前に捨てられてしまう。 ようやく里親が見つかり、平和に暮らせると思っていたが…。 【学院期】 学院に通い出すとそこには双子の片割れのエドワード王子も通っていた。 周りに双子だとバレないように学院生活を送っていたが、何故かエドワード王子の影武者をする事になり…。  

【完結】姉は聖女? ええ、でも私は白魔導士なので支援するぐらいしか取り柄がありません。

猫屋敷 むぎ
ファンタジー
誰もが憧れる勇者と最強の騎士が恋したのは聖女。それは私ではなく、姉でした。 復活した魔王に侯爵領を奪われ没落した私たち姉妹。そして、誰からも愛される姉アリシアは神の祝福を受け聖女となり、私セレナは支援魔法しか取り柄のない白魔導士のまま。 やがてヴァルミエール国王の王命により結成された勇者パーティは、 勇者、騎士、聖女、エルフの弓使い――そして“おまけ”の私。 過去の恋、未来の恋、政略婚に揺れ動く姉を見つめながら、ようやく私の役割を自覚し始めた頃――。 魔王城へと北上する魔王討伐軍と共に歩む勇者パーティは、 四人の魔将との邂逅、秘められた真実、そしてそれぞれの試練を迎え――。 輝く三人の恋と友情を“すぐ隣で見つめるだけ”の「聖女の妹」でしかなかった私。 けれど魔王討伐の旅路の中で、“仲間を支えるとは何か”に気付き、 やがて――“本当の自分”を見つけていく――。 そんな、ちょっぴり切ない恋と友情と姉妹愛、そして私の成長の物語です。 ※本作の章構成:  第一章:アカデミー&聖女覚醒編  第二章:勇者パーティ結成&魔王討伐軍北上編  第三章:帰郷&魔将・魔王決戦編 ※「小説家になろう」にも掲載(異世界転生・恋愛12位) ※ アルファポリス完結ファンタジー8位。応援ありがとうございます。

『スローライフどこ行った?!』追放された最強凡人は望まぬハーレムに困惑する?!

たらふくごん
ファンタジー
最強の凡人――追放され、転生した蘇我頼人。 新たな世界で、彼は『ライト・ガルデス』として再び生を受ける。 ※※※※※ 1億年の試練。 そして、神をもしのぐ力。 それでも俺の望みは――ただのスローライフだった。 すべての試練を終え、創世神にすら認められた俺。 だが、もはや生きることに飽きていた。 『違う選択肢もあるぞ?』 創世神の言葉に乗り気でなかった俺は、 その“策略”にまんまと引っかかる。 ――『神しか飲めぬ最高級のお茶』。 確かに神は嘘をついていない。 けれど、あの流れは勘違いするだろうがっ!! そして俺は、あまりにも非道な仕打ちの末、 神の娘ティアリーナが治める世界へと“追放転生”させられた。 記憶を失い、『ライト・ガルデス』として迎えた新しい日々。 それは、久しく感じたことのない“安心”と“愛”に満ちていた。 だが――5歳の洗礼の儀式を境に、運命は動き出す。 くどいようだが、俺の望みはスローライフ。 ……のはずだったのに。 呪いのような“女難の相”が炸裂し、 気づけば婚約者たちに囲まれる毎日。 どうしてこうなった!?

処理中です...