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第1章 すべてはスマホ誤作動から
6. とにかく漢字が苦手なイケメン
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黒沢誠を初めて見たのは夏の暑い盛りだった。
頭に白タオルを巻いてタンクトップに汚れたニッカポッカを履き首にも白いタオルを引っ掛けた、いかにも現場の若いお兄さんという出立の彼が待合ブースに来た時、ザワッと激しいざわめきが走った。
目を釘付けにする高身長、肉体美、なによりも整ったその顔。
普段は建築業おじさんたちもしくは、建設会社の事務員の女性、もしくは、活動家か各町内会のお年を召したお元気な方々……くらいしか来ないところに、若いイケメンが来たのだ。
動揺するなと言う方が難しい。
キョロキョロと辺りを見渡して所在なさげにしている彼に、パートさん、………よく出てくるからいい加減に名前を明かすと関本さん(24)がーーさっきカウンターに来たくたびれたスーツのおじさんには「番号札とって待ってください」と塩声で言うだけだったのにーーわざわざカウンターの向こうまで飛び出していって甘撫声で「何かお困りですか?」と尋ねていた。
そのおじさんの対応をしていた私は唖然としたものである。だからパソコンには不慣れと言っていたが人当たりの良さそうな子育て終わった世代の女性の方の配属を取ってきてと課長に推したのに。
やる気にムラがある人にやってもらう苦労をしない課長はパソコンができて若くて綺麗な人が窓口の方がいいと彼女を選んでしまったのだ。
ああこれも若さやルッキズムへの僻みと捉えられるのかしら。
そんなことを思いながらため息を呑み込んで、汗かいて加齢臭がちょっとしんどいおじさんの、分厚いファイル3つ分の開発許可申請対応がやっと終わったところ。
「ちょっとあの、いい加減にしてくださいよ。ふざけているんですか?」
しばらくして、ご機嫌もご機嫌だった関本さんの苛立った声が聞こえた。
「なにもわからないならちゃんと行政書士つけてくださいよ。こんな現場の人だけ寄越すなんてどう言う神経しているの、あなたの会社。書類出すだけだからおつかい気分で来たんです?そんなんじゃ通るものも通らないですよ」
「ちょっと………関本さん?」
役所が脅すようなことを言ってはいけない。
慌てて席を立った。
上司と唯一頼りになる後輩最年少若手は会議で不在。口下手な理系ベテランは見て見ぬふり。後輩はすぐ怒って泣く関本さんは瀬川案件としてこちらを見ているだけ。
「どうしたの?」
「あの、すみませぇん。でも全く要領を得なくてえ。一度お帰りいただいてちゃんと専門の方を連れてきてもらわないと無理ですよお」
瀬川さんは私が怖いらしい。
裏ではくそばばあって言ってる。ババアって言われるほど歳ではないつもりだが。
ギリ10は離れてない。まあいい。
「あの………俺、すみません。でも、これ、どうにか急ぎで出さないといけなくて。すみません、すみません……」
わあ、低くて痺れるようないい声だな。震えているけれど。
大柄な体を窄めてパーテーションで仕切られた二番めと書かれた狭い窓口スペースに収まっている彼は、関本さんが説明したであろう「申請のあらまし」と書類を前にして項垂れていた。
「不備が多すぎて受け付けられないんです。でもろくに直せなくて持ち帰ってくださいって何回も言っているんですけど引き下がられて」
「持ち帰ってもわからないので、今教えて欲しいんです」
「だからわからないなら専門の人に……」
「いや急いでて!」
「それはこちらには関係ありません」
「ちょっと見せてくださいね」
二人の問答に割り込んで私は書類を取った。
…………よ、読めない。
なんで手書きで作った?
「えっ、と、こちら……誰かアドバイスを受けて……?」
「だって、無茶だろうけど今は俺がやるしかなくて!」
無茶。そのとおり。素人がすぐできるものじゃない。普通は行政書士さんつけるし。相談すらもしてないのか。
「やはり一度お持ち帰りいただかないとこれは」
「そんな!俺、困ります!持ち帰っても誰も教えてくれないし!」
「なぜあなたが書くのですか?事務の方とかにやってもらう会社さんがほとんどですよ」
どう見ても現場作業員。
しかし、関本さんの後ろに立っている私を見上げる彼は涙目で訴えてきた。
「いつものおばちゃんが……その、いま休みで!そしたら進行案件が一つ抜けてるのにさっき気がついて!でもこれ通さないと施主さんがめちゃくちゃ困るから急ぎでやって欲しいんです!お願いします!」
「しかしこれでは流石に……。誰か頼んだ方がいいですよ」
「でもそれだと入金が間に合わなくて!俺、出すまで帰れなくて!持ち帰ったら困るんです!どうか俺を助けると思って!むしろ助けてください!!」
どんな零細企業なのだろうか。ブラックかな。可哀想に、まだ若いのに。こんなにイケメンなら違う仕事についた方がいいのでは。
「しかしですね……」
「お願いします!!この通り!図面なら全部頭に入ってるんで!マジで口では全部言えるんで!あとはこれの書き方さえわかれば!施主さんのためにも!どうにか!!」
ゴンッと頭を机になすりつけてくる彼。
流石に注目を浴びてしまう。大声だし。
「困ります」
「いや俺、帰りません!出すまでは!本当に困っているんです!」
イケメンがクレーマーに早替わりした。
関本さんがすすっと二番受付の椅子から立ち上がり、席に戻る。我関せずという顔して。
「お願いします!!!」
カウンターに大きな手をつき、土下座でもするかの勢いで頭を下げ続ける彼に内心面倒になってしまった、と思った。
仕方なく受付椅子に座ったが、まあ何せ漢字が読めないし書けない。
何度か諦めてはと言ったのだが食い下がられる。
窓口を占領しすぎていると思い、後を任せて小会議室でマンツーマンで書き方を教えてあげる羽目になった。
「いつも人には公平にしろって言うくせにイケメンだからって特別扱いかよ」と別の対応させられた関本さんが吐き捨ててた、と後で後輩に教えてもらった。
そんなに仕事が不満なら辞めたらいいのに。
言ったらパワハラか。面倒な世の中だなあ。
夜半近くに家に帰ったらその日は、特に過激な新作小説を読みながら寝落ちした。
頭に白タオルを巻いてタンクトップに汚れたニッカポッカを履き首にも白いタオルを引っ掛けた、いかにも現場の若いお兄さんという出立の彼が待合ブースに来た時、ザワッと激しいざわめきが走った。
目を釘付けにする高身長、肉体美、なによりも整ったその顔。
普段は建築業おじさんたちもしくは、建設会社の事務員の女性、もしくは、活動家か各町内会のお年を召したお元気な方々……くらいしか来ないところに、若いイケメンが来たのだ。
動揺するなと言う方が難しい。
キョロキョロと辺りを見渡して所在なさげにしている彼に、パートさん、………よく出てくるからいい加減に名前を明かすと関本さん(24)がーーさっきカウンターに来たくたびれたスーツのおじさんには「番号札とって待ってください」と塩声で言うだけだったのにーーわざわざカウンターの向こうまで飛び出していって甘撫声で「何かお困りですか?」と尋ねていた。
そのおじさんの対応をしていた私は唖然としたものである。だからパソコンには不慣れと言っていたが人当たりの良さそうな子育て終わった世代の女性の方の配属を取ってきてと課長に推したのに。
やる気にムラがある人にやってもらう苦労をしない課長はパソコンができて若くて綺麗な人が窓口の方がいいと彼女を選んでしまったのだ。
ああこれも若さやルッキズムへの僻みと捉えられるのかしら。
そんなことを思いながらため息を呑み込んで、汗かいて加齢臭がちょっとしんどいおじさんの、分厚いファイル3つ分の開発許可申請対応がやっと終わったところ。
「ちょっとあの、いい加減にしてくださいよ。ふざけているんですか?」
しばらくして、ご機嫌もご機嫌だった関本さんの苛立った声が聞こえた。
「なにもわからないならちゃんと行政書士つけてくださいよ。こんな現場の人だけ寄越すなんてどう言う神経しているの、あなたの会社。書類出すだけだからおつかい気分で来たんです?そんなんじゃ通るものも通らないですよ」
「ちょっと………関本さん?」
役所が脅すようなことを言ってはいけない。
慌てて席を立った。
上司と唯一頼りになる後輩最年少若手は会議で不在。口下手な理系ベテランは見て見ぬふり。後輩はすぐ怒って泣く関本さんは瀬川案件としてこちらを見ているだけ。
「どうしたの?」
「あの、すみませぇん。でも全く要領を得なくてえ。一度お帰りいただいてちゃんと専門の方を連れてきてもらわないと無理ですよお」
瀬川さんは私が怖いらしい。
裏ではくそばばあって言ってる。ババアって言われるほど歳ではないつもりだが。
ギリ10は離れてない。まあいい。
「あの………俺、すみません。でも、これ、どうにか急ぎで出さないといけなくて。すみません、すみません……」
わあ、低くて痺れるようないい声だな。震えているけれど。
大柄な体を窄めてパーテーションで仕切られた二番めと書かれた狭い窓口スペースに収まっている彼は、関本さんが説明したであろう「申請のあらまし」と書類を前にして項垂れていた。
「不備が多すぎて受け付けられないんです。でもろくに直せなくて持ち帰ってくださいって何回も言っているんですけど引き下がられて」
「持ち帰ってもわからないので、今教えて欲しいんです」
「だからわからないなら専門の人に……」
「いや急いでて!」
「それはこちらには関係ありません」
「ちょっと見せてくださいね」
二人の問答に割り込んで私は書類を取った。
…………よ、読めない。
なんで手書きで作った?
「えっ、と、こちら……誰かアドバイスを受けて……?」
「だって、無茶だろうけど今は俺がやるしかなくて!」
無茶。そのとおり。素人がすぐできるものじゃない。普通は行政書士さんつけるし。相談すらもしてないのか。
「やはり一度お持ち帰りいただかないとこれは」
「そんな!俺、困ります!持ち帰っても誰も教えてくれないし!」
「なぜあなたが書くのですか?事務の方とかにやってもらう会社さんがほとんどですよ」
どう見ても現場作業員。
しかし、関本さんの後ろに立っている私を見上げる彼は涙目で訴えてきた。
「いつものおばちゃんが……その、いま休みで!そしたら進行案件が一つ抜けてるのにさっき気がついて!でもこれ通さないと施主さんがめちゃくちゃ困るから急ぎでやって欲しいんです!お願いします!」
「しかしこれでは流石に……。誰か頼んだ方がいいですよ」
「でもそれだと入金が間に合わなくて!俺、出すまで帰れなくて!持ち帰ったら困るんです!どうか俺を助けると思って!むしろ助けてください!!」
どんな零細企業なのだろうか。ブラックかな。可哀想に、まだ若いのに。こんなにイケメンなら違う仕事についた方がいいのでは。
「しかしですね……」
「お願いします!!この通り!図面なら全部頭に入ってるんで!マジで口では全部言えるんで!あとはこれの書き方さえわかれば!施主さんのためにも!どうにか!!」
ゴンッと頭を机になすりつけてくる彼。
流石に注目を浴びてしまう。大声だし。
「困ります」
「いや俺、帰りません!出すまでは!本当に困っているんです!」
イケメンがクレーマーに早替わりした。
関本さんがすすっと二番受付の椅子から立ち上がり、席に戻る。我関せずという顔して。
「お願いします!!!」
カウンターに大きな手をつき、土下座でもするかの勢いで頭を下げ続ける彼に内心面倒になってしまった、と思った。
仕方なく受付椅子に座ったが、まあ何せ漢字が読めないし書けない。
何度か諦めてはと言ったのだが食い下がられる。
窓口を占領しすぎていると思い、後を任せて小会議室でマンツーマンで書き方を教えてあげる羽目になった。
「いつも人には公平にしろって言うくせにイケメンだからって特別扱いかよ」と別の対応させられた関本さんが吐き捨ててた、と後で後輩に教えてもらった。
そんなに仕事が不満なら辞めたらいいのに。
言ったらパワハラか。面倒な世の中だなあ。
夜半近くに家に帰ったらその日は、特に過激な新作小説を読みながら寝落ちした。
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