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第二章 金井秀人と四谷華
第十二話 いい拾いもの
しおりを挟む華に、自作の知能テストを実施させた後。
秀人は数日に渡り、彼女に様々なことをさせてみた。短距離走や長距離走。鉄棒や踏み台昇降運動などの器械運動。野球やサッカー、バスケットボールなどの球技。モバイルアプリやパソコンのゲーム。トランプやボードゲーム。
サバイバルナイフを使って、何かを捌かせたり、斬る、突くなどの動作もさせた。銃も撃たせてみた。
趣向を変えて、料理を教えてみたりもした。包丁で指を切って、大泣きしていた。それほど大きな傷ではなかったが。
人の顔を記憶できるなら、別分野でも記憶力を発揮できるかも知れない。知能ゲームをさせたり、歴史を教えてみた。
多種多様なことを行わせて、秀人は、華の傾向に気付いた。
まず、知能面。
華は、一定の条件が揃えば驚くほどの記憶力を発揮する。イメージや想像できるものに関する記憶力が図抜けているのだ。歴史一つをとっても、文章だけで教えるとまるで覚えられない。しかし、絵や動画を見せて教えると、その細部まで記憶する。人の顔と同様に。
彼女は、左脳よりも右脳が発達しているのだろう。その証拠に、記憶したことに基づいて応用させようとしても、まるでできなかった。左脳は、理論と理屈を司る。右脳は、イメージや想像性を司る。
道具の使用に関しても、一定の傾向を見せた。包丁を使って料理をさせたら怪我をしたのに、包丁よりも小さいナイフの使い方は、抜群に上手かった。的を突かせれば、一ミリ以下の誤差で正確に貫いた。リンゴの皮を剥かせれば、一分も掛からずに、皮を繋げたまま綺麗に剥いた。
華が完璧に使いこなせる刃物を、様々な物を使わせて探り当てた。刃渡り十三センチ以下、身幅三センチ以下の刃物が該当した。それ以上大きくなると、途端に使いこなせなくなった。
銃も撃たせてみた。少し指導しただけで、かなりの命中率を叩き出した。秀人が銃を渡したどの犯罪者よりも、上手く使いこなせそうだ。
面白い人材だ。秀人は華に、俄然興味を持った。子供のような純粋さに、一部のみ特出した能力。泣き虫なのに、根気強く物事に打ち込める精神力。想い人に対する圧倒的献身。
これから約二ヶ月半後に、華には、HIVの検査を受けさせる。
事前に、HIVに感染するとどうなるか、教えておこう。どんな病気なのか。どうして感染するのか。
HIVに感染しエイズが発症することを知ったら、華は、どんな反応を見せるだろう。
感染原因が避妊具なしのセックスだと知ったら、テンマに対してどんな感情を抱くだろう。
性感染症の検査をしたときのように、テンマを庇うような発言をするのだろうか。それとも、テンマに対する感情が、一気に反転するのだろうか。
答えは、火を見るより明らかだ。
一生懸命尽くしていれば尽くしているほど、裏切られたときの怒りは大きくなる。
華の観察に並行して、秀人は、事件を起こす準備も進めていた。
事件現場にするのは、街中にある大型ショッピングモール。ショッピングモールには、数多くの店舗が入っている。店舗を経営する会社も、複数ある。
今回の駒は、ショッピングモール内の会社をリストラされた中年達。
ここ数年、この国の経済状況は大きく揺らいでいる。当然ながら、事業が傾いた会社は人員整理をする必要に迫られる。若い頃に必死に働き、成果を出し、一定以上の地位に昇り詰めた者達も、年齢とともに能力が衰える。衰えて不要になった者達は、企業にとって、人員整理の対象になる。ほぼ強制的な自主退職に追い込まれる。
会社を追われた者達は、少なからず思っているはずだ。
『どうして俺なんだ?』
会社に尽くし、懸命に働いてきた者ほど、会社への恨みは大きい。
無職となり、必死に就職先を探す者達に、秀人は接触した。彼等から、会社への恨み言を嫌というほど引き出した。
『散々俺をこき使って! 不要になったら、ゴミみたいに捨てやがった!』
彼等の怒りを煽り、焚き付けた。同時に、年齢的に再就職が困難であることも伝え、絶望させた。
怒りと絶望を抱えた中年達。この絶望は誰のせいか。どうして絶望しているのか。どうして、一生懸命働いてきたのに、こんな目に合うのか。
絶望し、全てを失ったと感じた者達は、自分の行動を制御しない。倫理も理性も失う。通常では考えられないような暴挙に走る。
中年の失業者達は、怒りのままに動いた。つまり、秀人の思う通りに。
彼等は、秀人に与えられた車で、ショッピングモールに突っ込んだ。店内で暴走し、車が滅茶苦茶になるまで走り回った。
車が使い物にならなくなると、店内で乗り捨てた。銃を持ち、そこら中で乱射した。
大勢の死者や重軽傷者が出た。
ショッピングモールの周囲は騒然とし、救急車やパトカーが殺到した。
当然、SCPT隊員を乗せた警備車も急行した。
人質もいない武装犯罪なので、SCPT隊員達は、即座に現場に乗り込んだ。咲花や亜紀斗も、事件の鎮圧に参加していた。
体力も運動能力も衰えた中年の犯人達は、あっさりと捕まった。捕まっても、彼等の狂気は消えていなかった。連行されながら、叫んでいた。
『俺の人生を滅茶苦茶にしやがって!』
『何年も身を粉にして働いてきたのに!』
『幸せ面晒して生きやがって!』
必死に働き、必死だったからこそ湧き出る恨み言。
近い将来、華もこうなる。テンマを八つ裂きにするほどの怒りを抱くようになるはずだ。
駒にした中年男達に、近い将来の華を想像しながら。
秀人には、一つ気にかかることがあった。
秀人にコントロールされ、凶行に走った犯人達。彼等は全員、捕縛され、連行されていった。
誰一人として、死んでいなかった――殺されなかった。
少し前の、しろがねよし野の事件もそうだった。犯人は誰一人死なずに、捕縛されていた。
咲花は、犯人を殺さなかったのだろうか。
それとも、殺そうとしたが、亜紀斗に阻止されたのだろうか。
秀人は以前、咲花を自分の仲間にしようとした。彼女の、犯人を虫けらのように殺すところが、嫌いではなかった。
もし、咲花が、自身の意思で犯人を殺さなかったのだとしたら。彼女の心情に、どんな変化が起ったのか。彼女の心の痛みを和らげる、何かがあったのか。もしくは、信念を変えさせる出来事があったのか。
気にかかったが、一旦後回しにした。その気になって調べれば、すぐに分かる。
今は、華のコントロールに注力する。
華にHIVのことを教えるのは、いつ頃がいいか。教えるのが早過ぎてはいけない。検査が可能になる前に、恐怖と不安で潰れてしまう可能性がある。もちろん、遅過ぎてもいけない。時間が少な過ぎると、怒りと恨みを溜め込めない。
HIVの検査を受けてから結果が出るまで、約一週間ほどかかる。検査後の一週間は、恐怖や不安との戦いになる。
華は泣き虫で、甘えん坊だ。何かに打ち込む際の精神力は強くても、不安や恐怖に対する耐性は強くないだろう。それなら、検査の二、三日前が最適か。
避妊具を着けないことが要因で、HIVに感染することがある。HIVに感染し、エイズが発症したら、ほぼ助からない。しかも、無残な死を遂げる。
華は、検査を受けるまでの二、三日の間、疑問と疑念に襲われるだろう。
『不特定多数の男と避妊具を着けずにセックスするのは、こんなに危険なんだ。それなのに、どうしてテンマは、避妊具を着けないで売春することを勧めたのか』
華の知能でも簡単に回答が出る疑問。でも、テンマへの情から、自分が出した答えを否定したくなる疑問。
華は、ひたすら恐怖に包まれるはずだ。
感染していたらどうしよう。一生治らないのか。発症したらどうしよう。助からず、悲惨な死に方をするのか。
検査結果が出るまでの一週間。震え、恐くて眠れない日々を過ごし。
もし、HIVに感染していたら。
華に対して、テンマの真意を伝えよう。金のために華を犠牲にしたのだと。華を使って、ひたすら搾取していたのだと。
もし、HIVに感染していなかったら。
華を抱き締めて、泣いて見せよう。華が感染していなくてよかった、と。
華から搾取するテンマと、華の無事を喜ぶ秀人。彼女はどちらを選ぶか。どちらに気持ちが傾くか。どちらの言いなりになるか。答えは、分かり切っている。
華は、使える駒になる。いつも使っているような、一回限りの捨て駒てではない。擦り切れ、ボロボロになるまで使える駒。
偏ってはいるが特出した能力があり、信じ切ったら情の全てを捧げる女。
華は、いい拾いものだった。
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