青春トランジット(10/28更新)

欲望プリズムホール

『おまえ、うまそうだな』

　昔読んだ、絵本の肉食恐竜の気持ちが判る日が来るなんて、思いもしなかった。





「ルイちゃん見てるとさ、綿菓子とかクリームとか喰べたくなるんだよね」
「意味が判らない……というかそれ、人の髪の毛を見て言ってない？」
「バレた！？」
「君は顔に出やすい」

　ふうと息を吐くように。口元も口角も何も上がってないけれど、瑠偉が笑った。皮を剥いたマスカットみたいに綺麗な目が少し細まって柔らかい感じだから、間違いない。

「マスカットも良いかもしんない」
「お腹が空いているなら購買でも行って来なさいまったく」

　呆れたような溜め息も甘いと思うんだ。瑠偉からは柑橘系の香水の匂いがして、ゴクリと唾を飲み込む。舐めたい。ちょっとだけ、齧ったら……駄目駄目、瑠偉がまた怒っちまう。

（あーぁ、）

　部活を終えてシャワーを浴びた後の瑠偉は美味しそう。今日は柑橘系だけどいつもは柔らかくてちょっと甘い、そんな匂いがする。舐めたくなって齧りつきたくなって、堪らない。そんな匂い。

「……美味しそう」

　クリーミーな生クリームみたいな髪に、マスカットか青林檎みたいな目、桃みたいに少し色の薄い唇にミルクみたいな白い肌。パフェかケーキみたいだ。舐めたらどんな味がするんだろう、なんて考える。食べちゃいたい。でも食べたら瑠偉は居なくなってしまうわけで、そんなん耐えられないくらい俺はこのお綺麗すぎるで、でも可愛い恋人様にベタ惚れしているから我慢我慢。

「榊、ちょっと」
「へ？」
「あげる」
「え、何これ」
「カルピス」

　ぽいと瑠偉から貰ったのは、彼女の髪より少し濃い色の白色。思わず彼女とカルピスを見比べてれば怪訝そうな顔。

（あ、美味しそう）

「早く飲んで、捨てられない」
「あ、ありがとうルイちゃん！　超好き！」
「大袈裟」

　貰ったカルピスは甘くて甘くて、ほんのり酸っぱい。きっと本人の方が美味しいんだろうな、なんて思いながらもせっかく瑠偉がくれたプレゼントを味わいながらも飲み干して、名残惜しく思いながらも包みはごみ箱に捨てる。

「ルイちゃん、ちゅーしよう！」
「は？　な、こ、此処を何処だと……！？」
「だぁーってぇ、ちゅーしてぇんだもん！　ちゅーしたい、ちゅー！」
「ちゅーちゅー煩い馬鹿！」
「ちゅー……」
「……鍵を返したら」
「っ！」

　瑠偉が好きで好きで好きで好きで。何考えてんだって思うけど、やっぱり好きで。好きだから全部欲しくて我慢出来なくて、瑠偉の初めてのキスも瑠偉の初めても全部貰ったのに欲は膨れ上がるばかりで、呆れるしかない。好き過ぎて食べちゃいたいなんて、さぁ。きっと瑠偉は言ったら純粋に受け止めて、純粋に真剣に凄い悩んで……。

「仕方がない」

　なんて言っちゃいそうな人だから。

「ルイちゃん、背伸びしてくんねーと無理」
「ふっ……」
「笑うなんてひっでぇ！」

　今日明日もこれから先も、きっとずっと一生。榊は瑠偉を好きだから、彼女を見て美味しそうだなんて思うんだろう。……食べらんねぇなぁ。

「？」

　今日も明日もその先も。きっとこの我が儘で電波で綺麗で可愛い俺のお姫様は、無防備に榊の隣に居てくれる。

（我慢、我慢）

　全部が欲しい俺の欲ほんね。彼女も同じだったら良いのになぁ、なんてさ。