雨の世界の終わりまで

七つ目の子

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第十一章:血染めの鬼姫と妖狐と

第百五十六話:初めてですわね。

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 夜、二人は翌日行う予定の決闘について語り合った。

 オリヴィアが勝った場合にはアーツとの婚約。とは言ったものの、墓地で泣きじゃくるエリーを見て、流石にそれはやめておこうと提案したところ、負けないから問題無いと返された。それにムキになったオリヴィアは、ならば勝って結婚させてあげますわと鼻息を荒くする。

 エリーが勝った場合には、エリーのやりたいことをやる。それに、オリヴィアが全力で力を貸すということ。

 ルールは、互いに月光無しの、武器一本での勝負。
 オリヴィアは宝剣『秤のレイピア』銘は【ささみ3号】
 エリーの宝剣は、【長剣レイン】
 確実な死を与えられる状況、または参ったと言わせれば勝ち。
 武器が限定的なことを除けば、いつもと全く変わらないルールだ。

 そしてそれは同時に、今までずっと八つの宝剣を使い続けていたエリーの不利を示す。

「本当に、武器は用意しなくて良いんですの?」

 そう尋ねるオリヴィアに、エリーはゆっくりと首を振った。

「私は師匠の走馬灯を受け取ったんだよ。つまり、師匠の技術が直接私の中に入って来てる。むしろオリ姉こそ月光使わせてあげようか」
「ふふふ、冗談。お師匠様に止めを刺したのはわたくしですわ。月光ならエリーさんが使った方がよろしいのではなくて?」
「あ、月光で思い出した。後で師匠から聞いた話があるから聞いてくれる?」
「ええ、もちろん。では、始めましょうか」

 いつの間にか、周囲にはブロンセンの人々が集まっていた。
 毎月決闘を繰り広げていた二人の、久しぶりのブロンセンでの決闘だ。
 皆が皆、二人共を見守っている。どっちが勝つかと言う楽しみよりも、怪我をしないかという心配の方が先に立っている。毎月行われた決闘も、エリーの成長と共に激しくなってきている。
 旅に立っていた二人が強敵と戦い、どれだけ成長したかと考えれば、今回の決闘は怪我が心配で仕方がない。なんと言っても、あのレインを下したと言うのだ。
『藍の魔王レイン』
 そんな風に呼ばれ始めたその男は、かつてよりも弱くなっていたらしい。
 しかしそれでも、ブロンセンの人々はあの男を倒すということそのものをイメージ出来なかった。
 あの男が世界を滅ぼすつもりなら、5年も前に滅びているのが当然なのだ。
 全く王都の連中は、と多くの市民が思っていた。

 そんな中、エリーとオリヴィアの戦いは始まった。
 互いの力は均衡していた。
 真っ先に感じた印象は、お互いにレインの弟子だということ。
 レインと久しぶりに相対して、改めてそう思う。
 隙の無い高速で完璧な体運びのオリヴィアに、相手の隙を作り出す予測不能な一手を繰り出すエリー。そのどちらもが、師匠によく似ている。
 オリヴィアの剣はエリーの予測不能な動きに対応しきれず、エリーもまた、隙など存在しないオリヴィアを崩せない。
 レインには届かないものの、驚く程に強い。
 それが、互いが剣を交えた最初の印象だった。

「オリ姉、訓練止めると弱くなるんじゃなかったの?」
「わたくしもそうだと思ってましたわ。でも」

 何故か戦える。それよりも、エリーが強い。
 弱くなっても引き分けには持ち込めると思っていた。元々、アーツの為、国の為とは言っても、エリーの意思を無視した結婚などさせるつもりはなかった。負けたとしても、素直に引き下がるつもりでいた。
 それが、体は全く衰えていない。魔王が生まれてから訓練を怠ってしまっていたけれど、むしろ以前よりも世界が遅く感じる位だ。本気で師匠と相打ちになったのが原因か、何かは分からないけれど。
 しかしそれでも、エリーは付いてくる。
 いや、付いてくるどころか、一瞬気を抜いたら負けてしまう程。
 師匠の走馬灯を受け取ったエリーは、その圧倒的な濃度の戦いの記録を身に刻んだのだろう。

「本当に、強くなりましたわね、エリーさん」
「オリ姉もね。正直勝てるつもりだったよ」

 一体どれほどの時間戦っただろうか。気づけば周囲は暗くなっていた。
 意地になった末だろうか、無理にでも倒してしまおうと互いに全力を尽くした結果、体力の限界が同時に訪れた。今まで魔王相手以外では、魔物ではまず出すことがなかった、本気の本気。体力に気を使うことなど、まるで考えない攻防は、最終的に同時に二人が倒れることで幕を下ろした。

「初めてですわね。引き分けなんて」
「だね。この場合はどうなるの?」

 勝った方が月光の所持者。
 それが今までのルール。エリーの偶然の一勝を除けば、全てにオリヴィアが勝ってきていた。引き分けは一度たりともなく、はっきりと白黒が付いていた。

「んー。この場合は、どっちかが月光の所持者でもう一方の願いを聞く感じ?」
「そうですわね、ではわたくしは月光をいただきますわ」

 あっさりと、オリヴィアは言う。流石にあれだけ泣いたエリーを見て、政略結婚に応じろなどと言う事は出来はしない。国は確かに大切だし、アーツも可愛い弟だ。それでも、オリヴィアにとってはエリーも同じく可愛い妹で、そして一番のライバルでもあるのだ。
 オリヴィアの選択肢など、始めから無いに等しかった。

「いいの?」
「ええ。エリーさんは、すべきことがあるのでしょう?」

 オリヴィアは微笑む。
 エリーにとって大切なものは、非常に少ない。母、師匠、オリヴィア、女将、大将、ブロンセンの人々、魔王討伐隊の面々、そして、唯一の友人であるアリエル。
 それを知れば、「もっと広い世界に目を向けろ」なんていう風に、多くの者は言うだろう。
 しかし、誰しもが綺麗な心を持っているわけではない。
 心を読めるエリーがそれだけを大切なものをする理由は、簡単だ。エリー自身の心が耐えられる限界。
 それが、その狭い範囲の大切なもの達。
 エリーは、まだ15歳の少女。僅か15歳にして盗賊に出身地の人を殺されている、自らも人質になっている、ドラゴンを前に母親を守ろうとしている、人殺しを経験している、魔王と剣を交えている、そして、読みたくもない心を読めてしまう、そんな少女だ。
 運良く良い人達に恵まれた為に、エリーは魔王を倒すまでに至った。
 しかし広い世界に目を向けることで、そんな彼女の心は簡単に蝕まれてしまう。
 師匠が消えれば、家出をしてしまう。師匠が魔王となって討たれれば、その周囲の掌を返したような反応に、滅びれば良かったと泣いてしまう。
 そんな、とても弱い少女だ。
 今まではオリヴィアが一緒に居たことで、そんな弱い部分を互いに守ることが出来た。
 しかし、これから来る未来はそうはいかない。

 だから、オリヴィアは微笑む。

「エリーさんは、やりたいことをすべきですわ。わたくしはそれを応援することが、これからわたくし自身がやりたいことでもありますもの」

 そう言ってなんとか立ち上がり、月光を手に取る。
 全ての光を吸収する黒と煌びやかな金の文様が刻まれたその剣はオリヴィアに応える様に月明かりを反射する。

「それじゃ、エリーさん。今日はお師匠様から聞いた話を聞かせてくださいな」
「ん、了解、オリ姉」

 オリヴィアが差し出した手を取って立ち上がる。
 それと同時に、固唾を飲んで見守っていたブロンセンの住民達が一斉に膝をついた。
 息を吐かせぬ攻防に見入っていた彼らは、今になってようやく気が抜けた途端、体の力も抜けてしまった様だった。
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