死を招く愛~ghostly love~

一布

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第二十七話 偽りと事実の中で、策略を立てる

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 始業式の日だというのに、美咲が家に着いたのは午後5時少し前だった。季節柄、すっかり陽が落ちる時間。

 玄関の鍵を開け、家の中に入った。明りが点いていない。真っ暗だ。

 咲子は、まだ仕事から帰って来ていない。

 美咲は玄関で靴を脱ぐと、そのまま2階に上がり、自分の部屋に入った。明りを点けて鞄を床に放り出し、コートや制服を脱いでハンガーに掛けた。

 室内は寒い。ブルッと体が震えた。ストーブを点け、ベッドに体を投げ出した。仰向けになり、じっと天井を見る。

 つい先ほどの、刑事の聞き込みを頭に浮かべた。2人の刑事は、前原正義と原さくら、といったか。

 彼等に話した内容には、何ら矛盾点はなかったはずだ。洋平が殺されていることは口にしなかったし、六田が死んでいることも知らない振りをした。五味殺害の犯人しか知り得ない情報も、話していない。

 ――大丈夫だ。

 今のところ、自分は上手くやれているはずだ。

 自分を落ち着かせるため、美咲は胸中で繰り返した。大丈夫、大丈夫。

 美咲は、自分が少なからず動揺していることを自覚していた。自分でも気付かないうちに、泣いてしまっていたから。

 聞き込みを終えて教室に戻ったとき、残っていたクラスメイトに驚かれた。美咲を腫れ物のように扱っていたクラスメイトに、久し振りに声を掛けられた。

「大丈夫? 何かあったの?」

 クラスメイトに指摘されて、美咲は、自分が泣いていることに初めて気付いた。

 前原やさくらに、五味と付き合い始めた理由を話した。五味と付き合い始めたときは、洋平が生きていると信じていた。でも、そんな希望はあっさりと消え去った。洋平が死んでいると知ったときの気持ちを思い出して、胸が締め付けられるほど苦しくなった。

 洋平に会いたい。
 でも彼は、もうどこにもいない。

 どうしようもなく悲しくなった。洋平がいた頃に戻りたい。あの頃みたいに、いつも一緒にいたい。そんなことを思っていたら、自然と涙が流れてしまった。

 前原やさくらと交わした会話に、落ち度はなかった。でも、泣いてしまったのは失敗だった。

 彼等は、涙を流す美咲を見て、こんなふうに思ったかも知れない。

「洋平が行方不明になっただけなのに――死んだわけでもないのに泣くのは、不自然だ」

 美咲の涙から、彼等は、洋平がすでに殺されていると考えるかも知れない。洋平がすでに死んでいることが知られれば、必然的に五味の存在に辿り着く。

 結果として、美咲の復讐殺人という可能性について考え出す。疑い始める。

 美咲の心の中に、焦りが生まれた。逃げ場のない袋小路に、徐々に追い込まれてゆくような感覚。

 胸に手を当てて、美咲は大きく深呼吸をした。自分を落ち着かせるように。再び、大丈夫と心の中で繰り返す。

 心臓の動きは、普段よりも明らかに速い。胸に当てた手に、鼓動が伝わってくる。

 心拍数が上がっていることを自覚しながら、美咲は思考を続けた。

 本当に疑いを掛けられたなら、自分に残された時間は少ない。捕まる前に、残りの2人を殺さなければならない。

 急ぐ必要がある。でも、焦ってはいけない。焦ってボロを出したら、残された時間をさらに縮めてしまう。

 ――落ち着いて考えて。

 美咲は再度、自分に言い聞かせた。刑事の聞き込みの前にも、考えたはずだ。自分は疑われて当然の立場なのだと。だからこそ、疑われている前提で発言し、行動する必要があると。

 自分は疑われている。刑事達の前で泣いてしまったことで、その疑いは強くなったと考えるべきだろう。

 それなら、まずは、刑事達から向けられている疑いの目を逸らす。同時に、次の標的――七瀬を殺す準備をする。

 では、どうやって七瀬を誘い出し、殺すか。五味や六田のときのように、自分の体を餌にして誘い出すか。

 ――ううん。駄目。

 美咲は、今まで使った策をあっさりと否定した。

 七瀬は、自分より立場の強い者に媚びることで上手く生きている男だ。それはつまり、自分に自信がないことを意味している。自信がないからこそ、他者に媚びるのだ。

 そんな男が、五味の彼女である美咲に誘惑されて、簡単に落ちるだろうか。
 
 答えは否だ。七瀬は、五味や六田のような、自分を過信している人間とは違う。

 下手に体を使って誘惑すれば、逆に警戒される。警戒されたら、美咲の真意に気付かれる可能性もある。洋平の仇を討つために五味に近付いた、と。そうすると、五味を殺したのは美咲だという事実に、辿り着いてしまう。

 七瀬の人間性に適した誘い方は?
 彼は、自分に自信がなく、強い者にすり寄って生きている。
 そんな彼の心理を上手く利用できれば――

 七瀬のことをじっくり分析すると、美咲の頭の中に、ひとつの案が浮かんだ。

 ――そうだ。

 七瀬の心に不安を生み出し、その不安を煽ればいい。不安から守れる立場に、美咲がなればいい。

 七瀬に「美咲が俺を守ってくれる」と思わせれば、簡単に彼を誘い出せるはずだ。

 行動の方針ができあがると、簡単にその手段が思い浮かんだ。

 美咲はベッドから降り、部屋にある姿見の前に立った。七瀬に見せる表情を練習するために。
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