雨の世界の終わりまで

七つ目の子

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第九章:最後の魔王

第百二十六話:なら、絶望してる暇なんかないわね……

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 その光景を見て狐は絶句した。
 レインが既に人間に襲われ、それを殲滅している。
 しかも、レインは完全に元の、そのままの姿。
 それは予測された光景とは、行使した筈の魔法とは余りにも違う光景だった。

 その光景から分かる情報は余り多くはない。
 まず直ぐに分かったことは、レインが魔王になっているということ。
 予想とは余りにも違う禍々しい気配、殺意の塊の様な瞳、そして恐らく魔物としての意思は持っていないだろう行動パターン。
 魔王は暴力装置だ。魔物は基本的に種の本能や、意思を持っている。しかし魔王に関しては、世界の意思とやらに操られるだけの暴力装置。人間を滅ぼす為にしか動くことが出来ない機械の様なもの。
 魔王になる以前の本能を時折見せるものの、基本的にはそれに逆らうことが出来ない。
 地面に転がっている、聖女サニィに瓜二つの人間を昏睡状態にしておいて守るという矛盾した行動は、かつての本能と新たな指令の狭間で動いている、魔王であるという何よりの証拠だった。

 次に分かったことは、昏睡状態にあるその聖女に瓜二つの女の命は、既に長くないだろうということ。
 直ぐに状態を確認して延命、回復させなければ後数日も持たないだろうと予測出来る。
 しかし回復させてしまえば、恐らくレインは再びその女を襲うだろう。
 ならばいっそ殺してしまったほうが良いのかと思うが、どうにもそれには抵抗を覚えていた。

 そして最後、魔王となったレインは、聖女似のその女性をサニィだと勘違いしている。
 それはつまり、レインは魔王となった今でも尚、サニィを最も大切だと思っているということ。

「なら、絶望してる暇なんかないわね……。……レイン様」

 幾重にも張り巡らされていた罠を抜け、狐は魔王に近づいていく。
 魔王は狐に近づくと、予想通りの言葉を発する。

「……サニィか」

 予想通りのその言葉に、やはり切なさがこみ上げてくる。
 どの部分を見ているのかは分からないものの、そう認識するだろうとは分かっていた。
 それでも、出来れば「たまき」と、そう呼ばれたかった。
 あの時はチャームが少し効いていただけ。それは分かっていた。
 それでも、魔物の身で初めて抱いた感情に対してその勘違いは、たまきにとっては酷だった。

 そんなことなど露知らず、目の前の魔王レインはサニィが二人いることにすら気づかないまま言葉を続ける。

「人間を滅ぼしに行かねばならん。お前も来ると良い。こっちのサニィも連れて行く」

 褐色黒髪のサニィの服の首元を乱暴に掴みながら、魔王は言う。
 そんな乱暴に扱っては、辛うじて持っている直ぐにその命も耐えてしまうのに。それすらも、レインは分からない様子で…………。

 それを見て、狐は思う。
 もうこれ以上を甚振るのを止めて……。
 そう、悲痛に。

 たまきにとって、レインは魔王ではない。憧れの魔物でも、憧れの勇者でも、なんでもない。
 例え惹かれた直接の理由がレインが【勇者の魔物】であるということだったとしても、今のたまきにとってレインは、人間に興味を持つに至ったきっかけだ。
 それで出来た関係性にも、それなりに満足している。
 アリスもまりも、今のたまきにとってはそれなりに大事な友人だ。

「レイン様、半年、半年お待ち下さい」

 だからせめて、その位は待って欲しい。
 それで変わることは、一つだけだけれど。

 たまきは、全力のチャームを仕掛ける。
 かつてレインに殺せないと言わしめた時よりも、意識的には強く深く。
 それで魔王が、半分意識のない魔王に効くかは分からない。
 それでもたまきは懇親の力を込めて、その生来の魔法を行使した。
 同時に、サニィと勘違いされている『可哀想なもう一人』を延命させながら、今も響く、不死の男の絶命時の声を聞きながら。

 ――。

「以上が私が見た全てです。その女が近づき幾度かの会話をした後、魔王はその動きを止めました」

 斥候の報告が全て終わると、アリエルは再び考える仕草をした後、ルークと頷きあって言う。

「分かった。一先ず、ディエゴの件はグレーズに報告だ。全てをこちらに任せてくれるとは言え、報告はしないとな」

 そうして斥候が部屋を出ると、ルークが呟く。

「僕たちが急いで駆けつけていたら、妖狐たまきと鉢合わせしてたわけか……」

 アリエルの力が正しければ、ディエゴ達を犠牲にせず助けに向かっていれば、今魔王を止めているだろう魔物が即座に敵に回っていたのだと予測出来る。今までを考えれば、予言ではないアリエルの力は、まず間違いなく的中する。
 魔王だけでも精一杯なのに更にもう一匹、レインを無効化する程の魔物が加われば、確かに作戦もなしでは勝ちの目は無い。
 そう考えるとぞっとするが、それよりも心配なことはアリエルとオリヴィアの心情だ。

「アリエルちゃん、大丈夫かい?」

 敢えて友人の立場で、ルークはそう尋ねる。
 斥候が入ってきた瞬間に状況を察したエリーがオリヴィアを別室に運んでいる為、今この部屋で大変なのはアリエルだ。

「大丈夫。妾は決めたから。例え魔王がレイン兄でも、仲間が死んでしまうとしても、それでも……」

 そう気丈に振舞うアリエルは既にライラに抱かれ、その服を掴んでいる。
 とても大丈夫そうには見えないが、それでも頑張ってしまうのがアリエルだという事は、流石に全員が知っている。

「アリエルちゃん、何か気がかりがあったらなんでも言ってね」
「うん、全然堪えてない私もいるから」

 そう言いながら、アリエルに寄るイリスとエレナは力と魔法で少しでもアリエルの負担を取り除く。
 今、この部屋の全ての人はアリエルの仲間だ。
 一人で気負うことはない。
 そんな風に伝えながら。

「うん。ありがと。ちょっと気になるのは、グレーズに連絡するのは妾の力に出たってことかな」

 何故それが気になるのかは分からないが、何処か違和感を覚えるその道に、アリエルは少しばかり首をかしげるのだった。
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