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第二十五話② 始まる捜査と渦中の人と(後編)
しおりを挟む各教室で、担任が、事件のことを生徒に伝えた。2年の五味秀一が、バラバラ死体で発見された。
全学年のどのクラスでも、その事実を知らされたとき、驚きの声が上がった。
驚き、ザワつく生徒達。当然の反応だ。自分の学校の生徒がバラバラ死体で発見されることなど、まず考えられない。そんなドラマや漫画のような出来事が、現実に起こったのだ。
担任は生徒を宥めながら、捜査に来ている刑事に協力して欲しいと告げていた。
この高校は、各学年に10クラスある。
用意された聞き込み用の部屋も10。そのため、全学年の各クラスごとに1つの部屋で聞き込みが行なわれることになった。各学年の1組は理科準備室、各学年の2組は社会科準備室で、といった具合だ。
担任が、クラスの生徒に、聞き込み捜査の案内をした。この後に用事がある生徒達は、明日以降に聞き込み捜査に協力してもらう、と付け加えて。
生徒の半数以上は、今日は用事があるから後日にしてほしい、と言っていた。後日の聞き込み捜査は、授業中に行なうことになる。五味と親しくない生徒にとっては、始業式後の時間を潰されるよりも、体よく授業をサボる方が重要なのだろう。
無関係な人間の死に深く感情移入できるほど、人間は優しい生き物ではない。
始業式の後、五味殺害について教室で説明されたのが、午前11時50分。これから午後5時まで、刑事の聞き込みを予定している。開始予定は12時。1人あたり10分ほどかかると考えると、5時までに消化できる人数は1部屋で30人。10部屋合計では300人ということになる。
各クラスの担任は携帯電話で連絡を取り合い、今日の聞き込み捜査の参加可能人数を報告し合っていた。
今日だけで行える聞き込み捜査の人数は、1クラスで10人程度。参加する生徒以外は、帰宅させられた。
聞き込み捜査は、出席番号の若い順から行なわれる。
美咲の出席番号は比較的若い。彼女は、今日のうちに聞き込み捜査を受けることとなり、教室に残った。
学校側から、聞き込み捜査のために残る生徒達に、弁当が支給された。
美咲のクラスの聞き込み捜査は、数学準備室で行なわれる。
美咲の番になる前に、洋平は、数学準備室の様子を確認しに行った。
数学準備室にいた刑事2人は、まだ若かった。2人とも、20代中盤から後半、といったところか。男女のペアだ。
男の方は、精悍な顔立ちをしている。短く切り揃えられた髪の毛。身長はそれほど高くないが、スーツの上からでも鍛え上げられていることが分かる体。机の上には、顔写真がついた警察手帳が用意されていた。前原正義という名前が確認できた。
女の方は、小柄だった。身長は150センチ台前半だろう。太ってはいないが、ふくよかと表現できる体つきをしている。胸が大きい。顔立ちは、角度によっては可愛らしくも艶っぽくも見える。こちらも、机の上に警察手帳を用意していた。原さくら、という名前が確認できた。
2人は、今回の捜査本部が立ち上がる前から、顔見知りだったようだ。彼等の事情など洋平は知らないが、知り合ったばかりではないと断言できるほど、砕けた口調で会話をしていた。
「はい、前原さん、深呼吸」
「緊張してるわけでもないのに、何で深呼吸なんだよ?」
「緊張をほぐすためじゃないですよ。落ち着いて、変に感情移入しないで、冷静に仕事をしてもらうためです」
「俺は常に冷静なつもりだけど?」
さくらは、呆れた様子で前原を見た。
「あのですね。前に一緒に仕事をしたときのこと、忘れたんですか?」
「いや、覚えてるけど」
「被害者の感情を汲み取るのは、確かに大事ですよ。でも、感情移入し過ぎると、目が曇るんですよ。注意してくださいね」
「俺、一応、お前よりも先輩なんだけどな。なんで説教されてるんだ?」
訳が分からないという様子で、前原は頭を掻いた。
さくらは、何かを諦めたように溜め息をついた。
おそらく前原は、情が深く、事件の関係者に感情移入しやすい性格なのだろう。それも、無自覚に。彼の行動が行過ぎになることを、さくらは心配しているのだ。
「はい、もうすぐ1人目の生徒が来ますよ。深呼吸して」
「深呼吸よりも、煙草が吸いたい」
「残念ながら、今時の学校は基本的に全面禁煙なんです。我慢してください」
「途中に煙草休憩とかはないんだよな?」
「あると思います?」
「思わない」
洋平は、もう、音や声を聞くことができない。しかし、周囲の情報は、察知することができる。
さくらの声は、よく通るうえに綺麗だった。歌を歌わせたら上手いだろうと想像できた。
コンコンと、この部屋のドアがノックされた。
「どうぞ」
綺麗な声で、さくらが返事をした。
部屋のドアが開いて、1人目の聞き込みが始まった。
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