雨の世界の終わりまで

七つ目の子

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第三章:王妃と幼馴染

第四十五話:聖地

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 霊峰は、甘い匂いのする山だった。
 それがクラウスにとってだけなのか、マナの様子は特に変わらない。
 相変わらず好奇心は旺盛な様で、その山の不思議な光景に目を釘付けにしていた。

「くらうす、あれなに?」

 マナが指差しているのは、山頂にそびえる巨大な一本の大樹。
 大樹とは言っても樹の形を成しているだけで、茶色の幹に緑の葉を付けている様なものではなく、太陽の光を反射するガラス質の美しいモニュメントだ。
 樹氷と言うよりも、本当にガラスで出来た樹で、その大きさは巨大の一言で言い表すには些か大き過ぎる程。

「あれはね、聖女様が残した大魔法で創り出した樹で、ここに聖女様が来たんだっていう証拠の一つだよ。魔法使い達からはあの樹の根元は聖域って呼ばれてるみたい」

 それは樹高500mにも達する樹のモニュメントを作り出せるという聖女の力の証明だ。
 当時魔法使いは戦闘での活躍は勇者に比べて著しく低かった。
 その為魔法使いは勇者に比べて外れ扱いをされることも多かった。
 それもあって、魔法使いでもこれだけ出来るのだという、ある種の意趣返しや、明確な目標として聖女がこの地の魔法使いの為に、魔法使いの修行場として使われていたこの地に創り出したのだと言われている。

 結局聖女は魔法使いではなく勇者だったのだが、それでも魔法使いを今の立場まで持ち上げてくれた聖女に感謝の意を示す魔法使いは世代を超えて増え続けている。
 あの大樹は、そんな聖女の象徴の一つにして、わざわざ魔法使いの修行場とされていた霊峰に創られたもの。
 その為、その根元である山頂は聖域とされている。

「せいいき? 行く?」

 ブリジット姫とぼうけんをしてからというもの、マナの行動は少し積極的になったかもしれない。
 しかし、それは流石に叶わない。

「あそこはね、優秀な魔法使いしか行けないんだ。僕達が行くと病気になっちゃうかもしれない」
「そっかー」
「うん、僕も行ってみたいけどね。山頂には変わった魔法使いの作業場もあるみたいだから、興味あるんだ」

 山頂には世界第三位の魔法使いにして、最も戦いたくない魔法使いの一人であるエイミーの作業場があるとされている。
 かつては『殉教者』と言われていた彼女も、今では少し文字を変えて『殉狂者』などと呼ばれている。
 狂いながらも、世界中で魔物から人々を救っている変わった魔法使い。
 そんなエイミーの作業場に、クラウスは単純に興味があった。

 曰く、そこには無数の聖女の肖像がある。
 曰く、魔法書が積み重なって出来ている小屋がある。
 曰く、今でも亡霊の様に魔法書を複製する作業をしている。
 そんな様々な噂がある山頂。

 ルークはそれほどエイミーについて話したがらないし、エレナに深いことを聞くのは何処か危険な感じがするので聞いたことはない。
 それに、行ったことがあるサラも勿体ぶる様に教えてくれないので、山頂の秘密はクラウスが気になっている世界の秘密の一つだった。

 そんな会話をしながら麓の村に入ると、見知った顔があるのに気が付いた。

「あ、エレナさん、お久しぶりです」

 英雄の一人にして世界第二位、世界で最も戦いたくないどころか、絶対に戦ってはいけないと言われる魔法使い。
 最強の魔法使いルークの妻にしてクラウスの幼馴染サラの母である『悪夢のエレナ』
 単純に強いルークとはまるで違う、本能に警鐘を鳴らさせる戦いが得意な破滅的な人物だ。
 とは言え、戦いではない日常生活では、とても優しく頼りがいのある母でもある。
 それはクラウスにとっても同様で、ここで出会ったエレナは幼馴染の優しい母だった。

「あら、クラウス君久しぶり。こんな所に来たのね。ん? その子は?」

 すぐに気付いたエレナは特に驚いた様子も無く柔らかい笑みで挨拶を返すと、手を繋いでいるマナの方を向いて言う。

「この子はジャングルで母とはぐれていた所を保護したんです。マナという名前で、母にも伝えていたんですが聞いてませんでしたか」

 答えると、エレナはマナを見つめる。
 その目は明らかにリボンに向いていて、その奥にある角にすら気付いているだろう。
 しかし、それはあくまでクラウスがそこに角があると知っているからそう思えるだけで、知らなければただリボンに目を向けただけにしか見えない程に無駄のない視線。
 エレナは相変わらず柔らかな笑みで、全く表情を変えずに足を折り、マナと目線を合わせると言う。

「……マナ、マナって言うのね。オリーブさんから聞いてるわ。よろしくね、マナちゃん」

 話しかけてからは少し警戒して後ろに下がっていたマナだったが、それを見てエレナを信用したのか、一歩前に出て並ぶと、クラウスを見上げる。

「マナ、僕の幼馴染のお母さんだ。挨拶は?」
「マナ、です。よろしく?」
「うん。よろしくねマナちゃん。クラウス君、この子のことはサラにはなんて伝えるの?」

 そのまま頭を撫でられ、それを素直に受け入れながら目を細めるマナに対して、エレナはそんな爆弾を投げつけた。
 そのことに、クラウスは何故か姑から浮気の事実を責められる様な気分になってしまい、すぐに何かを返すこともできなかった。
 別に、幼馴染と付き合っても居なければ浮気をしたという事実なんか全く無いにも関わらず。

 サラが何故修行をしているのかを気付いてさえいなければ、そんな気分に陥ることも無かっただろうに。
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