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第二十五話① 始まる捜査と渦中の人と(前編)
しおりを挟む池に浮かんだバラバラの死体。警察が死体の身元を掴んだのは、発見からわずか1週間後――1月12日の夜だった。死体の検死の後、指紋や歯形、歯の治療根から身元が調べられた。
発見からわずか1週間足らずで身元が判明したのには、理由があった。死体の指紋が、過去に傷害で補導した少年と一致したのだ。補導した際に採取した指紋。
警察の動きを観察して、洋平は、五味に補導歴があったことを初めて知った。特に驚きはしなかった。むしろ、補導歴があっても不思議ではないというのが、五味という人間に対する正直な感想だった。
洋平は、警察と美咲の動きを追っていた。
五味に関しては、死んで当然のクズだと思う。過去に傷害で補導されているにも関わらず、洋平を呼び出して暴行を加え、殺した。人を傷付けることに対して、躊躇いも罪悪感もない。傷付け殺したことへの反省も後悔もない。どんな矯正施設に入所させたとしても、あんな男が更生などするはずがない。
そんな奴でも、殺せば殺人の罪に問われる。一生、殺人犯の烙印を背負って生きることになる。
美咲には、そんな人生など歩んで欲しくなかった。
洋平は、美咲に幸せな人生を送って欲しいと願っている。そうなるべきだと信じている。
だからこそ、五味や六田の事件は、迷宮入りしてほしい。たとえその結果として、警察が国民から批難されたとしても。
洋平は、警察組織の仕組みや捜査を行なう流れなどを、詳しくは知らない。
五味の死体発見後、警察の動きを観察していた。死体発見から何日かは、公園の周囲で聞き込みなどを行なっていた。そこで犯人に関する有力な情報を得られなかったからだろう、大勢の刑事が参加する捜査本部が設置された。
捜査本部の刑事達が、始業式である今日、大勢で高校に来ていた。生徒達が登校してくる1時間以上前から。生徒1人1人に聞き込みを行いたいのだという。
学校側では、緊急で会議が行なわれた。聞き込みを行なうために、どの部屋を使うか。どんなふうに生徒に説明するか。
警察側は、生徒1人1人に対して個別に聞き込みを行ないたいと要望してきた。他の生徒がいるところでは口にしにくいことも、1人なら話せるだろうから、と。また、盗み聞きしにくいように配慮して欲しいと注文を出していた。
学校側は、聞き込み用の部屋割にかなり苦労していた。教師達の仕事を停滞させずに完全に空けられる部屋など、学校内にはほとんどない。
用意されたのは、各教科の準備室と、進路指導室だった。それでも10部屋。つまり、1度に聞き込みを行えるのは10人ということだ。
全校生徒の人数は900人ほどもいる。1人に対する聞き込みの時間が10分程度だとすると、10部屋同時進行で聞き込みを行なっても、全員が終わるまで15時間ほどもかかることになる。今日1日では終わらないだろう。
刑事は、ドラマなどで見た通り、2人1組で行動するようだ。学校内での聞き込みも例外ではないらしい。10部屋用意されたので、聞き込みを行なう刑事の数は20人ということになる。
20人の刑事を学校に残し、他の刑事達は早々に学校を後にした。他の路線から捜査を進めるためだろう。
刑事達が割り当てられた部屋で準備をしている間に、全校集会が行なわれた。
校長の長い話を真面目に聞く生徒など、皆無といってよかった。それは、どこの学校でも見られる、普通の風景だ。
普通の学校の風景。洋平は、そんな普通の光景の中で、ひとりだけ雰囲気の異なる生徒を追っていた。
美咲。
彼女の表情は、いつもと変わらない。綺麗な顔をした、無表情。しかし、深く考え込んでいることが分かる。少なくとも、洋平には。
美咲の様子から、洋平は分かっていた。彼女は、校内にいるスーツ姿の男女が刑事だと、気付いている。五味殺害の捜査で来ていることも、自分達が話を聞かれることも分かっているはずだ。どうやって刑事の聞き込みに対応するか、考えているのだろう。
美咲は、すでに2人を殺している。五味と六田。
六田に関しては、死体はまだ見つかっていない。彼の家族から、捜索願が出されていた。刑事は、おそらく、六田の失踪と五味殺害の関連性についても調べるだろう。
洋平の遺体は、まだ発見されていない。六田と同じく捜索願が出されており、これも六田と同様に、五味殺害の関連性を調べられるはずだ。
警察が介入してきたことが、美咲の復讐の歯止めになってほしい。そう洋平は願っていた。警察が動き出した以上、今までのように殺すのは難しい。
もっとも憎むべき五味は殺したのだから、ここで復讐を打ち切って欲しい。あとは、自分が犯人だと特定されないように徹底して欲しい。そのためなら、何を利用しても構わない。
――そうだ。
何を利用しても構わない。名案のように、洋平は思いついた。五味殺害の犯人が洋平だと、刑事に思わせればいい。美咲に言い寄っていたことに苛立ちを覚えて殺したのだろう、と。そんなふうに刑事に伝えて欲しい。それで美咲が容疑者候補から外れるのなら、願ってもないことだ。
そこまで考えて、洋平は苦笑した。口の端を上げる体など、存在しないのに。
美咲が、洋平を貶めるようなことを言うはずがない。仮にそれが事実だとしても、彼女は、洋平を庇っただろう。たとえ自分が犯罪者になっても。
全校集会が終わり、生徒達が教室に戻った。
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