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アネモネは笑わない
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古典の資料集を開いた。明日の古典の授業で百人一首の小テストがあるからだ。だから二時間目までに最低限の歌と作者を叩きこんでおかないといけない。追試などごめんだ、先輩にシバかれる。
小学校の時にふわっと習った程度の百人一首は、なぜかとても新鮮に感じた。つまりは覚えてないという事だ。大体のヤツと同じように、何百年も前の言葉遣いなんて一見するだけでは意味なんて解るはずがない。要するに、外国語を目にした時とかわらないだろう。
作者の壬生忠岑とか、絶対フリガナなしに音読できないし。とりあえず適当に流して、そして意味を読んで動きが止まる。呼吸も、一瞬止まってしまった。
『明け方の月が、つれなく見えたあなたとの別れ以来、夜明けほど、私にとって辛いものはありません』
勝手に脳内で繰り返される映像は数カ月前の、夜明けの公園。真っ赤な顔の「馬鹿でしょ」じゃなくて、蒼褪めた硝子細工のような顔で「ごめんなさい」と言った瑠偉の、今にも泣きそうな笑顔。俺の恋が、霧の濃い冬の早朝に死んだ。冷え込みの激しいその日に、白い息と共に伝えた俺の愛の言葉は、彼女に届く事なく冷たい空気に溶けていった。
ふざけ騒いだ休日も笑いあった放課後も、やがて来る朝に全て融けて。俺の恋の炎はふき消され、幕が下ろされて、そしてもうすぐ迎える友達のプロローグ。涙なんて出なかった。叶うワケがないのはちゃんと判っていた。一葉が誰を目で追って、熱い溜め息を吐いているかなんて、嫌という程に知っていたから。それだけアイツの傍をキープしていたから。
でも、云うだけならタダじゃないか。いっそ言葉にしてしまえば、ダメージは少ないと、思っていたのに。もう好きじゃない。もう辛くなんてない。もう平気なんだ。後悔なんか、していない。心の傷なんて、そんな……。
なのに、なのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのなのになのに!
意外に深かったらしい傷は、先人の言葉にヒュッと抉られて。彼女の背後の眩しい朝焼けを、思い出す。明日の朝、俺はちゃんと笑えるだろうか。アイツの隣で笑う彼女に、俺は不自然なく話しかける事ができるだろうか。 一気に沈んだこの気分を振り払おうと窓を開けたら、ぼんやりとした月が浮かんでいた。
『有明の つれなく見えし 別れより 暁ばかり 憂きものはなし』
小学校の時にふわっと習った程度の百人一首は、なぜかとても新鮮に感じた。つまりは覚えてないという事だ。大体のヤツと同じように、何百年も前の言葉遣いなんて一見するだけでは意味なんて解るはずがない。要するに、外国語を目にした時とかわらないだろう。
作者の壬生忠岑とか、絶対フリガナなしに音読できないし。とりあえず適当に流して、そして意味を読んで動きが止まる。呼吸も、一瞬止まってしまった。
『明け方の月が、つれなく見えたあなたとの別れ以来、夜明けほど、私にとって辛いものはありません』
勝手に脳内で繰り返される映像は数カ月前の、夜明けの公園。真っ赤な顔の「馬鹿でしょ」じゃなくて、蒼褪めた硝子細工のような顔で「ごめんなさい」と言った瑠偉の、今にも泣きそうな笑顔。俺の恋が、霧の濃い冬の早朝に死んだ。冷え込みの激しいその日に、白い息と共に伝えた俺の愛の言葉は、彼女に届く事なく冷たい空気に溶けていった。
ふざけ騒いだ休日も笑いあった放課後も、やがて来る朝に全て融けて。俺の恋の炎はふき消され、幕が下ろされて、そしてもうすぐ迎える友達のプロローグ。涙なんて出なかった。叶うワケがないのはちゃんと判っていた。一葉が誰を目で追って、熱い溜め息を吐いているかなんて、嫌という程に知っていたから。それだけアイツの傍をキープしていたから。
でも、云うだけならタダじゃないか。いっそ言葉にしてしまえば、ダメージは少ないと、思っていたのに。もう好きじゃない。もう辛くなんてない。もう平気なんだ。後悔なんか、していない。心の傷なんて、そんな……。
なのに、なのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのなのになのに!
意外に深かったらしい傷は、先人の言葉にヒュッと抉られて。彼女の背後の眩しい朝焼けを、思い出す。明日の朝、俺はちゃんと笑えるだろうか。アイツの隣で笑う彼女に、俺は不自然なく話しかける事ができるだろうか。 一気に沈んだこの気分を振り払おうと窓を開けたら、ぼんやりとした月が浮かんでいた。
『有明の つれなく見えし 別れより 暁ばかり 憂きものはなし』
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