雨の世界の終わりまで

七つ目の子

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第十一章:血染めの鬼姫と妖狐と

第百四十五話:弱さこそがわたくしの本来の姿であるのならば

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「オリ姉、ちょっと月光借りてくね」
「わかりましたわ」
「じゃ、行ってくるね、オリ姉」
「ええ、応援してますわ」

 夢現の様な中、そんな会話をしたことを、なんとなく覚えている。

 レイン様が最後の魔王。それは本当は可能性としては感じていながらも、必死にそんな訳はないと自分に言い聞かせてきたことだった。
 ナディアさんが魔王の渦を見てそう呟いた時、最悪の想像が現実になってしまったのだと思った。
 わたくしが嫌だ嫌だと思っていたことを世界の意思が汲み取って、そんな嫌がらせをしたのではないか、そんな風にすら思ってしまった。
 いつしか世界最強と呼ばれることに慣れてしまったわたくしは、そんな嫌がらせが自分に向いたものだと思ってしまう程に傲慢になってしまったみたい。

 よくよく考えてみると、レイン様が魔王になることが辛いのはわたくしだけではないでしょう。
 そんな当然のことに気付いたのが、みんなが居なくなってからのことだった。

 レイン様が動き出してすぐの時、ディエゴとナディアさんとマルス様が残ったと聞いて、その後の展開は簡単に予測が付いた。
 ディエゴは死に、私が自分でも分からない程に落ち込んでいる。そして、敵はレイン様。
 そうなれば、動くのはお父様。
 だからあの時エリーさんは必死に動いたんだ。お父様を止める為に。
 結局それは失敗の様で、私は更に落ち込んでしまった。

 それでも必死に頑張っている皆を差し置いて、悲劇のヒロインの様に傲慢にも、自分が一番悲しいのだと思っていた。

 でも、みんなが出て行って、ふと気がつく。

 魔王となったレイン様、ディエゴを殺したレイン様、ナディアさんをどうしたのかは分からないけれど、きっと手にかけてしまったレイン様、お父様を殺したレイン様、マルス様を休ませることの出来ないレイン様、そして、かつての仲間達と殺し合いをするレイン様。

 わたくしよりも、レイン様の方が遥かに辛く苦しいのではないかと。
 エリーさんは穏やかだと言っていたけれど、今がどうなのかは分からない。
 死ねばそれで終わり。死ぬ時がどれほど苦しいのかは想像がつかないけれど、本来次はなく、天で穏やかにと供養される。
 だからこそ、死んでしまって尚かつての仲間達と殺し合いをしなければならないレイン様を楽にする為に、エリーさん達は心を鬼にして立ち向かっていったのかもしれない。
 わたくし同様の辛さを持つ人は、少なくともエリーさん、ナディアさん、ライラさんの三人は居る。懐いていたという意味ではきっと、エリーゼ様も。
 そんな彼女達は、わたくしと同様に苦しみながらも、必死に戦場に立っている。

 何故だか、突然そんな考えが頭を過ぎった。
 そう考えた瞬間、早く戦場に向かわなければならないという思いが急激に膨らんでくる。
 ところが、そんな簡単なことで終わらせてはいけない様な、何か引っかかることがある。

 どこかがおかしい。

 みんなが居なくなって寂しくなったから急に視野が広がった? そんなことは、有り得ない。
 寂しい時にはネガティブに思考が引っ張られ、嫌な想像をしてしまうのがこれまでの常。今までならば、皆が死んでしまう想像をして、更に落ち込んでしまう筈。
 なら、エリーさんの強力な精神介入で心が落ち着き過ぎている? それも違う。
 エリーさんの力では、傲慢に自分のことを考えてしまう思考パターンそのものは変わらない筈。楽観的に、みんな幸せになるだろう、なんてことを考えてしまう。

 何故、そんな急にレイン様やみんなの辛さを考える様になったのだろう。
 今では、最強にすら執着がない。
 レイン様を楽にしてあげなければという思いがあるだけ。

 まるで、今までくすぶっていたものが、全て剥がれ落ちた様に。

 そもそも、何故わたくしは最強にあれほど執着していたのだろう。
 そう考えた時に、全てが繋がった。

【不壊の月光】

 その剣の存在を、思い出す。

 狛の村は、鬼の住む村。
 かつては恐れられ、決して近づいてはならないとされた村とグレーズ王国が交流することになった時期は、月光が作られた時期と一致する。そして彼らが再び魔物化した時期もまた、月光が村から無くなってしばらく経った時期。

 不壊の月光の能力は決して壊れない。
 今までは、それで全く問題が無かった。
 でも、その力を記した書物に記された正式な能力は、

【本来の姿を忘れない】

 そして月光に残された予言は、

『いつか生まれる拒魔の勇者は、彼の黒剣で全てを取り戻すだろう』

 今まで起こった事件の数々、月光を渡された際に言われた言葉、執着し続けてしまった最強で有り続けろというレイン様の言葉、そして、まだ成されていない予言。
 それらを総合すると、自然と答えは分かってくる。

「偶然にもわたくしの心の弱さごと、エリーさんは持って行ってくれましたのね……」

 エリーがいつも枕元で安眠できるようにと心を導いてくれていたことを知っている。
 そんな心の弱さを自覚しながらも、ずっと変われなかった自分のことは、誰よりも自分がよく知っている。

「その弱さこそがわたくしの本来の姿であるのならば、これからは……」

 国を思えば、父と弟を思えば、そしてわたくし自身とレイン様を思えば最善の方法は一つ。
 手紙を手に取り、遺言を書き記す。

 P.S.そうそう、大切なことがありましたわ。オリヴィアはこの戦いで命尽き、以降はオリーブとして貴方や騎士団をサポートしますわね。

 問題は一つ、お父様がエリーさんのことを分かっていなかった所。そればかりは流石にフォローしきれない。まず間違いなくお父様の考え通りに、アーツに支持は集中するけれど、あの子の助けはしっかりとしていかないといけないな。

 これからの世界を考えるととても大変だけれど、きっと全てを知っているみんなならばなんとか乗り越えられる。

 一先ず今は、レイン様を楽にする為に、遅ればせながら向かいましょう。
 どうか、誰も死なずにいてくれると良いのだけれど。

「お姉様、不甲斐ないわたくしにどうか、お力を貸してください」

 ――。

 オリヴィアが辿り着いた戦場は、想像を絶するものだった。
 ライラが息絶え、縋り付く様に眠るアリエル。
 イリスは吹き飛び、腕が異常な方向に曲がっている。
 サンダルとクーリアは武器を無くし治療を受け、たまきとルークエレナの二人が戦っている。
 マルスはいつもの様に必死に当たらぬ槍を振るっている。
 幸いなことに、ナディアは生きているらしいけれど、意識を取り戻す素振りもなく喜べない。

 そして魔王となり腕の一本を無くしたレインに対するのは、ちょうど愛用の盾フィリオナが破壊され、レインと名付けた剣と月光の二本を残すのみとなったエリー。

 人のピンチにやってくるのが英雄だというのならば、きっと自分は英雄失格だ。
 そんな風に思ってしまう程に、多数の死者が出ている切迫した状況。

 彼らにかけられる言葉など、持ってはいなかった。

 愛剣である【ささみ3号】を抜き、エリーの所に向かう。
 気付いた皆が、手を止める。
 何故かたまきも手を止め、それに気付いたルークも。

 そして魔王となったレインがちらりとも気にしていないことから、エリーはとっくに気づいて既に何か仕掛けていることも推察出来る。
 ほんの少し目を離していた隙に、驚く程に強くなっている。
 それに喜ぶ暇もないまま、エリーは体勢を崩し、放った月光を足でレインに突き立てようとした。

「オリ姉!」

 そんな、全て読んでいたかの様な叫び。
 それに応えられない様では、英雄どころかレインの弟子すら失格だ。

【わたくしはただ出来ることをするのみ。エリーさんの命懸けの一手、必ず】

 ニヤリとするエリーを見れば、彼女が何を信じているのか直ぐに分かる。
 オリヴィアはそんな健気な姉弟子の為に、必中の力で月光を蹴り込んだ。
 生前のレインですら避けられない連携だと自負する。
 もちろん、修行をサボってしまった魔王誕生からの一ヶ月間程、それ以前よりは弱くなってしまったことは自覚している。生前のレインならば、甘いと叱責するだろう後先を考えない蹴り。
 それでもレインの弟子だという誇りだけは捨てたくなかった。
 だからこそ、カウンターを受けるのも厭わずに押し込んだ。

 結果、月光は魔王の胸に、心臓に、深く深く突き刺さった。

【本来の姿を忘れない】『いつか生まれる拒魔の勇者は、彼の黒剣で全てを取り戻すだろう』

 それはつまり、最後の一瞬だけは、魔王レインは英雄レインに戻るということ。
 雨が晴れて月明かりが差し込む様に、闇に囚われたレインが、光に導かれて表に出てくるということ。

 カウンターで腹部を貫かれた痛みを堪えながら、レインの走馬灯を受け取って停止しているエリーを見てそれを確信する。
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