【完結】スマホが誤作動しただけなのに 〜肉体派男子にえっちに迫られていますがリアルで刺激は求めてません!〜

鳥海柚菜

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第3章 推定詐欺師と夢心地

14. 全部がうまくいくなんて思ってないけど

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 さらに一月が経った。

「最近来ないですね、あの漢字苦手男さん」

 ふと関本さんが漏らした声にギクリとした。

「来たら瀬川さんが大変なんだから来ない方がいいんじゃないですか?ただでさえ年末閉庁に向けて忙しい時期に入るのに」
「でもお、見てる分には眼福だったんですよ」
「そりゃ、何もしなきゃ楽ですよね」

 誠を迷惑柄榛名さんの反対側に座る女性の後輩ーー遠藤さんがぼそっと呟いた。いつも寡黙で淡々と仕事をする彼女の言い分にギョッとなる。
 関本さんも驚いたあとで、明らかに顔を歪めた。

「どぉ言う意味ですかぁ?」
「そのままですよ。無駄口叩いてないでいい加減さくさく仕事してくれません?あなたが遅い分カバーしてるのこちらですから。やる気ないなら期限待たずに辞めたらどうですか、自分から」
「え、遠藤さ……」

 窓口開けるにも人がいる。
 それなりに手順を知ってる関本さんがいきなり辞められたら、それこそ年末に向けて困るのだ。
 遠藤さんの言いたい意味もわかるけど。
「何それ………正規だからって非正規見下してるんですか?パワハラですよ!」

 ああ、ほらこうなる。
 関本さんはすぐパワハラって騒いで、窓口に通報するんだから。前もそれで面倒くさくて……。

「すぐ泣いてハラスメントされてんのはこっちですよ。何が眼福ですか。瀬川さんの手が止まればこっちが大変なんですよ。くだらないことでチームの足引っ張るのやめてくださいよ。もうちょっとは役に立ったらどうなんです?」
「ひどぉいっ!そりゃ時間かけちゃいますけど、ちゃんとミスなくやってるじゃないですか!」
「ダラダラやってるの間違いでしょ?」
「待って待って二人とも!」

 一発触発の状況に慌てて割って入った。
 課長を見れば、顔の前に手のひらでごめんのポーズ。女同士のバトルには入りたくないのがありありだ。私も入りたくない。
 けれど泣き出した関本さんをそのままにもできず、別室に一人ずつ呼び出した。

 *

「おか……、どうしたの、ふみ」

 今日が誠のいる日でよかった。
 遅くなるって言ったから帰るかもと思ったけど、23時を回って帰ってきた私を見た途端、誠がぎゅっと抱きしめてくれた。

「大変なことあったの?また嫌なやつでも来た?」

 誠は私がよくクレーマー(住民)対応しているのを見ていたらしい。
 何も言わない私を膝に乗せて、頭をたくさん撫でてくれた。寄りかかればまたぎゅっと背中を抱きしめてくれる。
 あったかい。優しい。
 いくらお金を積んだって普通は手に入らないもの。
 真面目にきちんと生きてきたって、一度だって無条件では手に入らなかったもの。
 でもいまは私のもの、だから。

「………職場の人間関係に疲れた」

 ぽつり、と、漏らすと、誠が額にキスしてくれた。

 ーー瀬川さんに憧れていたのにガッカリです。
 ーーなんでもはいはい言って、誤魔化してるだけじゃないですか。

 延々と泣いて被害を訴える関本さんの面倒くささより、びしりと背筋を伸ばしてまっすぐに見てくる遠藤さんの言葉の方が胸に刺さった。

 関本さんの怠慢に耐えかねた遠藤さんは異動がしたいと言い放った。関本さんは更新しない予定だからあと数ヶ月我慢してと伝えると、そうやって事なかれなところが悪いのだと私が非難を受けた。

 でも全てそのとおり。正論だ。
 関本さんの態度には散々思うところがあっても、次の補充はないし、とか、パワハラって言われたくないし、とかで全部私が代わりにやればいいやと誤魔化していた。

 それが見ていてイライラする。そもそも瀬川さんも忙しすぎてカバーしきれてないからこっちも迷惑なんですよ。はっきり注意してください。上司でしょう?その仕事を放棄しないでください、課長補佐でしょ。

 私がいないところで、注意もされないからと増長する関本さんについに耐えかねたらしい。
 集中して仕事ができない、残業も多い、先輩の榛名は逃げ回るし変な人の対応も大変だし嫌だ、と耐えに耐えていた不満がぶちまけられた。

 わかる。わかりすぎて辛い。
 私が常々思っていることを、同じように仕事ができる方として回される遠藤さんが思わないわけがなかった。

 でも。

「私だって頑張ってるんだよぅ……」

 関本さんは初期の頃に注意して臍を曲げて大変だった。持ち上げて持ち上げて、やっとここまで覚えて、気を遣って、あと4ヶ月でやっと円満に終われると思っていたのに今日の騒動。
 明日からしばらく休むと言っていた。ソフトランディングなんてものじゃなくなった。
 遠藤さんは責任感が強いからあの人いない方がせいせいする、ちゃんとカバーします、と言ってたけど人ひとりのカバーなんて容易じゃない。
 遠藤さんだってパンクして、案外融通が効かない彼女がブラックアウトして病んだらどうしよう。
 そしたら指導員の責任問題だろう。
 私の評価に関わる。

 ああ、人の体の心配より自分に対する評価を頭に浮かべてしまう私、ほんと最低。
 こんなんだから遠藤さんに見透かされるんだ。

 ーーガッカリです

 どんなに頑張ってちゃんと自分の仕事したって、人の上に立つことになれば、その人たちの気持ちを汲み取ってあげるのが必要で。

 きちんと、正しく、真面目に、いい子に、やっていたってもう、ダメで。
 叫びたくてたまらない。何か違う世界に浸りたい。逃げたい。逃げたい逃げたい逃げたい。

「ふーみ、我慢しないで」

 ちゅ、と目尻に唇が落ちてきた。

「そんな眉間に皺寄せて我慢しないで。泣いたっていいんだよ。いっぱい頑張ったんだね」

 まぶたに、眉間に、頬に、また目尻に。
 誠の唇が優しく優しく触れる。

「………っ、し、ごとで……なく、なんて……」
「いいじゃん?俺しか見てないよ」
「泣く、なんて……大したこと、ない……いい、大人……」
「そうやって強がんなくたっていいじゃん?大人だって泣いたっていいんだし。何がダメなの?」
「………っ、だ、って……」

 ひく、と喉が詰まった。

「だって?」
「先に、泣かれ、たら、もう、どうしよも……ない、から……」

 女の子はよく泣く。
 従妹もクラスメイトも。
 可愛い子ほどよく泣く。
 それを見ると慰めなきゃって。
 私だって泣きたいけど、泣いてる子をほっておいたらダメでしょ。可哀想じゃん。
 そうすると文ちゃんはえらいね、と大人に言われて。
 なんとなく、私は、私は……泣いたらダメなんだって。支えてあげなきゃって。そう言う立場なんだって。
 いつの間にか歳をとって。もう泣くことで弱みを見せるなんてことは恥ずかしいと思うようになって。
 仕事なんてもってのほかで。
 怒鳴りつける相手に泣いたら相手は増長するし、マウントを取られる。
 私だって仕事場ですぐ泣く関本さんみたいな人はドン引きだ。
 だから、泣きたくない。

「意地っ張りだなあ……そこも可愛いけど」

 なんで誠がそんなこと言うの。
 勝手に口から思考回路が漏れてることを知らずに、髪をすくように撫でてくれる誠の胸をドンと叩いた。それくらいでびくともしないのは知っている。

「俺の胸の中だけで泣くふみってのもいいけどね」
「一生懸命に仕事してるふみすごい綺麗だよ」
「堅くてつまんないって言うやつが一番つまんないんだよ」
「すごいことじゃん、いつも褒められるって。俺、怒られてばっかだったからさ。いい子でいられるの才能だよ。真面目で何が悪いの?」
「ふみにそんな子と思わなかったって言った阿呆な男は俺が殴ってきてあげるから住所教えて」

 もう何を言ってるんだかわからないけど、返ってくる誠の言葉だけはしっかりと耳に届いて。
 背中を支える腕も目の前にある分厚い胸もあったかくてがっちりしてて不安がなくて。

 気がついたら鼻水をいっぱいかんだティッシュがあっちこっちにころがっていた。
 目が痛い。

 眼鏡をとってゴシゴシと擦ると、誠の舌に舐められてしまった。

「ダメだよ、もっと赤くなる」

 10も下の男の子に何、クダを巻いていたのだろう。
 ふと冷静になると恥ずかしくてたまらない。
 これだから人は嫌だな。恥ずかしくて恥ずかしくて、だったら一人でドーパミンだして誤魔化してた方がマシだったと思う。
 それよりスッキリしたのは認めるけど……でも、恥ずかしい。自分をこんなに曝け出してしまった。
 顔が見れない。

 膝から降りようとしたけれど全く動けなかった。

「誠……?」
「ふみ、眼鏡、ちょうだい?汚れちゃったでしょ?」

 最近、あらぬ涙でぐしょぐしょになりがち、今まで以上の頻度で眼鏡屋に調整依頼をしに行く眼鏡をひょいと取り上げられた。

 じわんと全てがぼんやりした視界になる。

「誠……?」

 ずいとかなり寄ってきてくれた誠の顔がようやく焦点を結んだ。

「ねえ、ふみ。眼鏡なしでしてみよ?なーんにも見ないでさ。頭で考えないでさ。裸のままのふみでセックスしようよ」


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