狭間の祈り手 -聖王大陸戦記 Ⅰ-

ムロ☆キング

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二章 迫る脅威、騎士の戦い

応戦

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 巨木の柱がそびえたつ森に、クルビスの雄叫びが吹き抜ける。
 奇跡の行使によって強化された筋力まかせに、巨大な戦斧を自在に操り、乱暴なまでの風をまき散らしていく。

「メロー! イッカ! 左からまわりこめ!」

 名を呼ばれた騎士が漆黒の獣めがけて走りだすと、大狼の四つ目が彼らの動きを追った。その隙をついて、クルビスが一撃を打ち込む。

 灯火が宿る一撃は、赤い残光をひいて大狼の左脚をとらえた。ドシと鈍い音がして、刃が固い皮膚と肉とに挟まれる。あの重量をしても、骨を断つまでには至らない。

 クルビスの判断は早かった。大狼の牙が迫ると、斧を引き抜いて身を低くかがめ、転がるようにしてかわす。

 メローとイッカに二騎が加わって剣を突きたてる。耳をつんざく咆哮が剣先を鈍らせ、禍々しい爪が振り下ろされる。

 そうはさせまいと、宙に浮かせた光弾を放つ。

 一直線に走る三発の赤い弾。大狼は身をよじるようにして避けるが、脚の傷が体勢を崩させる。転倒をこらえ、たまらず足踏みをする瞬間を見逃さず、クルビスは再び戦斧を振り上げた。
 
「ダメだクルビス! なんかヤバい!」

 思わず叫ぶ。
 大きく息を吸い込み、黒い毛で覆われた胸が膨らむと、大狼の裂けたくちの奥にぼうっと赤が熾る。

 直後、大狼から放射状にみる一帯を、火炎の息吹が焼き払う。

 身を屈めてやり過ごそうとしたところを、ティモンと他の騎士の盾によって助けられる。クルビスも寸でのところで、ミュグエ男爵に助けられた様子が垣間見えた。

「……おかしい。大狼が火を操ったとは聞いたことがない。あんな巨体という話もだ」

 ティモンのつぶやきを受けて、駆け寄ってきていたジニアスが続ける。

「だいたい、大狼あれの生息地って北西の山んなかでしょうに。なんだってこんなとこまで南下してんです!?」

 ジニアスは弓に矢をかけ、放つ機会をうかがう。騎士たちは炎の熱を恐れず斬り込んでいくが、鎧さえ砕く牙と爪に近づけないでいる。

「それっていま考えることかい!? このままだとこっちがやられちまうよ!」

 共同任務となれば、騎士とともに戦いの空気を肌で知ることになる。化物との戦いも何度もあったが、これほど圧倒的な暴力とは対峙したことはなかった。

 高鳴る鼓動と早まる呼吸に「役割をこなせ」と言い聞かせ、なんとか抑え込んでいるが、杖を握る手の震えは止められない。

 視線の先で、大狼の爪を数人の騎士がかりの盾でもって受け止め、間髪入れずに男爵が反撃を見舞う。連携した攻撃も、やはり浅い。剣を振り切った男爵を薙ぎ払う爪に、騎士が割って入るも、受け止めた盾ごと吹き飛ばされる。

 有効打がないまま負傷者は増えるだけだ。このままでは、全滅する。

「クルビスと男爵を軸に、カンナ司祭の奇跡でなんとかなってるが、長くはもたない。いつ崩れてもおかしくはないんだ。急所を狙って、一撃で勝負を決めるしかないか」

「だけどよティモンさん。あのデカさじゃ剣なんて届かねぇよ。隙を作ろうにも、矢すら避けちまうバケモンだぜ」

 追撃される騎士を援護するジニアスの矢を、大狼は機敏な動きで避けてみせる。

「……囮が必要だね」

 身体能力の強化という奇跡の術を多く行使してはいたが、礼装のおかげでまだ余力を感じる。これならば秘術であっても扱えるはず。

「馬鹿な考えを起こすなよ、カンナ司祭。奇跡の使い手はこの場でたったひとり。その貴女が倒れたのでは、我々は一巻の終わりだ。危険すぎる」

「もっともだけどね。このままではいずれボロがでて、やられちまう。まだ余力があるうちにやらないと、本当にどうしようもなくなるよ」

「ティモンさん。ここはカンナ司祭に賭けるしかなさそうだぜ。生き残るにはそれしかない。俺の勘もそういってる」

「……お前のここいちばんでの勘は外さないからな。わかった。クルビス隊長! 男爵!」

 大狼と攻防を繰り広げる二人から「任せる」と大声の返答が聞こえる。

 腰かけポーチを探り、丸く加工された輝石を三つ取り出す。それらを宙に放り灯火を宿らせると、中空で静かに浮き、勢いよく回転をはじめた。
 輝石は赤く光る弾へと変化する。

「よし、いこうじゃないか」

「よっしゃあ! ぶちかまそうぜ!」

 ジニアスが同時に放つ矢は二本。鋭い音を発して飛ぶ矢を、大狼はひらりと躱す。回避した動作で足を着く、そこを狙って光弾を走らせた。
 
 狙いはすべて頭部。直撃こそしたが、刃を通さぬ相手に威力は期待できない。はじかれた光は散っていくが、それでいい。注意をこちらに向けさせられれば。

 思惑通り標的が移った。
 獰猛な四つ目に睨みつけられ、剥き出しの牙が襲いくる迫力に圧倒される。思わず足が竦んだ。

 ―――ダメだ。ここで弱気になるな! 

 割って入るようにティモンが踊り出る。騎士が二騎続き、襲いくる爪と牙を盾で防ぐ。鉄で拵えられた盾は、戦技(騎士が修得する技の総称)によって淡く白い光をまとわせ、砕けることなく、なんとか拮抗してみせる。

「ひくなっ! おせっ! ふんばれっ!」

 ティモンの掛け声とともに、押し負けまいと力をこめる彼らに守りを任せ、今度は四つの輝石を取り出して地面へ放った。聖杖の杖頭を地面に向けて、灯火を練り上げる。

 大狼の長く尖った耳がこまかく二度動く。

 くそっ。勘のいいヤツだ。こっちの動きに気付きやがった。

 放たれるジニアスの矢が大狼の肩部を射抜く。だがそれも気にせず、ティモンらと力比べをしたまま、大狼は大きく息を吸い込み、火炎を吹き出す。空気すら焼き払う、灼熱の炎が風を逆巻いて迫る。

「司祭を守れ!」

 メローとイッカ。更に二騎が加わり、四弁の盾が炎を遮る。聞こえてくるのは、身代わりに焼かれる騎士たちの苦悶。しかし、それ以上に「託した」という意思が伝わってくる。己を奮い立たせるに、これ以上なにがある!

 目いっぱい腹に力をこめ、溜め込んだ灯火を解き放つ。

 輝石は砕け散り、朱き鎖が大地から出現する。鎖は両前脚と太い首に巻きつき、大狼を締め上げる。掲げる杖を勢いよく振り落すと、大狼は抗えず地に伏せた。

「あとは任せたよ!」

 大狼を挟み込むようにして左と右の両側から、クルビスと男爵が首を落とさんと刃を走らせる。
 血飛沫が二人の顔を染め、断末魔の咆哮が轟く。
 
 巨躯は崩れ落ちると同時に、わっと、歓声が起こり、安堵が胸を滑り落ちていく。
 
 しかし―――視界の片隅、大きく裂かれた首から漏れでる炎が視界へと映りこむ。

「クルビス! 男爵!」

 言葉は届かない。
 
 荒れ狂うように噴き出した赤熱の炎。
 
 クルビスと男爵を容赦なく飲み込み、森を朱く光る海へと変えた。
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