あなたの番になれたなら

ノガケ雛

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第1章

番外編 声なき忠誠

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「明日より、後宮の離れにお住いになるアスカ殿の侍女に任命する。お心置きなくお過ごしいただけるよう、誠心誠意をかけて務めるように」
「──承知しました」


 宣言が下された瞬間、周囲の空気がわずかに揺れる。それは重みのある任命だった。

 ある晴れた日のことだった。
 王宮女官──清夏は、急遽明日から王宮にあがるアスカの侍女となったのだ。
 

 ──アスカ様は、何を好まれるだろうか


 清夏は幼い頃から王宮で働いていた。
 齢一桁の時より下働きを始め、今では女官達を指導する側でもある。
 そんな彼女が侍女として任命されたので、清夏自身、

 ──皇太子殿下は、本気なのだわ

 と、変わらぬ表情で思っていた。

 聞くところによると、アスカは平民の出だった。
 王族の仕来りにより、召喚されたオメガに、皇太子殿下は恋に落ちたようだ。


 アスカが王宮に住まうにあたり、国王陛下と一悶着あったようだが、あまり首を突っ込むのは得策ではない。
 長い王宮暮らしで、清夏は様々な模様を見てきた。
 知ってはいけないことも、世の中にはあるのだと、よくよく理解をしている。


 清夏にとって、アスカの身分は些細なことだった。
 ただ、主となる方には不自由のない生活を送って貰いたい。
 そんな思いでアスカに仕え、働いてはいるのだが、如何せん表情が固く、口数も少ない清夏は、どうやら彼の緊張する原因にもなっているようだった。
 毎日、必ず挨拶はするし、困っていたのなら手を差し伸べる。
 だがしかし、心が素直に届いてはくれない。
 


 アスカは毎日のようにある礼儀作法の指導で、ひどく疲弊していた。
 教育担当のヴェルデは、アスカが平民であることをあまりよく思っていなかったようで、厳しい言葉を投げられることもしばしば。

 皇太子殿下にご相談をなさればいいのに……と思っていたのだが、アスカはそんなことはせず、ただ一人で必死に学ぼうとしていた。
 指導の時間でなくても自主的に練習をし、時折涙ぐんでいることもあったが、決して涙をこぼすことはなかった。


 ──お力に、なりたい


 次第にそう思うようになった清夏は、リオールがヴェルデに『アスカに対する言動は、指導ではなく、侮辱だ』と注意をしたその日のこと。
 薄氷にアスカを託し、足音を忍ばせて書庫へと向かった。


 ──この本は、読みやすいはず。少しつまらない部分もあるけれど、そこは私が補足すればいい

 ──王宮の歴史についても、学ばれる方が良いかしら。……けれど、あまり知りすぎるのも、危なくなるかもしれない


 清夏は悩みながら、数冊の本を本棚から引き抜き、腕に抱えた。
 こんなことで、アスカの孤独な日々が明るくなるかはわからない。
 しかし、少しでもアスカのために動きたいと思った。

 届かなくてもいい。ただ、少しでも笑える日が来るようにと──その願いだけを胸に、静かにアスカの住む仮住まいの宮まで歩みを進めた。

 



 どうやら主は皇太子殿下と散策に出かけたまま、皇太宮でお休みになられたようだった。

 アスカが戻ってくる間にお部屋の掃除をしようとした清夏の元に、ひとつの報せが届く。
 それは昨日皇太子殿下により注意を受けたヴェルデの任が解かれ、次の指導者が決まるまでは時間がかかるとのこと。
 その報せを後程アスカに伝えることにし、室内に入ろうとして、主が戻ってくる姿を視界の隅に捉えた。


「おはようございます」
「ぁ……おはようございます」


 控え目に挨拶を返してくれる。
 中に入っていくアスカの背を見送り、すぐに朝食を用意するよう、厨房まで連絡に走らせる。
 そうして届いた朝餉を、アスカはいつもより明るい表情で食べていた。
 これには清夏もほっとした。


「アスカ様」
「はい」


 そして、朝餉の間に届いていた報せを伝える。

「昨日、ヴェルデ様の任が解かれました。つきましては、次の指導者が決まるまで、少々お時間をいただくことになります」
「あ……はい」
「何かご希望はございますか?」


 アスカは困ったように、苦笑を浮かべている。
 清夏は、それもそうね、と思いつつも、例えば『優しい人がいい』だとか、そんな抽象的な希望があれば、それに沿う人を探す予定だった。


「お任せします。私には、どなたが適任か……まだわかりません」
「かしこまりました。それでは、そのように」


 だが、アスカは何も言わない。
 ただ清夏に任せるとだけ。
 しかし、清夏は『任されたこと』が嬉しかった。


 どんな人物がいいだろうか。
 早速、清夏の頭の中にさまざまな人物の顔が浮び上がる。


「清夏さん」

 唐突に名前を呼ばれ、清夏はすぐに返事をした。

「……私に、王宮のことを教えていただけませんか」


 するとどうだ。
 まさか、自分に教えを乞うているではないか。
 清夏は僅かに眉を動かし、アスカをまっすぐに見つめた。


 ──私のようなただの女官が、『教える』だなんてこと、してもいいのだろうか。


 じっと見てしまったことで気分を悪くさせてしまったのか、アスカは肩をすくませる。
 それでも、視線を逸らされることはなかった。
 清夏はそこで強く決意をする。


「──承知しました」
「ぁ、ありがとうございます」
 

 必ずや、この方の力になって見せようと。
 そして、これまで、静かに闇の中で処理をされてしまった、身分の低い者たちのようにはさせない、と。


 

【声なき忠誠】 完
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