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2巻
2-2
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マリアローゼの言葉を聞いた途端、ウルラートゥスが再び眉を顰めて怖い顔をする。
「それ、誰にも言うんじゃねぇぞ。……公爵様には俺から言っておく」
低い声でウルラートゥスが言う。
マリアローゼはその様子に、きょとんとした顔で背伸びする。
「どうしてですか?」
「お前の力はテイムしたと同時に魔獣を変異させてるんだ。もし、お前の血で強い力を持つ魔獣に変異させることが可能なら、間違いなく悪い奴らに狙われる。強力でなくても……能力に変化を起こせるなら、同じかもしれねぇ。血だけじゃなくお前自身が必要だとしても、狙われるのは一緒だろうな」
まあ、鑑定してみねぇと分からねぇが……と腕組みしてウルラートゥスはぶつぶつと呟く。
(確かに異質な力よね。生物の変化を引き起こすんだから。他国からも狙われるのかしら? とにかく神聖国に知られてはまずいことは確かね)
「鑑定はどなたが出来ますか?」
「鑑定士って特殊な魔法使いもいるが、従魔師の中にも従魔の鑑定が出来る奴がいる。俺は無理だが、この屋敷にも何人か雇われてっから、中にはいるかもしんねぇな。しばらく様子見て、そいつの変化が定着したようなら公爵様に聞いてみろ」
親切に説明してくれるウルラートゥスに、マリアローゼはこくん、と頷いた。
「分かりましたわ。ありがとう存じます」
「しっかし、稀有な力だな。よく分からんが、やべえのだけは分かる」
(ふむ? 小説では魔力は絶望的だったはずなのに、後付けで出てくる設定だったのかな?)
しかし、表紙でモンスターと一緒にいるイラストは見たことがない。イケメンとの2ショットばかりだったはずだ。ただ、絵面的にイケメンと二人だけになった可能性は捨て切れない。
(モンスターと2ショットの悪役令嬢というのは、確かにあまり引きにならなさそうだもんね)
「お父様にお伝えするのはお任せ致しますね。あと、この子を隠したいのですけれど……」
「スライムは擬態が出来るから、アクセサリーか服の一部にでもすりゃいい。それも含めて公爵のダンナには言っておく」
「まあ、ありがとうございます、ウル」
少し驚いた顔をしてから、ウルラートゥスはフイッと顔を逸らして頭をわしゃわしゃと掻き毟った。
「勝手に略すな」
「だって長いんですもの」
「それもそうか」
マリアローゼがゴリ押すように言うと、ウルラートゥスはフッと溜息を吐きながら答えた。怒ったように言ってはいるが、真剣に怒っている感じはしない。見た目も態度も怖そうに見えるが、彼が心配しているのが伝わってくる。マリアローゼは嬉しくなって微笑み返した。
「また伺いますね!」
別れのお辞儀をして、無言で手を振るウルラートゥスに背を向けると、次は治癒師のマリクのもとへ急いだ。
朝食前の静かな時間を終わらせるかのように、たむたむとノックする音が廊下に響く。マリアローゼの訪問に、中からのんびりとした声がした。
「はいはい」
食堂からほど近い位置に、治癒師マリクの部屋がある。金茶の髪に垂れた緑の瞳の優しげな青年で、治癒の魔力だけではなく医師としての診断も下せる優秀な人材だ。マリアローゼが魔力の枯渇で倒れた時も、ノクスとルーナを救った後も、マリクが見守ってくれた。
「マリアローゼ様、朝早くからどうされたんですか?」
「指を少しだけ傷つけてしまったので、薬をいただけませんか?」
あどけない声ながらも、いつも使用人に対しても丁寧な言葉を崩さないマリアローゼに、マリクは優しく微笑んだ。そして扉を大きく開けてマリアローゼを招き入れると、向かい合わせに座る。
「さあ、見せてください」
「左手の人差し指ですわ。でも、針で刺したので小さい傷なのです」
ぷにぷにとした柔らかい指には、確かに傷ついている箇所がある。マリクはじっと見つめて頷いた。
「薬で大丈夫そうですね。……あ、もしかして、薬を試すためにわざと怪我をしたのではないでしょうね?」
疑わしそうな視線を送られて、マリアローゼは慌てて左右に首をブンブン振った。
「わたくし、そんな酔狂ではございませんわ」
「なら、いいんですけどね」
マリクは手を伸ばして、薬棚のテーブルのように突き出している台に置いてある瓶を手に取る。その中の乳白色の軟膏を指で一掬いすると、それをマリアローゼの指に塗り込んだ。ピリッとした痛みと、冷たくなめらかなクリームの感触がした後、痛みは一瞬で消えた。
「綺麗に消えていますわ……」
ほわあ、と感心したようにマリアローゼが息を吐くと、マリクはにっこりと笑顔を向けた。
「それは良かったです。で、まだ針仕事はしていないはずなのに、何故指に怪我を?」
椅子ごとガッチリ掴まれて、下りることも向きを変えることも出来ない状態で尋ねられる。
(何で……勉強内容が把握されてるの……)
マリアローゼはとりあえず目だけ逸らした。
「このままでは心配で、朝食も喉を通りません」
悪戯っぽい笑みを浮かべて、マリクは垂れた目を細める。
「あることを試したくて、それで……あの……針で突きましたの」
「あることとは何でしょう?」
理由を聞くまで逃がす気はないようだ。
(この笑顔の圧は……何だかシルヴァインお兄様を思い出すわ……)
マリアローゼはううっと呻いて、口ごもりながらわけを話した。
「お兄様達からスライムをいただいたので、飼い馴らしたかったのです……」
「スライム」
マリクが目を丸くして復唱する。
「あ、でも従魔師のウルラートゥスに、捕獲の仕方は教わっておりましたのよ。それで仲良くなれましたの」
「はぁぁ。本当にお嬢様は、飽きないと言うか何と言うか……」
そう言いながらも、クックッと下を向いてマリクは笑っている。父にはウルラートゥスから報告が行っているはずなのでお叱りは受けないだろう、とマリアローゼは考えているが、マリクからも何か言われたら立つ瀬がない。
「あの……マリク?」
「分かりました。たいした傷ではなかったので、報告はしないでおきましょう」
マリアローゼはマリクの言葉にほっと息をついて、改めて薬棚を見上げた。そういえば、気になることを思い出したのだ。
(スライムって、取り入れた物質に対しての耐性が付くはずよね?)
前世で読んだ色々な幻想世界やゲームの話である。
「あの、毒薬ってございます?」
「毒薬」
「出来たら、解毒薬とセットの」
「……また物騒なことを考えているわけじゃないですよね?」
マリクが剣呑な目で見てくるが、マリアローゼはふるふると首を横に振った。
「わたくしが使うわけではなくて、ロサに試してみたいのです。死んでしまったら嫌なので、薄められるものだと嬉しいですわ」
「まあ、他でやられるよりはいいか……分かりました。用意致しましょう」
半ばやけくそになったんじゃないかという態度で、マリクは準備し始めた。小皿に入れた毒薬を薄め、その毒薬と解毒剤を入れたそれぞれのガラス瓶を机の上に用意する。マリアローゼは胸元からピンクのスライムを取り出すと、皿の上にそっと置く。
「見たことのない色をしてますね」
「あ、はい、珍しい子なんです」
ウルラートゥスの助言通り、「わたしの血をあげたら染まりました」なんてことは言わない。
「ロサ……死なないでね……」
言いながら、マリアローゼは皿の縁に薄めた毒薬液を垂らす。
だが、ロサはそれが毒だと分かるのか、近づこうとしない。
「毒だと分かるのかしら……賢い!」
すでに親馬鹿目線である。でも、いざという時のために死なない程度に試しておきたい。スライムは毒や酸に強いはずなのだ。
「すぐにお薬をあげますから、少しだけ、ね?」
促すように背後から手を当てると、言われたことを理解したかのように、ロサはじりじりと毒へと向かった。すかさずマリアローゼは解毒薬の瓶を用意し、ロサが毒を取り込んだ瞬間、その身体に解毒薬を注いだ。スライムは人間と違って、触れた部分にそれぞれが即吸収される。
(体内で融合や中和してくれれば、きっと大丈夫……!)
マリアローゼはロサを見守った。一緒に興味深げに見ていたマリクが嬉しそうに言う。
「あ、元気ですね。原液もかけてみましょうか」
ノリノリのマリクが薬棚から原液を持ってきた。
「え、え……あの、死んでは嫌なのですが……」
「一度耐性が付けば大丈夫です」
(生命を軽く見てはいないだろうか)
疑問に思いつつも、マリアローゼはマリクが瓶を傾けるのを見守る。
とぽとぽ。
ロサは身体にかかった毒薬液を取り込んだが、ぷるぷると元気に動いている。
「おお、大丈夫そうですね。次はどの毒を試しましょうか。あまり毒の種類も在庫もないのですが」
「いえ、あの、ちょ、ちょっとマリク、今日はもう結構ですわ」
「そうですか?」
至極残念そうに、マリクは手に取っていた毒薬を薬棚に戻した。物騒である。
(まさかマッドサイエンティストだったとは……医者だからサイエンティストではないかしら?)
考えつつも、マリアローゼはロサをささっと胸元に押し込んで隠した。
「この子だって急に色んな毒に慣れるのは大変ですもの」
守るように両手を胸元に当てて言うと、マリクはにっこりと微笑んだ。
「必要なら集めておきますので、ご用命ください」
「そ……その時が来たら、お伝え致しますわ」
マリアローゼは椅子からぴょこんと下りて、マリクの部屋を逃げるように後にした。
朝からあちこち走り回って疲れ気味ではあったが、贈り物をくれた兄達にお礼をして、従魔師の報告を受けた父の様子を窺うべく、とてとてと食堂へと向かった。
食堂に着くと、ちょうど双子の兄達が扉の前でそわそわしながらマリアローゼを待ち構えていた。
「おはよう、ローゼ」
「俺達のプレゼントは気に入った?」
嬉しそうに聞いてきた双子に、マリアローゼは満面の笑みを返す。
「最高ですわ。お兄様達の一流、ローゼはしかと受け取りましてよ」
照れたように笑う双子の手を引くと、椅子に上ってからそれぞれの頬に、マリアローゼはちゅっと唇を押し付けた。そして改めて考えてみて……あることに思い当たる。
(あら? スライムをいただいて喜ぶ女性は少ないのでは??)
父も新たな問題を作った原因が双子だと気づいたのか、笑顔のままこめかみに青筋を浮かべている。
「あの、でも、お兄様達? 人によっては卒倒する贈り物ですからね?」
一応念押しするマリアローゼに、二人はこくん、と素直に頷いた。そしてマリアローゼなら喜ぶと思って捕まえたんだと言わんばかりに、顔を見合わせて笑っている。それはそれで複雑な気持ちだが、実際に嬉しいのは事実だ。
それに少なくとも二人は、マリアローゼの『人を喜ばせてこそ一流』という言葉を考えて、それを実行に移したのだ。
マリアローゼもにっこりと微笑んで、しかし父の視線に気づいて慌てて椅子から飛び下りた。
緊張する朝食を終えて、父と母は出かけていく。父から何かを言われることはなく、マリアローゼはひとまずほっとしたが、やるべきことは決まっている。
「シルヴァインお兄様、キースお兄様。朝から忙しかったので、わたくしは一度休んで午後から図書館へ参ります」
「ゆっくり休んでおいで」
「無理はしないようにするんですよ」
兄二人は、それぞれふわりとマリアローゼの頭を優しく一撫でして、図書館の方へ歩き去った。昨日から図書館で神聖国について調べているが、朝から移動し続けたので幼女の体力はもたないのである。一度ゆっくり休んでから、すっきりした頭で図書館に向かうべきだろう。
マリアローゼはすかさず、仕事がないからか意気消沈しているノアークを捕まえる。
「お兄様、助手のお仕事がございます」
「……分かった」
喜びを押し隠したような顔で、ノアークは頷いた。ノアークを連れて部屋に戻ると、まずマリアローゼは丁寧に手紙をしたためた。温室を管理するエレパースに事情を伝えるためだ。
ロサに薬草を餌として与えて耐性を付けた後、「薬にも毒にもなる植物を与えてほしい」「様子を見ながら微量の毒草も与えてほしい」「マリクには絶対にロサを渡さないでほしい」などと書き連ねて、最後の一文には念のため二重線まで引いて強調した。
エイラはジェラルドから事情を聞いたのか、険しい目線を向けるものの何も言わなかった。彼女はミルリーリウムの実家、フォルティス公爵家から付いてきた侍女で、厳しいけれど優しい女性でもある。マリアローゼの侍女になっているのは父と母の信頼の証だ。
エイラの様子を窺いつつも、自分で箪笥から小ぶりの箱を選んで取り出す。可愛らしいからと昔取っておいた小さな箱だ。エイラの目を盗んで胸元のロサを箱に移し、手紙と箱をノアークに手渡した。
「温室のエレパースに届けてくださいませ。用件は手紙に書いてあるので、ノアークお兄様はそのお手伝いもお願いします。」
「分かった」
力強く頷いて、ノアークが勢い良く部屋を出ていく。
「お嬢様、お風呂に入られますか?」
「ええ、そうします。お昼まで休みますわね」
エイラと小間使い達に世話をされて、マリアローゼは心地よい眠りについたのだった。
第二章 神聖国の勉強
正午の鐘の音で目覚めたマリアローゼは、エイラに身支度を整えてもらい食堂に向かう。
兄達と食事をしていると、珍しくケレスがやってきて食堂の隅に待機した。この屋敷の家令であり、先々代の時から仕えている老齢の執事だ。白髪を後ろに撫でつけ、同じく歳のせいで白くなった口髭を蓄え、穏やかな微笑みを浮かべている。
全員が食べ終わり、食後のお茶を飲んでいると、ケレスに声をかけられた。
「シルヴァイン様、マリアローゼ様、お茶がお済みになられましたら、別館へご案内致します」
「わたくし達の旅に同行してくださる方達へのご挨拶ですわね?」
「左様でございます」
ケレスが目を細めてにこり、と上品に微笑む。
「というわけだ、キース。お前は先に図書館へ行っていてくれ」
「分かりました。作業を進めておきます」
シルヴァインが言うと、キースは席を立って図書室へと向かう。マリアローゼもお茶を飲み終わると、シルヴァインの差し出した腕に掴まり、別館へと歩き出した。
別館にも本館と同じくらいの広さの食堂があり、そこに一同が会していた。静かに歓談していたようだが、ケレスの紹介で全員が席から立ち上がって敬礼をする。
「このたびはご足労いただき感謝しております。フィロソフィ公爵家が息女、マリアローゼにございます」
「兄のシルヴァインです。父に代わり、同道を許可していただきました。よろしくお願い致します」
二人の丁寧な挨拶に、騎士達の何人かは少し驚いた様子を見せる。
まず挨拶を返したのは、マグノリア・フィデーリス。『神罰の乙女』とも『正義の剣』とも言われる実直な神殿騎士で、王妃に推挙された人物である。栗色の髪は編んでまとめられており、青く澄んだ瞳は優しい色を湛えている。
マリアローゼの両親と学友であり、信頼出来る人物だと説明を受けていた。しかも、公爵邸に仕える侍女長フィデーリス夫人の実の娘である。言われてみれば確かに似ていた。いつも微笑みを絶やさないフィデーリス夫人の柔らかい雰囲気とは異なるが、同じ色の髪と瞳をしている。
「王妃殿下直々に、この栄誉ある旅行きに任命されました。マグノリア・フィデーリスにございます。御身を必ず安全に神聖国までお届け致しますので、ご安心ください」
ビシッと敬礼をする姿は、さすが武人だ。
そして順番に五人の神殿騎士の挨拶があり、次は王城から来た王宮騎士達の番になる。
「アケル・フォルティスでございます」
双子の兄達と同じフォルティス家に多い赤髪に、王妃と同じ紅の目。この人も攻略対象だろうかと思うほどの、ちょっと野性味のある甘い顔立ちに、ガッチリしすぎていない細マッチョ。若くして第一騎士団長を務めている精鋭である。母や王妃と従兄弟だという話は聞いていた。
(お母様よりも、王妃寄りの見た目ね)
そんなことを思いつつマリアローゼはお辞儀を返す。アケルが三人の部下を紹介してスッと一歩下がると、そこには第一王子のアルベルトがいた。
「で――」
殿下、と言おうとしたマリアローゼに、アルベルトは指先を口に当てて何も言わないように示す。
「従者として派遣されたアルと申します」
「同じく従者として同行致します、テースタでございます」
イケオジのテースタは、ロランドへの罰という名の公爵邸職業見学に一緒に来ていた執事だ。侍従というよりも、王や王妃にとって信頼出来る部下のような立場だろうか。パリッとお仕着せを着こなしているが、そういえばアルベルトも同じようなお仕着せを着ている。
マリアローゼがどういうこと? という疑問を込めて騎士達を見ると、目を逸らしたり伏せたりされてしまった。アケルだけはさすがと言うべきか、にっこり微笑みを返す。
「公爵家の使用人ルーナでございます。こちらは弟のノクスでございます。マリアローゼお嬢様に命を救われました」
自己紹介をして敬礼するルーナとノクスを、マグノリアがじっと見つめている。それは何かを探るような視線で、けれど悪意は感じられなかった。
(何かしら?)
マグノリアは隣にいるカレンドゥラという、神殿騎士には到底見えない金の巻き毛に濃紫の瞳の妖艶な美女に視線を送る。すると彼女もルーナとノクスに注いでいた視線を外し、マグノリアに頷き返す。
明らかに特殊な魔法か能力を使って何かを確認していた気がする。マリアローゼはじっとマグノリアを見つめた。
「ああ、失礼。私は嘘を見抜く加護を持っておりますので、彼女の言葉に嘘がないか確認させていただきました」
いきなり能力を暴露したので、逆にマリアローゼがびっくりした。
「加護というものは、神殿騎士様や司祭様が神様からいただく恩寵のことですわね?」
「はい。ほとんどの神職者は秘匿しておりますが、私は役目柄公表しております」
「私も隠すほどの能力じゃないので、公表しておりますよ。闇夜でも目が利く暗視能力です」
軽薄そうな様子で割って入ったのは、ジュリアンという名前の美青年だ。女性に好かれるであろう綺麗な顔立ちで、肩までの金髪は後ろ髪を束ねていてもっと長い。目は銀色なのか灰色なのか、不思議な色をしていた。
多分、二人はカレンドゥラの能力を悟らせたくないのだろう。それだけ神殿にとっては貴重な能力だと推測出来た。
(きっと、私を推挙した神父が神父だから、実際にルーナ達の身に何があったのか探りたかったのね)
守る相手が本当に聖女か否か、彼らにとっても問題なのは分かる。貴重な能力の内容を知りたくはあるが、あえて踏み込む必要はない。
マリアローゼはマグノリア達の目をじっと見つめた。
「神様は、目に宿りますのね」
神聖教関連の蔵書にはまだ目を通し切れていないが、おおよその見当を付けてマリアローゼは微笑んだ。ルーナ達を見ていたし、暗視能力も目に宿る力だ。
すると、何故か彼らは驚いた表情を見せた。
「……なるほど。利発なお嬢様だとお聞きしておりましたが、感服致しました」
真面目な顔でマグノリアにそう持ち上げられると、逆に恥ずかしい。
(これはやっちまったのかしら?)
加護のことはあまり公表されてない。公にされているのは、神殿騎士の中でも聖騎士と呼ばれる一部の精鋭が加護を得ているという話くらいである。加護は神の恩寵であり、信仰心を示す証でもあるので、加護を得ていない者は聖騎士にはなれない。
この辺りは、よくある「聖騎士なのに、性格悪いのは何故?」問題の解決に繋がる。聖騎士になるには、技能や能力値ではなく、どれだけの信仰心を持っているかということも重要だからだ。彼らは神殿騎士としか名乗っていないが、王国の精鋭、聖騎士である可能性が高い。
(暗に身分を明かすことで、信頼関係を築こうとしているのかもしれないわね)
当然ながら、加護に関する情報は外部には秘匿されているし、聖騎士と名乗らずに活動している神殿騎士も少なくない。
(目の前で起こったことを、見たまま口にしてしまったのは良くなかったかも……)
自分の迂闊さに、マリアローゼはどんよりと落ち込んだ。困り顔で傍らのシルヴァインを見上げると、シルヴァインは安心させるように優しくニコッと微笑む。そして、ノクスとルーナの横に控えている護衛騎士をさっと手で指し示した。
「我が家の護衛騎士にも自己紹介してもらいましょう」
そつなく話題を変えて話を戻すシルヴァインに、マリアローゼは素直に感心した。
そう促されて、顔馴染みの護衛騎士の一人、フェレスがにこやかに挨拶をする。二人目はウルススという巨躯の男性だ。短い茶色の立ち上がった髪と、同じく茶色の瞳と身体の大きさから、何となく熊を連想させる。彼も本屋に行った時に護衛をしてくれた一人で、父がマリアローゼと少しでも接点のある者を選んだのだろう。
三人目はパーウェルという。確か王城から帰る時に御者台にいた人物で、ランバートと会話していた護衛騎士だ。暗めの金髪で、目も黒に近い深い青色をしている。
そして、最後にカンナが挨拶をした。
「せっかくなのでお茶に致しましょう」
マリアローゼが小さな手を叩いてケレスを振り向くと、老齢の家令は心得たように敬礼をして背後を振り返る。目線で合図を送ったのか、すぐにお茶が運ばれてきた。ノクスとルーナは、給仕することはあってもされることがないからか、居心地悪そうにもじもじしている。
「そういえば、出発は遅らせるという話を伺っていますが」
それぞれお茶を味わう中、アケルが口火を切った。
「はい。わたくし不勉強でございまして。ルクスリア神聖国や神聖教のことはあまり詳しくありませんの。ですので、少しお勉強する時間をいただきたくて……お父様にお願いして一週間ほど頂戴致しました」
「ほう、それは素晴らしい心がけです」
アケルはにこやかに言葉を返す。
「ですが、本格的な勉強はルクスリア神聖国に行ってからでもいいのでは?」
もっともなことを口にしたのはユーグ。神殿騎士の一人で、とても真面目そうな青年だ。金髪碧眼で、髪は緩やかな七三分けである。
(七三、覚えやすい方)
心の中でマリアローゼは頷いた。
「いいえ。わたくしは神聖国には参りますけど、すぐに帰りますので」
「えっ」
真面目な七三が紅茶を零しそうにしながら言う。そこに追い打ちをかけるように、マリアローゼは胸を張って自信満々に言い放った。
「わたくしは聖女じゃございませんので」
「「「えっ」」」
今度はマグノリア以外の神殿騎士が声を揃えて驚き、固まった。マリアローゼの隣ではシルヴァインがおかしそうに、笑いを堪えている。アルベルトは澄ました顔をしているが、口元がひくひくしていた。兄とアルベルトは笑いのツボが似ているのだ。
「その件は王妃様に伺っているが、何故そう思われるのかお聞きしてもよろしいか?」
真摯な眼差しで聞いてきたマグノリアに、マリアローゼは頷き返した。
「一つ目は、わたくしの力が不確定なことですわ。ノクスとルーナを助けたいと願い、二人は命を繋ぎ止めた。それだけを見れば、確かに何らかの奇跡が起きたのでしょう。でも、それがわたくしの力だとどなたが証明するのでしょうか? ただ一度の奇跡の可能性もありますし、望んで奇跡を起こせる可能性はとても低いです」
マリアローゼの目を見つめながら、マグノリアがふむ、と頷く。
「それ、誰にも言うんじゃねぇぞ。……公爵様には俺から言っておく」
低い声でウルラートゥスが言う。
マリアローゼはその様子に、きょとんとした顔で背伸びする。
「どうしてですか?」
「お前の力はテイムしたと同時に魔獣を変異させてるんだ。もし、お前の血で強い力を持つ魔獣に変異させることが可能なら、間違いなく悪い奴らに狙われる。強力でなくても……能力に変化を起こせるなら、同じかもしれねぇ。血だけじゃなくお前自身が必要だとしても、狙われるのは一緒だろうな」
まあ、鑑定してみねぇと分からねぇが……と腕組みしてウルラートゥスはぶつぶつと呟く。
(確かに異質な力よね。生物の変化を引き起こすんだから。他国からも狙われるのかしら? とにかく神聖国に知られてはまずいことは確かね)
「鑑定はどなたが出来ますか?」
「鑑定士って特殊な魔法使いもいるが、従魔師の中にも従魔の鑑定が出来る奴がいる。俺は無理だが、この屋敷にも何人か雇われてっから、中にはいるかもしんねぇな。しばらく様子見て、そいつの変化が定着したようなら公爵様に聞いてみろ」
親切に説明してくれるウルラートゥスに、マリアローゼはこくん、と頷いた。
「分かりましたわ。ありがとう存じます」
「しっかし、稀有な力だな。よく分からんが、やべえのだけは分かる」
(ふむ? 小説では魔力は絶望的だったはずなのに、後付けで出てくる設定だったのかな?)
しかし、表紙でモンスターと一緒にいるイラストは見たことがない。イケメンとの2ショットばかりだったはずだ。ただ、絵面的にイケメンと二人だけになった可能性は捨て切れない。
(モンスターと2ショットの悪役令嬢というのは、確かにあまり引きにならなさそうだもんね)
「お父様にお伝えするのはお任せ致しますね。あと、この子を隠したいのですけれど……」
「スライムは擬態が出来るから、アクセサリーか服の一部にでもすりゃいい。それも含めて公爵のダンナには言っておく」
「まあ、ありがとうございます、ウル」
少し驚いた顔をしてから、ウルラートゥスはフイッと顔を逸らして頭をわしゃわしゃと掻き毟った。
「勝手に略すな」
「だって長いんですもの」
「それもそうか」
マリアローゼがゴリ押すように言うと、ウルラートゥスはフッと溜息を吐きながら答えた。怒ったように言ってはいるが、真剣に怒っている感じはしない。見た目も態度も怖そうに見えるが、彼が心配しているのが伝わってくる。マリアローゼは嬉しくなって微笑み返した。
「また伺いますね!」
別れのお辞儀をして、無言で手を振るウルラートゥスに背を向けると、次は治癒師のマリクのもとへ急いだ。
朝食前の静かな時間を終わらせるかのように、たむたむとノックする音が廊下に響く。マリアローゼの訪問に、中からのんびりとした声がした。
「はいはい」
食堂からほど近い位置に、治癒師マリクの部屋がある。金茶の髪に垂れた緑の瞳の優しげな青年で、治癒の魔力だけではなく医師としての診断も下せる優秀な人材だ。マリアローゼが魔力の枯渇で倒れた時も、ノクスとルーナを救った後も、マリクが見守ってくれた。
「マリアローゼ様、朝早くからどうされたんですか?」
「指を少しだけ傷つけてしまったので、薬をいただけませんか?」
あどけない声ながらも、いつも使用人に対しても丁寧な言葉を崩さないマリアローゼに、マリクは優しく微笑んだ。そして扉を大きく開けてマリアローゼを招き入れると、向かい合わせに座る。
「さあ、見せてください」
「左手の人差し指ですわ。でも、針で刺したので小さい傷なのです」
ぷにぷにとした柔らかい指には、確かに傷ついている箇所がある。マリクはじっと見つめて頷いた。
「薬で大丈夫そうですね。……あ、もしかして、薬を試すためにわざと怪我をしたのではないでしょうね?」
疑わしそうな視線を送られて、マリアローゼは慌てて左右に首をブンブン振った。
「わたくし、そんな酔狂ではございませんわ」
「なら、いいんですけどね」
マリクは手を伸ばして、薬棚のテーブルのように突き出している台に置いてある瓶を手に取る。その中の乳白色の軟膏を指で一掬いすると、それをマリアローゼの指に塗り込んだ。ピリッとした痛みと、冷たくなめらかなクリームの感触がした後、痛みは一瞬で消えた。
「綺麗に消えていますわ……」
ほわあ、と感心したようにマリアローゼが息を吐くと、マリクはにっこりと笑顔を向けた。
「それは良かったです。で、まだ針仕事はしていないはずなのに、何故指に怪我を?」
椅子ごとガッチリ掴まれて、下りることも向きを変えることも出来ない状態で尋ねられる。
(何で……勉強内容が把握されてるの……)
マリアローゼはとりあえず目だけ逸らした。
「このままでは心配で、朝食も喉を通りません」
悪戯っぽい笑みを浮かべて、マリクは垂れた目を細める。
「あることを試したくて、それで……あの……針で突きましたの」
「あることとは何でしょう?」
理由を聞くまで逃がす気はないようだ。
(この笑顔の圧は……何だかシルヴァインお兄様を思い出すわ……)
マリアローゼはううっと呻いて、口ごもりながらわけを話した。
「お兄様達からスライムをいただいたので、飼い馴らしたかったのです……」
「スライム」
マリクが目を丸くして復唱する。
「あ、でも従魔師のウルラートゥスに、捕獲の仕方は教わっておりましたのよ。それで仲良くなれましたの」
「はぁぁ。本当にお嬢様は、飽きないと言うか何と言うか……」
そう言いながらも、クックッと下を向いてマリクは笑っている。父にはウルラートゥスから報告が行っているはずなのでお叱りは受けないだろう、とマリアローゼは考えているが、マリクからも何か言われたら立つ瀬がない。
「あの……マリク?」
「分かりました。たいした傷ではなかったので、報告はしないでおきましょう」
マリアローゼはマリクの言葉にほっと息をついて、改めて薬棚を見上げた。そういえば、気になることを思い出したのだ。
(スライムって、取り入れた物質に対しての耐性が付くはずよね?)
前世で読んだ色々な幻想世界やゲームの話である。
「あの、毒薬ってございます?」
「毒薬」
「出来たら、解毒薬とセットの」
「……また物騒なことを考えているわけじゃないですよね?」
マリクが剣呑な目で見てくるが、マリアローゼはふるふると首を横に振った。
「わたくしが使うわけではなくて、ロサに試してみたいのです。死んでしまったら嫌なので、薄められるものだと嬉しいですわ」
「まあ、他でやられるよりはいいか……分かりました。用意致しましょう」
半ばやけくそになったんじゃないかという態度で、マリクは準備し始めた。小皿に入れた毒薬を薄め、その毒薬と解毒剤を入れたそれぞれのガラス瓶を机の上に用意する。マリアローゼは胸元からピンクのスライムを取り出すと、皿の上にそっと置く。
「見たことのない色をしてますね」
「あ、はい、珍しい子なんです」
ウルラートゥスの助言通り、「わたしの血をあげたら染まりました」なんてことは言わない。
「ロサ……死なないでね……」
言いながら、マリアローゼは皿の縁に薄めた毒薬液を垂らす。
だが、ロサはそれが毒だと分かるのか、近づこうとしない。
「毒だと分かるのかしら……賢い!」
すでに親馬鹿目線である。でも、いざという時のために死なない程度に試しておきたい。スライムは毒や酸に強いはずなのだ。
「すぐにお薬をあげますから、少しだけ、ね?」
促すように背後から手を当てると、言われたことを理解したかのように、ロサはじりじりと毒へと向かった。すかさずマリアローゼは解毒薬の瓶を用意し、ロサが毒を取り込んだ瞬間、その身体に解毒薬を注いだ。スライムは人間と違って、触れた部分にそれぞれが即吸収される。
(体内で融合や中和してくれれば、きっと大丈夫……!)
マリアローゼはロサを見守った。一緒に興味深げに見ていたマリクが嬉しそうに言う。
「あ、元気ですね。原液もかけてみましょうか」
ノリノリのマリクが薬棚から原液を持ってきた。
「え、え……あの、死んでは嫌なのですが……」
「一度耐性が付けば大丈夫です」
(生命を軽く見てはいないだろうか)
疑問に思いつつも、マリアローゼはマリクが瓶を傾けるのを見守る。
とぽとぽ。
ロサは身体にかかった毒薬液を取り込んだが、ぷるぷると元気に動いている。
「おお、大丈夫そうですね。次はどの毒を試しましょうか。あまり毒の種類も在庫もないのですが」
「いえ、あの、ちょ、ちょっとマリク、今日はもう結構ですわ」
「そうですか?」
至極残念そうに、マリクは手に取っていた毒薬を薬棚に戻した。物騒である。
(まさかマッドサイエンティストだったとは……医者だからサイエンティストではないかしら?)
考えつつも、マリアローゼはロサをささっと胸元に押し込んで隠した。
「この子だって急に色んな毒に慣れるのは大変ですもの」
守るように両手を胸元に当てて言うと、マリクはにっこりと微笑んだ。
「必要なら集めておきますので、ご用命ください」
「そ……その時が来たら、お伝え致しますわ」
マリアローゼは椅子からぴょこんと下りて、マリクの部屋を逃げるように後にした。
朝からあちこち走り回って疲れ気味ではあったが、贈り物をくれた兄達にお礼をして、従魔師の報告を受けた父の様子を窺うべく、とてとてと食堂へと向かった。
食堂に着くと、ちょうど双子の兄達が扉の前でそわそわしながらマリアローゼを待ち構えていた。
「おはよう、ローゼ」
「俺達のプレゼントは気に入った?」
嬉しそうに聞いてきた双子に、マリアローゼは満面の笑みを返す。
「最高ですわ。お兄様達の一流、ローゼはしかと受け取りましてよ」
照れたように笑う双子の手を引くと、椅子に上ってからそれぞれの頬に、マリアローゼはちゅっと唇を押し付けた。そして改めて考えてみて……あることに思い当たる。
(あら? スライムをいただいて喜ぶ女性は少ないのでは??)
父も新たな問題を作った原因が双子だと気づいたのか、笑顔のままこめかみに青筋を浮かべている。
「あの、でも、お兄様達? 人によっては卒倒する贈り物ですからね?」
一応念押しするマリアローゼに、二人はこくん、と素直に頷いた。そしてマリアローゼなら喜ぶと思って捕まえたんだと言わんばかりに、顔を見合わせて笑っている。それはそれで複雑な気持ちだが、実際に嬉しいのは事実だ。
それに少なくとも二人は、マリアローゼの『人を喜ばせてこそ一流』という言葉を考えて、それを実行に移したのだ。
マリアローゼもにっこりと微笑んで、しかし父の視線に気づいて慌てて椅子から飛び下りた。
緊張する朝食を終えて、父と母は出かけていく。父から何かを言われることはなく、マリアローゼはひとまずほっとしたが、やるべきことは決まっている。
「シルヴァインお兄様、キースお兄様。朝から忙しかったので、わたくしは一度休んで午後から図書館へ参ります」
「ゆっくり休んでおいで」
「無理はしないようにするんですよ」
兄二人は、それぞれふわりとマリアローゼの頭を優しく一撫でして、図書館の方へ歩き去った。昨日から図書館で神聖国について調べているが、朝から移動し続けたので幼女の体力はもたないのである。一度ゆっくり休んでから、すっきりした頭で図書館に向かうべきだろう。
マリアローゼはすかさず、仕事がないからか意気消沈しているノアークを捕まえる。
「お兄様、助手のお仕事がございます」
「……分かった」
喜びを押し隠したような顔で、ノアークは頷いた。ノアークを連れて部屋に戻ると、まずマリアローゼは丁寧に手紙をしたためた。温室を管理するエレパースに事情を伝えるためだ。
ロサに薬草を餌として与えて耐性を付けた後、「薬にも毒にもなる植物を与えてほしい」「様子を見ながら微量の毒草も与えてほしい」「マリクには絶対にロサを渡さないでほしい」などと書き連ねて、最後の一文には念のため二重線まで引いて強調した。
エイラはジェラルドから事情を聞いたのか、険しい目線を向けるものの何も言わなかった。彼女はミルリーリウムの実家、フォルティス公爵家から付いてきた侍女で、厳しいけれど優しい女性でもある。マリアローゼの侍女になっているのは父と母の信頼の証だ。
エイラの様子を窺いつつも、自分で箪笥から小ぶりの箱を選んで取り出す。可愛らしいからと昔取っておいた小さな箱だ。エイラの目を盗んで胸元のロサを箱に移し、手紙と箱をノアークに手渡した。
「温室のエレパースに届けてくださいませ。用件は手紙に書いてあるので、ノアークお兄様はそのお手伝いもお願いします。」
「分かった」
力強く頷いて、ノアークが勢い良く部屋を出ていく。
「お嬢様、お風呂に入られますか?」
「ええ、そうします。お昼まで休みますわね」
エイラと小間使い達に世話をされて、マリアローゼは心地よい眠りについたのだった。
第二章 神聖国の勉強
正午の鐘の音で目覚めたマリアローゼは、エイラに身支度を整えてもらい食堂に向かう。
兄達と食事をしていると、珍しくケレスがやってきて食堂の隅に待機した。この屋敷の家令であり、先々代の時から仕えている老齢の執事だ。白髪を後ろに撫でつけ、同じく歳のせいで白くなった口髭を蓄え、穏やかな微笑みを浮かべている。
全員が食べ終わり、食後のお茶を飲んでいると、ケレスに声をかけられた。
「シルヴァイン様、マリアローゼ様、お茶がお済みになられましたら、別館へご案内致します」
「わたくし達の旅に同行してくださる方達へのご挨拶ですわね?」
「左様でございます」
ケレスが目を細めてにこり、と上品に微笑む。
「というわけだ、キース。お前は先に図書館へ行っていてくれ」
「分かりました。作業を進めておきます」
シルヴァインが言うと、キースは席を立って図書室へと向かう。マリアローゼもお茶を飲み終わると、シルヴァインの差し出した腕に掴まり、別館へと歩き出した。
別館にも本館と同じくらいの広さの食堂があり、そこに一同が会していた。静かに歓談していたようだが、ケレスの紹介で全員が席から立ち上がって敬礼をする。
「このたびはご足労いただき感謝しております。フィロソフィ公爵家が息女、マリアローゼにございます」
「兄のシルヴァインです。父に代わり、同道を許可していただきました。よろしくお願い致します」
二人の丁寧な挨拶に、騎士達の何人かは少し驚いた様子を見せる。
まず挨拶を返したのは、マグノリア・フィデーリス。『神罰の乙女』とも『正義の剣』とも言われる実直な神殿騎士で、王妃に推挙された人物である。栗色の髪は編んでまとめられており、青く澄んだ瞳は優しい色を湛えている。
マリアローゼの両親と学友であり、信頼出来る人物だと説明を受けていた。しかも、公爵邸に仕える侍女長フィデーリス夫人の実の娘である。言われてみれば確かに似ていた。いつも微笑みを絶やさないフィデーリス夫人の柔らかい雰囲気とは異なるが、同じ色の髪と瞳をしている。
「王妃殿下直々に、この栄誉ある旅行きに任命されました。マグノリア・フィデーリスにございます。御身を必ず安全に神聖国までお届け致しますので、ご安心ください」
ビシッと敬礼をする姿は、さすが武人だ。
そして順番に五人の神殿騎士の挨拶があり、次は王城から来た王宮騎士達の番になる。
「アケル・フォルティスでございます」
双子の兄達と同じフォルティス家に多い赤髪に、王妃と同じ紅の目。この人も攻略対象だろうかと思うほどの、ちょっと野性味のある甘い顔立ちに、ガッチリしすぎていない細マッチョ。若くして第一騎士団長を務めている精鋭である。母や王妃と従兄弟だという話は聞いていた。
(お母様よりも、王妃寄りの見た目ね)
そんなことを思いつつマリアローゼはお辞儀を返す。アケルが三人の部下を紹介してスッと一歩下がると、そこには第一王子のアルベルトがいた。
「で――」
殿下、と言おうとしたマリアローゼに、アルベルトは指先を口に当てて何も言わないように示す。
「従者として派遣されたアルと申します」
「同じく従者として同行致します、テースタでございます」
イケオジのテースタは、ロランドへの罰という名の公爵邸職業見学に一緒に来ていた執事だ。侍従というよりも、王や王妃にとって信頼出来る部下のような立場だろうか。パリッとお仕着せを着こなしているが、そういえばアルベルトも同じようなお仕着せを着ている。
マリアローゼがどういうこと? という疑問を込めて騎士達を見ると、目を逸らしたり伏せたりされてしまった。アケルだけはさすがと言うべきか、にっこり微笑みを返す。
「公爵家の使用人ルーナでございます。こちらは弟のノクスでございます。マリアローゼお嬢様に命を救われました」
自己紹介をして敬礼するルーナとノクスを、マグノリアがじっと見つめている。それは何かを探るような視線で、けれど悪意は感じられなかった。
(何かしら?)
マグノリアは隣にいるカレンドゥラという、神殿騎士には到底見えない金の巻き毛に濃紫の瞳の妖艶な美女に視線を送る。すると彼女もルーナとノクスに注いでいた視線を外し、マグノリアに頷き返す。
明らかに特殊な魔法か能力を使って何かを確認していた気がする。マリアローゼはじっとマグノリアを見つめた。
「ああ、失礼。私は嘘を見抜く加護を持っておりますので、彼女の言葉に嘘がないか確認させていただきました」
いきなり能力を暴露したので、逆にマリアローゼがびっくりした。
「加護というものは、神殿騎士様や司祭様が神様からいただく恩寵のことですわね?」
「はい。ほとんどの神職者は秘匿しておりますが、私は役目柄公表しております」
「私も隠すほどの能力じゃないので、公表しておりますよ。闇夜でも目が利く暗視能力です」
軽薄そうな様子で割って入ったのは、ジュリアンという名前の美青年だ。女性に好かれるであろう綺麗な顔立ちで、肩までの金髪は後ろ髪を束ねていてもっと長い。目は銀色なのか灰色なのか、不思議な色をしていた。
多分、二人はカレンドゥラの能力を悟らせたくないのだろう。それだけ神殿にとっては貴重な能力だと推測出来た。
(きっと、私を推挙した神父が神父だから、実際にルーナ達の身に何があったのか探りたかったのね)
守る相手が本当に聖女か否か、彼らにとっても問題なのは分かる。貴重な能力の内容を知りたくはあるが、あえて踏み込む必要はない。
マリアローゼはマグノリア達の目をじっと見つめた。
「神様は、目に宿りますのね」
神聖教関連の蔵書にはまだ目を通し切れていないが、おおよその見当を付けてマリアローゼは微笑んだ。ルーナ達を見ていたし、暗視能力も目に宿る力だ。
すると、何故か彼らは驚いた表情を見せた。
「……なるほど。利発なお嬢様だとお聞きしておりましたが、感服致しました」
真面目な顔でマグノリアにそう持ち上げられると、逆に恥ずかしい。
(これはやっちまったのかしら?)
加護のことはあまり公表されてない。公にされているのは、神殿騎士の中でも聖騎士と呼ばれる一部の精鋭が加護を得ているという話くらいである。加護は神の恩寵であり、信仰心を示す証でもあるので、加護を得ていない者は聖騎士にはなれない。
この辺りは、よくある「聖騎士なのに、性格悪いのは何故?」問題の解決に繋がる。聖騎士になるには、技能や能力値ではなく、どれだけの信仰心を持っているかということも重要だからだ。彼らは神殿騎士としか名乗っていないが、王国の精鋭、聖騎士である可能性が高い。
(暗に身分を明かすことで、信頼関係を築こうとしているのかもしれないわね)
当然ながら、加護に関する情報は外部には秘匿されているし、聖騎士と名乗らずに活動している神殿騎士も少なくない。
(目の前で起こったことを、見たまま口にしてしまったのは良くなかったかも……)
自分の迂闊さに、マリアローゼはどんよりと落ち込んだ。困り顔で傍らのシルヴァインを見上げると、シルヴァインは安心させるように優しくニコッと微笑む。そして、ノクスとルーナの横に控えている護衛騎士をさっと手で指し示した。
「我が家の護衛騎士にも自己紹介してもらいましょう」
そつなく話題を変えて話を戻すシルヴァインに、マリアローゼは素直に感心した。
そう促されて、顔馴染みの護衛騎士の一人、フェレスがにこやかに挨拶をする。二人目はウルススという巨躯の男性だ。短い茶色の立ち上がった髪と、同じく茶色の瞳と身体の大きさから、何となく熊を連想させる。彼も本屋に行った時に護衛をしてくれた一人で、父がマリアローゼと少しでも接点のある者を選んだのだろう。
三人目はパーウェルという。確か王城から帰る時に御者台にいた人物で、ランバートと会話していた護衛騎士だ。暗めの金髪で、目も黒に近い深い青色をしている。
そして、最後にカンナが挨拶をした。
「せっかくなのでお茶に致しましょう」
マリアローゼが小さな手を叩いてケレスを振り向くと、老齢の家令は心得たように敬礼をして背後を振り返る。目線で合図を送ったのか、すぐにお茶が運ばれてきた。ノクスとルーナは、給仕することはあってもされることがないからか、居心地悪そうにもじもじしている。
「そういえば、出発は遅らせるという話を伺っていますが」
それぞれお茶を味わう中、アケルが口火を切った。
「はい。わたくし不勉強でございまして。ルクスリア神聖国や神聖教のことはあまり詳しくありませんの。ですので、少しお勉強する時間をいただきたくて……お父様にお願いして一週間ほど頂戴致しました」
「ほう、それは素晴らしい心がけです」
アケルはにこやかに言葉を返す。
「ですが、本格的な勉強はルクスリア神聖国に行ってからでもいいのでは?」
もっともなことを口にしたのはユーグ。神殿騎士の一人で、とても真面目そうな青年だ。金髪碧眼で、髪は緩やかな七三分けである。
(七三、覚えやすい方)
心の中でマリアローゼは頷いた。
「いいえ。わたくしは神聖国には参りますけど、すぐに帰りますので」
「えっ」
真面目な七三が紅茶を零しそうにしながら言う。そこに追い打ちをかけるように、マリアローゼは胸を張って自信満々に言い放った。
「わたくしは聖女じゃございませんので」
「「「えっ」」」
今度はマグノリア以外の神殿騎士が声を揃えて驚き、固まった。マリアローゼの隣ではシルヴァインがおかしそうに、笑いを堪えている。アルベルトは澄ました顔をしているが、口元がひくひくしていた。兄とアルベルトは笑いのツボが似ているのだ。
「その件は王妃様に伺っているが、何故そう思われるのかお聞きしてもよろしいか?」
真摯な眼差しで聞いてきたマグノリアに、マリアローゼは頷き返した。
「一つ目は、わたくしの力が不確定なことですわ。ノクスとルーナを助けたいと願い、二人は命を繋ぎ止めた。それだけを見れば、確かに何らかの奇跡が起きたのでしょう。でも、それがわたくしの力だとどなたが証明するのでしょうか? ただ一度の奇跡の可能性もありますし、望んで奇跡を起こせる可能性はとても低いです」
マリアローゼの目を見つめながら、マグノリアがふむ、と頷く。
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