死を招く愛~ghostly love~

一布

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第十話 未来など見えず、ただ研ぎ澄ます

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 息を切らしながら、ランニングマシンの上を走る。一定のリズムで動き続ける足。足の動きに合せるように、繰り返す呼吸。

 先日、髪の毛をショートボブにした。運動中でも邪魔にならない長さ。汗に濡れた髪は額に張り付き、先端から滴が漏れて、頬を伝っていた。

 11月末日。午後7時。

 美咲は、近所のスポーツジムで汗を流していた。7階建てのビル。2階と3階にフロアがある、スポーツジム。

 ランニングマシンは、2階のフロアの窓際にある。

 外はすっかり暗くなっていた。すぐ近くにある国道を、ライトを点けた車が何台も通り過ぎてゆく。

 つい先日、美咲はスポーツジムに入会した。入会申込書に記載した利用目的は、体力作り。咲子に伝えた入会目的は、気分転換。嘘を立ち並べて、必死に体を鍛えていた。

 体を鍛える目的は、五味を殺すため。

「気が滅入ってるから、どうにかして発散したいの。それに、洋平が帰ってきたときに、笑顔でいられる状態でいたいし」

 嘘を塗り固めて、咲子に、ジム入会の相談をした。彼女は快く賛成してくれた。

 ただ、咲子の表情はどこか疲れ切っていて、同時に悲しそうでもあった。洋平の行方が未だに掴めないことで、心労が溜まっているのだろう。

 美咲は、つい、咲子に本当のことを話しそうになった。彼女の顔を見ながら、口を開きかけた。

 でも、言えなかった。のではない。のだ。洋平がすでに死んでいることを知ったら、咲子はどれだけ悲しむだろう。洋子はどれだけ絶望するだろう。

 彼女達の気持ちを思うと、言えなかった。

 もっとも、もともと言うつもりもなかった。彼女達に事実を告げれば、間違いなく警察に通報するだろう。五味を逮捕させるだろう。そうすると、彼には甘い罰しか与えられない。そんなこと、許せない。

 五味は絶対に殺す。自分の、この手で。

 美咲の決意は固かった。だからこうして、五味を殺すために必要な体力をつけている。彼の寝込みを襲い、ナイフで滅多刺しにし、死体を解体し、どこかに捨てられる体力。

 洋平の死を知ってから、美咲は、五味の信頼を盤石のものにしていった。彼を殺す計画を立てながら。先日の日曜には、彼と一緒に市街地に出かけた。

「できればね、季節ごとにあんたと旅行に行きたいな。2人っきりでどこかの旅館に泊って、一緒に過ごしたいの。春と夏と秋と冬で格好も持ち物も変えて、季節ごとに思い出を作りたいな」

 そんなことを伝えたら、五味は、嬉々としてキャリーバッグを4つも買った。長期旅行にも使えそうな、大きなキャリーバッグ。今は、五味の家に保管してある。

 そのキャリーバッグが、自分の棺桶になるとも知らずに。

 季節ごとと言ったのは、季節が4つあるから。つまり、これから美咲が殺す人数分。

「シックで綺麗な服を着て、あんたと一緒に歩きたいな」

 美咲がそう言うと、五味は誇らしげに、黒を基調とした綺麗な服を買った。

 美咲は、決して、ただの一言も「買って」とは言わなかった。ただ、甘えるように偽りの願望を伝えただけだ。それだけで五味は、何でも買ってくれた。

 五味にとっての金は、親がいくらでもくれるもの。自分が苦労して得た金ではないから、惜しくも何ともないのだろう。美咲の前でいい格好をするためなら、湯水のように使える。

 五味がくれる物には、価値などない。美咲に何かを与えるために、努力も苦労もしていない。

 洋平は、毎朝陽が昇る前に起きて新聞配達をしていた。必要な物を購入しつつも無駄遣いはせず、美咲へのプレゼントを買うために金を貯めていた。

 洋平がくれる物なら、メッキに包まれた指輪でも、何にも代え難い宝物となった。

 五味がくれる物など、どれだけ高価な物でも、道端の石ころに劣る。

 なぜ、あんなに優しくて誠実な洋平が、こんなクズに殺されなければならなかったのか。なぜこのクズは、洋平を殺しておきながら、鼻の下を伸ばして笑っていられるのか。

 五味と過ごす時間。その時間の長さに比例して、美咲の憎悪は膨らんでいった。彼を殺すことに、何の躊躇いもない。何を犠牲にしても構わない。どんな努力だってできる。

 頭の中で、考えを巡らせた。五味を殺す体力と腕力が必要だ。だからといって、筋肉質になり過ぎてもいけない。彼の好みから外れない体型を維持しながら、確実に殺せる体力をつける。

 様々な本やネットを通じ、人を刺し殺すために必要な情報も集めた。

 刃物であれば簡単に人を殺せると思っていたが、どうやら違うらしい。骨が、刃物の侵入を防ぐこともあるという。残酷に、絶望的なほど滅多刺しにするなら、それなりの腕力が必要だと知った。

 使う刃物も慎重に選ぶ必要がある。ドラマや映画では、包丁で人を刺し殺すシーンを度々見かける。しかし、包丁は、人を刺し殺す武器に適していない。フィンガーガード――刀でいう鍔にあたる部分――がないため、自分の手を、包丁の根元で傷付ける恐れがあるのだ。

 怪我をすることなど恐くないが、怪我のせいで殺し損ねたら元も子もない。

 五味を殺すために、体のどこを鍛えるべきかも調べた。寝ている五味に思い切り刃物を振り下ろすためには、上腕二頭筋と広背筋が必要だと知った。筋肉が付き過ぎないように注意しながら、美咲は、必要な部分を重点的に鍛えた。

 五味を殺す。洋平殺害に関わった他の3人も殺す。洋平を奪われた憎しみも怒りも、全て叩き付ける。大好きな洋平を奪った報いを受けさせる。

 それが、今の人生の目的地。同時に、終着地。

 美咲は、もう、自分の未来など考えていなかった。

 洋平と見ていた幸せな未来は、もう、どこにもない。

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