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第八章:ほんの僅かの前進
第百十話:え、まじで?
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「止まれ!」
「うっ!?」
ドスっという鈍い音を響かせて、鉈の様な剣が地面に食い込む。
イリスの全面に押し出す様に構えた肘までを覆う中型の盾と、肩に乗せる様に構えた厳つい剣。その威圧感のある二つの装備が、実は相手との距離を取るための威圧だとすぐさま見抜いたエリーが踏み込んだ瞬間の出来事だった。
イリスの放つ言葉には、力がある。
今までそれは主に魔法詠唱の様に用いることで超常的な現象を引き起こすために使われてきた。
しかし、今回放った言葉はたった一言「止まれ」のみ。
エリーはそのたった一言に反応して、一瞬動きを止めた。その隙に振り下ろした剣が動きを取り戻したエリーに躱され地面に食い込んだという図だ。
イリスの成長は、何も精神的なものだけではなかった。
彼女の能力を知っているリシン戦では全ての詠唱に瞬時に反応され、その全てを潰された。
あくまで戦士として戦いたいという思いの強さを、まるで叶えてやるかの如く、イリスはただ小盾と剣を持った戦士にさせられていた。
そして、死にかけた。
その経験はイリスの中に深く刻まることになり、更にはリシンの勇敢さに感応する様に、その能力を少しだけ成長させた。
イリスの言葉に力を乗せれば、それは微弱ながらそのままの力となる。
そして、エリーは思わず距離を取ってしまう。
「――焼き尽くせ、ファイアボルト」
剣を振り下ろしながらも既に始めていた詠唱。
それが完成すると同時に、距離を離したエリーに向かって火球が放たれる。
オーガ程度なら、その一発で消し炭になるだろう威力。
「え、まじで?」
英雄候補じゃなければ軽く死ぬのではという本気の炎に、思わずそんな言葉が漏れる。
いつもの決闘では間違っても相手を殺さないように細心の注意を払う。大怪我程度ならばルークを呼べば治るので気にしないが、今回のそれは直撃なら即死のレベルだ。
エリーは即座に背中の大剣ヴィクトリアをイリスの奥へ向かって放り投げ、大盾フィリオナを構える。
ボォンという着弾音と共に、イリスの背後から猛烈な熱が発された。
フィリオナの受けた熱と衝撃がヴィクトリアに移動し、その熱と衝撃を発散する。
「ふぅっ!!」
そのまま盾を構えて突進したエリー。
イリスは下がろうとするが、その退路は熱によって塞がれていた。
「くっ、止ま、うわっ!」
ならば再びと、「止まれ」と言おうとした瞬間。
視界にとんでもないものが見える。
青い長剣が、盾を貫通してその首を薙ぎに来ている。
物質透過の長剣レインだ。物質透過中はそれが切れ味を持つことはない。それでも、真剣勝負の最中に突然剣が首を薙ぎに来れば、驚くのも当然だった。
それに思わず仰け反ったのが、今回の決定打となった。
そのままエリーは左回りに回転し、大盾を放り投げながら左手をメイスに持ち変える。
そして裏拳の様に、少し浮き上がったイリスの盾を思いっきり殴りつけた。
「うぐっ……」
完全に後ろに行った重心で剣を振り下ろすことも出来ず、更に後ろに進もうとすれば灼熱を放つ大剣が待っている。
最後は上がってしまった左手の盾の下、脇下に青い剣を突き立てられ、決着。
……。
「いたた、やっぱり強いなエリーちゃん」
メイスで思いっきり殴られた盾は丸い痕が付いている。
折れてはいない様だがヒビくらいは入ってしまったかもしれないその左腕を押さえながらイリスは言った。
「イリス姉もびっくりした。死ぬかと思ったよ」
そうは言いつつも笑いながらエリーは返す。
「新しい戦い方はどうかな」
以前はもう少しすんなりと負けていた様な、大して変わらない様な。
どちらにせよ勝てなかったことには変わりない。
見ていたオリヴィアにも目配せしながら問う。
「私は既に以前より強く感じたかな。まだ練度が低いけど、魔王戦までには仕上げられると思う。装備はね、盾がもう少し大きくても良いかな」
狛の事件から、まだ一月半。
6年以上使ってきたスタイルからガラリと変えて、まだたったそれだけ。
つまり、今負けるのは仕方が無いとエリーは言う。
「そうですわね。後でまたわたくしとも戦っていただけるかしら」
それに対して、まだ判断は早いと言い含むオリヴィア。
序盤こそエリーに一泡吹かせたものの、最後は終始エリーのペースだった。
そこに間違いはない。
「うん。ちょっと腕と盾を直さないと」
「明日にしましょう」
「うん、良いけどどうしたの?」
「いえ、何でも。少しだけ気になりまして」
そうして、その日はそれで一旦終わりとなった。
既に日も沈みかけている。
そろそろクーリアの目も覚める頃だろう。
――。
【少しエリーさん、強すぎやしないかしら】
エリーの耳に、そんな心の声が届いてくる。
オリヴィアには、現在のある意味で防御に徹したイリスを崩すのはなかなか難しいのではないかと、その構えが少しだけ重心を後ろに傾けていることから考えていた。
不用意に近づけば呪文と鉈で距離を取らされ、かと言って離れれば魔法が飛んでくる。
そして、盾による防御もエリーの様に攻撃的ではないが、優秀だ。
それをエリーはいとも簡単に崩してみせた。
【わたくしと戦うエリーさんはあんなに強かったかしら……】
漏れ出る声は尚も戸惑っている。
エリーとしては別に、オリヴィアを相手に手を抜いてなどいない。
本気で勝ちたいと思っているし、それでも毎回負け続け、偶然で一度勝っただけ。
そんな風に戸惑うオリヴィアに、どの様に声をかければ良いのかが分からなかった。
【防御に徹したはずのイリスさんをあんなに簡単に抜けるとなると、イリスさんに対する正常な判断が出来ませんわ……。全く、相変わらずエリーさんは何をしでかすか分かりませんわね……】
そう呆れた心の声を漏らして、オリヴィアは家へと戻っていった。
「ねえイリス姉、私って強くなった?」
オリヴィアの心の声を聞いて、思わずエリーは尋ねる。
そしてイリスから返って来た言葉は、また少しだけ呆れた様な言葉だった。
「エリーちゃんは出会ってから今の今まで、強くなり続けてるよ。私も悩まずに成長出来たらなって思っちゃう」
そんな言葉にエリーはやはり、どう反応して良いのか分からない。
「ま、私は私でナディアさんに追いつきたいし、頑張るよ!」
そう言ってガッツポーズを決めるイリスを見て、エリーはまあいいかと思うのだった。
「うっ!?」
ドスっという鈍い音を響かせて、鉈の様な剣が地面に食い込む。
イリスの全面に押し出す様に構えた肘までを覆う中型の盾と、肩に乗せる様に構えた厳つい剣。その威圧感のある二つの装備が、実は相手との距離を取るための威圧だとすぐさま見抜いたエリーが踏み込んだ瞬間の出来事だった。
イリスの放つ言葉には、力がある。
今までそれは主に魔法詠唱の様に用いることで超常的な現象を引き起こすために使われてきた。
しかし、今回放った言葉はたった一言「止まれ」のみ。
エリーはそのたった一言に反応して、一瞬動きを止めた。その隙に振り下ろした剣が動きを取り戻したエリーに躱され地面に食い込んだという図だ。
イリスの成長は、何も精神的なものだけではなかった。
彼女の能力を知っているリシン戦では全ての詠唱に瞬時に反応され、その全てを潰された。
あくまで戦士として戦いたいという思いの強さを、まるで叶えてやるかの如く、イリスはただ小盾と剣を持った戦士にさせられていた。
そして、死にかけた。
その経験はイリスの中に深く刻まることになり、更にはリシンの勇敢さに感応する様に、その能力を少しだけ成長させた。
イリスの言葉に力を乗せれば、それは微弱ながらそのままの力となる。
そして、エリーは思わず距離を取ってしまう。
「――焼き尽くせ、ファイアボルト」
剣を振り下ろしながらも既に始めていた詠唱。
それが完成すると同時に、距離を離したエリーに向かって火球が放たれる。
オーガ程度なら、その一発で消し炭になるだろう威力。
「え、まじで?」
英雄候補じゃなければ軽く死ぬのではという本気の炎に、思わずそんな言葉が漏れる。
いつもの決闘では間違っても相手を殺さないように細心の注意を払う。大怪我程度ならばルークを呼べば治るので気にしないが、今回のそれは直撃なら即死のレベルだ。
エリーは即座に背中の大剣ヴィクトリアをイリスの奥へ向かって放り投げ、大盾フィリオナを構える。
ボォンという着弾音と共に、イリスの背後から猛烈な熱が発された。
フィリオナの受けた熱と衝撃がヴィクトリアに移動し、その熱と衝撃を発散する。
「ふぅっ!!」
そのまま盾を構えて突進したエリー。
イリスは下がろうとするが、その退路は熱によって塞がれていた。
「くっ、止ま、うわっ!」
ならば再びと、「止まれ」と言おうとした瞬間。
視界にとんでもないものが見える。
青い長剣が、盾を貫通してその首を薙ぎに来ている。
物質透過の長剣レインだ。物質透過中はそれが切れ味を持つことはない。それでも、真剣勝負の最中に突然剣が首を薙ぎに来れば、驚くのも当然だった。
それに思わず仰け反ったのが、今回の決定打となった。
そのままエリーは左回りに回転し、大盾を放り投げながら左手をメイスに持ち変える。
そして裏拳の様に、少し浮き上がったイリスの盾を思いっきり殴りつけた。
「うぐっ……」
完全に後ろに行った重心で剣を振り下ろすことも出来ず、更に後ろに進もうとすれば灼熱を放つ大剣が待っている。
最後は上がってしまった左手の盾の下、脇下に青い剣を突き立てられ、決着。
……。
「いたた、やっぱり強いなエリーちゃん」
メイスで思いっきり殴られた盾は丸い痕が付いている。
折れてはいない様だがヒビくらいは入ってしまったかもしれないその左腕を押さえながらイリスは言った。
「イリス姉もびっくりした。死ぬかと思ったよ」
そうは言いつつも笑いながらエリーは返す。
「新しい戦い方はどうかな」
以前はもう少しすんなりと負けていた様な、大して変わらない様な。
どちらにせよ勝てなかったことには変わりない。
見ていたオリヴィアにも目配せしながら問う。
「私は既に以前より強く感じたかな。まだ練度が低いけど、魔王戦までには仕上げられると思う。装備はね、盾がもう少し大きくても良いかな」
狛の事件から、まだ一月半。
6年以上使ってきたスタイルからガラリと変えて、まだたったそれだけ。
つまり、今負けるのは仕方が無いとエリーは言う。
「そうですわね。後でまたわたくしとも戦っていただけるかしら」
それに対して、まだ判断は早いと言い含むオリヴィア。
序盤こそエリーに一泡吹かせたものの、最後は終始エリーのペースだった。
そこに間違いはない。
「うん。ちょっと腕と盾を直さないと」
「明日にしましょう」
「うん、良いけどどうしたの?」
「いえ、何でも。少しだけ気になりまして」
そうして、その日はそれで一旦終わりとなった。
既に日も沈みかけている。
そろそろクーリアの目も覚める頃だろう。
――。
【少しエリーさん、強すぎやしないかしら】
エリーの耳に、そんな心の声が届いてくる。
オリヴィアには、現在のある意味で防御に徹したイリスを崩すのはなかなか難しいのではないかと、その構えが少しだけ重心を後ろに傾けていることから考えていた。
不用意に近づけば呪文と鉈で距離を取らされ、かと言って離れれば魔法が飛んでくる。
そして、盾による防御もエリーの様に攻撃的ではないが、優秀だ。
それをエリーはいとも簡単に崩してみせた。
【わたくしと戦うエリーさんはあんなに強かったかしら……】
漏れ出る声は尚も戸惑っている。
エリーとしては別に、オリヴィアを相手に手を抜いてなどいない。
本気で勝ちたいと思っているし、それでも毎回負け続け、偶然で一度勝っただけ。
そんな風に戸惑うオリヴィアに、どの様に声をかければ良いのかが分からなかった。
【防御に徹したはずのイリスさんをあんなに簡単に抜けるとなると、イリスさんに対する正常な判断が出来ませんわ……。全く、相変わらずエリーさんは何をしでかすか分かりませんわね……】
そう呆れた心の声を漏らして、オリヴィアは家へと戻っていった。
「ねえイリス姉、私って強くなった?」
オリヴィアの心の声を聞いて、思わずエリーは尋ねる。
そしてイリスから返って来た言葉は、また少しだけ呆れた様な言葉だった。
「エリーちゃんは出会ってから今の今まで、強くなり続けてるよ。私も悩まずに成長出来たらなって思っちゃう」
そんな言葉にエリーはやはり、どう反応して良いのか分からない。
「ま、私は私でナディアさんに追いつきたいし、頑張るよ!」
そう言ってガッツポーズを決めるイリスを見て、エリーはまあいいかと思うのだった。
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