狭間の祈り手 -聖王大陸戦記 Ⅰ-

ムロ☆キング

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一章 影に潜むもの

女司祭カンナ

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「俺たちの仲間になれ。カンナ司祭」

 縄が肌に食い込む感触に、埃くさい空気。
 身動きが取れないうえに、予想もしていなかった一言に、返す言葉も浮かばない。
 
 そもそも、これまでの目まぐるしい状況の変化に、頭が追いついてすらいなかった。

 ―――なんでアタシが、こんなめに。
 
 人探しを頼まれてやってきただけだ。ただそれだけ。
 たったそれだけなのに、脅されて命の危機を間近に感じている。

 むしろ「わかりました」などと、本気で言うと思っているのだろうか。
 反応を楽しむために、こんなふざけたことを言っているのではないか。

 様々な考えが頭の中で渋滞するなか、ここに至るその発端が思い出されていた……。

 ◆   ◆   ◆

「センパイ。……もうっ、カンナ先輩ったら」

 多くの人が行き交う大通り。名前を何度も呼ぶ声にようやく振り返えると、それはもう、ぷりぷりという表現がぴったりなほどに頬を膨らませた後輩が、腕を組んで立っていた。

「あ! いま笑いましたね!? 何度も呼んでるのに無視して! やっとこっち向いたと思ったら、人の顔を見て笑うなんてっ! 聖堂教会の司祭なんですから、可愛い後輩を思い遣る気持ち、もっと大切にした方が良いと思うんですけど」

「ごめんごめん。ちょっと考えごとしててさ。それに、外ではカンナ司祭と呼ぶように教えてるだろ。アタシは司祭、マルルは助祭。アンタは、アタシの部下のような立ち位置なんだから、それを忘れちゃいけないよ」

「はぁーい。わかってまーす」

 頬を膨らませながら返事をするマルル。
 年齢の割には幼さの残る顔立ちと大きな目。薄いが珍しい褐色の肌。アタシの三歳下、十八歳とは思えない見かけをしているが、頼りになる仲間に違いない。

 部下ではなく、教務へともに取り組む仲間。
 
 先輩と気軽に呼んでもらえた方が性に合っているし、嬉しくもあるのだが、聖堂教会に属する司祭という立場が、他者からの目を厳しくさせていた。

「ところで、考えごとって、さっきのです? レマさんが話してた、息子が行方不明だっていう」

「まぁ、そうさね……」

 アタシとマルルの所属は、聖堂教会の愛護部。これは病などで生活に手助けが必要となった家庭を訪問し、支援を提供する部署だった。

 マルルが直接支援を提供する助祭の一員で、アタシが支援内容等を管理、調整する役割をこなしている。

 レマというのは、マルルが担当している老婦人であり、引退した騎士の夫とこの聖王都で二人暮らしをしている。
 足腰が悪く、自由に外出できないレマと、騎士時代の負傷が元で目に障害を負ったサムは、家を出た二人の息子と会うのが、なによりの楽しみだった。

 聖堂教会騎士団に所属する長男は任地が遠く、おいそれと帰省はできない。

 とある旅商人に師事し、見習いとして修業を積んでいる次男は、行商で聖王都に立ち寄る度、両親に元気な顔を見せていたという。

「その次男くんが帰ると手紙に書いた日から五日。レマさんの話では、これまで日がズレることはなかったそうですけど、旅の商売人ですからねぇ。なにか予想外の出来事が起きて遅れてる……なんてこともあると思うんだけどなぁ」

 脇道に入り、ちょっとした広場に出る。

 ご婦人がたの井戸端会議に露店商、遊んでいる子供。大通り程ではないものの、賑わいがある。
 少し外れに置かれた長椅子に腰かけると、木陰が心地良い。
 
 雨も減り、暖かい花咲き月(五月)の陽気が降り注ぐ、いい季節になった。

 何か飲みます? と露天商を指さすマルルに首を振る。オラン(柑橘類の一種)を丸ごと使ったお茶を、レマからご馳走になったばかりだった。

「そりゃまぁね。化物モンスターの活性は増していくばかりだし、予言がどうのこうのと、不安に思ってる人も多い。世を儚んで、盗賊まがいの輩も増えるってもんさ。騎士たちも頑張ってくれてるけど、それでも抑え込めない」

 それに加え、大陸南部には暗殺者アサシンという存在もあると聞く。

 聖堂教会の本部、中央教会も置かれている、聖王都ホッフヌルゲンにその牙は遠く及ばないとは思うが。

「だからこそ、その商人は傭兵を連れていたっていうじゃないか。行商の安全面に関しては、街道から天候、何から何まで気を使う商人だって、レマさんも話してただろ。そんな商人が、予定の日程を大きく遅れても姿を見せないんだ。不測の事態に巻き込まれたと思うのが自然だろ」

「先輩、おっと……カンナ司祭、なんだかんだいって、また人助けの癖がうずうずしてるんでしょ。そんな理屈をこねてまで、よくやりますよねぇ。またフランチェスカ最高司教に、お小言いただいちゃいますよ?」

「お師匠様は分かってくれるさ。それに、人助けがアタシの信条だからね」

 何をすべきか迷ったとき、真っ先に考え、心を委ねる信じるもの。

「そんなこと言って……どこから探すんです? カンナ司祭の赤髪みたいに、その商人さんや次男くんが、分かりやすい見た目をしてくれてるといいんですけどね。それと、身長も他の人より小さいとか」

 コラ、とマルルの額を軽く小突いた。
 マルルは甘んじてそれを受けると、顔をほころばせる。

「まずは、その商人がいつも店を開いている辺りに行ってみようか。場所はレマさんから聞いてたからね。南大門の近くだそうだ。商人仲間なら、何か知ってるかも」

 腰を上げて、マルルを見る。「お供しますよ」という、愛嬌あふれる仲間を連れ、広場を後にした。
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