死を招く愛~ghostly love~

一布

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第七話① 絶望を知り、闇に堕ちる(前編)


 美咲は五味の家に来ていた。彼が、父親に買い与えられたマンション。その1室。1人で住むには贅沢とさえ言える、6階の2LDKの部屋。

 美咲と五味が付き合い始めてから、一週間ほどが経っていた。

 彼と付き合うことになった日から、美咲は、ひたすら今後のことを考えた。どうやって洋平の居場所を吐かせるか。どうやって、五味の口を緩めるか。

 最初の布石として、五味に伝えた。

『私は、洋平のことなんて好きじゃなかった。だから、五味と付き合ってもいいと思ってた』

 口にするだけで心が痛み、苦しく、涙が出そうになる嘘だった。洋平の居場所を吐かせるためと言っても。たとえ嘘でも、こんなことは言いたくなかった。

 五味が美咲の嘘を信じたのであれば、洋平を隠す必要はなくなる。

 五味は、洋平をどこかに監禁している――と、美咲は踏んでいた。五味自身の言葉から、それは容易に推測できる。

『ひどい奴だよな。お前に何も言わずにどっかに消えるなんてよ。薄情だと思わないか。あいつにとっては、お前はどうでもいい女なんじゃないか?』
『お前に何も言わずに勝手に消えた奴のことなんか忘れて、俺にしておけよ』

 どうして五味は、洋平が何も言わずに消えたと知っていたのか。

 答えは簡単だ。何も言えずに消える状況を、五味自身が作ったからだ。洋平を監禁し、見張っている。洋平が戻ることはないと知っているから、当たり前のように「消えた」と口にできる。

 ――私が洋平を助けるんだ。

 決意したものの、美咲は悩んでいた。どうやって、五味に洋平の居場所を吐かせるか。

 誘拐と監禁は完全な犯罪だ。五味が犯してきた傷害とは違い、示談にするのも難しい。それは、彼自身も分かっているだろう。洋平を監禁したことを、簡単に吐くとは思えない。示談にできないとなれば警察が介入し、犯罪者となる。警察が介入すれば、彼の父親の威光も、お抱えの弁護士の交渉も通じない。

 同時に、美咲は、自分の推測に1つの疑問を持っていた。全国レベルのボクサーである洋平を、五味というただの遊び人が、どうやって監禁できたのか。どんな方法を使えばそんなことができるのか。

 この疑問に対する仮説は、簡単に思い浮かんだ。同時に、今後の行動の方向性が決まった。

 そして今、美咲は、五味のマンションにいる。彼と2人きりではない。彼が連れて来た友人3人と一緒に。

 五味の友人の1人は、六田ろくだ祐二ゆうじ。美咲達と同級生で、野球部。もっとも、真面目に野球をするタイプではない。しかし、運動神経がよく、かつ弱小校ということもあり、2年生ながらエースを務めている。少し話しただけでも、五味同様の傲慢な男だと分かった。

 もう1人は、七瀬ななせ三春みはる。彼も同級生だ。会話の中で、息をするように五味や六田に媚びを売っている。強い者に付き従い調子に乗る、コバンザメのようなタイプだった。

 最後の1人は、八戸はちのへ四郎しろう。彼は1年だという。野球部に所属していたが、五味や六田と付き合い始めてから退部した。今では、彼等の使い走りとなっている。気弱そうで、五味や六田、七瀬にすら逆らえないようだ。

 彼等がこのマンションに集まったのは、美咲が、五味にこう頼んだからだ。

他人ひとには言えないような秘密すら共有できるくらいの、あんたの友達を紹介して欲しいの』
『あんた、モテるでしょ? だから、確信が欲しいの。私を好きでいてくれる、っていう確信が。私のことが好きなら、友達に紹介できるでしょ?』

 五味が、たった1人で、洋平を拉致できるはずがない。協力者がいるはずだ。だったら、五味も含めた実行者の誰かに、洋平の居場所を吐かせる。

 美咲はそう目論んだ。

 美咲の思惑通り、五味は、友人3人をこのマンションに招いた。

 秘密すら共有できる友達を紹介してと頼んだら、この3人が出てきた。もちろんそれだけでは、彼等が監禁に協力したとは断言できない。だが、彼等の会話や人となりを見て、3人共、洋平の拉致監禁に協力していると思えた。

 傲慢な六田は、ボクシングで優秀な成績を修めている洋平を疎ましく思い、協力した。

 五味や六田に付き従っている七瀬は、彼等に媚びるために協力した。
 
 彼等の使い走りである八戸は、逆らえずに協力した。

 美咲の推測を裏付けるような行動を、3人は見せていた。六田は、野球部でエースになった自慢話を延々と披露している。七瀬は、五味や六田をひたすら持ち上げている。八戸は、3人に命じられて、もう2回も近所のコンビニに買い物に出た。

 五味の、どうしようもないクズ自慢。六田の、井の中のかわずとしか言えない自分自慢。彼等の話を、美咲は、作り笑顔で聞いていた。たくさん練習した、楽しそうな笑顔。ジュースを手に持ちながら、可愛らしく笑って見せた。

 笑顔の奥で、美咲は冷静だった。冷たく、4人を観察していた。彼等の中で、誰が一番、口が軽いだろうか。誰が、一番簡単に洋平のことを白状しそうか。

 五味は主犯だ。もし彼の行動が明るみに出れば、一番罪が重い。傲慢で下劣な性格の持ち主であっても、警戒はするだろう。もっとも、彼は今、自分の傷害での補導歴すら自慢気に話している。武勇伝のように。弁護士を使って示談にしたことを、面白おかしく。こんな馬鹿なら、案外簡単に口を割るかも知れない。

 六田は傲慢で、自分を優秀だと勘違いしている。彼にとって、野球部のエースという立場は、いわばステータスだ。そのステータスを脅かされるようなことを、簡単には口にしないだろう。

 七瀬はお調子者で口が軽そうだ。反面、五味や六田に不利になることを、簡単に漏らすとは思えない。とはいえ、彼等より強い立場の者が現れたら、簡単に依存先を変えるだろうが。

 八戸は、一番簡単そうに見えて一番難しいかも知れない。気の弱い彼が、五味達を裏切った際の報復を考えないはずがない。

 五味以外の3人と、チャットの連絡先を交換した。だが、この3人ではなく、五味に口を割らせるのが一番早いかも、と考えていた。もちろん、そんな計算は一切表に出していない。もともと感情が顔に出にくい美咲は、こんな心理状態でも、作り笑いを浮かべられる。

 一刻も早く、洋平に会いたい。一秒でも早く、洋平を助けたい。美咲は焦りを感じていた。もし自分が強かったら、この場で4人を殴り倒して、洋平の居場所を吐かせるのに。

 ――私が、洋平くらい強かったら。

 缶ジュースを持つ手に力が入りそうになるのを、美咲は必死に堪えていた。

 突然、隣りに座っていた五味が、美咲の肩を抱いてきた。

 部屋の中は暖かい。暖房が効いている。しかし、美咲は寒気を感じた。鳥肌が立つ。思わず、持っているジュースを五味にかけそうになった。理性を総動員して、衝動を抑えた。

「これで、俺がお前に本気だって分かっただろ?」

 五味の生温かい息が、美咲の頬にかかった。

「こうやって友達も紹介したし、少しは安心できたか?」
「──!」

 美咲の頭の中に、光が射した。ひと筋の光。

 頭の中が冷え切っていて、思考がクリアになった。五味に肩を抱かれて、寒気がしたせいだろうか。美咲の頭の中で思い浮んだ発想が、1つの点となった。点は1つだけではなく、次々と現れた。その先に、ゴールがある。五味に洋平の居場所を吐かせる、というゴール。ゴールまでの道筋を作るように、点と点を線で結んでいった。

 ゴールへ辿り着く道が、明確に見えた。

 五味に、洋平の居場所を吐かせることができるかも知れない。

「そうだね。でも……」

 肩を抱く、五味の手。不快なその手を払わず、美咲は俯いて見せた。両手で缶ジュースを持つ。伏せた目。不安そうに歪めた口元。その表情の全てを、計算して作った。

「どうした? まだ、何か不安か?」

 五味が、理想的な質問を投げてきた。もし洋平のように感情が表に出やすかったら、ほくそ笑んでしまっただろう。疎ましく思っていた自分の無表情に、美咲は、またも感謝した。

「今ね、楽しいよ。あんたが私に本気だって分かったし、あんたの友達も楽しいし。でも、ね……だから、不安なの」
「?」

「どういうことだ」とでも言いたげに、五味は、美咲の顔を覗き込んできた。顔が近い。気持ち悪い。吐き気がする。胸にある感情は、表に出る気配すらない。意図せずとも隠し通せる。

 美咲は、キュッと口を一文字に結んだ。縋るように、五味を見た。全部演技。心が伴わない表情。

「今が楽しいからこそ、不安なの。もし、洋平が突然帰ってきたら、って思うと……また、以前まえみたいな生活に戻らないといけなくなるから……」

 辛そうな様子を見せるため、美咲は目を細めた。

 こんなことを言ったら、五味が暴走して、取り返しのつかないことをするかも知れない。つまり、洋平を殺し、絶対に戻らないようにする。もちろん、そんな可能性は低いと思っていた。いくら五味がクズのような人間でも、安易な理由で人殺しまでしないだろう。

 それでも、万が一ということがある。そう考え、美咲は保険をかけた。洋平が戻っても大丈夫だと、五味に思わせるように。

「洋平が戻ってきても、洋平の方から私をフッてくれれば問題ないんだけどね。私さえ気にしなければ、お母さんと洋平のおばさんの仲もこじれないだろうし」

 五味に洋平の居場所を吐かせるため、口から出したデマカセ。反面、美咲の本心も混じっていた。

 ――洋平が無事に帰って来てくれるなら、それでいいんだ。

 洋平の居場所を探るためとはいえ、美咲は、五味なんかと付き合った。そのせいで嫌われるかも知れない。別れを切り出されるかも知れない。それでも、何事もなく、洋平が無事に帰って来てくれればよかった。洋平が、幸せそうに笑ってくれればよかった。

 洋平の笑顔が、美咲にとって、何にも代え難い宝なのだから。

 五味が、美咲の肩を引き寄せてきた。彼と美咲の体が、密着した。

 美咲の胸の中に、粘り気のある気持ち悪さが溢れた。吐き気を堪えながら、美咲は五味を見た。

 五味は、笑っていた。

「安心しろよ、美咲。あいつは、絶対に戻って来ないから」
「おい! 五味!」

 向かいに座っていた六田が、こちらに身を乗り出してきた。今まで楽しそうに笑っていた彼は、その表情を一変させている。

「やめろ! やばいって!」

 やはり六田も、洋平の居場所を知っているのだ。彼の反応から、美咲は確信した。

 七瀬は、五味と六田を交互に見ていた。2人が争ったら、どちらに付くべきか――そんなことでも考えているのだろうか。

 八戸は、どこか怯えているようだった。争う雰囲気の2人に怯えているのか。それとも、別の何かに怯えているのか。

「うるせえよ。いいだろ、話してやっても。こいつは俺の女なんだ。自分の女には、真実を言ってやるもんだろ」

 五味は誇らしげに笑って見せた。自分のセリフに酔っているのだろう。

 ――気持ち悪い自己陶酔はいいから、さっさと吐いてよ。

 美咲は、五味を急かしそうになった。駄目だ、と必死に自制した。何も知らない振りをして、まったく気付かない振りをして、五味の言葉を待った。

 ――洋平はどこにいるの? どこに行けば会えるの? どこから助け出せばいいの?

 六田は、五味に掴みかかりそうな様子だった。

 彼を尻目に、五味は口を開いた。
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