【完結】スマホが誤作動しただけなのに 〜肉体派男子にえっちに迫られていますがリアルで刺激は求めてません!〜

鳥海柚菜

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第4章 突き付けられる現実

18. 夢小説の崩壊

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 けれど、人間、いいことがあれば悪いこともあるわけで。
 悪いこと、というわけではないのだけれども。

 やたらスマホが振動を続けると思ったらお母さんだった。
 周りに断って、廊下で電話に出ると。

「文、どういうこと!?あなたの家に知らない男の人がいるんだけど!」
「お、お、お母さん?!なんで家に!!?」
「急にこっちに出てくる用事があったの。どうせお姉ちゃんのことだから自炊もろくにしてないだろうし部屋も汚いだろうからって掃除してあげようと思ったの。それなのに…」
「なっ、なんで連絡もなく勝手にくるの!言っておいてくれたら…っ!」
「今までだって勝手に来たことあっても何も言わなかったのに、急にそういうこと言うの?仕事終わる?早く帰ってきて説明なさい」
「………はい」

 33歳、いつまでたっても母親が差し入れてくれる手料理と掃除を喜んでいたツケがここに。

「すみません、母が急に来てしまったので、今日は上がります……」
「お、おお。お疲れ様」

 私の顔があまりにも悲壮だったのか、課長がびくっとして、快く送り出してくれた。
 家に向かう足が、あまりにも重たかった。

 **

 最近、家のドアを開けるのはいつも嬉しかった。
 誠が待っていてくれるから。
 いなくたって、ガチャって音がして、お帰りって言うのも嬉しかった。

 でも、今日は本当に、地獄の門をくぐる気分だった。

「そこに座りなさい」
「……はい」

 お母さんは別に毒親なんかじゃない。ただちょっと過干渉なところがある。
 三十過ぎても子供が心配で世話焼きに来てしまうような。

 誠が所在なさげに座卓テーブルの反対側に座っていたので、仕事着のままその隣にちょこんと正座をした。

「どういうことなの」
「どういう、とは……」
「その隣の彼よ」
「……ええと、黒沢誠さんと言いまして。その」
「名前は聞いたわ。あとご職業も年齢も。それで?」

 お母さんはマシンガントークするタイプだ。質問攻めにしたのだろう。ごめん、誠……。
 視線で謝ると、大丈夫、という代わりのように眉を下げてちょっとだけ笑みを返してくれた。

「一緒に住んでるの?いつから?」
「その……、なんていうか」
あや

 名前を呼ばれると、びくっと背中が跳ねた。
 誠の前で、名前を呼ばれたくない。ふみ、じゃない。ずっとふみ、と呼ばせていたことを突き付けられるから。

 所在なさげに誠を見上げた。
 名前違いを責めることもなく、彼は、どうしたらいいのかわからなそうに、首を傾げている。
 誠をこれ以上巻き込んではいけない。
 絶対お母さんは誠を責めると思う。

「彼はその、仕事の付き合いがある人で、それで家が火事になって、こまっていたところを、たまたま目撃して、それで、ハウスキーパー代わりにここに住んでもらっていて!」
「「ハウスキーパー?」」

 お母さんと誠の声が重なった。
 ちょっと誠は黙ってて。合わせて。家に住まわせているヒモだなんてばれたらお母さん激怒しちゃうから。

 テーブルの下で誠の手をぎゅっとつねった。痛そうな顔をしている。ただ、黙れという意図は伝わったのか、涙目で頷いていた。

「ずいぶんちゃらちゃら……若い男性と……」
「でもほらだって見て!こんなに部屋が綺麗なんだよ!!私が一人で住んでてこんなに綺麗だったことある?!あとご飯も作ってくれるし、お弁当だってほら!」

 お母さんも全然信じてなさそうだったけれど、必死でアピールした。

「なんで文がそんな人助けしているの」
「そ…、れは、なりゆきというか。と、通りがかりというか」

 スマホを落としたら脅されたんですが。

「まあ確かに、建設作業員だなんて信用がなくて部屋貸してもらえなそうだものね。でも宿付き日雇いくらいいくらでもありそうじゃない。それに、こんな若くて美男子なんだし、くたびれたいい年の女の家に住まなくても、彼女の家にでも泊めてもらえば…」
「職業差別するのよくないよ。私の今の仕事は建築関係って知っているでしょ」

 くたびれたいい年の女っていうところは置いておいて。
 お母さんは古い価値観なところがある。
 現場の作業員だなんて学がない人がやるものみたいに思っているんだろう。何かニュースで事件になると「ほらやっぱりああいう職業の人はねえ」って言うのが口癖だった。

「一生懸命働いている人を馬鹿にしたように言うのはよくない」
「……。今はそういう話ではなくて、文の話よ。こんな狭い家に男女が住んでいるだなんて」
「別に、何もないし。ビジネスライクだし。この間のドラマにだってあったじゃない。家政婦のおじさんが干物女の家に住み込んでハスキーパーする話。お母さんだって面白いって言ってたじゃない」
「あれはドラマだから面白いのよ!現実にやる人がありますか!ああ、恥ずかしい。お父さんになんていえば」
「恥ずかしいって、だから別にそういうんじゃないから!だいたい、もう三十も過ぎて、私の生活に口出さないでよ。人前で恥ずかしい!」
「恥ずかしいのはこっちよ!若い男の子にお世話されないとまともに生きてられないだなんて!だから家から通えばいいって言っていたのに!」
「門限があって大変なんだもの!仕事が忙しいって言ってるじゃない!」
「忙しいの結果が、こんな若い子と同棲だなんて!ご近所さんにばれたら!」
「だからそういう関係じゃなくて!なくて!ハウスキーパー……」
「……あの、俺、帰るね」
「え……」

 言い合いがヒートアップしてきたところで、突然、誠が立ち上がった。
 大きいので私が全部照明の陰に入る。

「か、帰るって……家がないんじゃ?」

 こっちに数少ない荷物と一緒に来た時に、引き払ったのではなかったのか。

「あ、そっか。えぇっと……、まあ、社長に頼めば一晩くらい、会社に泊めてもらえると思うし」
「えっ、こんな時間に……お母さんに帰ってもらうから平気…」
「文!」

 ぴしゃっとお母さんの厳しい声が降ってきて、肩をすくめる。

「ふみ……、文さんは、お母さんと話した方がイイよ」
「誠、ちょっと待って」

 玄関に数歩で歩いていく誠のあとをついていく。

「ごめん、誠、お母さんが急に……」
「ふみ、俺のことは、お母さんにちゃんと言えないんだね」

 玄関で靴を履いていた誠の背中がぽつりと言った。

「え……」
「俺じゃ、恥ずかしかった?」
「どういう……」
「…………ごめん、そうだよね。俺、10も年下だし、漢字かけないバカだし、優等生で自慢の娘だったふみが誇れるような学歴でも仕事でもないし」
「何言ってるの?もしかしてお母さんが変なことを言ったの?そんなの……」
「名前も、ちゃんと、教えてくれなかった。俺には教える価値がないと思ってた?」

 暗く、澱んだ声だった。

 ぎくっと全身がすくんだ。
 誠がくるんと振り返って、見下ろしてくる。陰になるその顔は、ぎゅっと眉が寄せられていて、今にも泣きそうだった。

「ま……」
「返す」

 ぎゅっと手のひらを掴まれて、固いものが押し付けられる。
 この部屋の鍵。

「な…っ、んで、どうしたの、誠?」
「俺は真剣だったのに、ふみは……あやは、遊んでたんだ」
「どういうこと?!」

 そっちがくたびれた三十路女相手に、結婚詐欺しに来たんじゃなかったの?
 なんで私が遊んだことになるの?

「……ふみのバカ」

 どうして、親に紹介してもらえなかった”彼氏”みたいな悲壮な顔をするの?

 混乱している間に、誠はガチャンと扉を閉めて出て行ってしまった。

「文、なにやって」
「まっ、まって!」

 ようやく足が動いて自分も1階のオートロック玄関までつっかけで走っていたのに、誠の姿はもうどこにもなかった。

「………え、うそ、でしょ……?」

 こんな終わり方、ある?
 今日の朝だって、一緒に歯磨きして、行ってきますって外人みたいにハグして、それで、今日は、ふみの好きなホッケだから新しいお酒買ってってくるねって楽しそうに笑っていて。

 慌てて部屋に戻ってスマホから電話してみたけど出なくて。何度掛けたって出なくて。
 ついには、コール音すら鳴らなくなった。
 拒否された?

 すぅっと血の気が引いた。

 もしかして、私は何か、間違っていたのかもしれない。

 誠が私を好きとかそんなわけがないってずっと思い込んでいて、彼の言葉を一度として真面目にとらなかった。お金目当てなんだろうってずっとそう思って。彼の優しさだって全部下心から懐柔しようとしているんだって。

 ーーーふみの、バカ。

 泣きそうなその顔は演技だったのだろうか。
 私を沼らせるための。すごいな、主演男優賞とれるよ。

 そんなわけがない、とわかっているのに、そう思わないとどうにかなりそうで。
 誠の、悔しそうに耐えた低い声が震えていたのを思い出して。
 今にも泣き出しそうなその顔がぐるぐると頭から離れなくて。

「文、なんなのさっきから。ちゃんと説明なさい」
「……う、……っ、う、あ……やだ……やだよ……やだあ……っ」

 ぼろぼろと涙が出てきた。

 嘘だって言って。
 バカって言ってごめんね、って謝って。
 びっくりした?でもふみが一番ひどいんだよって拗ねて怒って。

 謝るから。いくらでも謝るから。
 最初から間違えていたなら許してもらえるまでいつまでも謝るから。
 これで終わりにしないで。

 わあわあとみっともなく泣く私に、流石にお母さんが怯んだ。
 どうしたの、子供みたいなことしないで。
 いい年してそんなに泣かないで。

 お母さんはいつだってそうだ。
 いい子なんだから、お姉ちゃんなんだから、困らせないでって。
 関心がないわけじゃない。
 むしろ過干渉なんだけど。だけど。

『ふみのそういうだらしないとこも可愛くて好き』
『真面目で何が悪いの?ふみは頑張ってるじゃん』

 そのままでいいよ、と肯定はしてくれなかった。
 褒めてはくれるけど弱音も我儘も許してくれなかった。

 一度として私にしっかりしなさいも、女らしくしろも、真面目だけど可愛げがないも、恥ずかしいも言わなかったのは誠だけだった。

 それがどんな気持ちで言っていてくれていたか、口先だけでは他人はなんとでも言える、なんて、どうしても臆病な私は斜に構えて信じきれなかったけど。

 騙されていてもいいから誠の腕の中にいたかった。
 安心できるあの場所に。

 それを壊したのは、一度としてまともに自分で向き合ってこなかった私だ。

 信じなかった。本当は信じたかったものを。
 結局、私は決まった四角の中から出ることをしない臆病者でしかなかった。
 
 だから、罰があたったんだ。
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