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密室パラノイア【ヤンデレ編】
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(間違いさがし、にがてなんだね)
(まだ、あと一つだけ残っているよ?)
ここはまるで管理された温室のやうです。
暑過ぎず寒過ぎずの適度な温度が保たれ、どんな台風大雨強風その他悪天候にだって、ぶ厚い強固な硝子で覆われた室内に居れば何の影響は及ぼされる事はありません。
ですから温室の中で大切に大切に育てられた花は、何の苦労も知らずに綺麗な花を咲かせそして散って逝くのでせう。
逆に、外で育った花は大雨に打たれ強風に吹かれ台風に脅かされ暑さ寒さに喘ぎ、そして逞しく散ってゆくのでせう。
もし、花に人のやうな感情があったとならば。
温室の中で育てられた花は『幸せ』だと思うのでせうか。そして温室の外で育った花は『最悪』だと嘆くのでせうか。
それとも。双方共自分の境遇をごくごく普通に捉え、ただただ緩やかに命を散らしていくのかもしれません。
もし、そのどちらかを選べるのだとしたら、私は迷いなく温室の方を選ぶでせう。
誰だって、地獄より天国を選ぶに決まっています。
――仮令、その天国が紛い物であろうと。
方程式を解く合い間の小さな隙間で、そんなつまらない事を考えていると、急に影が出来た。ほんの一瞬、息が出来なくなる。
ハッと見上げた先、四角い額に少し皺を寄せた彼が不思議そうに覗き込んでいたから。
「ぅ、わっ」
「聞こえてた? ぼーっとして?」
「いや別に。何でもな、い」
「そっか」
情けない上ずった声を何とか誤魔化して否定すれば、何の疑問も抱かずに座り直す彼は、さっきと同じようにテレビに視線を戻す。
最初は一緒に課題をしようと柚李葉が誘った、はずだった。
開始十分で挫折した彼はテレビを見たいと言い出したのだ。そして電源を入れてから、既に一時間が経っている。休憩にしては少しばかり長すぎるだろう。
「柊一くん、課題が全然終わってどころか進んでもいないじゃない」
「待って、今いいとこだから」
「録画すればいいのに」
「録ってもたぶん後から見る事ないと思うから」
「確かに」
どんなに観たいと思っていた番組でも、ビデオテープなりDVDなりHDDに残した後は、時間があったとしても見ようしないものだ。だからどんどん溜まりる続けてしまうのはよくある事で。そしてそれらはいつしか忘れられる。綺麗さっぱり、まるで最初からなかった事のように、忘れてしまうのだ。
(――この感情もいつか、忘れてしまう日が来るのでせうか)
「私はどういいけど、後で困るのは君だよ」
「ユズちゃんが手伝ってくれたら一番早いのになー」
「自分でやらなきゃ身につかないでしょ」
「じゃあ後でするー」
「ああそう」
生産性のない会話を交わし、つられるように画面に目を向ける。
ふとその途中に映った、二つのコップ。一つは柚李葉が使ったの水色のコップ。薄い紫色の液体はまだ半分以上も残っている。もう一つは彼に渡したキャラクター物のコップ。橙色の液体はもう一滴も残っていなかった。
柚李葉は黙ってそれを掴んで部屋を出る。キッチンの冷蔵庫で冷やされたパックを取り出して、中身を空になったコップに注ぐ。
とろとろとろ。
コップに落ちていく液体は、静かに鳴いている気がした。部屋に戻り、さっきと同じ場所に置く。
「サンキュ」
彼は笑顔で言って、注がれたばかりのジュースをゆっくり呷っていく。
とくんとくん。
意外と日に焼けていない喉を伝って、何を食べても壊れなさそうな胃の中へ吸い込まれていく、甘酸っぱい水分。上下する喉仏は心臓の鼓動を思い出させた。柚李葉は何となく、じいっとそれを見つめていた。
(もしいま××にサワったらフきキすんだろうな100パーセントのツブいり××ジュースだからけっこうくるしいだろうなもし××をにぎりシめたらきっとあっというまにしんじゃうんだろうなもしいっちゃったらかれがさいごにミたのはわたしだけになってその××を××を××をわたしでウめツくしてそしてしんでしまうんだろうなそしてわたしはそんなさきにイっちゃったキミをミてわらってナいてナでて××してから、)
そこまで考えて、
(なにかが、わたしのかたを、たたいたきがした)
「すぐに後を追うんだろうな」
「なんか言った?」
「別に」
「ふぅん」
結局、柚李葉は気付かないふりをした。
――まだ早いと思ったから。
(まだ、あと一つだけ残っているよ?)
ここはまるで管理された温室のやうです。
暑過ぎず寒過ぎずの適度な温度が保たれ、どんな台風大雨強風その他悪天候にだって、ぶ厚い強固な硝子で覆われた室内に居れば何の影響は及ぼされる事はありません。
ですから温室の中で大切に大切に育てられた花は、何の苦労も知らずに綺麗な花を咲かせそして散って逝くのでせう。
逆に、外で育った花は大雨に打たれ強風に吹かれ台風に脅かされ暑さ寒さに喘ぎ、そして逞しく散ってゆくのでせう。
もし、花に人のやうな感情があったとならば。
温室の中で育てられた花は『幸せ』だと思うのでせうか。そして温室の外で育った花は『最悪』だと嘆くのでせうか。
それとも。双方共自分の境遇をごくごく普通に捉え、ただただ緩やかに命を散らしていくのかもしれません。
もし、そのどちらかを選べるのだとしたら、私は迷いなく温室の方を選ぶでせう。
誰だって、地獄より天国を選ぶに決まっています。
――仮令、その天国が紛い物であろうと。
方程式を解く合い間の小さな隙間で、そんなつまらない事を考えていると、急に影が出来た。ほんの一瞬、息が出来なくなる。
ハッと見上げた先、四角い額に少し皺を寄せた彼が不思議そうに覗き込んでいたから。
「ぅ、わっ」
「聞こえてた? ぼーっとして?」
「いや別に。何でもな、い」
「そっか」
情けない上ずった声を何とか誤魔化して否定すれば、何の疑問も抱かずに座り直す彼は、さっきと同じようにテレビに視線を戻す。
最初は一緒に課題をしようと柚李葉が誘った、はずだった。
開始十分で挫折した彼はテレビを見たいと言い出したのだ。そして電源を入れてから、既に一時間が経っている。休憩にしては少しばかり長すぎるだろう。
「柊一くん、課題が全然終わってどころか進んでもいないじゃない」
「待って、今いいとこだから」
「録画すればいいのに」
「録ってもたぶん後から見る事ないと思うから」
「確かに」
どんなに観たいと思っていた番組でも、ビデオテープなりDVDなりHDDに残した後は、時間があったとしても見ようしないものだ。だからどんどん溜まりる続けてしまうのはよくある事で。そしてそれらはいつしか忘れられる。綺麗さっぱり、まるで最初からなかった事のように、忘れてしまうのだ。
(――この感情もいつか、忘れてしまう日が来るのでせうか)
「私はどういいけど、後で困るのは君だよ」
「ユズちゃんが手伝ってくれたら一番早いのになー」
「自分でやらなきゃ身につかないでしょ」
「じゃあ後でするー」
「ああそう」
生産性のない会話を交わし、つられるように画面に目を向ける。
ふとその途中に映った、二つのコップ。一つは柚李葉が使ったの水色のコップ。薄い紫色の液体はまだ半分以上も残っている。もう一つは彼に渡したキャラクター物のコップ。橙色の液体はもう一滴も残っていなかった。
柚李葉は黙ってそれを掴んで部屋を出る。キッチンの冷蔵庫で冷やされたパックを取り出して、中身を空になったコップに注ぐ。
とろとろとろ。
コップに落ちていく液体は、静かに鳴いている気がした。部屋に戻り、さっきと同じ場所に置く。
「サンキュ」
彼は笑顔で言って、注がれたばかりのジュースをゆっくり呷っていく。
とくんとくん。
意外と日に焼けていない喉を伝って、何を食べても壊れなさそうな胃の中へ吸い込まれていく、甘酸っぱい水分。上下する喉仏は心臓の鼓動を思い出させた。柚李葉は何となく、じいっとそれを見つめていた。
(もしいま××にサワったらフきキすんだろうな100パーセントのツブいり××ジュースだからけっこうくるしいだろうなもし××をにぎりシめたらきっとあっというまにしんじゃうんだろうなもしいっちゃったらかれがさいごにミたのはわたしだけになってその××を××を××をわたしでウめツくしてそしてしんでしまうんだろうなそしてわたしはそんなさきにイっちゃったキミをミてわらってナいてナでて××してから、)
そこまで考えて、
(なにかが、わたしのかたを、たたいたきがした)
「すぐに後を追うんだろうな」
「なんか言った?」
「別に」
「ふぅん」
結局、柚李葉は気付かないふりをした。
――まだ早いと思ったから。
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