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第1章
番外編 一通の手紙から
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アスカが王宮にやってきて一ヶ月頃の話
リオールは毎日勉学に励んでいるとアスカについての報告を受け、ゆっくりと頷いた。
「有難いことだ。そう思わんか、陽春」
「はい」
「ただ、ここに居てくれるだけでも、胸が満たされるというのに。──自ら進んで学び、誰にも媚びず、まっすぐに進もうとしている。……私は、良い人を、好きになったのだな。誇らしく思うよ」
だがしかし、心配に思うこともあった。
アスカはここに来てから、ただの一度も家族との交流をしていないらしい。
会いに行くことは難しいが、文をしたためることは問題ない。
それすらもしないのは、ここにいる間に家族を思い出し、心寂しいと悲しむことが無いよう、我慢しているからなのだろうか。
「──アスカの家族の様子は?」
「はい。忍ばせた者によると、どこか元気がないように見える、と」
アスカがここに来た翌日には、リオールは彼の家族の元に人を送った。
決して関わることはなく、遠くから様子を見て報告するようにだ。
国王の命令でアスカの家族に何かがあってはならない。そんなもしも、の為に密かに動いていた。
「やはり、アスカから何も連絡が無いからだろうか。──陽春、私が彼らに、文を送るのはどうだろう……?」
「それはよろしいかと。人伝にでもアスカ様の様子を知れるのは、嬉しいのではないでしょうか」
陽春に背中を押され、リオールはすぐに文を書く準備をさせた。
■■■
「と、父ちゃんっ! 王宮からッ、王宮から、偉い人がきたっ!」
過ごしやすい気温から、少しずつ暑くなってきた頃。
アスカの一人目の弟──アレンが家に飛び込んできた。
父であるエイモンは困惑したが、やがてアレンと、アスカの二人目の弟──アキラと母のユウリに「ここにいなさい」と言い、一人家を出る。
するとそこには上等な衣服を着て、けれどどこか柔らかい雰囲気をした男性が立っていた。
「──突然すまない。私は:雨月(うげつ)と申す。皇太子殿下より、アスカ様のご家族に宛てた文を預かり、届けにきた」
「こ、皇太子、殿下から……っ?」
腰を抜かしそうになり、エイモンは地面に座り込んで、深く頭を下げる。
「そなた、文字は読めるか」
「は、はい」
返事をすれば、差し出された手紙。
エイモンは有難く受け取ると、それを胸に抱いた。
「すぐに読みなさい。返事を書くのなら、待っている」
エイモンは激しく頷き、すぐに家族のもとに戻った。
「こ、皇太子殿下から、手紙が──」
「!」
ユウリは口元を手で多い、子供達は『わっ』と驚く。
エイモンは床に座ると、文を開けて文字に目を通す。
そうして、うっと喉を詰まらせ、目からはポロッと涙を零した。
「父ちゃん! なんて書いてあるの!」
「早く読んでよ!」
「あなた、私にも読ませてくださいな」
エイモンの手から、ユウリの手に移る。
ユウリは子供達に聞かせるように文字を声に起こしていく。
「──ご家族様」
拝啓
少し暑さを感じる頃となりましたが、いかがお過ごしですか。
長らくの間、何の報せもお伝えすることが出来ず、申し訳ございません。
アスカ殿は、健やかに過ごしております。
時に笑い、時に真剣に学び、静かに成長を重ねています。
いつか、アスカ殿と一緒に、そちらへ伺います。
その時に、ご挨拶をさせてください。
どうか、皆様もお元気にお過ごしください。
敬具
リオール・エイリーク・エーヴェル
ただそれだけの内容なのに、ユウリも涙をこぼす。
──ああ、よかった。
何も分からないまま、連れて行かれてしまった息子。
彼が今どうしているのかを知る術もなく、心が疲弊する毎日だった。
「母ちゃん、兄ちゃんは元気だって!」
「ええ、そうね……っ」
アレンは大きな声で喜んだ。
アスカが居なくなってからというもの、暗くなる一方の家族の雰囲気をなんとかしようと、一人おどけた様子を見せたりして、家族を支えたのはアレンだった。
胸がいっぱいになって、ついアキラを抱きしめる。
「──へんじを、返事を書かねば」
エイモンはそう言って机に向かった。
綺麗な時は書けないし、文をしたためる際の手順も分からない。
──けれど、忙しい中時間を割いてアスカの様子を教えてくれた皇太子には、感謝しかなかった。
震える手で文字をしたためていく。
書き終えた文を手に、待っていた雨月のもとにもどる。
「こちらを、お願いします」
「ああ」
雨月は短く返事をすると、踵を返し王宮へと戻っていった。
■■■
リオールは雨月から手紙を預かった。
執務を中断し、紙を広げる。
字が震えている。
決して綺麗とは言い難い文字だが、そこには確かなあたたかさがあった。
手紙に対しての感謝の意と、アスカが元気であるのならよかったと。
「アスカは、愛されているのだな」
ふっと柔らかく微笑んだリオールに、そばに居た陽春も、手紙を届けた雨月も頬を緩めた。
リオールとアスカの家族との文通は、それからもずっと続いている。
だがしかし、そのことをアスカ本人には伝えてはいなかった。──気づかれずに、静かに支えること。それが今の自分にできる、ささやかな「守り」だと思っていた。
そして、この文通も繰り返される度に楽しいものとなって、まだ一度も出会ったことの無いアスカの家族を想像し、リオールは一人微笑んでいるのだった。
【一通の手紙から】 完
リオールは毎日勉学に励んでいるとアスカについての報告を受け、ゆっくりと頷いた。
「有難いことだ。そう思わんか、陽春」
「はい」
「ただ、ここに居てくれるだけでも、胸が満たされるというのに。──自ら進んで学び、誰にも媚びず、まっすぐに進もうとしている。……私は、良い人を、好きになったのだな。誇らしく思うよ」
だがしかし、心配に思うこともあった。
アスカはここに来てから、ただの一度も家族との交流をしていないらしい。
会いに行くことは難しいが、文をしたためることは問題ない。
それすらもしないのは、ここにいる間に家族を思い出し、心寂しいと悲しむことが無いよう、我慢しているからなのだろうか。
「──アスカの家族の様子は?」
「はい。忍ばせた者によると、どこか元気がないように見える、と」
アスカがここに来た翌日には、リオールは彼の家族の元に人を送った。
決して関わることはなく、遠くから様子を見て報告するようにだ。
国王の命令でアスカの家族に何かがあってはならない。そんなもしも、の為に密かに動いていた。
「やはり、アスカから何も連絡が無いからだろうか。──陽春、私が彼らに、文を送るのはどうだろう……?」
「それはよろしいかと。人伝にでもアスカ様の様子を知れるのは、嬉しいのではないでしょうか」
陽春に背中を押され、リオールはすぐに文を書く準備をさせた。
■■■
「と、父ちゃんっ! 王宮からッ、王宮から、偉い人がきたっ!」
過ごしやすい気温から、少しずつ暑くなってきた頃。
アスカの一人目の弟──アレンが家に飛び込んできた。
父であるエイモンは困惑したが、やがてアレンと、アスカの二人目の弟──アキラと母のユウリに「ここにいなさい」と言い、一人家を出る。
するとそこには上等な衣服を着て、けれどどこか柔らかい雰囲気をした男性が立っていた。
「──突然すまない。私は:雨月(うげつ)と申す。皇太子殿下より、アスカ様のご家族に宛てた文を預かり、届けにきた」
「こ、皇太子、殿下から……っ?」
腰を抜かしそうになり、エイモンは地面に座り込んで、深く頭を下げる。
「そなた、文字は読めるか」
「は、はい」
返事をすれば、差し出された手紙。
エイモンは有難く受け取ると、それを胸に抱いた。
「すぐに読みなさい。返事を書くのなら、待っている」
エイモンは激しく頷き、すぐに家族のもとに戻った。
「こ、皇太子殿下から、手紙が──」
「!」
ユウリは口元を手で多い、子供達は『わっ』と驚く。
エイモンは床に座ると、文を開けて文字に目を通す。
そうして、うっと喉を詰まらせ、目からはポロッと涙を零した。
「父ちゃん! なんて書いてあるの!」
「早く読んでよ!」
「あなた、私にも読ませてくださいな」
エイモンの手から、ユウリの手に移る。
ユウリは子供達に聞かせるように文字を声に起こしていく。
「──ご家族様」
拝啓
少し暑さを感じる頃となりましたが、いかがお過ごしですか。
長らくの間、何の報せもお伝えすることが出来ず、申し訳ございません。
アスカ殿は、健やかに過ごしております。
時に笑い、時に真剣に学び、静かに成長を重ねています。
いつか、アスカ殿と一緒に、そちらへ伺います。
その時に、ご挨拶をさせてください。
どうか、皆様もお元気にお過ごしください。
敬具
リオール・エイリーク・エーヴェル
ただそれだけの内容なのに、ユウリも涙をこぼす。
──ああ、よかった。
何も分からないまま、連れて行かれてしまった息子。
彼が今どうしているのかを知る術もなく、心が疲弊する毎日だった。
「母ちゃん、兄ちゃんは元気だって!」
「ええ、そうね……っ」
アレンは大きな声で喜んだ。
アスカが居なくなってからというもの、暗くなる一方の家族の雰囲気をなんとかしようと、一人おどけた様子を見せたりして、家族を支えたのはアレンだった。
胸がいっぱいになって、ついアキラを抱きしめる。
「──へんじを、返事を書かねば」
エイモンはそう言って机に向かった。
綺麗な時は書けないし、文をしたためる際の手順も分からない。
──けれど、忙しい中時間を割いてアスカの様子を教えてくれた皇太子には、感謝しかなかった。
震える手で文字をしたためていく。
書き終えた文を手に、待っていた雨月のもとにもどる。
「こちらを、お願いします」
「ああ」
雨月は短く返事をすると、踵を返し王宮へと戻っていった。
■■■
リオールは雨月から手紙を預かった。
執務を中断し、紙を広げる。
字が震えている。
決して綺麗とは言い難い文字だが、そこには確かなあたたかさがあった。
手紙に対しての感謝の意と、アスカが元気であるのならよかったと。
「アスカは、愛されているのだな」
ふっと柔らかく微笑んだリオールに、そばに居た陽春も、手紙を届けた雨月も頬を緩めた。
リオールとアスカの家族との文通は、それからもずっと続いている。
だがしかし、そのことをアスカ本人には伝えてはいなかった。──気づかれずに、静かに支えること。それが今の自分にできる、ささやかな「守り」だと思っていた。
そして、この文通も繰り返される度に楽しいものとなって、まだ一度も出会ったことの無いアスカの家族を想像し、リオールは一人微笑んでいるのだった。
【一通の手紙から】 完
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