死を招く愛~ghostly love~

一布

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第二十四話① 始りで、どのように動き、どのように進めるか(前編)

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 冬休みが明けた。
 1月15日。

 最近の昼間は、晴天の日が続いている。朝から、眩しいくらいの太陽が照りつけている。とはいえ、五味の死体が池に浮いた1月5日と違い、気温は低い。天気予報では、今日の最高気温はマイナス3度だった。

 1月10日からは3日連続で大雪が降り、道路は再び根雪で隠されていた。

 美咲は、久し振りの学校に向かっていた。通常の休み明けと同じように。いつも通りの時間に家を出て、いつも通りに歩き、いつもの道を通る。

 ただひとつ。隣りに洋平がいない。それだけが、いつもと違う。

 学校に着き、玄関で靴を履き替えた。

 校内に入って、2階の教室に向かって歩く。高校の校内。もう2年近くも通っている。そこに、なぜか違和感を覚えた。何かが違う気がした。

 階段を昇った。2階の廊下を歩く。

 教室までの道のりで、ふいに美咲は気付いた。スーツを着た見慣れない人達が、数名、学校内にいる。違和感の正体はこれだった。彼等は、校長や教頭、教員達と何かを話し込んでいた。

 もし美咲が何も知らない第三者なら、ただの来客だと思っただろう。

 だが、美咲は、何も知らない第三者ではない。当事者であり、殺人犯だ。だから分かる。彼等は刑事だ。学校に来ているということは、発見されたバラバラ死体の身元が判明したのだろう。

 この高校の五味秀一だ、と。

 教室に入った。クラスメイト達が「久し振り」と声を掛け合っていた。冬休みのことを話したり、正月の番組や、ネットの動画のことを話している。

 美咲に話しかけてくる生徒は、1人もいなかった。それは、美咲がクラスで孤立しているからではない。いじめられているわけでもない。

 腫れ物のように扱われているのだ。洋平がいなくなった、あの日から。
 
 チャイムが鳴った。担任が教室に入ってきて、ホームルームが始まった。これから体育館に行って、全校集会を行なうと話していた。

 何も知らないクラスメイト達は、冬休みが終わったことに落胆した様子を見せている。どこにでもある、ありふれた休み明けの風景。

 教室内で、担任の様子だけが、どこかおかしかった。担任の違和感に気付いているのは、おそらく美咲だけだ。

 校長や教頭、各教員達の耳には、すでに入っているはずだ。五味が死体で発見された、と。担任の表情から、隠し切れない困惑と驚愕が透けて見えた。

 ホームルーム終了のチャイムが鳴ると、担任の指示で教室から出た。各々が、全校集会を行なう体育館に向かった。

 体育館に向かう途中も、美咲はひとりだった。周囲の生徒達が談笑しながら歩いているところを、どこか他人事のように見ていた。

 本当なら、隣りに洋平がいるはずだった。ずっと、並んで歩いているはずだった。あるべきものが消え去って、いるべき人がいなくなって、別世界に来たような感覚になった。

 周囲にいる、同じ学校の生徒。彼等にも、周りの景色にも、色が着いている。別世界にいる美咲だけが、色付いていない。自分だけが白黒で、存在が希薄になっているように思えた。

 心の中が、水を吸った布地のように重かった。重さに耐えかねて、足を止めてしまいたかった。染み込んだ水を絞り出すように、泣き出してしまいたかった。

 洋平がいない。どこにもいない。自分は、周囲の人達とは別世界にいる。それなら、洋平のところに行けるんじゃないか。行こうと思えば行けるはずだ。このまま何もかも捨てて、自分の命すらも投げ出して、息を止めてしまえば。

 そうすれば、洋平のところへ行ける。

 ――でも、駄目。

 美咲は欲求を抑えた。いつものように感情を表に出さず、行動した。

 周囲と同じように、体育館に向かう。自分には、まだ、やるべきことがある。やるべきことをやり終えるまでは、息を止めてはいけない。

 歩きながら考えた。刑事が学校に来ているのは、五味について調べるため。当然、生徒達にも聞き込みを行なうだろう。それは、いつ、どんなタイミングで行なわれるのか。

 五味が殺されたことは、すでに教員達の耳にも入っているはずだ。生徒達に周知されるのは、これからだ。

 いつ、どこで知らされるのか。どんなタイミングで。

 全校集会で周知されるのか。それとも、教室に戻ってからか。もしくは、明日になってからか。周知の後に刑事の聞き込みが待っているのは、間違いない。

 対策が必要だ。刑事に質問されたときに、どう答えるべきか。どんな反応を見せるべきか。

 殺すべきターゲットは、あと2人残っている。彼等を殺すまでは、捕まるわけにはいかない。

 体育館に着いて、全校集会が始まった。恒例の、校長の話。

 いつも通り、校長の話は無駄に長かった。反面、どこか歯切れが悪かった。何度も言葉を噛んでいた。自分の学校の生徒がバラバラ死体で発見されたと知って、心中穏やかではないのだろう。

 校長の話を聞き流しながら、美咲は考え続けた。刑事達に五味のことを聞かれたとき、どう答えるべきか。

 どうすれば、逮捕されるのを少しでも遅らせることができるか。

 いつか殺人犯として逮捕されると、美咲は覚悟している。五味を殺すと決意した瞬間から。でもそれは、洋平の仇を全員殺してからだ。今すぐ捕まるわけにはいかない。そのためには、自分が犯人だと疑われてはいけない。

 そこまで考えて、美咲はふと思った。

 ――疑われないことなんて、ある?

 ドラマやニュースの中でしか知らないが、刑事は、人を疑うのが仕事だ。事件が起こって犯人を捜す場合、少しでも犯人の可能性がある人物を疑う。調べ上げ、幾多の可能性の中から犯人を絞り出してゆく。証拠を掴み、逮捕にこぎ着ける。
 
 そんな刑事達に疑われないようにするんて、可能なのだろうか。

 ――ううん。無理。

 五味と知り合いでなかったとしても、彼と同じ高校に通っているというだけで、ほんのわずかでも疑われるはずだ。

 まして美咲は、周囲の人達が見ているところで、何度も五味に言い寄られていた。言い寄られた数だけ、断り続けていた。それだけで、疑わしさの度合いは、かなり上位に位置付けられるだろう。刑事達の視点から見れば。

 自分は疑われる。

 それを前提に、美咲は頭を働かせた。
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