雨の世界の終わりまで

七つ目の子

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第二章:恐怖を煽る二人

第三十三話:王との対話

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 国王は再び玉座に戻ると、目を覚ましたらしいサムが椅子を持ってくる。
 無言でクラウスを指差すと、次いで椅子を指差す。
 サムだけは騒がしいジャムのメンバーの中では常に無言な男だ。
 寡黙と言えば聞こえは良いかもしれないが、行動は他の三人と変わらない。
 先程も明らかに退屈だからと眠っていたのをクラウスは見ていた。

「さて、せっかく会えたんだ。何か質問はあるかい? 一応、姉上達には君に話してはいけないラインを聞いているから、全ては話せないが」

 クラウスが座ると、王はそんなことを言い始める。
 特別驚くことではないが、いままで感じていた違和感の一端だろうか。
 母達から何かしらを隠されているという感覚が、今国王の発言によって事実だと認められたことになる。

「……では、その聞いてはいけないラインというのはどこなのか……」

 敢えてそう訪ねてみる。
 母がしている隠し事に悪意がないことなど分かっている。
 例え自分が死んでもクラウスだけは守ると言い出しかねないのがオリーブという母親。
 もちろん母にそんなことはさせないけれど、そんな発言をしそうな母が隠しているということは、それはきっと、聞けばクラウスに害が及ぶことなのだろうと推測出来るのだから。

「はっはっは。それが言えたら良いんだけどな」

 当然ながら、王はそれを流して答える。

 そもそも、何故王が突然質問に答える等と言い始めたのかが疑問だ。
 それも、母が隠し事をしている事実を認めるような形で。

 例えば英雄達に守られた母が何かの陰謀に巻き込まれている可能性は、極めて低い。
 800年の時を生きた妖狐のチャームからすら守り抜いたという精神系の魔法を使いこなすエレナと、言葉の真意を読み取るイリスという二人の英雄が睨みを聞かせている漣に対して何かしらを行うことが出来るのは、逆に言えば世界でもその二人か、もしくは心に介入出来る英雄エリーだけ。

 となると、考えられる一番の理由は、母自身が言えないことを王に代わりに言わせようとしているという辺り。
 クラウスが質問攻めにしてしまえば、母はきっとそれに答えてしまう。
 今知るべきではないことを、つい口を滑らせてしまう可能性。
 その可能性は非常に高い。
 それならば一人旅をさせた理由も、マナのことを綴った手紙に返事がないことも理由がつく気がしてくるというもの。

 母とエリー叔母さんがクラウスを一人で旅させる目的の一つは、マナを回収することだったということだ。
 つまり、二人はマナの存在をずっと前から知っていたらしい。

 となれば最初の質問は、今まで母が寂しがると思って聞かなかったこと。

「そうですね、では、僕の父親について知っていますか?」
「ああもちろん。世界的な有名人だ。俺も会ったこともあるはずだけど、小さ過ぎて覚えてない」
「それが誰かは――」
「それは秘密だ。世界的な秘密ってやつだな」
「世界的? うーん。でも、確かに母さんが言わなかった人を陛下に聞くってのも違いますか」

 クラウスに心当たりは……無い。
 何処かに違和感は感じるが、やはりそれだけのヒントで分かるものではないらしい。
 何故分からないのかを考えていればクラウスにも分かったのかもしれないが、今知るべきではないことであるならと、クラウスはそれ以上の思考を止めた。
 少なくとも心配性でクラウスのことしか考えていない様な母が隠しているというだけで、信じるには十分だった。

 そして何より、王が困ったような表情を浮かべていた。

「陛下はやめてくれ。今は君の叔父だ。アーツ叔父さんで良いぞ」
「は、はい。では、次の質問なんですが、アルカナウィンドに居る本当の英雄って誰なんでしょうか」

 クラウスは父に似ず、初めて会った王である叔父に突然そんなフランクに話せるわけもなく、次の質問に移る。

「堅苦しいけど、仕方ないか。これに関しては二人いる。言っても良いラインだろう。
 一人は世界一の愚王と呼ばれているアリエル・エリーゼ。
 そしてもう一人は世界最強の勇者エリザベート・ストームハートだ」
「やはりアリエル・エリーゼと……、……エリザベート・ストームハートですか……」

 世界で唯一公に藍の魔王レインが英雄であると宣言した女王、アリエル・エリーゼ。
 それは世界中で大きな反感を呼び、特にアルカナウィンドは国自体がバラバラになっても尚、同じ宣言を続ける壊れた女王。
 そしてそれに付いている謎の勇者エリザベート・ストームハート。

「ああ、ストームハートは怪物ライラを継いでエリーゼの護衛に就任した正真正銘の英雄。ま、誰かは言わないけどな」
「そうですか……」

 一時はエリザベートにエリーゼが操られているのではという噂も立ったが、それ自体を英雄イリスも英雄エレナも否定している。
 そしてそれも納得しなければならない程の魔物討伐実績。
 世界中にエリーゼと共に出向き、単独でのドラゴン討伐に四度成功した生ける伝説がストームハートだ。

「ストームハートを知っている人物は殆ど居ない。そこのエリスすら知らない」
「はい。私は知りません。その強さと、剣を抜かないという話だけ」

 エリー叔母さんに少し似ている王妃エリスもまた、首を振る。

「まあ、それだけ密にされている人物なんだ。情報が漏れれば世界はひっくり返ることになる」
「それ程ですか……」
「アルカナウィンドがかつて世界一の大国だったことは知っているだろう?」
「ええ。女王エリーゼが魔王レイン擁護の声明を出すまでは」
「そういうことだ」
「……なるほど」

 少なくとも、下手な情報漏えいはグレーズをも沈める。
 となると、今グレーズが反レインの姿勢を取り続けているのは王すら望んでいなくとも、上手く事実が伏せられているということだろう。
 エリザベート・ストームハートの正体一つで世界がひっくり返る理由は分からないが、母が言った通りに行った時に知れば良いということ。

「では、次はこちらから質問しても良いか?」

 王は姿勢を正すと、真剣な表情に変わる。
 叔父さんと言うには少しばかり真面目すぎるが、王と言うには優しい。
 なんとなく母に近い人柄がにじみ出ている様で安心する。

「はい、もちろんです」
「君は世界が今、危機に瀕していることは知っているか?」
「世界が危機に……?」

 今や、世界中の誰しもが知っている情報。
 戦闘重視のルーカス魔法学園が栄えていて、あの村が危機に陥っていた本当の理由。
 クラウスが知らず知らずの内に聞き流す様に誘導されていたことを、正面から尋ねられる。
 それは言葉を話せない幼児を除き、恐らく世界中でクラウスと、マナだけが知らない情報。

「旅に出たということは知っていたと思っていたが、今でも君には隠されていた情報だったか。姉上から許可を得ているから言ってしまうが、なんで英雄レインは未だに人々に恨まれているのだと思う?」

 その質問は、クラウスにとっては是非とも答えが知りたい質問だ。
 かつて悪魔と蔑まれ、世界を恨んだ理由。
 大好きな母が好きな英雄が恨まれ続けるのはおかしいと、世界を救ったのに魔王になったくらいでそんなにいつまでもと、そう考えていたことだった。

「確かに、それは引っかかっていました。藍の魔王戦では、死者はたったの47名。民間人に死者は無し。聖女を殺したとされていても、それだけでは20年も恨まれ続ける理由としては少し弱い……。
 もちろん、狂信者エイミーの様に信仰深すぎる人なら分からなくもないですけど、彼女はどちらかといえば藍の魔王肯定派ですし……」

 エイミーという名前の熱心な聖女信者は、聖女が認めた男なのだから無条件で認めろと世界中で暴れているらしい。

「そうだな。その通り、藍の魔王が今だに恨まれる理由は聖女を殺したという仮説だけでは弱い。では何故か」

 藍の魔王は聖女を殺したとされているが、事実ではない。
 20年経った今でも仮説に過ぎないし、ルークやエレナが事実とするには弱すぎると否定している。 

「……想像したこともありませんでした。かつてはそれが明らかな八つ当たりだと思って、僕は人々を恨んでいたこともありますし」
「そうか。それも俺の力の至らぬばかりに……」
「あ、いえ、すみません」

 以外と王はそれを深く後悔しているらしい。
 母に色々と言われたのか、もしくはどこまでも似ているのか……。
 どちらにせよ、クラウスは王の弱みを握る様な形になってしまったことが申し訳なく思ってしまう。

「いや、良いんだ。だが、それを現在も止められないのはある理由がある」
「はい」
「藍の魔王が討伐されて以来、勇者の出生率は確実に低下している。魔物の出現頻度は魔王の兆候以前に落ち着いているが、それにしても勇者が生まれなくなっている」
「それは……」

 それがもしも事実なら、確かに恨まれてもおかしくはない。
 まるでそれはかつての死の呪いの様で、しかしもっと真綿で首を絞める様な、緩やかなもの。
 魔王の兆候と呼ばれる時期に比べたら少ないとは言え、魔物の出現数が落ちずに勇者の出生率が減るということは、100年後には勇者は居なくなっているかもしれないということだ。
 そうなれば戦えるのは魔法使いだけで、いくら強くなったとはいえ魔物に対しては不利になる。
 となれば、更に先には人類が滅んでしまってもおかしくはない。
 普通の人間ではどれだけ頑張ろうが、魔物に勝ち目はない。

「それを、藍の魔王のせいだとする声が非常に大きいんだ。それが、世界がいまだに藍の魔王を恨み続ける理由」
「…………そういうことでしたか」
「それでも尚魔王を擁護する女王エリーゼが、最悪の愚王と呼ばれるのもそれが理由だ」

 確かに魔王が倒されてから勇者の出生率が落ちたのならば、それが魔王の呪いだとされてもおかしくはない。
 かつては聖女の魔法書を都合良く解釈した人々が狛の村に行って、胎内の子どもに魔素を取り込ませ、強靭な肉体を持った子どもを産ませようとしたということからしても、勇者の様に魔物と戦える人材は必須のもの。

 ところが、それに悩んでいる様子を見せると、王は直ぐに笑顔になる。
 それに訝しげな顔をすれば、王はパンと手を叩いて言った。

「さて、辛気臭い話はここまでにしよう。これから先は恐らく魔物も減り始めると予想されている」

 楽観的と言うよりは、むしろ確信を持った表情。
 その両の瞳はクラウスに期待を向けている様に見える。

「え、そうなんですか?」

 思わず尋ねると、王はやはり笑いながら答えた。

「幸いにもここ20年、魔王殺しの英雄達が魔物に対して睨みを利かせてくれているしな。
 それに、英雄の息子である君もいるだろう? その腕は折り紙付きだと聞いている。だから、これから先は英雄レインに対する恨みも徐々に薄れていくだろう。
 あ、そうだ。そう言えば姉上から一つ伝言がある」

 その伝言は、今クラウスが一番聞きたいものだった。

「マナちゃんは何があっても必ず守りなさい。以上だ」
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